青年学校令(せいねん
青年学校令(せいねんがっこうれい)とは、1935年(昭和10年)に公布された、青年社会学校教育に関する日本の旧勅令で、小学校(後に国民学校)卒業後の青少年に対する中等教育機関である青年学校の設置に関しての法律である。
「青年学校令」は1939年(昭和14年)に全面改定され、青年学校は義務教育化されたが、戦後の学制改革に伴い廃止され、新制中学校及び高等学校へ移行された。
関連項目
- 旧制学校
- 尋常小学校 - 国民学校
- 青年学校
青年学校令(せいねんがっこうれい)とは、1935年(昭和10年)に公布された、青年社会学校教育に関する日本の旧勅令で、小学校(後に国民学校)卒業後の青少年に対する中等教育機関である青年学校の設置に関しての法律である。
「青年学校令」は1939年(昭和14年)に全面改定され、青年学校は義務教育化されたが、戦後の学制改革に伴い廃止され、新制中学校及び高等学校へ移行された。
日本の廃止された法令(にほんのはいしされたほうれい)では、明治時代以降現在までの廃止又は失効した法令をまとめた。勅令に関しては勅令の項を参照の事。
目次
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法令の廃止には同種の法令による廃止若しくは上位の法令による廃止が行われる。実際の過程としては法律を廃止する為には法律内に廃止する旨の条文を加えなくては成らない。また、政令・省令(府令も含む)の廃止にはその上位の法令か同種の法令により廃止する。例えば政令は法律の下位にあたるので、政令で法律を廃止する事は出来ない。
ある上位の法令を廃止した事により、廃止した法令に関連する下位の法令が廃止の手続きを経なくとも効力を失うことがある。実際の例としては戦前の海外領土に対する法令は敗戦により同地域に於ける支配力は無くなったので、失った海外領土に関する法令は特に廃止の手続きを経なくとも失効する。
時期を指定した立法の場合はその対象期間が過ぎた後に失効する。時限立法とはマスコミ用語で、法律用語としては限時法という。
以下は公布年代毎にわけた。それぞれ廃止された法令名とその後に廃止した根拠法令の名称を記した。失効した法令についてはその根拠を記した。
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英字
あ い う え お
か き く け こ
さ し す せ そ
た ち つ て と
な に ぬ ね の
は ひ ふ へ ほ
ま み む め も
や ゆ よ
ら り る れ ろ
わ
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教育法規一覧(きょういくほうきいちらん)は、教育法規の一覧である。○○令なども含む。
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○○法施行令などは、記事があるもののみ掲載した。
師範学校令(しはんがっこうれい)とは、1886年(明治19年)4月10日に公布された勅令である。明治19年勅令第13号。教員を養成する学校に関して定めている。
師範学校は尋常師範学校と高等師範学校の2つに分けられ(第2条)、それまであった、
とされる。
設置は、高等師範学校を東京に1か所、尋常師範学校を各府県に各1か所とした(第3条)。経費は、高等師範学校は国庫、尋常師範学校は地方税から支払われるとした(第4条)。
生徒の学資は、その学校が支給することになっていた(第9条)。そのため、進学を希望している者の中で、学資が支給されない学校に入学しても、支払いが見込めない(いわゆる、経済的に恵まれない)者は、他の学校より、師範学校に入学することが多かった。
夏目漱石『坊っちゃん』では、中学生(旧制)たちと師範学校生たちとの喧嘩のシーンがある。そこで「〔略〕(中学生たちの)前の方にいる連中は、しきりに何だ地方税の癖に、引き込めと、怒鳴ってる」といった記述が見られる。
1897年(明治30年)の師範教育令により、師範学校令は効力を失った。
第三章 青年師範学校
第二十三条
青年師範学校の修業年限は三年とする。
第二十四条
青年師範学校に入学出来る者は、青年師範学校予科修了者、中学校、高等女学校卒業者とする。
第二十六条
青年師範学校は、特別に必要ある場合は予科をおくことが出来る。予科の修業年限は三年とする。予科に入学出来る者は、国民学校高等科修了者とする。
第二十七条
青年師範学校は卒業者の為に研究科を置くことができる。
教育(きょういく)とは、学び(学習)の一助となることをめざして、教え続けることである。
教育を研究の対象とする学問として教育学(教育科学)がある。
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教育というと、こどもを育てて人間としてより良い方向へ発達するように指導・援助するという意味合いが強調されることもあるものの、教育には、こどもに対するもののほかに、一般成人や高齢者に対するものもある。人々に基礎的な教育を保証するために、日本を含む多くの国では、6~9年ほどの義務教育が設けられており、日本においては、学校教育によって義務教育が担われている。
また、日本における教育は、知識の伸張(知育)、道徳の伸張(徳育)、身体の伸長(体育)の3つを中核として捉えられるほか、キャリア(職業など)や各種資格のための高度な知識的・技術的な事項を教え伝達する方法がとられている。
日本において教育は、行われる場に対応させて学校教育・社会教育・家庭教育の3つに大きく区分して捉えられることが多い。「学校教育」とは、学校において行われる教育のことであり、特にこどもに対しては、同年代のこども達を一定期間、定められた学校で所定の年限の間、心身の発達に応じて行われる。「家庭教育」とは、家庭において行われる教育のことであり、特に人間社会において基礎的な事項をこどもに示すことはしつけと呼ばれる。「社会教育」とは、社会において行われる教育のことであり、広義には、社会のさまざまな場において行われている多様な教育活動が該当するといわれている。
日本においては、文章で教育の根本理念を明示したものとして教育勅語(1948年(昭和23年)に排除・失効確認)や教育基本法(昭和22年(1947年)法律第25号、現行法)がある。
現代日本の教育政策においては、ソビエト連邦の人工衛星打ち上げに触発された科学技術創造立国(科学技術立国とも)、教育立国として国家戦略として教育の重要性を位置づけ、生涯学習や高度専門教育の拡大、構造改革における教育特区の認定、あるいは諸々の教育政策において国の施政における大きな軸の一つとしてとらえられている。特に法科大学院やMBAなどの専門職大学院をはじめ、知的財産が社会的に注目されてきていることからコンテンツやITを活かした教育分野の広がりも顕著であり、教育のテーマとする幅はより多様化しつつある。
そのような教育内容に対する高い要求の一方で、1970年代までの教師は、「でもしか先生」(先生でもしようか)と批判されていた。 また、教師に学力の低い子供の気持ちがわからなくなり、校内暴力など多発し社会問題になった。これへの対策として地域によっては管理教育の強化がはかられた。
このような学力偏差値教育、詰め込み教育への反省からゆとり教育への試みもなされたが、その一方、少子化で子供の数が年々減り始め大学全入時代を迎えようとする中、学力低下の問題なども深刻化していると批判されるようになり、教育におけるゆとりの持つ本来的な意義そのものが再検討されつつある。
近年は、学校でのイジメやひいては学級崩壊、体罰の禁止などの「子供の人権」を重視した法令を逆手に取った悪賢い児童による教師への嫌がらせの問題、自己中心的でモラルに欠ける教師や保護者によるトラブルなどが問題であると認識されるようになり、また、生徒児童を狙った凶悪事件の発生が多くセンセーショナルに報道されていることもあり(件数は統計上は減少している)生徒・児童の安全についての関心が高まっており、教育の方向性、学校の安全などについて今日の教育が抱える問題は山積している。そのため近年、アメリカに倣い、割れ窓理論に基づいた「ゼロ・トレランス方式(不寛容方式)」の導入を検討する動きが文部科学省にも見られる。
また、中華人民共和国・大韓民国などから非難されている歴史教科書問題、愛国心教育、教員による国旗・国歌の尊重をめぐる問題など国家としての価値観をめぐる問題も今日、焦点となっている課題である。
これらに加えて、就職難や人生の迷い、無気力など様々な事情からあると言われる若者のフリーターやニートが増加しているとして問題視されつつあり就労意欲の向上が政策上の課題としても取り上げられつつあるが、そもそも働くことの意味とは何かという議論や、社会世相そのものの議論、特に多様な価値観の中で個性の尊重や勝ち組、負け組をつくる世相そのものについても様々な議論のあるところでもある。今日、経済格差が広がりつつある中、教育の方向性は大きな国家戦略としての人材育成の重要性とともに、社会の幅広い層に対するサービスの拡大と社会における再チャレンジのための支援、能力開発の支援とともに個々人の持つ能力才能を多角的に評価していくことが課題となるだろう。最も重要な課題は生きる知恵としての教育、人間性を豊かにする教育であり、競争を生き抜くための人材と機会の拡大という現実的な社会の要請とのバランスの中でその方向づけが課題となる。
文部科学省が最近ようやく「教育の場」として認めた学習塾、予備校もまた学校の外にある、もう一つ別の学校であることは確かだろう。 加えて、学校の外では、スポーツクラブやボーイスカウト、ガールスカウト、図書館や博物館、美術館、社会教育センターなどでも学んだり、体験したり、映画や工作、習い事に参加ということもできる。社会人になって企業や職場での新人研修から、地位の向上に伴っての管理職セミナーや技術・専門情報のリフレッシュセミナーもあり、こうした学校以外の場所での教育を、広く社会教育という。 学校以外でも、学習塾、予備校は、最近は、文部科学省でも、「もうひとつ別の学校」ととらえるようになってきた。また、不登校の子供たちのための民間の受け皿組織、フリースクールやフリースペースもやはり学校の一種とみてもいいのでは、といった考え方もでてきた。 また、如何なる教育機関にも属せず、自宅を中心として自分の意思で勉強を行うホームスクーリングも近年増えつつある。
ただし自宅学習や一部教育機関では教育の質を選別できない子供が洗脳されたり虐待されたりする可能性もある。問題になった団体はヤマギシ会などが有名。日弁連の宗教被害対策によると子供が親と隔離された状態で教育を受け洗脳され、また隔離が同時に人質となってしまう宗教被害の実例があったと記述している。 またフランスなどは自宅学習などにセクト(カルト)的洗脳が見受けられる場合行政として救済対象とみなして活動するし詐欺的教育への予防的行政措置が活発。アメリカでは州に認可されてない非公式の大学などの卒業者が卒業後学位が何の役にも立たないことに気づいて愕然とする被害なども存在し、一概に受け入れると言う見方が成り立つわけではない。このように質の保証されないフリースクールは海千山千のものとしてみなすべきだと言う考え方もある。
これまでの日本の教育は、どちらかというと「キャッチアップ型」であり、誰でも等しく知識と見識と与えられるよう機会の平等に主に重点が置かれていた。しかし、国際競争が盛んになり、国家としての競争力が意識されてくる段になって、教育も重要な戦略分野であるとの認識が高まっている。すなわち能力・意欲のある人間には積極的な高等教育の機会を与えようというものである。この議論に対して、よくエリート偏重であるとか受験戦争を助長するとの論議があるが当てはまらない。現状の塾や予備校に実質的な教育を頼らなければならない現状こそ、親の所得格差が子供の教育機会の多寡に直接影響するのであるから、このシステムこそ問題である。すなわち、東大を頂点とする受験競争=高等教育へのステップではなくて、如何に実社会で役立つ人間になれるかという観点で教育システムを設計する必要がある。アメリカでは高等教育の担い手として大学院の整備が進んでいる。わが国でもこれをまねたシステムとしてロースクールなどの取り組みがあるが、まだまだ確固たる教育理念に立脚しているとはいいがたい。こうしている間にも優秀な人材は日本を捨てて著名MBAなど米国の一流大学院を目指し日夜努力している。それは東大最終目標の受験システムとはあくまでも別次元となってしまっており、ここでも教育行政の方向性が大きく問われている。
近年まで教育は子供や他人に教える、あるいは教えられるというスタイルが主であった。教師、親のシナリオに従って学ぶというもので、20世紀初頭の「児童の世紀」がスローガンになった大正自由主義教育運動では、それを旧教育と呼んだ。当時、子供の関心、自発性、創造力にシフトすることこそが、新教育だと考えられたわけである。
最近では更に「自らデザインし、自ら学ぶ」、「自分で学ぶ」という行為も教育の本来の姿と強調されるようになってきた。これは、子供に限らず、成人した大人や高齢者、主婦についてもいえることで、その意味ではユネスコのポール・ラングランが提唱した生涯教育(ただし、これは最近は、生涯学習と言い換えられることが多くなった)の理念につながる。
合わせて、ローマクラブ(1970年設立)の第6報告書「限界なき学習」(1980年)が出てから、学習は個人単位のものだけでなく、集団や社会、国家という単位でも過去の失敗や先例から学習するし、できるはず、国際的な民族、国家間の紛争や経済支援も互いにその原因と背景を学ぶことにより解決の方途を探ることが出来るという言い方もされるようになってきた。今日、国連やOECDなどの報告の中には、この意味で教育、学習という単語は散見されるようになっている。学校教育という意味とはもうひとつの別の教育の意味であるが、これは国際理解教育(World Studies)という名前で小中学校の教育活動に既に取り込まれている。
