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2006年07月23日

早稲田中学校・高等学校

早稲田中学校・高等学校(わせだちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都新宿区馬場下町にある私立中学校・高等学校。中高一貫制男子校。


早稲田中・高等学校目次 [非表示]
1 概要
2 沿革
3 教育目標
4 著名な関係者
5 著名な出身者
6 関連項目
7 外部リンク


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概要
中高合わせて全6学年の構成であり、その1学年の生徒数は約300名前後である。卒業生の約3分の1が推薦入学制度を利用して早稲田大学へ進学する(定員枠は約2分の1で、学外進学を目指す者も多い)。元来進学校としての性格が強く、早稲田大学系属化前は、私立御三家の次のクラスに位置する進学校として知られていた。また、明治時代の私立全盛期においては、一高合格者数でベスト10内に入ってもいた。

現在も推薦入学者を含む大学進学率はほぼ100%であるが、現役合格率は推薦入学者を含めて7割程度である。古くより「東洋のイートン校」を標榜しており、創設当初より、東京専門学校(早稲田大学)の理念「学問の独立」に対置(前置)される「人格の独立」を掲げた教育を実践している。

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沿革
1895年に坪内逍遥・市島謙吉・金子馬治ら早大関係者と大隈重信の尽力によって早稲田中学校として開校。当時まだ早稲田大学は前身の東京専門学校であり、「早稲田」と称したのは先であった。一年制の高等予備学校が存在し、萩原朔太郎も在学した。敗戦直後、早大の附属校とすべく生徒・保護者・若手の教職員らが運動を起こしたが、伝統と独立を重んじる理事会と教職員らによって鎮静化される。学制改革を経て、早稲田大学高等学院及び1901年に当校と東京専門学校の有志教員により計画され、本校敷地内に建設された早稲田実業学校とは別の路線を歩むことになる。1979年4月から早稲田大学の系属校となり、1982年卒業生の早大への推薦入学を開始。推薦枠は学部ごとに決まっていて、その合計は約50名だった(当時の卒業生は約350名)。推薦制度は他大の附属・係属10校の訪問調査と同志社・立命館・甲南などへのアンケート調査、進学の実態分析などを経て構成された。早大側の学部再編や定員枠の増幅により、幾度か制度要項が改訂され、現在のものとなっている。1993年度から高等学校の募集を停止した。

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教育目標
誠・個性・有為の人材
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著名な関係者
坪内逍遥 - 二代校長。小説家、評論家、翻訳家、劇作家
平沼淑郎 - 四代校長。平沼騏一郎の兄、平沼赳夫の曽祖父
会津八一 - 三代教頭。歌人・美術史家・書家
島村抱月 - 英語科教諭。評論家、演出家
吉江喬松 - 英語科教諭。早大仏文科を創設
安部磯雄 - 英語科教諭。社会主義者。衆議院議員
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著名な出身者
回期は卒業・編入・推薦校友・中退を問わない。

濱田耕作 - 元京都帝国大学総長・日本近代考古学の開祖。1回生
西成甫 - 元群馬大学学長。比較解剖学の権威。2回生
石原謙 - 元東北帝国大学教授。文化勲章受賞。3回生
大島義清 - 元東京帝国大学教授。3回生
清水徳太郎 - 元衆議院議員。3回生
有田八郎 - 元外務大臣。4回生
河原田稼吉 - 元内務大臣。4回生
堀切善次郎 - 校長・元内務大臣・元東京都公安委員長。4回生
中田章 - 音楽家。中田喜直の父。5回生
遠藤柳作 - 貴族院議員。5回生
坪内士行 - 坪内逍遥の養子。早稲田大学教授、演劇評論家。5回生
吉岡信敬 - 早稲田大学名物応援団長。「野次将軍」。6回生
権田保之助 - 民衆娯楽研究家。7回生
田中丑雄 - 東京農工大学学長。7回生
萬鐵五郎 - 画家。8回生
田中武雄 - 元運輸大臣。幣原内閣のとき、堀切善次郎と共に入閣。8回生
岸良一 - 元参議院議員。10回生
鶴田吾郎(中退) - 洋画家。10回生
西條八十 - 作詞家・詩人。11回生
菊池豊三郎 - 元文部次官・横浜市立大学学長。11回生
石井満 - 元日本出版協会会長。12回生
曽宮一念 - 画家。13回生
池田豊 - 中日ドラゴンズ初代監督、プロ野球審判。14回生
横川重次 - 元衆議院議員。15回生
岸一郎 - 元阪神タイガース監督。16回生
加瀬俊一 - 外交官。17回生
西谷啓治 - 京都帝国大学教授。19回生(首席卒業)
税所篤二(中退) - 美術評論家。20回生
小泉清 - 小泉八雲三男、洋画家。20回生
内田巌 - 内田魯庵の子。美術評論家。20回生
安藤更生 - 美術史家・早稲田大学教授。21回生
サトウハチロー(中退) - 作詞家・詩人。22回生
古川緑波 - 俳優。24回生
亀井文夫 - 映画監督。28回生
戸井田道三 - 評論家。29回生
笠置山勝一 - 力士。32回生
中村彝(中退) - 画家
永六輔 - 放送作家・タレント
高木新二郎 - 産業再生委員会委員長
山花貞夫 - 弁護士・政治家、元日本社会党委員長
服部満彦 - 登山家
葛西聖司 - 日本放送協会アナウンサー
松倉悦郎 - 僧侶・元フジテレビジョンアナウンサー
中野圭一郎 - 作家・シナリオライター
山本晋也 - 映画監督
梅宮辰夫 - 俳優
安井潤一郎 - 早稲田商店会長・衆議院議員。70回生
山花郁夫 - 衆議院議員
見沢知廉 - 小説家・右翼活動家
前田光世(コンデ・コマ)- 格闘家
若林秀樹 - 参議院議員
石井啓一 - 衆議院議員
富岡由紀夫 - 参議院議員
萩原健太 - 音楽評論家
川崎徹 - コピーライター・作家
坪内祐三 - 文芸評論家
福澤朗 - フリーアナウンサー・元日本テレビ放送網チーフアナウンサー
久夛良木健 - ソニー・コンピュータエンタテインメント代表取締役社長
石崎忍 - 日本を代表する若手サックスプレーヤー・俳優佐分利信の孫
秦建日子 -小説家・劇作家・演出家・脚本家
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関連項目
東京都高等学校一覧
早稲田大学
早稲田大学高等学院
早稲田大学本庄高等学院
早稲田実業学校
早稲田渋谷シンガポール校
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外部リンク
早稲田中・高等学校

早稲田実業学校

早稲田実業学校(わせだじつぎょうがっこう)は東京都国分寺市本町に所在する私立共学校。

正式名称は「早稲田大学系属早稲田実業学校」。略称「早実(そうじつ)」、他に「実業」、「早稲田実」などがある。

目次 [非表示]
1 概要
2 沿革
3 学科
4 校是・校訓
5 校歌
5.1 歌詞
6 OB・OG
6.1 政財界
6.2 学者
6.3 文化芸能
6.4 スポーツ
7 関連項目
8 外部リンク


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概要
運営主体は学校法人早稲田実業学校。理事長は早稲田大学総長の白井克彦。大学とは別法人で、早稲田大学の系属校となっている。小中高の一貫教育を行い、早稲田大学への推薦入学制度がある。推薦率の向上や共学化に伴って人気が上昇し、首都圏では最難関校の一つに数えられている。校名は「実業学校」だが、現在は実質的に実業教育を施していない。古くから体育系のクラブ活動が盛んであり、多くの部が全国レベルの活躍をしている。中でも硬式野球部は全国高校野球大会(甲子園)に出場44回(うち夏大会26回、春大会18回)と全国でも屈指の名門校である。2006年のセンバツに出場し、1982年以来24年ぶりとなるベスト8の記録を残した。春夏併せての通算成績は50勝43敗。

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沿革
1901(明治34)年に、早稲田大学の創立者である大隈重信の教育理念を実現し、その建学精神に基づいた中等教育をめざして大隈重信の周囲の者達により設立された。「豊かな個性と高い学力をもち、苦難にうち勝つたくましい精神力を兼ね備えた人物」を育成するために、校是として「去華就実」(華やかなものを去り、実に就く)を、また校訓として「三敬主義」(他を敬し、己を敬し、事物を敬す)を創立当初から掲げてきた。以来、実業界を中心に多彩な人材を世に送り出し、また大正期に入るとスポーツ活動の充実を図り、質実剛健の校風が確立されていった。その後、戦災で校舎は廃墟となったが、関係者の尽力により復興を果たし、戦後の急速な発展を見た。2001年に創立100周年を迎え、それまで早稲田鶴巻町にあったキャンパスを国分寺に移転した。さらに2002年4月からは、早稲田大学の系列校では初めて中等部、高等部とも男女共学を実施、また初等部を開設するなど、早実第二世紀にふさわしいスクール・アイデンティティーの構築を目指し、学校改革に取り組んでいる。

1901年:早稲田大学の創設者たちにより早稲田実業中学として開校。初代校長大隈英麿。
1902年:早稲田実業学校と改称。二代目校長に天野為之。
1907年:早稲田鶴巻町に校舎を移す。
1917年:早稲田騒動により天野が早稲田大学を去り、早実も大学の傘下から離れる。
1926年:早稲田商科学校を併設。
1944年:早実工業学校を設置(翌年廃止)。早稲田商科学校は廃止。
1948年:学制改革により中・高の六年制となる。高等部第二本科(夜間)は四年制。
1963年:「早稲田実業学校の早稲田大学系列下編入に関する合意書」を調印。再び創立時の形態に戻り、早稲田大学の系列に復帰。
1964年:普通科を設置。
2001年:国分寺市本町の新校舎に移転。
2002年:商業科募集停止。男女共学を実施。初等部開校。
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学科
初等部
中等部
高等部商業科(2002年4月に募集停止)
高等部普通科
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校是・校訓
去華就実(華やかなものを去り、実に就く)
三敬主義(他を敬し、己を敬し、事物を敬す)
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校歌
早稲田実業学校校歌
1913年に制定された。作詞は相馬御風、作曲は永井建子。 六番から構成されるが、現在は一番と二番のみ歌われる。

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歌詞

都のいぬゐ早稲田なる
常盤の森のけだかさを
わが品性の姿とし
実る稲穂の帽章に
去華就実のこの校風を
高くぞ持するわが健児



国と国との隔てなき
民の利福を理想とし
世界を一に結ぶべき
大なる使命をになひたる
聖き活動我が早実の
未来の鍵はここにあり


※作詞者の死後50年以上経過しているため、2000年に著作権保護期間が終了している。

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OB・OG
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政財界
松永東 - 政治家 元衆議院議長 1909年卒
高瀬荘太郎 - 政治家 元文部大臣 1909年卒
木村茂 - 元千代田区長 1942年卒
福永正通 - 東京メトロ副社長 元東京都副知事 1960年卒
鎌田泉 - 白元創業者 1923年中退
酒井億尋 - 荏原製作所元社長 1926年卒
本吉敏男 - アシェット婦人画報社元会長 1942年卒
重光武雄 - ロッテグループ総師 1946年卒
岡部稔 - 岡部ホテルグループ社長 1960年卒
菅原一秀 - 衆議院議員(自民党)
萩生田光一 - 衆議院議員(自民党)
平将明 - 衆議院議員(自民党)、日本振興銀行役員
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学者
齊藤金作 - 刑法学者・教授 1920年中退
金貞泰 - 元韓国政府施設評価委員・教授 1945年卒
三島博信 - 医学博士・教授 1945年卒
山下精彦 - 医学博士・教授 1958年卒
北野宏明 - ソニーコンピュータサイエンス研究所取締役副所長 1979年卒
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文化芸能
堀秀彦 - 脚本家・演出家 1943年卒
都筑道夫 - 小説家・翻訳家 1946年中退
ハル常住 - ゴルフジャーナリスト 1974年卒
竹久夢二 - 画家・詩人 1905年中退
林武 - 画家・教授 1910年中退
藤原義江 - オペラ歌手 1914年中退
一龍斎貞丈(5代目)-講談師 1926年中退
内海清美 - 和紙彫塑作家 1956年卒
大迫一輝 - 陶芸家 1978年卒
テリー伊藤 - 番組プロデューサー・タレント 1968年卒
樋口淳一 - NHKアナウンサー 1970年卒
小室哲哉 - ミュージシャン・音楽プロデューサー 1977年卒
向坂樹興 - フジテレビアナウンサー 1978年卒
水谷彰宏 - NHKアナウンサー 1983年卒
野島卓 - フジテレビアナウンサー 1985年卒
斉藤一美 - 文化放送アナウンサー 1986年卒
田崎竜太 - 映画監督 1983年卒
清水次郎 - 朝日放送アナウンサー 1990年卒
石井輝男 - 映画監督 中退
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スポーツ
荒川博 - 元プロ野球選手・監督 1949年卒 早大卒
榎本喜八 - 元プロ野球選手 1955年卒
王貞治 - 元プロ野球選手・監督、野球殿堂 1959年卒
大矢明彦 - 元プロ野球選手・監督 1966年卒 駒沢大卒
川又米利 - 元プロ野球選手・解説者 1978年卒
石井丈裕 - 元プロ野球選手 1983年卒 法政大卒
荒木大輔 - 元プロ野球選手・解説者 1983年卒
上福元勤 - 元プロ野球選手 1984年卒
板倉賢司 - 元プロ野球選手 1984年卒
石渡茂 - 元プロ野球選手 1971年卒 中央大卒
田野倉利行 - 元プロ野球選手 1973年卒
徳武定之 - 元プロ野球選手・千葉ロッテ・中日代行監督 早大卒
醍醐猛夫 - 元プロ野球選手 1957年卒
荒川堯 - 元プロ野球選手、東京六大学野球通算本塁打4位 1966年卒 早大卒
有賀佳弘 - 元プロ野球選手、東京六大学野球首位打者 1976年卒 早大卒
岡田源三郎 - 元プロ野球選手、野球殿堂、元明冶大野球部監督 明冶大卒
日野弘美 - 元プロ野球選手 1933年卒 明治大卒
宮下義雄 - 元プロ野球選手 1934年卒
安永正四郎 - 元プロ野球選手 1934年卒
太田健一 - 元プロ野球選手 1937年卒
望月潤一 - 元プロ野球選手 1937年卒
小林善一郎 - 元プロ野球選手 1937年卒
海部和夫 - 元プロ野球選手 1949年卒
齋藤精宏 - 元プロ野球選手 1954年卒 早大卒
佃明忠 - 元プロ野球選手 1954年卒  
河西宏和 - 元プロ野球選手 1955年卒
相沢邦昭 - 元プロ野球選手 1959年卒
河原田明 - 元プロ野球選手 1959年卒
高橋外喜雄 - 戦前の甲子園出場時の名投手 1927年卒 早大卒
本橋精一 - 戦前の甲子園出場時の名投手、戦死、早大卒
宮井勝成 - 元早実野球部監督、早実OB会会長、中央大野球部総監督、中央大卒
和田明 - 元早実野球部監督 1955年卒
中屋恵久男 - 元社会人野球選手、学生日本代表。元西武・石毛宏典のライバル。 1975年卒 早大卒
清水隆一 - 元熊谷組監督 1978年卒 早大卒
弓田鋭彦 - 甲子園出場時投手、ベスト8 1978年卒 早大卒
山岡靖 - 甲子園出場時投手 1979年卒 早大卒
荒木健二 - 早慶戦で山岡靖・広岡資生(姫路東)との三者連続ホームラン。荒木大輔の兄 1979年卒 早大卒
阿久根謙司 - 元東京ガス監督 東京六大学野球名ピンチヒッター 1980年卒 早大卒
小沢章一 - 千葉英和高校監督、2006年逝去 1983年卒 早大卒
栗林友一 - 1980年度夏の甲子園準優勝時主将 1981年卒 中央大卒
小山寛陽 - 元関東一高監督 1982年卒 早大卒
藤野素宏 - プロバスケットボール選手 日本人3人目のABAプレイヤー。
外池大亮 - 現役Jリーガー Jリーグ湘南ベルマーレ在籍、1993年卒、早大卒
原田正彦 - 陸上競技、2002年箱根駅伝2区区間賞、1998年卒、早大卒
打矢二郎 - ラグビー、1989年度大学選手権優勝、フランカー 1985年卒、早大卒
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関連項目
早稲田大学
早稲田大学高等学院
早稲田大学本庄高等学院
早稲田中・高等学校
早稲田渋谷シンガポール校
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外部リンク
早稲田実業学校HomePage
早稲田実業学校校友会
早稲田大学 - 大隈を支えた人々 -天野為之
早稻田實業學校硬式野球部のすゝめ