最近の経営書で盛んに目立つようになってきたのは、社会の変革の担い手としてアメリカを中心とする大学院のMBA取得者が注目されていることである。彼らの多くは1980年代の日本のバブル景気によって企業派遣で学位を手に入れたものが多いが、その活躍ぶりは目を見張るものがある。最近では私費にてMBA留学するものも増加しており、このような個人の経営能力で社会の価値創造を担おうとする若者が増えていることは喜ばしいことである。
彼らの活躍の源泉となるものはMBAという学位がそのカリキュラムの中に激しいインタラクティブ性を兼ね備えているからであることに他ならない。MBAでは教科書を勉強するというより、自分の頭で考え経験を生かし、いろいろな人種の人間とぶつかり合いながら、個人の能力を認めてもらおうと努力する。そのプロセスは企業家や大企業のマネージャーが回りの人間を説得しながら目標を達成しようとする実社会でのプロセスそのものといってよい。そしてどのように事業を遂行し、社会に貢献しうる価値を創造できるのか、納得ずくで行動に移していくのである。これこそまさに経営であり、経営学の真髄であろう。MBAを学歴のひとつとして捉える向きがあるが、決してそうではない。学歴とは、本来「何を勉強してきたか」を保障するものであり、「なにができる可能性があるのか」を表現するべきものである。この点において、日本では学歴があたかもネガティブな個人情報であるように捕らえられてもいるが、「何を」勉強してきたかは立派な人間の資本となる筈である。今後は幾多の個人の経歴に拘らず、「何を」勉強したのか、個人の立派な資産として積極的に開示するべきであろう。
日本の教育は以下のような点において、国際的に後れていると言われている。
1. コミュニケーション能力の育成を軽視している。
という構図になりやすく、そのような場合に女性側から見ると自分よりコミュニケーション能力の低い男性にはあまり魅力を感じることが出来ないために結果的に男性はモテることが少なくなり婚期が遅れやすく、コミュニケーション能力が低い男性の人数分だけそれらが積み重なって少子化という社会現象を引き起こす原因の1つとなっている。ちなみに女性と比べて男性は訓練をしないとコミュニケーション能力が伸びない傾向があり、その能力が伸びやすい幼少期にいかにその基礎的な能力を培うかが重要となる。
2. 日本の教育現場における英語教育と実践的コミュニケーション英語との乖離現象。
3. 暗記中心の教育
学校教育法施行令(がっこうきょういくほうしこうれい;昭和28年10月31日政令第340号)は、学校教育法に基づいて定められた政令である。義務教育に関する規定と認可、届出、指定に関する規定が大半を占める。学校教育法は、大半を文部科学省令に委任しているため同省令である学校教育法施行規則の方が参照される機会が多い。
学校教育法施行規則(がっこうきょういくほうしこうきそく)は、学校教育法、学校教育法施行令に基づいて定められた文部科学省の省令である。1947年(昭和22年)5月23日公布。昭和22年文部省令第11号。
学校教育の根幹について定めた学校教育法の中心的な施行命令であるが、詳細な規定を別の命令に譲っている部分もある。そのため、条文中、多くの文部科学の省令や告示を参照する形になっている。
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法令としての効力をもつものは、省令であるが、省令の細目を定めるものとして告示が存在する場合がある。省令の効力については疑いはないが、告示の効力については、判例上、全部が有効であったり一部だけが有効であったりするものがある。
おおまかに入学資格や卒業資格に関する検定を定めた2つの省令と設置基準を定めた省令に区分される。
学校教育法施行規則の第25条、第54条の2、第57条の2、第65条の5、第73条の10、第76条に学習指導要領等の教育課程の基準についての定めがある。学校教育法の第20条(ほかの条で準用される場合も含む)に基づいているとされる。
学校教育法施行規則においては、教諭や事務職員などの職を持つものをもってあてるとされている職(充当職)がある。次に教諭をもってあてる職以外の職を掲げる。教諭を持ってあてる職については、教諭を参照のこと。
小学校令(しょうがっこうれい)は、日本の近代の初等教育制度を定めていた勅令(命令)である。森有礼文部大臣の下、1886年(明治19年)にそれまでの教育令を廃して発布され、その後2回にわたって全面改正された。1941年(昭和16年)に発布された国民学校令(昭和16年勅令第148号)にとって代わられるまで、50年以上効力を有した。
最初に公布されたものと改正されたものを、それぞれを第1次小学校令、第2次小学校令、第3次小学校令と呼ぶ。
大学令(だいがくれい)は、それまでの帝国大学のほかに、法制度上における「大学」を創設した日本の勅令である。1947年(昭和22年)4月1日に廃止され、現在は効力を有していない。
大学令は、1918年12月6日に公布され、1919年4月1日より施行された。大学令が施行される前には、帝国大学令に基づいて設けられていた帝国大学のほかに法制度上の「大学」はなかった。「大学」と称する私立学校はあったが、それらの教育施設は、専門学校令に基づくものであり、学校種は「専門学校」に過ぎなかった。
大学令により、8校の私立大学や、公立大学、単科大学が法的に大学として認可された。第二次世界大戦降伏後は、1947年の学校教育法の施行とともに大学令は廃止されて、後に新制大学が成立した。
学制(がくせい、明治5年太政官布告第214号)は、1872年に公布された、日本で最初に学校制度を定めた教育法令。教育令(明治12年太政官布告第40号)の公布により、1879年(明治12年)に廃止された。
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「学制」はフランスの学制にならって学区制をとっている。第三章で全国を8の大学区に分け8大学校を、1大学区を32中学区にわけ256中学校を、1中学区を210小学区にわけ53760小学校を置くことを定めた。翌年に改正され、大学区は7大学区に改められて実施された。
大学南校、開成所、広運館がそれぞれ中学となり、それぞれ第一大学区、第四大学区、第六大学区に属され、大学東校、大阪医学校、長崎医学校が各大学区の医学校となった。
以下は学制頒布当初の学区のリストである(先頭が大学本部の置かれた府県)。
翌年大学区が改定され七大学区とし、中学区は239区、小学区は42451区に改められた。 これに伴い石川県の大学本部は廃止され第三大学区と第四大学区が統合し、以下学区の番号が繰り上がり、青森県の大学本部が宮城県に移された。一年間で公立私立あわせて12558校の小学校が設立された。
改定後の学区は以下の通りである。
第20章からは小学校について定めており、尋常小学、女児小学、村落小学、貧人小学(仁恵学校)、小学私塾、幼稚小学、廃人学校について規定している。尋常小学校は下等4年、上等4年に分けられた。
中学校は第29章から定められており、やはり上下2等(各3年)に分けられている。また中学に相当するものとして変則中学、家塾、中学私塾が定められている。
第33章からは夜間の職業学校として諸民学校を定めている。諸民学校には農業学校、通弁学校、商業学校、工業学校が定められた。
大学は「高尚の諸学を教る専門科の学校」で理学、文学、法学、医学を置くことが定められた。
だが国民の負担が重いなど実情にあわず、1879年の教育令によって廃止された。
微分積分学(びぶんせきぶんがく)とは、解析学の基本的な部分を形成する数学の一分野である。微分積分学は、局所的な変化を捉える微分と、局所的な量の大域的な集積をあつかう積分の二本の柱からなり、分野としての範囲をはっきりと確定するのは難しいが、大体多変数実数値関数の微分と積分に関わる事柄(逆関数定理やベクトル解析も)を含んでいる。
微分は、ある関数のある点での接線、あるいは接面を考える演算である。数学的に別の言い方をすると、基本的には複雑な関数を線型近似してとらえようとする考え方である。従って、微分は線型写像になる(ただし、多変数関数の微分を線型写像として捉える考え方は 20 世紀に入ってからのものである)。微分方程式はこの考え方の自然な延長にある。
対して積分は、幾何学的には、曲線、あるいは曲面と座標軸とにはさまれた領域の面積を求めることに相当している。ベルンハルト・リーマンは(一変数の)定積分の値を、長方形近似の極限として直接的に定義し、連続関数は積分を有することなどを証明した。現在では彼の定義による積分をリーマン積分と呼んでいる。
微分と積分はまったく別の概念でありながら密接な関連性を持ち、一変数の場合、互いに他の逆演算としての意味を持っている。(微分積分学の基本定理)
解析学の歴史を参照されたい
応用科学(おうようかがく)とは、各学問分野の応用部分を扱う学問分野である。基礎科学の成果を実用的に使えるものにすることなどをめざすことから実用学(じつようがく)、実学(じつがく)ということもある。
総合科学と同一とみなされることもあるが、総合科学は基礎科学の学問分野も含むため、正確には別の概念である。一般的に応用科学は、基礎科学との棲み分けがある程度できている。
応用科学には、以下にあげるような学問がある。なお、括弧内には、利用させる基礎科学の学問分野を示した。
情報(じょうほう、英 Information)とは、事象、事物、過程、事実などの対象について知りえたことで、概念を含んでおり、一定の文脈の中において特定の意味をもつもの。意味のあるデータ。
明治期の、森鴎外による訳語という説もあるが、実際には最初の用例は1876年出版の訳書「佛國歩兵陣中要務實地演習軌典」にある。(小野厚夫, 情報という言葉を尋ねて(1), 情報処理学会誌, pp.347-351, Vol.46 No.4, 2005)
情報(じょうほう、英 Informational Study)とは、2003年度より日本の高等学校に新設された情報教育を行うための教科である。一般的な意味である「知らせ」を表す情報と混同しやすいため、情報科(じょうほうか)、教科情報(きょうかじょうほう)などと呼ぶことも多い。普通教育に関する教科(普通教科)「情報」と、専門教育に関する教科(専門教科)「情報」がある。
教科「情報」は高度情報化社会に対応した人材を育成するために、情報の収集・分析から発信までを総合的に学ぶ教科であり、単にコンピュータの操作方法を教える教科ではない。むしろ課題によっては、コンピュータを含めいかなる情報手段も利用しないほうが適切に指導が行える場合もある。総合的な学習の時間と同様に、他教科との連携も重要となる、複合的な学習教科である。
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高等学校学習指導要領によれば、本教科の教育目標は次の通りである。
普通教科「情報」の内容を大きく分けると、「情報活用の実践力」「情報の科学的な理解」「情報社会に参画する態度」の3つの要素がある。これらの要素は、単独で存在するのではなく、相互に関係し合っている。(詳しくは、情報教育も参照のこと。)
理系。
情報社会を支える情報技術の役割や影響、コンピュータにおける情報の表し方や仕組みを理解し、問題解決においてコンピュータを効果的に活用するための科学的な考え方や方法の取得を目指すものである。
文系。
情報デジタル化や情報通信ネットワークの特性を理解し、情報やコミュニケーションにおいてコンピュータなどを効果的に活用する能力を養い、情報化の進展が社会に及ぼす影響を理解し、その上で情報社会に参加する上で望ましい態度を育成するものである。
専門教科「情報」は、科目の内容ごとに「共通分野」「システム分野」「マルチメディア分野」の3つの分野が設けられている。
この教科の免許では、普通教育に関する教科「情報」と専門教育に関する教科「情報」の両方に対応できる。
高等学校教諭の情報の普通免許状を取得するには、次の科目の単位を取得しなければならない。
(stub)
教科用図書(教科書)の整備も遅れている上、教員自身がよくわかっていなく生徒に指摘される場面が、普通教科「情報」において続いている。
普通教科「情報」の教育が不振である原因としては、大学で新規に免許状の授与を受けるため体系的に学習する者や、企業で技術者として専門的な能力を習得した上で免許状の授与を受けることを目指す者は、多数の単位修得のために長期間を要することが必要であるのに対して、高等学校の情報教育を推進する立場である現職の教員(教諭)は、短期間の講義・レポートによって免許状の授与を受けることもできる。この場合、短期間の講習による弊害から、必ずしも授業の土台となる専門的な知識が備わっておらず、浅い指導しかできない状況にある。そのため、学校によってはパーソナルコンピュータを操作する実習(事務用ソフトウェアの操作の習得)が、ほぼ100%に近い状態で行われる場合があるといわれる。これは「情報」の専門分野というより、教職課程において共通の必修科目である「情報機器の操作」の範囲である。
また、進学指導を優先し「情報教育=就職の基礎」と考える教員において、この教科を「生徒の進路(大学受験)と関係が無い」と軽視する傾向が見られ、社会に適応する教養としての情報教育に真剣に取り組もうとする教員の努力が理解されない懸念がある。