六甲中学校・高等学校

六甲中学校・高等学校は兵庫県神戸市灘区のカトリック修道会のイエズス会を母体をする中高一貫教育の私立男子校の一つであり、高校入試は行われない。阪急電車六甲駅から20分ほど坂を上ったところにある。

古風な面を多々持ち合わせており、2・3限の授業の間に全員上半身裸でグラウンドを走る「中間体操」(紫外線が最も強い時期には行わない)やトイレ掃除などがある。また、体育祭での約1時間にわたる上半身裸での「総行進」も有名。かつては関西圏において「灘・甲陽・六甲」とトップ3として称されたが、中学受験塾などの発表する偏差値によると今や大阪星光学院・東大寺学園・洛南・洛星・西大和などの多くの進学校に追い抜かれている(ただし、この学校は他人のために生きる人間の養成を理念とした教育が行われており(もっともこの成果は、特に過去との比較においてあまりあらわれてはいないという話もあるが)細かい学校序列に対する執着は全体的に薄いといえる。ただし近年では執着がないどころか敵視さえし、結果として現状把握能力の欠陥が生じている可能性さえある)。団塊の世代の教員の大量退職を機会とする対応に今後の明暗がかかっているが、有効な対策が取られているという評価は現段階では聞かれない。その一方で大事業である新校舎改築計画や、事実上の宗教教育偏重化傾向、週休二日制が進行し、教員の中からも疑問の声があがっている。


授業形態の特徴としては、高3の英・数において上級・中級・初級の3クラスが同時に開講されており、異なったテキストで異なった教師が教鞭を取る。それらから自分にあったひとつを選択する。このシステムによって自らに適切なレベルの授業を受けて受験に望むことができ、また授業レベルを考慮しなければ教師を選ぶことが可能である。

ただし、宗教教育が高三まで必修であることや、週休二日制に伴う授業時間の減少があるため、主体的な学習態度を低学年のうちにいかに身につけるかが鍵となる。特に中3高1の間は中だるみの時期といわれ、勉強から離れる傾向にあるため、この時期までにどれだけ主体的学習態度が身についているかがポイントとなる。

近年の傾向としては、この主体性不足の生徒が増加し、結果としてダブルスクール率が上昇している。ただし、学校で与えられる課題・テキスト自体は非常にレベルが高いため、よほど個別具体的な大学別対策を要しない限りは、広く一般的に大学入試に対応しうる力をつけるだけのお膳たてはしてもらえる。要は本人がそれをどう生かすか、また生かせるようなきっかけを一定程度提供してもらえるかが問題であり、この意味では進学率や授業に関するクレームの帰責は必ずしも学校だけに求められるものではなく、家庭や本人によるところもあるといえる。

ちなみに学校で提供されるテキスト(特に英語)は京大との相性がいい。


目次 [非表示]
1 大学合格実績
2 教育理念
3 出身者
3.1 研究者
3.2 財界人
3.3 文化人
4 姉妹校
5 外部リンク


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大学合格実績
例年生徒全体の四割前後を東大、京大、阪大、神大等の国立大学に送り出す。(早慶等私学は除く。阪大が最多。) 2005年度の京大合格者数は全国22位。

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教育理念
Man for Others (他人のための人間)
イエズス会の教育理念であり、他の姉妹校とも共通。
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出身者
鈴木昌 - Jリーグ2代目チェアマン
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研究者
五百旗頭真 - 神戸大学教授
五百籏頭薫 - 東京都立大学助教授
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財界人
石黒征三 - アルパイン社長
辻村章夫 - イトキン社長
箕浦輝幸 - ダイハツ社長
宮戸直輝 - T&Dホールディングス社長
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文化人
大森一樹 - 映画監督
黒沢清 - 映画監督
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姉妹校
上智大学
上智短期大学
エリザベト音楽大学
広島学院中学校・高等学校
泰星中学・高等学校
栄光学園
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外部リンク
六甲学院

ラ・サール中学校・高等学校

ラ・サール中学校・高等学校(らさーるちゅうがっこう・こうとうがっこう)は鹿児島県鹿児島市小松原にある中学校・高等学校。男子校である。北海道函館市に中高一貫の兄弟校函館ラ・サール中学校・高等学校がある。

目次 [非表示]
1 概要
2 年間行事
3 沿革
4 OB著名人
4.1 芸能
4.2 政治
4.3 司法
4.4 文化
4.5 経済
4.6 マスコミ関係
5 関連項目
6 外部リンク


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概要
東京大学などへの高い進学率を誇る全国的に有名な学校である。

起源は、カトリックのラ・サール修道会からで、中高一貫教育をモットーとしている。「ラ・サール会(正式名称:キリスト教学校修士会 Frere des Ecoles Chretiennes、本部:ローマ)」は世界中で1300校あまりを経営し、鹿児島はその一つである。(興味深いことに、フランス語のサール(salle)には、「教室」の語義もある。)ラ・サール中学校・高等学校には基本的に校歌はないが、ジャン=バティスト・ド・ラ・サールを讃えるラ・サール讃歌を校歌としており、さまざまな行事で歌うことになっている。

中学生の4~6割が県外からの入学で、寮もある。寮としては中学寮、松風寮、高校西寮、高校東寮があり、松風寮は基本的に中学生が利用する。 中高一貫の進学校には珍しく、高校から入学する事も可能である。

ほかにも食堂のカフェ・ラ・サールなどがある。また卒業者の4割が医師である。この学校は特に約100名で構成される応援団が有名である。また、多くの生徒が部活を毎日して、塾に行かずに自分で勉強するのもこの学校の特徴である。 その為、部活を引退後の、夏以降に急激に学力を上げる生徒が目立つ。

日本でも有数の名門校として名が挙がり(コント等でも灘中学校・高等学校と共に名前が挙がる)、高校生クイズなどの常連校でもある。

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年間行事
平成17年度
4月 入学式(4日)
5月 聖ラ・サールの日(16日)
6月 文化祭(5日)
7月 中2野外活動(17日~19日)
9月 体育祭(18日)
10月 中3修学旅行(4日~8日)
11月 バザー(20日)
12月 桜島一周遠行(18日)
2月 高校卒業予餞式(10日)
3月 中学卒業式(16日)
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沿革
1949年
1949年11月 ラ・サール高等学校設置認可
同年12月 初代校長マルセル・プティ就任
1950年~
1950年4月 ラ・サール高等学校開校(職員14名、第2学年1学級、第1学年4学級、生徒数190人)
1951年1月 講堂、理科教室竣工
1952年2月 第1回生卒業予餞式
同年3月 海岸側校舎(現中学)竣工
1953年5月 寮舎竣工
1954年2月 第2代校長ブノワ・ブロンデン就任
1955年9月 本館竣工
1956年3月 ラ・サール中学校設置認可
同年4月 ラ・サール中学校併設開校(第1回生113名入学)
1958年4月 第3代校長モーリス・ピカール(ブラザー・オーラス)就任
1959年3月 第1回中学校卒業式
同年10月 本館(普通教室4)増築
1960年~
1961年6月 中学校舎(普通教室4)増築
同年9月 第4代校長ブラザー・アンドルー就任
1963年9月 理科教室鉄筋竣工
同年10月 第5代校長大友成彦就任
1964年7月 水泳プール竣工
1965年3月 本館(普通教室2)鉄筋増築
同年9月 天文台竣工
1966年3月 カフェテリア竣工
1968年2月 高校校舎(普通教室15、職員室、校長室、その他)鉄筋4階建増築
1970年~
1975年4月 第6代校長モーリス・ピカール(ブラザー・オーラス)就任
1976年5月 聖ラ・サール胸像除幕式
1977年3月 体育館竣工、高校東寮増築
1980年~
1981年12月 中学寮鉄筋4階建竣工
1982年12月 第7代校長大友成彦就任、本館(4階)中学校舎(3階)特別校舎(4階)鉄筋増改築
1984年5月 故モーリス・ピカール先生のレリーフ除幕式
1986年5月 聖母マリア像除幕式
1987年12月 中学寮(自習室等)竣工
1989年8月 「ラ・サール讃歌の歌碑」建立
同年9月 新部室鉄骨二階建竣工
1990年~
1994年2月 寮木造平屋増改築
1995年4月 第8代校長ホセ・デルコス就任(現校長)、技術家庭教室竣工
1996年11月 第2体育館改築(日立から買収)
1997年3月 校内食堂(カフェ ラ・サール)増改築
2001年8月 50周年記念会館(聖ヨセフホール)、中学6教室、高校3教室、会議室等竣工
同年8月 新技術家庭科室竣工
2002年4月 情報教室整備

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OB著名人
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芸能
ラサール石井 - タレント、お笑い芸人、俳優、演出家
ピーター(池畑慎之介) - 俳優、タレント ※ラ・サール中学校卒業
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政治
中山成彬 - 文部科学大臣、衆議院議員、元内閣官房参与中山恭子の夫
寺脇研 - 文部官僚、文化庁文化部長
米沢隆 - 衆議院議員、元民社党委員長
岩屋毅 - 衆議院議員、元防衛庁長官政務官
川内博史 - 衆議院議員(現職・民主党)
古川禎久 - 衆議院議員(現職・無所属)
城島正光 - 衆議院議員(元職・民主党)
伊藤祐一郎 - 鹿児島県知事(現職)
古川康 - 佐賀県知事(現職)
森博幸 - 鹿児島市長(現職)
津村重光 - 宮崎市長(現職)
木下敏之 - 佐賀市長(元職)
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司法
大鶴基成 - 東京地方検察庁特別捜査部長
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文化
成相恭二 - 国立天文台名誉教授, 明星大学理工学部物理学科教授
原田正純 - 熊本学園大学社会福祉学部教授(水俣病研究の第一人者)
松里公孝 - 北海道大学スラブ研究センター教授
時任宣博 - 京都大学化学研究所教授
松元明弘 - 東洋大学工学部教授
高崎浩幸 - 岡山理科大学総合情報学部生物地球システム学科教授
角松生史 - 神戸大学大学院法学研究科教授
大湾秀雄 - 青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授
西研 - 哲学者、京都精華大学助教授
瀧井一博 - 兵庫県立大学助教授、比較法史学専攻
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経済
木瀬照雄 - TOTO社長
古賀信行 - 野村ホールディングス社長
山元峯生 - 全日本空輸社長
田口浩司 - スクウェア・エニックス出版事業部長、元 月刊少年ガンガン編集長
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マスコミ関係
貴島誠一郎 - TBSプロデューサー⇒ドリマックス・テレビジョン常務取締役兼プロデューサー
中村昭治 - テレビ朝日アナウンサー
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関連項目
ジャン=バティスト・ド・ラ・サール(1615~1719)
中学入試
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外部リンク
ラ・サール高等学校・中学校(ラ・サール学園)
ラ・サール学園同窓会

米子北斗中学校・高等学校

米子北斗中学校・高等学校(よなごほくとちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、鳥取県米子市にある中高一貫の私立高等学校。学校法人翔英学園が運営している。

目次 [非表示]
1 歴史
2 学科
3 姉妹校
4 卒業生
5 関連項目
6 外部リンク


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歴史
1988年:米子北斗中学校・高等学校として開校。
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学科
全日制
普通科
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姉妹校
学校法人翔英学園
米子北高等学校
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卒業生
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関連項目
学校記事一覧
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外部リンク
米子北斗中学校・高等学校

立正中学校・高等学校

立正中学校・高等学校
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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立正中学校・高等学校(りっしょうちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都品川区大崎にある日蓮宗系の私立の中学校及び高等学校。設置者は学校法人立正大学学園。

1872年に設立された歴史の長い学校である。2006年1月25日に新校舎が完成され、人気がさらに上がっている。 しかし、公表している使用教材とは全く違うものを使用している上に 特進、準特進、進学とランク分け制度を導入していてランクによって生徒への対応が違うという黒い噂も。


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関連項目
立正大学
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外部リンク
立正中学校・高等学校

横浜中学校・高等学校

横浜中学校・高等学校(よこはまちゅうがっこう、こうとうがっこう)は神奈川県横浜市金沢区にある私立男子校。1942年黒土四郎によって設立され、中学校と高等学校を併設して、中高一貫教育を推進している。  ちなみに校内暴力などが激しかった時期1960年代~1980年代は不良が多かったため、横浜の「ヨコ」と与太者の「ヨタ」を引っ掛けてヨタ高と呼ばれていたが、1990年代に入りいったん廃止されていた中学校を復活させた頃からは不良の数が激減し、そう呼ばれることは無くなっていった。

高校ではクラブ活動が盛んで、野球部は全国を代表する名門。1973年春のセンバツに初出場で優勝。1998年には渡辺元智監督の下、ピッチャー・松坂大輔を中心に、小山良男、小池正晃、後藤武敏らのメンバーで前年の明治神宮大会優勝と春夏連覇を達成。さらに、地元で開催されたかながわ・ゆめ国体も制し、史上初の1シーズン四冠達成。松坂以前から愛甲猛、鈴木尚典、斉藤宜之、多村仁、高橋建など数多くのプロ野球選手を輩出している。2003年春のセンバツでは成瀬善久を中心とした守りのチームで準優勝、2004年夏の全国大会は涌井秀章、佐藤俊司、石川雄洋らを擁してベスト8に勝ち進んだ。2006年春のセンバツでは決勝戦史上最多の21得点(対長崎清峰高校)で圧勝し8年ぶり3度目の優勝を飾った。

目次 [非表示]
1 卒業生
1.1 プロ野球選手
1.2 プロレスラー・ボクサー・格闘家
1.3 その他スポーツ
1.4 芸能人
1.5 その他
2 外部リンク


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卒業生
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プロ野球選手
愛甲猛
青木実
阿部真宏
石川雄洋
後藤武敏
斉藤宜之
紀田彰一
小池正晃
小山良男
佐野元国
鈴木尚典
高橋建
高橋光信
多村仁
中田良弘
成瀬善久
平岡一郎
幕田賢治
松坂大輔
矢野英司
横山道哉
吉田博之
涌井秀章
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プロレスラー・ボクサー・格闘家
鈴木みのる
渋谷修身
大橋秀行
宇野薫
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その他スポーツ
山本博(アーチェリー)
北条将臣(剣道)
北条忠臣(剣道) 
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芸能人
ミッキー安川
北川悠仁(ゆず)
五十嵐充(元Every Little Thing)
山崎まさや(ジョーダンズ)
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その他
高木元熙 (稲川会二代目林一家総長)
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外部リンク
横浜中学校・横浜高等学校(公式サイト)