また、しばしば見られる状況としては、特定のソフトウェアに依存した教育しか行われていなかったり、特定のソフトウェアでしか作成できない形式でのファイル提出を強制したりしていることもある。また、使用するソフトウェアがプロプライエタリなソフトウェアである場合が多く、学校による一企業への支援ではないかという疑問も投げかけられている。生徒自身も就職したときにデファクトスタンダードとなっているプロプライエタリなソフトウェアを操作できなければ、戦力と看做されなく勉強しなおさならなければならない、と考えている場合もありこの問題の解決は難しい。また現在意匠法の改正案が提出され、プロプライエタリではないソフトウェアがデファクトスタンダードのソフトウェアのインターフェイスデザインを模倣することが違法となる可能性が出てきており、この先も通常教育においてプロプライエタリなソフトウェアが使用される可能性は高い。企業においては高等学校新規卒業者の雇用にあたり、事務用ソフトウェアの操作が出来ない者より出来る者を優先する動きがあるものの、その簡易な操作方法は、職場の実務に並行して習得することも可能である。このため、事務用ソフトウェアの操作方法よりも、むしろ、情報の取り扱い、情報活用(情報収集・情報処理・情報発信など)の基礎について中等教育段階で習得することを求める動きがある。
ハイパーリンクの取り扱いに関して著作権で保護されないハイパーリンクについて、無断リンクを禁止するような内容の記述や指導が行われていることが問題になっている。 (stub)
免許取得者に対しては、生徒に対する情報教育にとどまらず、教員など学校職員に対する情報教育も期待されている。しかし教科用図書(教科書)の整備が遅れていることもあり、担当科目の指導案のみならず、生徒の学習理解に応じた補助教材を自分たちで作成し、この補助教材が授業の中心になることもある。また、情報機器・情報ネットワークの保守運営にとどまらず、視聴覚機器の取り扱い担当として割り当てられることもあるなど、教科以外の対応も非常に多い。
また、教員採用試験においては「情報」だけを所有する者の受験を認めない自治体(例えば東京都では「情報」と数学または理科の免許が必要)が多く、正規採用を受けていない教員においては「情報」を取得後に他教科の免許を追加、あるいは既に免許取得している教科に「情報」を追加することで当該教科の受験機会を得る動きが見られる。
臨時的任用により講師として従事するにしても、現職の教員によって体制が固められ「人員が足りている」学校が多く、この教科だけで従事する機会を得ることが困難となっている。また開講される科目数が少ないこともあり、「情報」のみ免許取得している教員に対する需要は低い。教員として働く機会を得ても、その多くは非常勤講師である。
「情報」の教職課程は、他の教科と併設されることが無く、他教科と並行して取得することは困難である。したがって、大学新規卒業者が教員免許状を有する場合この教科のみとなり、情報教育に高い志を持って免許取得しても、この教科だけで受験可能な自治体の教員採用試験で合格し採用されない限り、常勤教員としての勤務が実現しない可能性が非常に高い。
パーソナルコンピュータの操作が授業の中心になっている現状から「誰でも教えられる」という誤解がある教科だが、不測のトラブルなどへの対応のために専門的能力のある者が求められており、他教科の教員に対し情報教育への理解が求められる。
地球科学 (Earth science) は、地球磁気圏から地球内部のコアに至るまで地球に関するあらゆる学問を総称した名称であり、内容は地球の構造や環境、歴史などを目的として多岐にわたる。地球に関する研究は、石炭の発掘などの実用的な目的の中で地層の層序や堆積構造などを解明する地質学が発達したことに始まるが、自然史学的な色彩が濃かったために比較的進歩は遅く20世紀になってようやく地球に対する認識が大きく進展してプレートテクトニクスの発見などの飛躍を見せた。しかしながら地球に関してはまだ解明されていないことが多く、まだ本格的な研究は始まったばかりと言っても過言ではない。地球は実質的に人類の生活できる唯一の星であり、資源の利用法など、人類の進歩のためにその解明の必要性はむしろ高まりつつある。また、近年大きな関心を寄せられている地震予知や環境問題、火星探査などに直接関わる分野として注目され始めており、今後の更なる発展が期待される学問である。
地球科学あるいは地球惑星科学は、ひとつの学問体系というよりは地球に関する様々な学問分野の総称であり、地質学・地理学・地球物理学・地球化学などに細分化されているのが現状である。またその研究対象も分野によって大気圏・表層環境・生命圏・地球内部・太陽系など多様であるが、最近ではこれらの相互関係に重点を置いて地球全体をひとつのシステムとしてとらえ総合的に研究しようとする地球システム学(惑星システム学)が提唱されている。
また、地学という言葉は幕末に geography の訳語として提唱されたものであるが、明治になってgeography を地理学、geology を地質学と訳すのが普遍的になったため、地学という語義はやや曖昧である。一般には物理・化学・生物などと同様に、高校の授業科目や大学受験科目として地球や天文に関するものを「地学」と呼ぶことが多い。大学などにおける専攻分野としての「地学」は地質学・鉱物学を主体とするものであるが、通常これに加え古生物学や自然地理学などが含まれる。さらに広義には「地球科学」とほぼ同義に用いられることがある。
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以下に、地球科学あるいは地球惑星科学と総称される主な研究分野を挙げる。これらは必ずしも独立の用語ではなく、同義あるいは互いを包括する語として用いられることが頻繁にある。
地理歴史(ちりれきし)は、日本の学校教育における教科の一。地歴(ちれき)と省略して呼ばれることもある。世界史、日本史、地理といった科目を一教科として教科名にこの呼称を使用する。
外国(がいこく)とは、自国以外のよその国を指す。外国の人民のことは、外国人と呼ばれる。
地理的な区分よりも政治的・経済的、あるいは文化的区分などの外交上の意味合いが強い。自国と比較する場合に用いられることが多く、類する語に他国、異国、異境、異邦、外地、海外などがある。
島国である日本の場合は海外の国々を指すが、多くの国々は自然的国境よりも歴史上の人為的国境により領土が設定され、外交上自国の主権が及ばない地域を意味する。このことから、自国の領土内であっても大使館や領事館などの在外公館や外交官は外交特権が与えられ不可侵とされている。
集団主義の傾向があると言われている日本の社会では、「内」の対義語である「外」の概念が根強く残っており、海外諸国を外国と表現する他にも外圧、外敵、外人などのようにマイナス要素が含まれる場合があり、その閉鎖性が指摘されることもある。
学校(がっこう、英 school)とは、教育のための建物、または学生その他に対して教育が行われる場所のことである。また、そこでことに当たる人々のことをいうこともある。
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英語 schoolの語源は古代ギリシャ語で、schole(スコレー、暇)。
古代ギリシアや古代ローマの「市民」(市民権をもつ男、裕福で労働は奴隷がおこなう)が、音楽やお芝居、議論を楽しんだり、スポーツを嗜んだりする暇な時間、そしてその暇つぶしの場所から由来し、ラテン語でそれをschola(スコラ)と訳したのが直接の語源になる。scholaは、「学院、僧院」の意味で、思想史では「スコラ学」(僧院哲学、スコラ哲学)の名前で出てくる。実際には、スコラはキリスト教の教義の研究や教育に専念する修道士たちの生活と研究の場であった僧院のこと。
学校は、初等教育、中等教育、高等教育と分かれ、初等教育では基本的な学力と、基礎生活、集団生活の決まりなどを身に付ける。
学校は、寺子屋などと呼ばれたが、ヨーロッパで大学が設立されるようになる。
身分社会がなくなると、学校への一般市民層の流入により、20世紀からは学校が増大した。
しかし発展途上国では学校の整備が間に合っていない。
学校の設立を行ったのは、大部分が私立であった。しかし近代になると、教育が国家事業として行われるようになり、公的な団体によって設立されるようになる。
家庭(かてい、home)とは、家屋としての家とそこに生活を共にする家族の成員で創られていくもの。単に一緒に住むだけでは不十分。そこで生まれてきた子どもにとっては、家庭は「第二の子宮」という人もあり(井上ひさしの『吉里吉里人』など)、常に火宅(檀一雄)という人もある。本来は、人がそこに戻り、くつろぐことが出来、「家にいる」と感じることのできる安らぎと「庇護された空間」(オットー・フリードリッヒ・ボルノウの用語)のことである。
家族のライフサイクルの中では、家庭はしばしば子育ての場であったり、さまざまな家事労働。食事の世話、掃除洗濯、買い物、一家団欒、庭仕事、老人の世話と介護、家計、地域の付き合いなど家族と関わる世界のマネジメントを主な内容としていたりもする。こんにち、その機能の幾つか、例えば掃除洗濯、子どもの教育、買い物、老人の世話などが外注に回され、真に家庭の機能として最後まで残るのは一家団欒だけではないのか、という議論もある。
子育ての終了した中高年の夫婦で、夫の定年間近になっていきなり妻が空疎感に襲われての定年離婚といったものもある。発達心理学では、空の巣症候群という言い方をするが、本来、子育ての巣の役割を持つ家庭が、空になったとき、その目的喪失感が巣の住民たちを途方にくれさせることにもなる。
逆に、親もしくは家族を失ったか、それが機能しない状態にある子どもたちのための児童養護施設、あるいは孤児院、乳児院、老人ホーム、介護老人ホームなどは、その施設の略称に「ホーム」を使い、擬似家庭のような雰囲気を入所児童や入所者に持たせるような工夫をしている。 それは、賃貸しマンション、アパートについても同様で、「家庭」「ホーム」という言葉の持っている特殊な語感は、ケアの質にもかかわっているということだろう。
宗教(しゅうきょう)は一般に、神・超越的存在・聖なるものなどについての信念や信仰、信念や信仰と結びついた個人の態度(超越的なものとの関係)・活動(礼拝など)・制度(寺社、教会など)信者の形成する社会などを表す。
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「宗教」の語源は、幕末期にReligionの訳語にあたる語が必要になるにあたり、宗教一般をさす語として採用された語である。一般には明治初期に広まった。この元になった単語 Religion は、ラテン語の単語 religare から生じた語である。religare はもともと「参加すること、結合すること」という単語であり、そこから人間と神をつなぐこと(縁)を意味すると理解されていた。
磯前 (2003) によれば、Religionの語が最初に翻訳されたのは日米修好通商条約においてであり、訳語には宗旨や宗法の語があてられた。他にも、それに続く幕末から明治初頭にかけての間に用いられた訳語として、宗教、宗門、宗旨法教、法教、教門、神道、聖道などが確認できるとする。この内、「宗旨」、「宗門」など宗教的な実践を含んだ語は、「教法」、「聖道」など、思想や教義の意味合いが強い語よりも一般に広く用いられており、それは多くの日本人にとって宗教が実践と深く結びついたものであったことに対応する。「宗教」の語は実践よりも教義の意味合いが強い語だが、磯前の説ではそのような訳語が最終的に定着することになった背景には日本の西洋化の過程で行われた外交折衝や、エリート層や知識人の価値観の西欧化などがあるとされる。
宗教の定義は後述のとおり使用される場合によって変わり、厳密な定義ができるものではないが、一般的な傾向は存在する。傾向として、次の諸点が指摘できる。
信仰内容には、通常、科学で検証の対象とならないような世界の秩序、人間の存在の意義などについての考え方が含まれている。 なお、考え方や教義の中に含まれる思想的傾向を教団や信者団体が実践しているかどうかは、また別の問題である。
世界の宗教の信者数は、キリスト教の20億人 (33%) 、イスラム教(イスラーム)13億人 (22%) 、ヒンドゥー教9億人 (15%) 、仏教3億6000万人 (6%) 、儒教・道教2億3000万人 (4%) 、無宗教8億5000万人 (14%)、その他(5%程度)である。一般にキリスト教、イスラム教、仏教は世界宗教とよばれ、人種や民族、文化圏の枠を超え広範な人々に広まっている。また、特定の地域や民族にのみ信仰される宗教として、民族宗教と分類される宗教がある。ユダヤ教や神道、ヒンドゥー教などが分類される。ヒンドゥー教はヒンドゥー(文化圏としてのインド)の人々にのみ信仰されているが、様々な語族にまたがる数多くの人々に信仰されている(南アジアおよび東南アジアのバリ島が含まれる。なお、これらの地域には、イスラム教や仏教も伝わっている)。これらよく知られた宗教には、実際には様々な分派が存在する。キリスト教をとっても大別してカトリック、プロテスタント、東方正教などに分かれ、イスラム教もスンナ派、シーア派などが存在する。また、現在においても新宗教(新興宗教)が新たに興っている。このように世界には、様々な世界の宗教が存在する(日本の宗教も参照。)
宗教の対象が普遍的・究極的なものである場合が多いためか、「宗教」という単語に対しても、厳密な定義があるかのように考えられる場合がある。しかしながら日本語の「宗教」という語自体の定義は明治以降に広まったものであり、また百数十年の間にも変化しているものである。また、日本語以外の「宗教」に相当する単語は、各言語の歴史的・文化的経緯を経て意味が確立しているため、厳密にはそれぞれ別の意味を持つ語である。そのため、「宗教」という言葉がどのような意味で使われているのかは、文章中の定義や文脈で判断する必要がある。
また、宗教を広義にとらえると、その構成要素には社会や文化や生活、思想や道徳など、非常に広範な物事が含まれる。その宗教の中に生きている人間は通常宗教を意識しない。宗教は、他の宗教との接触があった場合や政治権力が宗教的権力と対立した場合、理科学的事実と経典内容に矛盾が存在した場合、あるいは聖と俗など非日常的なものと比較的日常に属するものの区別を行う場合に表面化する。このため、キリスト教に対する未開の宗教、政治権力に対する宗教教団、科学による世界観に対する宗教的世界観、日常生活に対する祭り、などの形を通して宗教は意識される。顕在化した宗教意識は場合によって視点が異なるため、「宗教」という言葉が指す内容も場合により異なる原因になる。