横浜雙葉学園

横浜雙葉学園(よこはまふたばがくえん)は神奈川県横浜市中区に立地する学校法人。小学校から高等学校まで一貫教育を行う女子校である。


目次 [非表示]
1 学校所在地
2 交通機関
3 沿革
4 校訓
5 所属学校
6 系列校
7 外部リンク


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学校所在地
横浜雙葉中学高等学校
〒231-8653 横浜市中区山手町88番地
横浜雙葉小学校
〒231-8562 横浜市中区山手町226

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交通機関
JR京浜東北線 石川町駅
JR京浜東北線 山手駅
みなとみらい線 元町・中華街駅
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沿革
1872年(明治5年) - メール・マチルドをはじめとする「幼きイエス会(旧サン・モール修道会)」の修道女が横浜に上陸し、初の来日修道女となった。横浜の山手において、外国人子女教育および孤児養育事業を開始。
1900年(明治33年) - これを基礎とし、一般子女向けに横浜紅蘭女学校として開校。
1958年(昭和33年) - 校名を横浜雙葉に変更。
2000年(平成12年) - 創立100周年を迎える。

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校訓
「SIMPLE DANS MA VERTU FORTE DANS MON DEVOIR」
「徳においては純真に、義務においては堅実に」

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所属学校
中高一貫校(高等学校では外部募集を行っていない)
横浜雙葉高等学校 (横浜市中区)
横浜雙葉中学校 (横浜市中区)
小学校
横浜雙葉小学校 (横浜市中区)

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系列校
雙葉学園
田園調布雙葉学園
静岡雙葉学園
福岡雙葉学園
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外部リンク
横浜雙葉学園

山手学院中学校・高等学校

山手学院中学校・高等学校(やまてがくいん-)は、神奈川県横浜市の私立中学校・高校。学院長は篠崎孝子。生徒数は中学校(男子265名/女子230名)、高校(男子667名/女子695名)。教職員数は教諭(中・高)117名、職員(中・高)37名。創立者が、横浜を発祥とする大型書店・有隣堂の創設者の子息の為、有隣堂書店と関係が深い。古くから英語教育を行っていた山手英学院が基礎となっている。

目次 [非表示]
1 教育
2 設備
3 周辺
4 所在地
5 出身者
6 部活
7 外部リンク


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教育
男女共学。 高校2年次に行う北米研修旅行で知られる。はじめは嫌がっているが、帰って来るころには9割以上の生徒が「また行きたい」と、口を揃えて言う。これを機に、海外留学志向の生徒や、海外大学への入学志願者が増え始める。 期間は二週間。二人組か、一人でアメリカかカナダの家庭にホームステイする。
ステイ先はエドモントン・ペンシルベニア・レッドディア・カリフォルニア・・・など。 なおこのペア決めは、まだあまりお互いを知らない高一の早い時期に決める為、ペア選びは注意が必要。ちなみに、ペアで行くよりも、シングルで行くことをお勧めする。 2002年より中学3年次にオーストラリアホームステイも行われている。

校内選抜に受かると、ニューヨークで行なわれる国連高校生会議に出ることができる。

カナダ・ニュージーランドへの交換留学制度も有り。

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設備
3m、5mの飛び込み台付きのプールがある。 かつては寮があったが現在は封鎖され、倉庫として用いられている。 本校舎・新校舎の他に特別教室棟、緑棟、食堂がある。 2005年、特別棟完成。新教室、家庭科室、音楽室、物理室、図書館などが入っている。

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周辺
港南台方面にはマクドナルド、ファミリーマート、モスバーガーがある。
食べ物には困らないはず。 JR根岸線の港南台駅が最寄り。

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所在地
〒247-0013
横浜市栄区上郷町460番地
045(891)2111(代表)

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出身者
石井苗子(女優、テレビキャスター)
高橋ヒロキ(マジシャン)
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部活
空手部・野球部・吹奏楽部辺りが有力。その他一通りの部はある。
空手部は全国優勝経験あり。部活をやらない生徒も数多く存在する。
珍しい部活としては、「マウンテンバイク部」部員40人を抱え、大会でも優秀な成績を収める。 他に変り種はネコロジー部。学校に住む猫たちの世話をしている。


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外部リンク
山手学院中学校・高等学校 公式サイト

湯梨浜中学校・高等学校

湯梨浜中学校・高等学校(ゆりはまちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、鳥取県湯梨浜町にある中高一貫の私立高等学校。学校法人湯梨浜学園が運営している。

統合によって廃校になった旧湯梨浜町立東郷小学校を再利用している。(2005年に桜・花見・(旧)東郷の3小学校が統合して(新)東郷小学校となった。)

目次 [非表示]
1 歴史
2 学科
3 姉妹校
4 卒業生
5 関連項目
6 外部リンク


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歴史
2006年:湯梨浜中学校・高等学校として開校。
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学科
全日制
普通科
特別進学コース(中学校・高等学校6年一貫コース)
実力練成コース(高等学校3年コース)
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姉妹校
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卒業生
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関連項目
学校記事一覧
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外部リンク
湯梨浜中学校・高等学校

山崎学園富士見中学・高等学校

山崎学園富士見中学・高等学校(やまざきがくえんふじみちゅうがく・こうとうがっこう)は練馬区中村北に位置する私立の中学校・高等学校。

最寄駅は西武池袋線 中村橋駅。建学の精神は「純真・勤勉・着実」。

目次 [非表示]
1 沿革
2 美術品
3 学校行事
4 校歌
5 校章
6 制服
6.1 冬服
6.2 夏服
7 クラス
8 体育祭
9 文化祭


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沿革
大正13年4月 - 富士見高等女学校創立
大正14年10月 - 富士見女子高等学院開校
昭和15年3月 - 富士見女子高等学院廃止
昭和15年3月 - 財団法人山崎学園設立
昭和22年4月 - 富士見洋裁学園を開園、学制改革によって富士見中学校を開校
昭和23年4月 - 学制改革によって富士見高等学校を開校
昭和24年3月 - 富士見高等女学校を廃止
昭和26年2月 - 富士見洋裁学園を廃止、財団法人山崎学園を学校法人山崎学園に変更
昭和29年12月 - 円形校舎完成(日本初)
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美術品
学内の廊下、階段の踊り場、ロビーなどに学園所蔵や寄託の美術品が飾られている。

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学校行事
校内競技大会
学年遠足
弁論大会
体育祭
芙雪祭(文化祭)
合唱大会
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校歌
鳥野幸次が作詞、岡本敏明が作曲で4番まであり、2番、3番、4番と進むにつれ、2部、3部、4部合唱になる。

歌いだしが、「富士見の里の乙女草」で始まるところから、生徒の事を乙女草と表現することもある。

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校章
昭和25年4月に制定された校章は、丸みを帯びた逆三角形でハート型をイメージして出来たもの。各頂点は富士山の山頂を模した形になっており、中央に富士見のFが書かれている。 中学は赤地に白字のF、高校は白地に赤字のF。

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制服
中学はセーラー服、高校はブレザー。

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冬服
中学 - 黒地セーラーの襟・袖に白い3本のライン、白スカーフ、黒セーター、黒プリーツスカート。白ソックスまたは黒ストッキング。タイ留めに校章。
高校 - 紺色ブレザー、白いブラウス、臙脂リボン、ブルーグレーのセーター若しくはベスト、紺チェックボックススカート。紺または臙脂ソックス。
コートは中高兼用のPコート。

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夏服
中学 - 白地セーラーで、襟、袖は黒。黒リボン、黒プリーツスカート。胸ポケットに校章。
高校 - グレーチェックボックススカートで以外は冬服と同様。
  中学の制服は昭和27年4月から。高校の制服は平成2年4月から。

変更前の高校の制服は白い円襟ブラウスに黒いジャンバースカート。

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クラス
中学までは松、竹、梅、菊、桜、桃と植物の名前でクラス分けされており、高校からは藤が加わる。