宗教の定義に関する一般的な問題として、以下の問題がある。
日本の現行の民法では、宗教と祭祀を区別しているようにも解釈できる。 このように人々や社会の営みのあり方が宗教と非宗教の区別を持たないケースがあること、また、そうした区別が仮に研究者によって見出されることがあるとしても、当事者は意識しているとは限らないこと、などは宗教の定義を困難にしている一因だと考えられる。
また、「宗教」とならび、宗教で重要な地位を占めることの多い「神」の定義も困難である。古代の日本において「カミ」は、人知を超える霊的な力の総体を指すものであり、「かしこきもの」とされる。いわゆる「神様」だけではなく、精霊のようなものも含まれる観念であったと考えられる。一方、漢字の「神」は人の心(死んだ際に抜け出すもの)であり、日本語では「タマ」に近いものと考えられる。また、戦国時代にはキリスト教にある唯一絶対神も含まれる。神も、時代・地域(文化圏)の変化とともに定義が変わってきたものである。
神が宿っている物。
宗教は、様々な表現形式を通して、時間や空間を超えて伝えられている。神話や伝説、教典の内容や教義は、口伝や詠唱、詩、や書物を通して伝えられる。また、通過儀礼や年中行事などの儀礼を通して伝えられる場合や、生活習慣や文化の中に織り込まれる場合もある。食事の際に生産者や自然に感謝をする場合などがこれにふくまれる。 また、絵画や彫刻などの芸術、音楽、舞踏、建築などを通して伝えられる場合もある。
また、宗教は価値観や世界観、思想的な傾向を提示するだけではなく、物事の概念を明確化する働きもある。正月、クリスマス、ハロウィンなどの年中行事を通して時間の進行を明確化し、成人式や結婚式、葬式などの通過儀礼を通して社会的役割の変化を象徴的に体験させ適応させる、神話を通して人生の雛型や世界観を提示する、戒律や道徳観を通し人の生活にルールを与えることなどがある。このように宗教は、人々が生活する世界を形作っているものであり、生活や文化と不可分である場合も珍しくないといえる。宗教が何であるかを定義することが難しい大きな原因の一つでもある。 歴史的には、宗教は、現代では政治や科学が担っている活動や思想も含む、非常に包括的なものであった。日本語の「まつりごと」に「政」「祭」「祀」などの字があてられる点にも、宗教と政治が一体(祭政一致・政教非分離)だった名残が見て取れる。
社会や文化、政治や生活と溶け合って存在する宗教は、社会の誕生とともに存在し、全ての社会において何らかの形で存在してきたとする見方もある。ラスコーの洞窟壁画のように、遺跡しか残されていない社会であっても、そこに宗教的な実践があったことが覗うことができる。(ネアンデルタール人の時代には既にあったと思われる)
近代化や都市化、科学の発達、あるいは人権思想の発達などにより、宗教が担ってきた様々な機能が要素が他のものに置き換えられていった。これは言い換えると、政治や科学、あるいは人権思想などは、宗教と同種の部分含まれていると言い換えることもできる。
現代の日本社会では、宗教と科学、宗教と政治は別々のものであるとする考えが一般的である。これは、宗教という概念が欧米から輸入されたものであることが影響していると考えられる。 近世ヨーロッパでは、宗教と科学が分けて考えられる。これは、科学の発達に伴い、聖書の記載内容と自然科学の研究成果が相容れない場合(進化論のダーウィンと教会の対立など)が多くなったとき、つまり宗教と科学が対立した場合に科学的事実より、カトリックの聖書の見方を優先させられたガリレオ・ガリレイの逸話などが広く普及しているためと考えられる。実際、近代以降では、一般には聖書の記述内容と科学の知見に矛盾があったとしても、聖書の方を宗教的に有益な寓話等と見做し別のものとして扱うのが一般的である。 国家と宗教のかかわり方には、現実には様々な形がとられている。日本では建前上は政教分離の原則が取られているが、これは、欧米で一般に政教分離の原則が取られており、日本も欧米にあわせたためである。欧米では近世から近代にかけて、西欧では政治への教会の介入を避けるために、北米ではイギリスから信教の自由を守るために、宗教権力と政治権力を分離するように進められたためである。しかしながら現代社会においてもなお、ヨーロッパにおいて宗教系の政党が存在するなど、宗教と政治は完全に分離したわけではない。なお、ヨーロッパにおいては、フランスが政教分離に比較的厳密であり、公共の場において宗教を表すことがはばかられる。(例えば公立の学校にイスラム教徒の女生徒がスカーフをしたまま登校するという「事件」が、公共の場に宗教を持ち込んだとしてメディアを賑わす大騒動となったことがある。)マルクスを起源とする共産主義国家においては、実情は様々だが、建前上は一般に宗教が否定されていた。一般にイスラム世界においては、宗教と社会を分けて考えない意識が歴然として存在する。西欧近代と大胆に接近し、最も西欧的なイスラム教国であると言われ、西欧のやり方を導入して政教分離を定めているトルコでさえ庶民のレヴェルにおいては宗教=社会という観念がしばしば見られる。いわんや「イスラム色」の強い、保守的と言われるイランやサウジアラビアでは尚更である。また、中東から東南アジアの国々において宗教の権威が政治に対し影響力をもつ事例は多い。特にこの地域には国教を定めている国が数多く存在する。国家の最高権力者と宗教のリーダーが同じである場合もイスラム革命後のイランなど極一部に存在する。また、最高権力者が宗教のリーダーによって任命や、承認される事例もある。もし天皇家を神道のリーダーとみなすならば、形式的とはいえ日本もこの例に当てはまる。このように、宗教と国家のかかわり方は、現在においても様々である。
なお、現代では信教の自由が国家により保障されている場合が一般的であり、自らが信仰する宗教を自ら選択することができる。教義は個々の信者の解釈によって変わることがあり、時にはそれが新宗教の成立に繋がる場合もある。
宗教はその教義によらず、組織化されているものは経済主体の一つとみなすこと出来る。中世世界において、国民経済の形成が未熟だった時代においては貨幣経済の維持に宗教が必要であった。宗教組織は、その教義に基づき富裕層が蓄財した貨幣の寄進を受け、寺院建設や組織維持に消費した。寺院や宗教組織はほとんどが生産力が低いため、貨幣経済における重要な消費主体となりえたのである。こうして、富裕層が蓄財行為によってもたらす供給超過を、意図するかしないかに関わらず解消することができた。これは現代における政府の所得再配分機能と同じである。
近年では、古代におけるピラミッド建設がナイル川の洪水で職を失った人々に対するケインズ政策としての側面を持っていたとされている。
さらに宗教は、「死」を扱うことで個人の遺産の一部を獲得した。それが世代間の所得格差是正機能をも併せ持っていた。
近代に入って、民間企業投資が新たな経済主体として躍進すると宗教組織経由の消費システムは次第に破綻していった。さらに啓蒙思想の高まりと併せて宗教は精神面での純粋化を進めることになった。しかし、その経済機能は先進国においても一部で未だに機能している。
日本において宗教団体は宗教法人として法人格を得ることができる。宗教法人の認証は、主たる事務所の所在地を管轄する都道府県知事が行う。但し、他の都道府県内に境内建物を備える場合や他の都道府県内にある宗教法人を包括する宗教法人の場合などは文部科学大臣が認証を行う。認証の後、事務所の所在地において設立の登記をすることにより成立する。民間信仰や新宗教などの宗教団体の中には法人格を得ていない場合も多い。
現在、日本には、神道系85,212団体、仏教系77,640団体、キリスト教系4,445団体、諸教15,337団体が存在する(平成14年12月31日現在、文化庁「宗教年鑑」(宗教統計調査)による)。
フランス政府セクト対策一覧
幾何学 (きかがく、ギリシャ語γημετρεω、英語geometry)とは、数学の分野の一つであり、図形もしくは多様体について研究する。
幾何学の起源は、古代オリエントにおける土地測量の手法にまで遡る。幾何学の古代ギリシアにおいては「γη(ゲー):土地」、「μετρεω(メトレオ):測定」を意味した。英語 geometry は それは翻訳しgeo-(土地)+-metry(測量)としたものである。幾何学が大きな進歩を遂げた最初は、他の数学の分野と同じように、であった。彼らはそこで多くの定理を発見し、幅広くそして深く図形を研究したが、特に注記すべきなのは、彼らが証明という全く新しい手法を発見したことである。少数の原理から厳密に演繹を積み重ねて当たり前とは思えない事柄を示していくやり方は、エウクレイデス(ユークリッド)の原論において完成され、後の数学の手本となった。ヨーロッパでは長く、幾何学的精神という言葉が、厳密さを重んじる数学の王道(royal roadではない)ともいうべきあり方とされた。また、幾何学は楽にすます道が無い事から「幾何学に王道無し」と言う言葉も生まれた。
幾何という漢字熟語は、幾何学を表す geometry の先頭部分 geo- の音写 jǐhé(チーホー)として、中国で考案された。これが日本に輸入され、「きか」と発音される日本語となった。
幾何は漢文「幾ら」の意味もある。
工芸(こうげい)とは、実用品に芸術的な意匠を施し、機能性と美術的な美しさを融合させた工作物のこと。多くは、緻密な手作業によって製作される手工業品である。あくまでも実用性を重視しており、鑑賞目的の芸術作品とは異なる。ただし両者の境界は曖昧であり、人によっても解釈は異なる。
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ガラス工芸の技法
絵画 - 版画 - 浮世絵 - 書 - イラストレーション - 彫刻 - 工芸 - 陶芸 - デザイン - 写真 - 映画 - 舞台芸術 - 建築 - 庭園 ウィキポータル:美術 - 舞台芸術 - 建築 - デザイン |
世界(せかい)
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地球上の世界には、次の地域がある。なお、考え方によって区分は異なる。大陸、六大州なども参照。
世界の歴史(せかいのれきし) 一国や一地域に囚われない世界的視点に立ち、世界的枠組みで歴史を把握する歴史叙述。日本では明治期の国史(日本史)・東洋史・西洋史という枠組みの概念である。
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歴史の一覧
人文科学(じんぶんかがく)あるいは人文学(じんぶんがく)は学問の分類の一つ。
人文学は、広義には自然学が学問的対象とする自然 (nature) に対して、人間・人為の所産 (arts) を研究対象とする学問であり、またそれを可能にする人間本性(human nature)を研究する学問である。これは学問を自然科学と人文科学に二分する分類法で、この場合、社会科学は人文科学に含まれる。一方、社会を人間と対比された形で一個の研究対象と見るとき、学問は自然科学・社会科学・人文科学の三分される。こちらの方が、今日では一般的である。
もともとhumanitiesの訳語でありscienceという言葉は含まない。また人文科学の分野の多くが実験による実証ができないために、「科学」の名称を与えることに批判的な論者もいる。そういった論者は人文学という名称のほうを好む。人文科学における、研究方法の一つの主要な柱は文献学的方法であり、解釈の論理的整合性だけが研究者の主張に妥当性をあたえる。ただし、分野によっては実験や観察、統計もまた人文科学の方法として使用される。
心理学は自然科学的な性格も併せ持つので問題ありかもしれない、とする論者もいる。これは学問の分類が方法に基づくものか、目的・対象に基づくものかの考え方の違いである。心理学の対象が自然として見られた人間なのか、人間の自然(人間本性)なのか、で変わってくるだろう。前者であれば自然科学であろうし、後者であれば人文科学である。あるいは、統計や実験など自然科学的手法をもちいた学問分野はすべて自然科学である、とみなせば心理学の大部分は自然科学に分類される。
また、人間の研究のうちでも特に人間行動にかかわる分野を行動科学と称し、別個に学問の分類に加える場合がある。この場合、教育学、心理学、社会学、宗教学などは人文科学でなく行動科学に分類される。これは学問手法による分類でなく、学問の目的・対象による分類である。
ただし、人文科学という語が揶揄的に用いられる場合を除いて、実際に研究者が自分の学問が自然科学か人文科学か社会科学かという事にこだわることはなく、あくまで分類上の問題である。研究者は自分の興味に基づいてテーマを選択し、目的に応じて手段を選ぶからである。
日本語で使用される意味での人文科学を意味する英語には、Arts, Humanities, humane studies, cultural studies などがある。文化学という名前は(特定の文化を研究する学問として)より狭い意味にとられがちであるが、cultural studies は人文科学と同義に考えた方がよいことが多い。また、教養学は理系的教養を包括して日本語の「人文科学」では収まりきれなくなることがある。
人文科学には一般に以下の学問分野が含まれる。
日本の大学では、これらの学問分野の教育・研究を主に文学部・人文学部などがおこなう。
代数(だいすう)
体操(たいそう)とは、スポーツの一種で、飛んだり跳ねたりするなど、ある程度の激しい動きとリズムを伴って、いろいろなポーズに身体を動かすものをいう。