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体育祭
中学高校合同で行われる。

中学1年生から高校3年生まで、各学年が創作ダンスを行う。その中でも、高校3年生は制服姿で創作ダンスを行う。

6年間の集大成として、毎年大きな感動を呼んでいる。


なお、中山雅史の妻としても知られる生田智子は、本校のダンス部のOGである。

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文化祭
文化祭は芙雪祭と称する。芙雪とは富士山の雪の意味。

安田学園中学校・高等学校

安田学園中学校・高等学校
創立 1923年
設置学科 全日制
所在地 〒130-0015
東京都墨田区横網2-2-25
電話番号 03-3624-2666

外部リンク 公式サイト
安田学園中学校・高等学校(やすだがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都墨田区横網にある私立の中学校・高等学校。男子校。安田財閥の創始者である安田善次郎が創設した。

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沿革
1923年3月:東京植民貿易語学校内に東京保善商業学校(校長岡部長職)として開設。植貿付属商業夜間部を吸収。
1924年2月:現住所(当時:本所区横網20)に移転
      11月:保善商工教育財団設立(理事長岡部長職)

1925年3月:保善工業学校設立(建築科40名・電気科20名)、浜野虎吉が植貿・商業・工業の校長に。夜間部を第二本科と呼称
    11月9日:三校開講記念日(現在に至る)

1926年1月:理事長に結城豊太郎就任
1930年1月:三校連合歌(現在の安田学園校歌)ができる(作詞作曲:東京音楽学校)
1934年1月:東京植民貿易語学校が移転独立
1936年3月:安田商業学校・安田工業学校に名称を変更。第二本科を保善商業学校として植貿に移転分離(在校生への影響を考慮し、横網でも数年間夜間商業教育を実施)
1938年3月:工業学校に機械科を設置、工業夜間部(4年制)を第二本科、工業夜学科(2年制)を第三本科と呼称
1943年3月:工業学校第三本科を廃止、教育に関する非常措置により商業学校の募集を停止
1944年4月:商業学校4・5年生を除き工業に転換、電気通信科・航空機科を設置
1945年3月:5年生卒業式(4年生も繰上卒業)
     10月:進駐軍より横網校舎を一週間以内に接収すると通告(柳島国民学校を1年間賃借)

1946年1月:商業学校募集再開、工業転換生の復帰を許可
      4月:修業年限を5年に戻す、国民学校隣接の本所工業学校を間借りし商業生徒を移す

1947年4月:新制中学発足に伴い安田学園第一中学校(商業)、同第二中学校(工業)を設置、3年以下の生徒が移籍
      11月:横川仮校舎に移転

1948年4月:新制高校発足に伴い安田学園高等学校と改称、中学を一本化し安田学園中学校とする
1949年3月:安田学園高等学校として第一回卒業式、旧商業学校最終学年の卒業により旧商業学校を廃校
1950年3月:旧工業学校最終学年の卒業により旧工業学校を廃校
1951年3月:運営母体を学校法人安田商工教育会(理事長:齋藤利忠)に改組
1954年7月:横網校舎接収解除
      12月:安田中学校、安田商業高等学校、安田工業高等学校に校名変更

1957年4月:定時制夜間部を安田商工専門学校に発展的解消
1963年8月:南館落成式典
      11月:創立40周年記念式典

1948年に現校名に改称。高校野球やバレーボールで多数の実績をあげている。
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卒業生
錣山親方-元寺尾関 相撲
阿部慎之助-プロ野球選手 読売ジャイアンツ
小島聡-プロレスラー 全日本プロレス
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外部リンク
教える学校 考える学校 「安田学園」

2006年07月22日

目黒学院中学校・高等学校

目黒学院中学校・高等学校(めぐろがくいんちゅうがっこうこうとうがっこう)は、東京都目黒区にある私立の中学校・高等学校。男子校。中学は併設。以前は「目黒高校」という名称だったが、1998年に現在の名前に改称した。


目次 [非表示]
1 概要
2 沿革
3 最寄駅
4 学園祭
5 同窓会
6 出身者
7 外部リンク


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概要
ラグビー部はかつて花園で「目黒-久我山」時代を築き、優勝5回の実績を残すなど全国の強豪であった。また空手部も全国の強豪である。最近では校名を変更、進学実績でも力を入れ東大合格者も輩出するなどしているが、スポーツ名門・目黒のバンカラな気風は今でも残っている。


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沿革
1940年 (昭和15年) 東京機械工科学校として創立。
1948年 (昭和23年) 学制改革に伴い目黒高等学校と改称、普通科を併置。
1995年 (平成7年)  学校法人目黒学院に改称、目黒学院中学校開校。
1998年 (平成10年) 目黒学院高等学校に改称。
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最寄駅
東急東横線 中目黒駅 =徒歩4分
地下鉄日比谷線 中目黒駅 =徒歩4分
JR山手線 恵比寿駅 =徒歩12分
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学園祭
「梧林祭」と呼ばれる。←「ごりんさい」とよむ。

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同窓会
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出身者
青木義朗(俳優)
井筒親方(元関脇逆鉾)
小林旭(歌手・俳優)
松尾雄治(スポーツコメンテーター・元ラグビー選手)

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外部リンク
目黒学院ホームページへようこそ
目黒学院高等学校ホームページへようこそ

明法中学・高等学校

明法中学・高等学校(めいほうちゅうがく・こうとうがっこう)は、東京都東村山市にある中高一貫の私立男子校。最寄り駅は、西武国分寺線・西武拝島線小川駅より徒歩15分。付近は閑静な住宅街で、桜華女学院中学校・高等学校や明治学院中学校・明治学院東村山高等学校、東村山市立南台小学校が道路一本隔てて並ぶ。学校には最適な環境である。

1964年霊友会初代会長小谷喜美の提唱によって創立されたが、宗教教育は一切行われない。ちなみに霊友会大形派の青年向け月間誌のタイトルは同じ「明法」である。

2005年エレベーター、スポーツジム完備の新校舎が完成。さらにグラウンドには照明施設が新設された。なおスポーツジムは未だ器具が入っておらず、その存在は名ばかりのものである。

進学校(一流大学に進学できる人は少ない)ではあるが自由な校風が人気の1つである。勉強や部活に真剣に取り組むというより、6年かけて自分を発見しやりたいことを模索する人に向くと考えられる。校則も他校から見るとゆるいが、信頼関係におけるものらしい。大学の推薦枠は豊富というより多彩。2002年度、ゆとり教育の流れに乗るも、2003年度より本来のカリキュラムに再変更。さらに成績優秀者30名を集めた特進クラスは物議をかもした。ともあれ改革の成果で中学受験者は着実に増加しており、2005年度の中学1年生は4クラス構成となった。

中でも特徴的な授業は「器楽」である。中学1年生入学時に全員が金管・木管・弦楽器を選択し、中学2年・3年時の明法祭でオーケストラの演奏を行う。以前は週2時間設けられていたが、学力伸長をめざすために週1時間に削減された。

目次 [非表示]
1 建学の精神
2 所在地
3 交通
4 沿革
5 設置課程
6 設備
7 かつての設備
8 年間行事
9 出身者
10 外部リンク


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建学の精神
建学の精神は、明法に学ぶ生徒が、この世に生を受けたことに感謝し、知性を磨き、よい習慣を身につけ、社会のため、国家のため、人類のために役立ち、世界平和に貢献できる人間を育成することにある。
この精神は校歌にも明確に歌われている。

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所在地
〒189-0024 東京都東村山市富士見町2丁目4-12
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交通
西武国分寺線・西武拝島線小川駅より徒歩15分
西武新宿線久米川駅から第三小経由立川駅行、または東大和市駅行バスで明法学院前下車、徒歩1分
JR立川駅または西武拝島線東大和市駅から第三小経由久米川駅行バスで明法学院前下車、徒歩1分
JR武蔵野線新小平駅から自転車で10分、または徒歩約25分
西武多摩湖線八坂駅から徒歩約10分
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沿革
1964年4月 東京都東村山市に創立。
1971年 全国高等学校総合体育大会・サッカー競技に帝京高等学校と共に出場。
2003年 難関大学進学のための特進コース設置。
2005年 創立40周年記念事業として新校舎完成。
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設置課程
全日制普通科のみ
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設備
校地面積
56,012.01m2
講堂
座席数1022。屋上に登ることは禁止されているが、規則に立ち向かう生徒もいる。東村山市の成人式もここで行われる
理科棟
十字型の構造が特徴的。物理・化学・生物・地学にそれぞれ講義室・研究室・実験室・特別実験室がある。さらに地下室・標本室など。
音楽棟
音楽教室、レッスンルーム2、ピアノ室4、楽器庫など。
体育館
コンクリート打ちっぱなしの壁が魅力の1つの体育館だったが、近年になってペンキが塗られた。柔道場、剣道場、バスケットコート1面、バドミントンコート4面、バレーボールコート2面、室内トラック、部室、シャワー室など。
第二体育館
実質は卓球場。卓球部の関東大会出場を記念して作られた。雨の日の体育は急遽卓球ということもままある。
陸上競技場
400メートルトラック。
テニスコート
全天候3面、クレイコート1面。
第二グラウンド
主に中学サッカー部が使用する。以前明法寮が建っていた場所である。
プール
50メートル9コース
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かつての設備
明法寮
開校当初は全寮制であった。寮歌もある。
蛍雪寮
合宿などで利用されていたが、老朽化にともない取り壊された。

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年間行事
5月 - 体育祭
6月 - 高2修学旅行
8月 - 高2海外語学研修
9月 - 明法祭(文化祭)
11月 - 明法杯少年サッカー親睦会(1971年のインターハイ出場を記念して設立)
11月 - マラソン大会
1月 - スキー合宿
1月 - 中学百人一首大会
1月 - 創立記念日(24日)
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出身者
梅木のりひで (京都府会議員)
南淵明宏 (医師)
NARGO (音楽家、東京スカパラダイスオーケストラメンバー)
高橋知幸 (新潟放送アナウンサー・スピードスケート選手・温泉ソムリエ)

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外部リンク
MEIHO 明法中学・高等学校

明豊中学校・高等学校

明豊中学校・高等学校
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明豊中学校・高等学校(めいほうちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、大分県別府市にある私立の高等学校、以前の別府大学附属中学校・高等学校。 校歌の作曲者は南こうせつ。

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著名な出身者
城島健司-プロ野球選手、福岡ソフトバンクホークス、附属高校卒
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学部リンク
明豊中学校・高等学校

明星中学校・高等学校

明星中学校・高等学校(めいせいちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、学校法人明星学苑(がっこうほうじんめいせいがくえん)が運営する、東京都府中市にある男女共学の私立中高一貫校。 部活動は、運動部が盛んで、特に高校男子ハンドボール部は常に全国レベル。昭和39年から42年にかけて、40年を除いてインターハイを全国制覇している。

尚、大阪府大阪市天王寺区にある明星中学校・高等学校は、学校法人大阪明星学園(がっこうほうじんおおさかめいせいがくえん)が運営するもので、本稿で記述する明星中高とは何の関係もない。東京都三鷹市にある学校法人明星学園(がっこうほうじんみょうじょうがくえん)も、別法人で、本稿の明星中学校・高等学校とも設置者の学校法人明星学苑とも関係はない。埼玉県さいたま市緑区の学校法人明の星学園(がっこうほうじんあけのほしがくえん)も、同様に無関係である。

目次 [非表示]
1 卒業後の進路
2 出身有名人
3 部活動
4 関連項目
5 所在地・連絡先
6 外部リンク


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卒業後の進路
例年国公立大学には10名程度が合格している。全体の7割程度の卒業生が私立大学に進学するが、そのうち半数の進学先は併設の明星大学である。

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出身有名人
三億円事件の真犯人ともくされた少年
志茂田景樹の息子
菅野美穂の弟
シュナイダー潤之介 -プロサッカー選手(GK)・サガン鳥栖所属
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部活動
ハンドボール部
バスケットボール部
自転車部
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関連項目
学校法人明星学苑
明星幼稚園
明星小学校
明星大学
いわき明星大学
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所在地・連絡先
学校法人明星学苑

〒183-8531 東京都府中市栄町1-1 電話番号:042-368-5111

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外部リンク
明星中学校・高等学校

学校法人明星学苑

明星中学校・高等学校

明星中学校・高等学校(めいせいちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、大阪市天王寺区餌差町にある、学校法人大阪明星学園が運営する私立の男子校である。

最寄り駅は、JR大阪環状線玉造駅、近鉄上本町駅、地下鉄長堀鶴見緑地線谷町六丁目駅・玉造駅。

近隣には、大阪府立清水谷高等学校、大阪府立高津高等学校、上宮中学校・高等学校、清風中学校・高等学校、城星学園中学校・高等学校、大阪女学院中学校・高等学校などの高等学校・中高一貫校がある。

尚、東京都府中市にある明星中学校・高等学校、明星大学(東京都日野市・青梅市)、いわき明星大学(福島県いわき市)は全て学校法人明星学苑が運営するもので、本稿で記述する明星中高、学校法人大阪明星学園とは関係がない。東京都三鷹市の学校法人明星学園も同様に無関係である。区別する意味で「大阪明星高校」と表記されることが多いが、これはあくまでも通称であり、正式名称は「明星高等学校」である。

目次 [非表示]
1 概要
1.1 教育方針
1.2 教育改革
2 学校生活
2.1 校則
2.2 部活動
2.3 クラス編成
3 沿革
4 設置学科・コース
5 入学試験
5.1 中学入試
5.2 高校入試
6 指定校推薦
7 著名な卒業生
8 姉妹校
9 外部リンク
9.1 姉妹校


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概要
1898年(明治31年)創立の「明星学校」を起源とする、100年以上の歴史をもつ伝統校であり、卒業生は2万人を超える。フランスのマリア会を母体とするカトリックのミッションスクールである。

校名は聖母マリアの称号の1つである「明けの明星(みょうじょう)」に由来する。校章は、聖母マリアの象徴である「星」を中央に据え、聖母マリアの勝利の「月桂樹」をまわりに配したものである。(校章・学校の外観は、大阪明星学園Webサイトトップページを参照のこと。)

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教育方針
愛と正義、平和のために核となって社会に奉仕できるような生き方を身につけた人材『明星紳士』の育成のために、カトリックの精神とマリア会の教育目標に基づいた教育を実施する。

宗教教育
ミッションスクールであることから、授業に「宗教」という科目があり、週1回、宗教科の教師(ほとんどが神父)による授業が行われる。しかし、カトリックの教学を押しつけるわけではなく、豊かな人材の育成を目的とした、道徳の授業に相当するような比較的自由な授業である。

男子教育
一時期男女共学化も検討されたが、一部男女共学化を実施した同じマリア会を母体とする長崎県の海星中学校・高等学校と異なり、現時点での男女共学化は行わないこととされた。このことは、男子修道会であるマリア会が母体であることと密接な関係がある。

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教育改革
1960年代中盤までは夏の甲子園に常時出場していた、「野球の名門校」であった。その後徐々に進学校へと転換し、現在では大阪府内では、清風南海高校・四天王寺高校などと並び、大阪星光学院高校に次ぐ進学校の一角となった。2004年度の大阪大学合格者数が、国内2位となるなど現在も上昇中である。(2006年度の大学合格実績)。 更に、2002年度には「エスポアール」コースの設置により中高一貫教育を拡充し、2005年度からは高等学校での従来のI類・II類制を廃止し、「ルミエール」コースの設置による新システムを導入して、さらなる大学合格実績の飛躍をねらっている。2007年度は「ルミエール」第1期生が、大学受験に臨む年であり、明星の改革の試金石として、その結果が期待されている。