大きく、一般向けの健康維持や肉体をほぐすための準備運動の目的、学校における体育授業の一環として行うものと、体を動かす姿の美しさを競う競技としての体操の二つに分かれる。
前者としてはラジオ体操が代表的で、後者としてはゆか、あん馬などの体操競技や新体操などがある。
似たようなものとしてはエアロビクスやトランポリン、場合によってはチアリーディングも挙げられよう。
フィットネスやウエルネスのような用語は、かなり広くものごとをとらえたニュアンスがある言い方である。ウエルネスは、生活科学として、運動を適宜日常生活に取り入れながら、健康的に日々の暮らしを送ろうと言う主旨で提唱された概念である。
体育(たいいく)は、学校における授業の教科または科目の1つである。スポーツなどの各種の運動を通じて、心身の健やかな成長をねらうと共に、自己の体のしくみなども学ぶ。
保健の分野・科目と一緒にして保健体育とされることもあり、学校の教科としては、小学校では「体育」、中学校では「保健体育」、高等学校では普通教育に関する教科(普通教科)として「保健体育」が、専門教育に関する教科(専門教科)として「体育」が存在している。
体育は、英語のphysical education(身体教育)の訳語として戦後の教育改革において新しく導入された科目である。保健体育はphysical and health educationの訳語である。(しかし、東京大学大学院教育学研究科では、保健体育研究室と名のらずに、身体教育学研究室としている。)
おおまかな教育目標は、各学校種ごとに学習指導要領で定められており、例えば、高等学校の普通教科「保健体育」については、「心と体を一体としてとらえ、健康・安全や運動についての理解と運動の合理的な実践を通して、生涯にわたって計画的に運動に親しむ資質や能力を育てるとともに、健康の保持増進のための実践力の育成と体力の向上を図り、明るく豊かで活力ある生活を営む態度を育てる。」と規定されている。
しかし一部では、体育でつくられた体力は日常生活にいらないなどの理由で、文部科学省に体育廃止を求める声もある。
作文(さくぶん)とは、文字通りには、「文章を書くこと」。小中学校では、国語科の単元の一つとして「作文」があり、読書感想文、夏休みの日記、社会見学、合宿など体験的な行事の感想などさまざまなテーマで書く課題が与えられる。学級内のいじめや仲違いなどの事件の反省として書かされる場合もある。
日本には戦前からの生活綴方の伝統がある。現在でも民間教育研究団体の「日本作文の会」が活動している。
その一方で、日本での作文教育は、国際的な基準から見て、非体系的で主観的とみなされることもある。たとえば、翻訳業界では、日本語文章の構成が恣意的で非論理的であることが多いため、日本語から他国語への翻訳はひときわ技能を要するとされている。また、日本語の教育については、比較言語的な客観的立場ではない、諸外国語の知識のない研究であることや、日本語のみの理解にもとづいている点を指摘されることもある。また日本語の文法についても、諸説に分かれる点が非常に多く、今後の研究が待たれる。
作文は、単なる学習の課題であるだけでなく、思考をまとめ、表現する活動としても重きを置かれている。欧米の大学では、「Writing」として教養課程で作文を実施しているところもある。日本の大学教育では、比較的軽視されている傾向がある。
修身(しゅうしん)とは、身を修めることを意味し、日本の明治時代から昭和時代前期における小学校と国民学校で設けられた教科のことである。
修身は、第二次世界大戦後の道徳の時間に相当するものとも考えられるが、大日本帝国の臣民(国民)の育成を目的に行われ、筆頭教科に位置付けられていた。昭和時代前期においては、皇国の道に則ることが学校教育の目的に含まれるようになり、皇民化教育の一翼を担った。
第二次世界大戦後の道徳の時間については、教科用図書(教科書)が設けられず、各教員が工夫して行うことが求められていることに対して、修身では、善悪を個別に明示するという徳目主義であったとされ、○×式の試験も行われたといわれる。
敗戦後、連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) は、国史・地理と並んで、修身が軍国主義教育とみなし、授業を停止する覚書きを出した。
保健(ほけん health)とは、健康を保つ事。
人間の健康維持に関連する資格・施設・食品などは、「保健~」という名称で呼ばれる。
「保健体育」は健康維持のために、運動能力や知識を向上させる教科である。
体育(たいいく)は、学校における授業の教科または科目の1つである。スポーツなどの各種の運動を通じて、心身の健やかな成長をねらうと共に、自己の体のしくみなども学ぶ。
保健の分野・科目と一緒にして保健体育とされることもあり、学校の教科としては、小学校では「体育」、中学校では「保健体育」、高等学校では普通教育に関する教科(普通教科)として「保健体育」が、専門教育に関する教科(専門教科)として「体育」が存在している。
体育は、英語のphysical education(身体教育)の訳語として戦後の教育改革において新しく導入された科目である。保健体育はphysical and health educationの訳語である。(しかし、東京大学大学院教育学研究科では、保健体育研究室と名のらずに、身体教育学研究室としている。)
おおまかな教育目標は、各学校種ごとに学習指導要領で定められており、例えば、高等学校の普通教科「保健体育」については、「心と体を一体としてとらえ、健康・安全や運動についての理解と運動の合理的な実践を通して、生涯にわたって計画的に運動に親しむ資質や能力を育てるとともに、健康の保持増進のための実践力の育成と体力の向上を図り、明るく豊かで活力ある生活を営む態度を育てる。」と規定されている。
しかし一部では、体育でつくられた体力は日常生活にいらないなどの理由で、文部科学省に体育廃止を求める声もある。
化学(かがく)とは、原子・分子を物質の構成要素と考え、物質の構造・性質・反応を研究する自然科学の一分野である。日本では幕末から明治初期にかけてはセイミ(舎密)と呼ばれた。また、「科学」との混同を避けるためばけがくともいう。
化学分野の具体的な項目についてはPortal:化学ならびに化学カテゴリを参照されたい。
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すべての物質は原子からできており、またその性質は原子自身の状態や、原子同士の結びつきかた(化学結合)で決定される。化学は基本的には原子・分子レベルでの物質の構造や性質を解明し、また新しい物質や反応を構築する学問である。
化学には、研究手法や対象とする物質の違いによって多くの分野が存在する。しかし、各分野間には関連領域が存在するため明確に区別することは難しい。以下に例として代表的なものを挙げる。化学の他の分野については化学の分野一覧を参照のこと。
物質は全て原子でできている。これが化学結合によって幾つか結合すると分子を形成する。原子や分子はまたイオンやラジカルという状態をとりうる。また、同じ物質でも、原子価によって性質は異なる。これらの性質には電子が大きく関与している。
原子や分子がある程度の量あつまると、特徴的な性質をもった集団を形成する。これを相といい、大きく分けて固体、液体、気体などがある。
物質は原子から構成されるが、その原子間の結び付きを化学結合と呼ぶ。化学結合には形式によって幾つかの分類があり、その種別により物性は大きく異なる。また、結合している原子同士も、結合を中心に振動・回転といった揺らぎ運動をしているので、相対的結合関係(立体配置)は変わらないものの、空間を占める絶対的位置関係(立体配座)は容易に変化する。
複数の物質を混合したり、必要があれば加熱・冷却する事により異なる化合物ができる。これを化学反応と呼ぶ。化学反応は物質を構成する原子の間の化学結合の変化により起きる。化学反応の前後では全体の質量は変わらない。これを質量保存の法則(あるいは物質不変の法則)という。
炎は有機物の酸化反応によって放出される熱エネルギーの現れであるから、化学の歴史は人類が火を扱いはじめたときから始まっているとも考えられる。金あるいは銀以外の金属は、自然界には酸化物ないしは硫化物として産出するので、古代における青銅器・鉄器などの金属精錬も化学反応である還元反応を知らずと利用しているのである。
古代ギリシアにおける学問の発展はアリストテレスにより大成されたが、その理論に基づいてアレキサンドリアで錬金術が学問化された。これは、アラビア世界に伝達されてアラビア科学の一部となり、中世ヨーロッパにおいて、天文学、数学、医学と同様にラテン語に翻訳された。金を他の物質から作ろうとする錬金術が盛んになり、様々なものを混ぜたり加熱することが試みられ、結局、金は得られなかったが、その副生物として各種薬品が生み出された。この錬金術が化学のルーツとされる。ただ当時は、化学変化を引き起こす真理を探求する学問と言うよりは、実験的事実を集積する博物学的学問であった。
近代に入ると、化学反応を定量的なアプローチで解釈するようになり、原子・分子の組み換えが化学反応の本質であることが理解されるようになった。しかし、化学反応の中心原理が何であるかは、物理学が原子の成立ちを解明する19世紀まで待つ必要があった。すなわち19世紀後半に展開した原子核と電子に関する物理学は、化学反応が原子と電子の相互作用に基づくことを解明した。
また20世紀に入ると、化学結合の性質が量子力学で支配される電子の挙動(分子軌道)に起因することが理解され、これが今日の化学の中心原理となっている。とはいうものの、今日において物理学の根本が量子論・相対論の時代であってもニュートン力学の価値がいささかも失われていないように、近代に確立した化学当量、オクテット則や酸化数あるいは有機電子論などの古典化学理論は、今日的な意味を失うものではない。
印刷(いんさつ)とは、インク等により、紙などの媒体に文字や絵、写真などの複製をつくることを指す。
現代では二次元の媒体に限らず、車体など三次元の曲面に直接印刷する技術も多数開発されており、印刷がカバーする範囲は極めて広くなっている。
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東アジアでは、2世紀ごろ中国で紙が発明され、7世紀ごろには木版印刷が行なわれていたといわれ、また11世紀には陶器による活字を使った印刷が行なわれていた。金属活字による印刷は13~14世紀の朝鮮(高麗)にあらわれている。現存する印刷物で年代が判明しているものとしては、日本の百万塔陀羅尼がある。
ヨーロッパでは、1450年頃のヨハン・グーテンベルクによる活版印刷技術の発明で、印刷が急速に広まった。
欧米においては活版による文字、凹版による絵画の印刷が行われ、日本では木版による凸版印刷が広まった。
その後、写真の技術と写真植字、オフセット印刷が発明・改良されることによって紙に印刷する場合の多くはオフセット印刷されるようになる。
パソコンなどのプリンタからの「プリントアウト」と、印刷会社にあるような印刷機による「印刷」は、まったく別のものとも言われるが、ともに「印刷」と訳される。後者はプレスと呼んで区別されるが、これは印刷機が刷版を用紙に対して圧力をかけて(=プレス)画線部を印字するためである。
このプレス機構はそもそも近代的な印刷の初発的段階から存在し、グーテンベルクがブドウ絞り器から着想を得て開発したものと言われる。大量印刷(すなわちマスメディア)と「プレス」はその後不可分に結びつき、報道のことをプレスとも言うようになった。
版の凹凸を利用する印刷法の一つで、非画線部を凹、画線部を凸にして凸部にインクをつけ、紙に転写する方式。
活版印刷(活字や写真凸版・線画凸版、罫線などを組み合わせて版とする)はこの版式である。活版は廃れたが、ゴムや樹脂の凸版を用いる印刷が広く行われている。印刷時での圧力により紙に凹凸が出来ることがある。また、印刷された文字にマージナルゾーンが見られるなどの特徴がある。
平らな版の上に化学的にインクの付く部分と付かない部分を作り出し、インクを画線部に乗せて、紙に転写する方式。実際にはゴム胴などで中間転写される。
現代日本の出版物は、多くが平版印刷で刷られている。凸版や凹版と違い、刷版が反転していないので間違いなどを見つけやすい。また高速、大量の印刷に適している。日本において平版印刷が普及した理由として写真植字があげられる。写真植字による版下作成はその後工程として製版フィルム化(集版)が不可欠であり、この工程を経る限り平版印刷が最適であるからである。カラー印刷は殆どすべてこの方式である。 一般的にはオフセット印刷と同義で理解されているが、オフセットとは紙と版が直接触れないという意味であり、凸版のオフセットなどもあり、平版印刷と言うのが正しい。
版の凹凸を利用する印刷法の一つで、非画線部である凸部のインクを掻き取り凹部に付いたインクを紙に転写する方式。
グラビア版は、ほかの印刷方法が錯覚を利用して濃淡を表現しているのに対し、凹部分の深さの違いによるインクの量の増減による濃淡の変化が可能であり写真などの再現性に優れ、多用されたことから、写真ページのことがグラビアと呼ばれるようになった。刷版は耐久性があり、大量の印刷に向いている。切手等において単色での印刷の場合、凹版印刷がされる場合が多い。
版(油紙など)に微細な孔を多数開け、圧力によってそこを通過したインクを紙などに転写する方式。
手軽な設備で実現できる。身近な代表例は理想科学工業のプリントゴッコやリソグラフ。複製絵画に使用されるシルクスクリーンや、ガリ版も孔版の一種。文字や画像の印刷に限らず、物体表面に各種の機能性材料の皮膜を形成する技術として広く用いられている。一例では、カラーブラウン管のシャドーマスクや液晶表示装置のカラーフィルターといった部品が、印刷技術を用いて製造されている。
古典(こてん)
商業演劇(しょうぎょうえんげき)とは、演劇のジャンルの一つで、特にその興行方式に特徴がみられる。
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商業演劇の最も大きな特徴は、「まず "主役" ありき」ということである。演劇全体が主役のために存在しており、主演俳優がいかに格好良く・美しく目立ち、観客の心を掴んで、笑わせ・泣かせるかに舞台の成否がかかっていると言ってもよい。
そのため主役には、確実な集客が見込める、著名な俳優や、演歌歌手、人気アイドルなどが選ばれる。一般に著名・人気というだけではなく、集客のため、各界に広いコネクションを持っていることも重要である。主役は「座長」と呼ばれ、観客の多くは、主役タレント目当てに劇場を訪れる。
演技力は当然求められるが、演技力を超える容姿・話題性・人気などがあれば、多少のことは許される部分もある。
広義には、チケットを販売してその購入者向けに上演される演劇作品はすべて商業演劇とも言えるが、特に新劇、小劇場演劇と区別する意味で「商業演劇」という名称が存在する。
商業演劇を主催するのは、主に松竹や東宝などの大手興行会社である。多くの収益を見込み、大規模な劇場で、主役に花形スターを擁すなどして、1ヶ月単位で公演が行われる。一等席・二等席・三等席などの席種が設定され、一等席は、1万2千円~1万5千円程度、三等席は4~5千円程度の料金設定であることが多い。
公演日程の半分以上で、1日に昼・夜の2回公演され、特に昼の部は年配の富裕層や団体客などで賑わう。一般的な演劇公演では昼の部が設定される日は少なく、数週間以上の公演日程であれば、毎週月曜日か火曜日が完全な「休演日」となるのが慣例だが、商業演劇では1ヶ月の公演で完全休演となるのは1~2日のみというスケジュールが組まれる。
公演総時間は3時間~3時間半程度と長いが、幕間には20~30分程度の休憩が2度ほど挟まれ、一幕は長くても1時間程度である。休憩が多いのは、年配者に配慮しているためでもあるが、商売のためでもある。開演前には、休憩時間向けの幕の内弁当の予約販売が行われ、予約者向けに専用の食事場所が提供されたり、会場内(座席)に持ち込んで食べることが許される。一般的な劇場の多くで、座席での飲食が禁じられているのとは正反対である。
劇場内には、商品販売専用のスペースがあり、ショーケースなどが設けられている。公演の筋書きやパンフレットのみだけではなく、菓子折りや小物類など、常時販売されている商品があることが特徴であり、長い休憩時間をショッピングに当てることも期待されている。これは歌舞伎座の形態と似ており、劇場に足を運ぶこと自体が娯楽だった時代の名残が引き継がれていると見ることができる。一般的な劇場では、ロビーや通路等に、折りたたみテーブルにクロス掛けしたような、臨時のパンフレット・関連グッズ売り場が設置されることと比較して、考え方の違いが現れている。一幕もの休憩なしの演劇公演に慣れている観客はなおさらだが、そうでなくても、1時間近くが休憩に費やされる形態には冗長な印象を持つことも多い。俳優の拘束時間も長い。
主要な脇役には、ある程度の知名度と、舞台をしっかり支えることのできる演技の力量が求められる。テレビなどではあまり見られない舞台のベテラン俳優の重みのある演技が、観客の目を引くことも多い。主役目当てだった観客の中にも、良い演技をした脇役俳優のファンになって帰っていく人も少なくない。
また商業演劇では大勢の出演者を登場させることが多く、「その他大勢」の脇役俳優も多い。「大部屋俳優」という言葉が今でも使われ、大部屋の俳優・女優たちは、主要な出演者の楽屋個室での世話役を兼任していることも多い。あるいは、もともとの付き人が俳優として端役で出演することもある。
一般的な演劇と比較して、その演劇自体に興味を持ってチケットを購入する個人の観客に比べ、様々な窓口を通じての団体客が多いことが特徴である。
団体客とは、主役やその他出演者の後援者やファンクラブを通じてのチケット購入客のほか、興行会社や公演に協賛する企業を通じての招待客や割引客、市民サークルなどの演劇鑑賞団体による観劇、旅行会社主催によるバスツアーなどで訪れる客、市区町村などの福利厚生部門を窓口とした割引チケット購入者などが挙げられる。
大劇場で長期間上演されるがゆえに、個人の演劇鑑賞意欲にも増して、いわゆるお得意さんに大きく依存せざるを得ない実情がある。
商業演劇が上演されることの多い主な劇場として、帝国劇場、新橋演舞場(松竹直営)、大阪松竹座(松竹直営)、新宿コマ劇場(歌手の歌謡ショー付きの公演が多い)、などがある。
など
船舶(せんぱく)は、人力・帆走・原動機により主に水上を移動する交通手段である。特殊な用途として水中を移動する潜水艦や潜水艇も含まれる。一般には「船」とも表記される。
用字としては、民生用のフネは「船」、軍事用のフネは「艦」、小型のフネは「艇」または「舟」の字があてられ,それらの総称として「艦船」あるいは「船艇」などの言い方をする場合もある。
船舶の種類(構造)や大きさにもよるが、自動車や航空機に比べ、とくに波による縦揺れも激しいため、酷い乗り物酔いに悩まされることが多い。
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古代エジプト時代のつぼに船の絵が描かれており、ナイル川では使われていたことがわかっている。ギリシャ時代には、帆走船やガレー船が使われ、帆船は今日でも練習船やヨットなどとして用いられている。16世紀にはガレオン船が登場し、大航海時代をになった。ガレー船は18世紀末まで地中海で、北欧のバルト海では19世紀初頭まで使用された。19世紀に蒸汽船が現れると海運の主役となった。
飛鳥時代には平底のジャンク船のような箱型構造の船が遣隋使船として用いられた。室町時代の後期から江戸時代初期にかけて安宅船などが、軍船として用いられた。江戸時代の中期には軍船は無用のものとなり、民間商船である菱垣廻船や樽廻船、北前船が用いられた。
図画(ずが)は、小学校の教科に図画工作があって(中学校以上では「美術」)、「絵画」の代用のように使われることもあるが、絵画のほかに素描(デッサン、スケッチ)、イラスト、版画など、かなり広い範囲を含んでいる。法律文書では「文書図画」のように文書と対に使われ、写真や記号など「絵」に限らないものも含む、図像一般を指している。
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絵画の誕生を、およそ2万年前のラスコー洞窟の壁画から解説する教科書が多い。そこに描かれているものは現代の視点から見ても「絵」と呼ばれるにふさわしいものである。
しかし、芸術の一分野としての絵画の概念が産まれるのは少なくともルネサンス以降のヨーロッパにおいてである。 1648年、ルイ14世がパリにフランス王立絵画彫刻アカデミー(Académie royale de peinture et de sculpture)を設立する。1666年には、その分室とも言うべき在ローマ・フランス・アカデミー(Académie de France à Rome)を設けて、当時のイタリアに集まった美術を学ばせた。 このころ「絵画」を定義するのは容易であった。すなわち、もっとも狭い第1の定義は「キャンバスに油彩を施したもの、すなわち油彩画と同義で、彫刻とともに視覚芸術を構成する一分野」である。
油彩画の初期には板絵があり、油彩以前にはテンペラ画もあった。また額に掛けて壁に飾るのは新しい形式であって、古くは壁に直接描いていたものである。 そういった古いものも絵画として認識するためには、より広い第2の定義、たとえば「視覚芸術のうちで、キャンバスや板、壁など何らかの支持体の上に、絵の具、すなわち顔料とそれを分散させ支持体に定着させるための溶媒(メディウム)を混ぜたもの、を筆などにより塗布、定着させて描く手法およびその作品」というように拡張しなければならない。
この定義を厳密に適用すると、漆喰を直接染色するフレスコ画を含むことができない。しかしフレスコ画も広い意味では絵画と認識されていた。 絵付けされた壺や絵皿はこの定義に含まれそうであるが、これらは応用芸術であって、絵画とは認識されていない。 浮き彫り、タピストリーなど染織、ステンドグラスなども絵画ではなく、モザイク画もたぶん絵画には含まれない。 版画、写真も絵画には含まれておらず、紙の上に鉛筆や木炭、コンテなどで描かれた素描(スケッチ、デッサン)は下絵と解釈されるので、これも絵画ではない。
したがって、絵画を広く解釈する場合に、その定義は愛昧なものにならざるを得ない。 注意すべきは、もっとも狭い第1の定義から第2の定義に拡張するときに、地域性が反映しているということである。 すなわち最初に絵画という概念が産まれた経緯を見るに、イタリア・ルネサンスの絵画がそのモデルであって、それを西洋美術史に沿って板絵、テンペラ画、フレスコ画と、遡っていったものが絵画の概念の拡張であった。 したがって東洋美術や日本の美術など、ヨーロッパ以外の美術にこれを適用しようとすると、さまざまな困難を伴う。 たとえば東洋美術には書画という言葉があるが、書は絵画ではない。 象嵌、螺鈿などが工芸に分類され、浮世絵が版画に分類されるのはともかく、絵巻物や図屏風、障壁画がはたして絵画に相当するのかどうかは議論のあるところである。
いっぽう、現代に向かって絵画の概念を拡張する場合にも新たな困難をともなう。 ひとつは新しい絵画素材や表現手法が出てくることによる。 さきの第2の定義によれば、岩絵の具を使って描かれた日本画も絵画の仲間入りをするし、アクリル画やガッシュ、水彩も絵画に含まれる。パステルや色鉛筆で描いても良さそうであるが、これは「ドローイング」(drawing)として絵画とは区別されているようである。切り絵や貼り絵、コラージュはどうなのか。パブロ・ピカソの1912年の作品『籘張りの椅子のある静物』[1]には籘張り糢様の布がキャンバスに直接貼り付けられている。1960年代後半のイタリアのアルテ・ポーヴェラ、同じころの日本の「もの派」の作家たちも、さまざまな素材を作品に用いている。
このために現代美術においては、彫刻に対する絵画の代わりに、「平面作品」という言葉が使われるようになってきた。 しかし、写真や版画が「平面作品」に含まれるのかどうかなど、ますます愛昧な言葉でしかない。 単にそれまでの彫刻と絵画を「立体作品」と「平面作品」と言い替えたにすぎない。 イタリアのルーチョ・フォンタナは1950年代にキャンバスの一部を切り裂くなどの『空間概念』シリーズを制作しているし[2]、アメリカ合衆国のダン・フレビン(Dan Flavin)も1960年代から、色の付いた蛍光灯などを壁に取り付けた作品を制作している(Wikipedia英語版でダン・フレビンは「彫刻家」(sculptor)として紹介されている)。 けっきょく「平面作品」は、第3の定義として「壁に設置されて観賞できる芸術作品」とも言えるが、これはすでに「絵画」とは別の概念かもしれない。
他の問題は絵画が属する視覚芸術と他との領域が輻輳してきていることである。 ひとつの境界は視覚と聴覚や嗅覚が併用されることで越えられる場合がある。 もうひとつの戦線は純粋芸術と応用芸術の境界の問題である。 純粋芸術の絵画と、応用芸術である挿絵やイラストレーションは別のものとされてきた。 19世紀末のアーツ・アンド・クラフツ運動に始まって、アール・ヌーヴォーに引き継がれるなど、純粋芸術と応用芸術の区分は脅かされるが、モダニズムはこれを峻別しようとしてきた。 1970年代後半になるとモダニズムは力を失い、純粋芸術が他と区別されるものは何なのか、現在その違いを語ることは非常に難しくなってきている。
非具象絵画
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国語(こくご)は、日本の学校教育において、日本語および言語表現の理解、言語による表現方法の獲得などを目的として行われる教科であり、初等教育(小学校の段階)から中等教育(中学校・高等学校の段階)に設けられている。戦前の中等教育では国漢科とされていたものがおおむねこれに該当する。
内容は相当に多岐にわたっており、学習段階ごとに含まれる分野が異なっている。初等教育段階においては、日本語の読み書き、読解能力の育成、作文教育など、狭義の意味での国語(ただしいずれも口語文法による現代日本語に限定されている)に加え、書写(書道の一種)が含まれている。中等教育段階では、以上の内容に加え、日本語による古典作品(文語文法にもとづく)の読解、漢文の読解、などがさらに加わり、教育現場では、前者を古文、後者を漢文と称し、二つをあわせて古典と呼んでいる。必然的に、これに対して口語文法による言語表現の読解は現代文の名を以てせられることが多い。また高等学校の段階では、書写は国語科から切り離され、書道として芸術科に区分されるようになる。また、作文教育を独立させ、大学入試への対応を旨として小論文と呼ばれる授業・科目が設置されることもある。
国語は、大学入試センター試験の受験科目でもある。 「国語総合」は高等学校学習指導要領で定めらていた教科「国語」の科目の1つである。2003年(平成15年)からの学習指導要領では、すべての高等学校において「国語表現I」との選択で、必ず履修する必履修科目(必修科目)と位置づけられている。以前の「国語I」と比較すると「話す・聞く」「書く」の分野をより重視する内容である。
なお、旧指導要領においては「国語I」と「国語II」は、ともに高等学校学習指導要領で定めらていた教科「国語」の科目の1つであり、このうち「国語I」については、1992年(平成4年)からの学習指導要領では、すべての高等学校において必ず履修する必履修科目(必修科目)と位置づけられていた。また、大学入試センター試験では、「国語I」または「国語I・国語II」の2つの試験があり受験生が選択して受験するものであった。しかし、国語という教科で同じような構成の試験を2つ行うことに批判の声もあった。(現在は「国語」1科目に統合)
園芸とは、文化的視点から見ると、植物を絶対的な素材とした美的文化、芸術である。
文化としての鑑賞園芸と、産業としての生産園芸に分けられる。
1A科目(いちえーかもく)とは、1994年の高等学校学習指導要領の施行によって設置されていた教科「理科」(物理、化学、生物、地学)の科目の1つである。
大学入試センター試験の開始により、国公立大学にて文系の学部を受験する際にも5教科受験が必須となったため、理系で重要とされている計算部分を極力省いた科目構成になり、同時に理系受験に必要な従来の科目(1B、2)や、総合的に理科を学ぶ総合理科を設置。総合理科も文系のための教科であったが、専門分野の教員が1人で教えられえることから、1A科目の方が多く学習されるようになった。
2003年の高等学校学習指導要領により、2002年度高等学校入学生徒で1A科目は廃止された。(センター試験では2006年以降も数年間に限り実施されることが決まっている。)
該当する範囲を学習するために、総合理科と1A科目を合わせた内容の理科総合が新たに設置された。
政治(せいじ)とは、国家など集団や共同体における、統治に関する活動。「まつりごと」(政)とも言う。
狭義には国家などの、統治組織の活動内容に関して利害関係者間で行われる調整や交渉等の活動、またそのような活動によって構成される過程を指す。例えば、政治体制、政治家、政治活動などという用語で意味されているところの「政治」は、そのようなものである。
広義には権力を維持拡大するために、影響力の行使や、様々な人、制度、組織が影響力を行使することで織り成される過程が政治とされる。
また、政治と行政の違いは、政治が立法に関係し、その意味では立法される法の外に存在する超法規的存在であるのに対して、行政は法に基づいて行われる法規的行為である。それゆえ、政治には、超法規的行為や非合法活動(例えば、クーデター、テロなど)も含まれるが、行政にはそれらは含まれない。
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教科の一覧(きょうかのいちらん)は、日本の現在および過去の教科とその分野の一覧である。なお、一部には、教科以外のものも含めてある。
各教科ごとに独立して記事になっているものは、Category:教科にも掲載されているので、あわせて参照のこと。
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人文科学、社会科学、自然科学、総合科学、応用科学に分類した。
以下には、学校教育法下で設けられた教科で現在は存在しない教科等を「過去」、学校教育法が施行される以前の旧制学校に設けられた教科等を「旧制」と記した。
児童会活動(初等教育)、生徒会活動(中等教育)、クラブ活動(初等教育のみ)、学校行事
教育(きょういく)とは、学び(学習)の一助となることをめざして、教え続けることである。
教育を研究の対象とする学問として教育学(教育科学)がある。
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教育というと、こどもを育てて人間としてより良い方向へ発達するように指導・援助するという意味合いが強調されることもあるものの、教育には、こどもに対するもののほかに、一般成人や高齢者に対するものもある。人々に基礎的な教育を保証するために、日本を含む多くの国では、6~9年ほどの義務教育が設けられており、日本においては、学校教育によって義務教育が担われている。
また、日本における教育は、知識の伸張(知育)、道徳の伸張(徳育)、身体の伸長(体育)の3つを中核として捉えられるほか、キャリア(職業など)や各種資格のための高度な知識的・技術的な事項を教え伝達する方法がとられている。
日本において教育は、行われる場に対応させて学校教育・社会教育・家庭教育の3つに大きく区分して捉えられることが多い。「学校教育」とは、学校において行われる教育のことであり、特にこどもに対しては、同年代のこども達を一定期間、定められた学校で所定の年限の間、心身の発達に応じて行われる。「家庭教育」とは、家庭において行われる教育のことであり、特に人間社会において基礎的な事項をこどもに示すことはしつけと呼ばれる。「社会教育」とは、社会において行われる教育のことであり、広義には、社会のさまざまな場において行われている多様な教育活動が該当するといわれている。
日本においては、文章で教育の根本理念を明示したものとして教育勅語(1948年(昭和23年)に排除・失効確認)や教育基本法(昭和22年(1947年)法律第25号、現行法)がある。
現代日本の教育政策においては、ソビエト連邦の人工衛星打ち上げに触発された科学技術創造立国(科学技術立国とも)、教育立国として国家戦略として教育の重要性を位置づけ、生涯学習や高度専門教育の拡大、構造改革における教育特区の認定、あるいは諸々の教育政策において国の施政における大きな軸の一つとしてとらえられている。特に法科大学院やMBAなどの専門職大学院をはじめ、知的財産が社会的に注目されてきていることからコンテンツやITを活かした教育分野の広がりも顕著であり、教育のテーマとする幅はより多様化しつつある。
そのような教育内容に対する高い要求の一方で、1970年代までの教師は、「でもしか先生」(先生でもしようか)と批判されていた。 また、教師に学力の低い子供の気持ちがわからなくなり、校内暴力など多発し社会問題になった。これへの対策として地域によっては管理教育の強化がはかられた。
このような学力偏差値教育、詰め込み教育への反省からゆとり教育への試みもなされたが、その一方、少子化で子供の数が年々減り始め大学全入時代を迎えようとする中、学力低下の問題なども深刻化していると批判されるようになり、教育におけるゆとりの持つ本来的な意義そのものが再検討されつつある。
近年は、学校でのイジメやひいては学級崩壊、体罰の禁止などの「子供の人権」を重視した法令を逆手に取った悪賢い児童による教師への嫌がらせの問題、自己中心的でモラルに欠ける教師や保護者によるトラブルなどが問題であると認識されるようになり、また、生徒児童を狙った凶悪事件の発生が多くセンセーショナルに報道されていることもあり(件数は統計上は減少している)生徒・児童の安全についての関心が高まっており、教育の方向性、学校の安全などについて今日の教育が抱える問題は山積している。そのため近年、アメリカに倣い、割れ窓理論に基づいた「ゼロ・トレランス方式(不寛容方式)」の導入を検討する動きが文部科学省にも見られる。
また、中華人民共和国・大韓民国などから非難されている歴史教科書問題、愛国心教育、教員による国旗・国歌の尊重をめぐる問題など国家としての価値観をめぐる問題も今日、焦点となっている課題である。
これらに加えて、就職難や人生の迷い、無気力など様々な事情からあると言われる若者のフリーターやニートが増加しているとして問題視されつつあり就労意欲の向上が政策上の課題としても取り上げられつつあるが、そもそも働くことの意味とは何かという議論や、社会世相そのものの議論、特に多様な価値観の中で個性の尊重や勝ち組、負け組をつくる世相そのものについても様々な議論のあるところでもある。今日、経済格差が広がりつつある中、教育の方向性は大きな国家戦略としての人材育成の重要性とともに、社会の幅広い層に対するサービスの拡大と社会における再チャレンジのための支援、能力開発の支援とともに個々人の持つ能力才能を多角的に評価していくことが課題となるだろう。最も重要な課題は生きる知恵としての教育、人間性を豊かにする教育であり、競争を生き抜くための人材と機会の拡大という現実的な社会の要請とのバランスの中でその方向づけが課題となる。
文部科学省が最近ようやく「教育の場」として認めた学習塾、予備校もまた学校の外にある、もう一つ別の学校であることは確かだろう。 加えて、学校の外では、スポーツクラブやボーイスカウト、ガールスカウト、図書館や博物館、美術館、社会教育センターなどでも学んだり、体験したり、映画や工作、習い事に参加ということもできる。社会人になって企業や職場での新人研修から、地位の向上に伴っての管理職セミナーや技術・専門情報のリフレッシュセミナーもあり、こうした学校以外の場所での教育を、広く社会教育という。 学校以外でも、学習塾、予備校は、最近は、文部科学省でも、「もうひとつ別の学校」ととらえるようになってきた。また、不登校の子供たちのための民間の受け皿組織、フリースクールやフリースペースもやはり学校の一種とみてもいいのでは、といった考え方もでてきた。 また、如何なる教育機関にも属せず、自宅を中心として自分の意思で勉強を行うホームスクーリングも近年増えつつある。
ただし自宅学習や一部教育機関では教育の質を選別できない子供が洗脳されたり虐待されたりする可能性もある。問題になった団体はヤマギシ会などが有名。日弁連の宗教被害対策によると子供が親と隔離された状態で教育を受け洗脳され、また隔離が同時に人質となってしまう宗教被害の実例があったと記述している。 またフランスなどは自宅学習などにセクト(カルト)的洗脳が見受けられる場合行政として救済対象とみなして活動するし詐欺的教育への予防的行政措置が活発。アメリカでは州に認可されてない非公式の大学などの卒業者が卒業後学位が何の役にも立たないことに気づいて愕然とする被害なども存在し、一概に受け入れると言う見方が成り立つわけではない。このように質の保証されないフリースクールは海千山千のものとしてみなすべきだと言う考え方もある。
これまでの日本の教育は、どちらかというと「キャッチアップ型」であり、誰でも等しく知識と見識と与えられるよう機会の平等に主に重点が置かれていた。しかし、国際競争が盛んになり、国家としての競争力が意識されてくる段になって、教育も重要な戦略分野であるとの認識が高まっている。すなわち能力・意欲のある人間には積極的な高等教育の機会を与えようというものである。この議論に対して、よくエリート偏重であるとか受験戦争を助長するとの論議があるが当てはまらない。現状の塾や予備校に実質的な教育を頼らなければならない現状こそ、親の所得格差が子供の教育機会の多寡に直接影響するのであるから、このシステムこそ問題である。すなわち、東大を頂点とする受験競争=高等教育へのステップではなくて、如何に実社会で役立つ人間になれるかという観点で教育システムを設計する必要がある。アメリカでは高等教育の担い手として大学院の整備が進んでいる。わが国でもこれをまねたシステムとしてロースクールなどの取り組みがあるが、まだまだ確固たる教育理念に立脚しているとはいいがたい。こうしている間にも優秀な人材は日本を捨てて著名MBAなど米国の一流大学院を目指し日夜努力している。それは東大最終目標の受験システムとはあくまでも別次元となってしまっており、ここでも教育行政の方向性が大きく問われている。
近年まで教育は子供や他人に教える、あるいは教えられるというスタイルが主であった。教師、親のシナリオに従って学ぶというもので、20世紀初頭の「児童の世紀」がスローガンになった大正自由主義教育運動では、それを旧教育と呼んだ。当時、子供の関心、自発性、創造力にシフトすることこそが、新教育だと考えられたわけである。
最近では更に「自らデザインし、自ら学ぶ」、「自分で学ぶ」という行為も教育の本来の姿と強調されるようになってきた。これは、子供に限らず、成人した大人や高齢者、主婦についてもいえることで、その意味ではユネスコのポール・ラングランが提唱した生涯教育(ただし、これは最近は、生涯学習と言い換えられることが多くなった)の理念につながる。
合わせて、ローマクラブ(1970年設立)の第6報告書「限界なき学習」(1980年)が出てから、学習は個人単位のものだけでなく、集団や社会、国家という単位でも過去の失敗や先例から学習するし、できるはず、国際的な民族、国家間の紛争や経済支援も互いにその原因と背景を学ぶことにより解決の方途を探ることが出来るという言い方もされるようになってきた。今日、国連やOECDなどの報告の中には、この意味で教育、学習という単語は散見されるようになっている。学校教育という意味とはもうひとつの別の教育の意味であるが、これは国際理解教育(World Studies)という名前で小中学校の教育活動に既に取り込まれている。
最近の経営書で盛んに目立つようになってきたのは、社会の変革の担い手としてアメリカを中心とする大学院のMBA取得者が注目されていることである。彼らの多くは1980年代の日本のバブル景気によって企業派遣で学位を手に入れたものが多いが、その活躍ぶりは目を見張るものがある。最近では私費にてMBA留学するものも増加しており、このような個人の経営能力で社会の価値創造を担おうとする若者が増えていることは喜ばしいことである。
彼らの活躍の源泉となるものはMBAという学位がそのカリキュラムの中に激しいインタラクティブ性を兼ね備えているからであることに他ならない。MBAでは教科書を勉強するというより、自分の頭で考え経験を生かし、いろいろな人種の人間とぶつかり合いながら、個人の能力を認めてもらおうと努力する。そのプロセスは企業家や大企業のマネージャーが回りの人間を説得しながら目標を達成しようとする実社会でのプロセスそのものといってよい。そしてどのように事業を遂行し、社会に貢献しうる価値を創造できるのか、納得ずくで行動に移していくのである。これこそまさに経営であり、経営学の真髄であろう。MBAを学歴のひとつとして捉える向きがあるが、決してそうではない。学歴とは、本来「何を勉強してきたか」を保障するものであり、「なにができる可能性があるのか」を表現するべきものである。この点において、日本では学歴があたかもネガティブな個人情報であるように捕らえられてもいるが、「何を」勉強してきたかは立派な人間の資本となる筈である。今後は幾多の個人の経歴に拘らず、「何を」勉強したのか、個人の立派な資産として積極的に開示するべきであろう。
日本の教育は以下のような点において、国際的に後れていると言われている。
1. コミュニケーション能力の育成を軽視している。
という構図になりやすく、そのような場合に女性側から見ると自分よりコミュニケーション能力の低い男性にはあまり魅力を感じることが出来ないために結果的に男性はモテることが少なくなり婚期が遅れやすく、コミュニケーション能力が低い男性の人数分だけそれらが積み重なって少子化という社会現象を引き起こす原因の1つとなっている。ちなみに女性と比べて男性は訓練をしないとコミュニケーション能力が伸びない傾向があり、その能力が伸びやすい幼少期にいかにその基礎的な能力を培うかが重要となる。
2. 日本の教育現場における英語教育と実践的コミュニケーション英語との乖離現象。
3. 暗記中心の教育
日本国(にほんこく、にっぽんこく)は、東アジア(ユーラシア大陸)の東方にある島国である。通称は日本。
Wikipedia:ウィキポータル 日本も参照のこと。
| (国旗) | (準国章:菊花紋章) |

| 公用語 | 日本語 |
|---|---|
| 首都 | 東京 |
| 最大の都市 | 東京 |
| 天皇 | 明仁 |
| 内閣総理大臣(首相) | 小泉純一郎 |
| 面積 - 総計 - 水面積率 |
世界第60位 377,835km² 0.8% |
| 人口 - 総計(2004年) - 人口密度 |
世界第10位 127,333,002人 337人/km² |
| GDP(自国通貨表示) - 合計(2005年) |
504兆9,180億円 |
| GDP(MER) - 合計(2005年) |
世界第2位 4兆7,990億ドル |
| GDP(PPP) - 合計(2004年) - 1人当たり |
世界第3位 3兆7,450億ドル 29,400ドル |
| 伝承上の建国 | 紀元前660年1月1日 (旧暦)(太陽暦 2月11日 (*) |
| 通貨 | 円(JPY) |
| 時間帯 | UTC +9(DST: なし) |
| 国歌 | 君が代 |
| ccTLD | .JP |
| 国際電話番号 | 81 |
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日本は、第二次世界大戦後に成立した日本国憲法を最高規範として、司法・行政・立法の三権が分立する法治国家である。日本の国家理念ともいうべき立憲主義は、国民主権、それに基づく基本的人権の尊重、平和主義、の三つの柱を基調としている。日本国の国家元首について法的に明確な定めはない。日本国憲法は天皇を日本国と日本国民統合の象徴とする[1]
また、日本の経済力はGDP(MER: ドル時価換算)で世界第2位に位置している。日本は、G8の一翼をなして世界経済に強い影響力をもち、国際社会における経済支援等についての役割と責任も大きい。このことから日本は、アジアで唯一の先進国、経済大国である。海上交易・漁業ともに盛んな海洋国家でもあり、地政学上は典型的なシーパワーに分類される。
日本は基本的に単一民族国家であるが、[2]、人口のほとんどを占める日本民族以外にも、少数民族ともいえる人々もいる。少数民族とも考えられる人々には、
日本以外の国籍の人々が帰化する例も見られる。また、古くは戦国時代、近代では明治以降、日本を離れて外国に居住した日系人なども世界各地に見られる。
使用言語はほぼ完全に日本語であり、慣習法として日本語が公用語になっている。ただし最近は様々なところで英語が使用される機会も増えている。
沖縄県の沖縄弁(ウチナーグチ)を、琉球語とする考えも一部にある。 アイヌ民族のアイヌ語などもあるが、現在は日常会話で耳にすることは少なくなっており、アイヌ語の話者はごく少なくなっているのが現状である。
地勢的には、日本海を挟んで朝鮮半島(大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国)・ロシア連邦(ロシアとは日本海以外にオホーツク海をも挟んで接している)と接し、東シナ海を挟んで中華人民共和国・中華民国(台湾)などに接している。また、南方では小笠原諸島の延長線上にミクロネシア(北マリアナ諸島)がある。
正式名称は日本国である。日本の国号が成立する以前は倭国、大和、葦原中国または豊葦原中国、中津国ともいわれた。現在の通称は、日本。その昔は日本を指す言葉として神州、本朝などがある。また、中国大陸の扶桑蓬莱伝説に準えた扶桑という呼び方も存在した。明治時代から終戦までの国号は大日本帝國であり、当時は帝國、皇國ともいわれた(國は国の旧字体)。また、現在でも日本国の印鑑「国璽」には「大日本」の名称が使用されている。
国名の読み方には「にっぽん」と「にほん」の2通りの読み方がある。日本政府は正式な読み方を明確に定めていない。 しかし、日本の紙幣などには「NIPPON GINKO」と描かれているように、公的な機関においては「にっぽん」と読ませる場合が多い。[3]
日本の最初の用例は、645年7月に高句麗や百済の使者に示した詔の「明神御宇日本天皇(あきつみかみとあめのしたしらすやまとのすめらみこと)」という語である(『日本書紀』大化元年七月の条)。なお、日本という国名が最初に定められたのは、701年施行の大宝律令とされる。734年には井真成の墓誌として中国大陸でも使用されている。
公式の英語表記は、Japan(ジャパン)。略記としてはJPNが用いられる。JAP(ジャップ)は、アメリカ英語では侮蔑的な意味があるので[4]、使用には注意が必要である。また、最近の英語表記ではNippon(ニッポン)が用いられることが多い。具体的にはUPU等によるローマ字表記(1965年以降)、日本郵政公社の切手や日本銀行券などでNippon表記を用いている。なおNipponの先頭三文字で略したNIP(ニップ)は、JAPよりも強い侮蔑・差別の意味合いがあるので、使用するべきではない。この場合の略称はNPNとなる。
ジャパン(英:Japan)、ジャポン(仏:Japon)、ヤーパン(独:Japan)、ジャッポーネ(伊:Giappone)、ハポン(西:Japón)、イポーニヤ(露:Япония)、イープン(泰・ญี๋ปุ่น)などの、世界の多くの言語において日本を意味する固有名詞は、ある時期にある地域の中国語で「日本国」を発音したもの(ジーパングォ)を写し取ったジパング (Xipangu) 或いはジャパング (Japangu) を語源とするとするのが定説である。中国や朝鮮などの漢字文化の影響の強い地域においては、リーベン(中:rìbĕn; 日本)、イルボン(朝:일본; 日本)、ニャトバーン(越:Nhật Bản; 日本)[5]等、そのまま「日本」を自国の発音で読むというやり方をしている。
首都は東京。世界最大の都市圏でもある(都市圏人口は約3300万人)。東京都特別区の人口は約810万人である。東京には、皇居のほか、国家の最高機関国会、内閣、最高裁判所があり、政治・経済の中心地であるため、首都を明確に定めた法令はないが実質上首都の機能を有している。1950年公布の首都建設法、1956年公布の首都圏整備法により、首都は東京都の区域内であるとの定義がされているため、東京を首都とする説が最も有力である。日本以外の国々においても東京が首都とされている。
事実上首都が京都から東京へ移った時期は諸説あり、1868年東京府が置かれたとき、1868年江戸城を東京城としたとき、1869年東京城を皇城としたときがある。 [6]
現在、一極集中した立法・行政・司法の中枢である首都機能を分散させるため、国会などで話し合われている。詳細は首都機能移転を参照。
日本国内の主要都市(東京以外)のうち、人口が200万人を超える都市は次の都市である。右側()内は1平方キロメートルあたりの人口密度。以下同様。
横浜は、東京のベッドタウン化に伴い人口が増加した。大阪は、終戦後の人口が約320万人であったが、郊外のベッドタウンの開発により減少した。名古屋は、中京圏の中核都市である。
人口が700万人を超える都道府県は次の通りである。
日本の各地方の人口は次の通りである。
また、日本の政令指定都市は次の都市である。
詳細は日本の歴史を参照
日本という国号が成立したのは701年前後と推定される。日本の意味は「日出處」(『隋書』倭国伝) 中国の隋に対しての「日沒處」(同) すなわち「日の本」の意であり、外交上、大陸と対等な立場であることの宣言であったとする説がある[7]。当時の日本の版図は畿内を中心に東は北陸・関東まで、西は九州中部までにとどまっており、東北地方北部や九州南部は日本の支配の外にあった。
その後、日本は周辺の蝦夷や隼人などを服従させることにより、徐々に拡大を続けた。その間対外戦争は、白村江の戦い、刀伊の入寇、元との蒙古襲来、応永の外寇、文禄・慶長の役などである。
明治維新後、1871年の廃藩置県と翌1872年の琉球処分を通じて、ほぼ現在の領土が確定した。1890年に大日本帝国憲法を施行した。さらに20世紀前半には台湾や朝鮮半島を併合し、南洋諸島の委任統治を行い、傀儡政権である満州国(中国東北部)を通じて中国大陸の一部へ支配権を広げた。1936年には大日本帝国を正式な国号として定めた。
1945年に第二次世界大戦に敗れ、東アジアと太平洋で戦場になった国々、および日本において、多数の人々が犠牲になった。日本は、それまで拡大した領土の大半を失い、アメリカ合衆国を中心とする連合国の占領下に置かれた。
日本は軍国主義を否定することによって再出発した。その拠り所が日本国憲法である。日本国憲法は1946年11月3日に連合国軍最高司令官総司令部のもとに公布され1947年5月3日施行された。この日本国憲法では、主権が国民にある立憲民主制国家として再生させることや、紛争の解決手段としての戦争を放棄することなどが示され、国号も日本国と改めた。1952年4月28日、日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)の発効により独立を回復した。独立後の日本はその基本理念として一切の軍国主義を否定した。アメリカ合衆国とは同盟関係を結んだ。
その後、日本は経済の面で大きく発展した。万国博覧会や東京オリンピックの開催は、戦後の日本が国際社会に復帰することの象徴にもなった。また発展途上国のための支援ODAなどを行い、世界の平和や相互理解に一定の役割を果たすまでになった。近年は先進国として国際紛争解決のために国連平和維持軍の一員として、日本が軍隊派遣をするかどうかが議論の対象となっている。しかし現在の日本国憲法下では軍事力の放棄が記されていることなどのため、自衛隊の派遣については日本国内で賛否が分かれている。現在は憲法改定の動きなども見られ、活発な議論が行われている。
1999年8月13日に国旗及び国歌に関する法律(通称:国旗・国歌法)で、国旗は日章旗(通称:日の丸)、国歌は君が代と定められた。
『日本書紀』に記述されている建国は、辛酉年春正月庚辰朔(1月1日)とされているが、歴史的事実を反映したものではないとの説が有力である。『日本書紀』の記述は、カムヤマトイワレヒコ(和風諡号「神日本磐余彦火火出見天皇」の仮名の音。漢字の諡号は神武天皇)の即位の年である。[8]明治5年11月15日 (旧暦)(1872年12月15日)に神武天皇即位紀元の皇紀元年とされ、明治6年(1873年)1月1日から使用された。[9]現代の日本では紀年法としてはグレゴリオ暦(西暦)もしくは元号が使われることが多く、皇紀はほとんど使用されていないが、現行法上も効力を有している(明治31年勅令第90号・閏年ニ関スル件)
詳細は日本の地理、都道府県の面積一覧を参照
四つの大きな島、北海道、本州、四国、九州と、千島列島、小笠原諸島、琉球列島など周辺の小島からなる列島(島弧)が、領土の中心をなす(南樺太も含む場合あり)。全6,852島からなる面積は約37.8万km²(北方四島以外の千島列島、南樺太を除く)。領土の約70%が山であり、山に生えている多数の植物のおかげで、日本が排出する二酸化炭素排出量が相殺されている部分が多い。周囲はすべて海であり、地上の国境線は実効支配領域においては無い。
現在、ロシアとの間に北方領土(南千島列島を主とする。北千島列島・南樺太も含む場合あり)、中国・台湾との間に尖閣諸島、韓国との間に竹島の領有問題がある。
周囲の海を大別すると、南側がフィリピン海、東側が太平洋、北西側が日本海、西側が東シナ海、北側がオホーツク海である。本州と四国の間の海は特に瀬戸内海と呼ばれる。沖合を暖流の黒潮、対馬海流、寒流の親潮、リマン海流が流れる。
列島付近ではユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレートがせめぎ合い、地震が頻発し、世界全体で放出される地震エネルギーのうち1割から2割が日本周辺に集中すると言われている。そのため、震度1クラスや2クラスくらいの地震は日本のどこかで毎日必ずおきている。環太平洋造山帯・火山帯・地震帯と呼ばれる帯の一環をなしている。
また、火山活動が活発であった事から、火山性土壌が多く、これが日本列島の地味を豊かにした面もある。また温泉が多い事も火山のめぐみと言える。
大半の地域は温帯に属する。南方の諸島は亜熱帯、北方は亜寒帯的気候を示す。海洋性気候だが、モンスーンの影響を受け、寒暖の差は大きい。
冬季は、シベリア高気圧が優勢となり北西の季節風が吹くが、その通り道である日本海では暖流の対馬海流から大量の水蒸気が蒸発するため、大量の雪を降らせる。そのため日本海側を中心に国土の約52%が豪雪地域であり、世界でも有数の豪雪地帯となる。逆に太平洋側では空気が乾燥した晴天の日が多い。
夏季は、太平洋高気圧の影響が強く、高温多湿の日が続く。ただし、北部を中心にオホーツク海高気圧の影響が強くなると低温となり、しばしば農業に悪影響を与える。
また日本は、比較的降水量の多い地域でもある。主な要因は日本海側での冬季の降雪、6・7月(沖縄・奄美は5・6月)に前線が停滞して起こる梅雨、夏季から秋季にかけて南方海上から接近・上陸する台風