2002年の「エスポアール」設置は、学校週5日制の導入をキッカケとしたものであった。同制度の導入にならい、明星でも週休2日となったが、「土曜セミナー」の開設により、希望者に対しては土曜日に発展的な授業を行う。尚、高校から入学した「ルミエール」の生徒は、高1の間は進度を速めるために土曜日も通常授業である。

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学校生活
校舎の最上階には、大きなマリア像がある。夜になるとキレイにライトアップされる。また、1年に一度12月24日のクリスマスミサの前後は、校舎と校門付近の芝生および噴水に電飾が設置され、ため息をつくほどキレイである。

校舎はほぼ全面的に改築されたばかりのため、非常に清潔である。3つの体育館(うち1つは剣道場)や、合わせて約19.811㎡のグラウンドとテニスコート(4面)、1800席のマリアンホール(大講堂)などがあり、施設面では充実していると言える。敷地の総面積は27.082㎡。また、長野県と奈良県に校外学舎がある。食堂(定員638名)もあり、毎日多くの生徒が利用している。メニューは少ないが、価格とボリューム、味などは概ね好評である。食堂内には多数の自動販売機が設置されており、飲料以外にもいろいろと購入できる。

1時限50分の授業で、中学校は1日6時限(月曜のみ7時限)、高等学校は1日7時限の授業を実施している。前述の「土曜セミナー」は1講座100分で1日2講座。同じく土曜に行われる「ルミエール」の高I生徒への進度促進授業は、1時限70分の3時限である。

冬季の制服はフランス海軍の士官学校のものをもとにしたという、7つボタンの詰め襟に、長袖のカッターシャツ、黒の長ズボンである。夏季は明星の校章が胸にプリントされた指定の半袖の開襟シャツと、よもぎ色のような色合いの長ズボンである。この夏季の長ズボンに関しては、その特徴的な色合いを嫌う生徒が多い。下着のシャツは白色無地のものとされている。靴下は白色又は黒色、紺色の無地のものとされ、スニーカーソックスは禁止されている。

鞄は、明星の校章がついた指定の黒の制鞄に、校章と「Meisei」の字つきのサブバッグである。一部の運動部に所属する生徒は、部指定のクラブバッグも使用している。サブバッグは、ランドセルが一回り強大きくなった程度の大きさで、他の高校のサブバッグ類と比較して小さく、荷物が多い場合にやや難がある。

雨天の場合を除き、毎週月曜日は全校生徒が校庭に、学年が指定した曜日は各学年全員が集まり朝礼を行う。また、「運動場は教室である」という校是の下、昼休みは図書館等は開けられず、生徒が運動場で運動するのが好ましいとされており、毎日昼休み終了後、雨天やグラウンド不良の場合を除き、「昼礼」として全校生徒が校庭に整列する。

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校則
校則は非常に厳しく、特に頭髪に関しては、前髪は眉毛にかからない長さにし、耳の周囲2~3cmと襟足は、指で掴めないよう刈り上げるものとされており、月1回の頭髪検査がある。頭髪検査に不合格であった生徒には、日を改めて再検査が行われる。再検査にも不合格であった生徒は、明星指定の理髪店に行くように指導される。従わない場合は、本人の同意の下、生活指導部教員やクラス担任によって髪を切られる。その場で自分で切ることも出来る。

携帯電話の学校への持ち込みは禁止である。発覚した場合は即刻没収され、保護者が学校に出向いて携帯電話を受け取らねばならない。発覚が2回に及んだ場合、携帯電話を解約し、更に解約の証明を学校側に提出しなければならない。

自転車通学も禁止されている。自転車で学校の近くまで来て、教師に見つからないような場所に隠しておくようなことが発覚した場合、通知表の「操行」の欄に「要反省」がつけられる。

生徒に対する懲戒処分としては「訓戒」「譴責」「停学」「退学」がある。停学処分を受けた生徒は、自宅謹慎ではなく、停学期間中毎日登校し、生活指導室にて聖書の書き写しを通日行う。万引き、喫煙などの違法行為や暴力行為が発生しないよう予防教育に力をいれているが、そのようなことが起こった場合、退学処分も辞さない。

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部活動
前述のとおり、1960年代中盤までは夏の甲子園に常時出場していた、「野球の名門校」であった。その当時は、入試においてスポーツ推薦枠もあり、サッカー部、ソフトテニス部なども全国的な強豪であった。そして、進学校化した今日に至っても、私立進学校では珍しく、クラブ活動が活発である。(明星中高のWebサイトによると、中学校のクラブ加入率は80%~90%、高校のクラブ加入率は50~60%。)エラン・理系選抜の両特進クラスからも、運動部を含めクラブ活動に参加することは可能である。

一部の運動部の練習の厳しさは私立進学校とはとても思えない程であるが、学習との両立を果たし、高校3年生まで部活動を続けて難関大学へ合格する者も少なからずいる。前述の通り、高等学校は1日7時限授業であり、決して練習時間は長くはないが、最終下校時間(夏季18時45分・冬季18時)まで目一杯練習に取り組んだ上に、土日での練習などに励むことでカバーしている。

文化部は、近年特に活発であり、ディベート部などが全国大会へ頻繁に出場している。運動部も、入試時には、スポーツ推薦などは行われていない中、近年再び上昇傾向にある。

運動部
野球部
サッカー部
バスケットボール部
陸上競技部
ソフトテニス部
バレーボール部
ワンダーフォーゲル部
剣道部
体操部
卓球部
水泳部
応援部

文化部
カトリック研究部
新聞部
弁論部
音楽部
美術部
生物部
化学部
写真部
天文気象部
英語部
書道部
放送部
地歴部
グリークラブ
ディベート部
落語研究同好会
演劇同好会
囲碁将棋同好会

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クラス編成
中学校は2002年度入学生以降、高等学校は2005年度入学生以降のクラス編成である。クラスについての詳細は本稿下部「設置学科・コース」を参照のこと。

中1~
エスポアールクラス(A組~F組)
中3~
エスポアールクラス(A組~D組)
エランクラス(E組・F組)
高I~(外部新入生3クラス=G~I組増加)
エスポアールクラス(A組~D組)
エランクラス(E組・F組)
文理クラス(G組・H組)
理系選抜クラス(I組)
高II~
エスポアール文系クラス(A組・B組)
エスポアール理系クラス(C組・D組)
エラン文系クラス(E組)
エラン理系クラス(F組)
文理文系クラス(G組)
文理理系クラス(H組)
理系選抜クラス(I組)

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沿革
1898年(明治31年) 「明星学校」設立。(場所は、現在の大阪市西区江戸堀北通1丁目)
1901年(明治34年) 同校、移転。(移転場所は、現在の大阪市南区八幡筋千年町)
1902年(明治35年) 文部省より甲種商業学校に認定。
1904年(明治37年) 現在の校地に移転。木造校舎が落成。以後、増改築を重ねる。
1908年(明治41年) 「明星商業学校同窓会」発足。
1922年(大正11年) 「保護者後援会」発足。
1944年(昭和19年) 「明星工業学校」に転換。
1945年(昭和20年) 戦災により、木造校舎が全焼。
1946年(昭和21年) 明星中学校(旧制)として再建。
1947年(昭和22年) 明星中学校、新制学校に移行。
1948年(昭和23年) 新制明星高等学校設立。
1951年(昭和26年) 学校法人大阪明星学園設立。
1958年(昭和33年) 新校舎落成。
1963年(昭和38年) 第45回全国高校野球選手権大会優勝。
1965年(昭和40年) 第44回全国高等学校サッカー選手権大会優勝。
1979年(昭和54年) 第4回全日本高等学校選抜ソフトテニス大会優勝。
1983年(昭和58年) 第8回全日本高等学校選抜ソフトテニス大会優勝。
1988年(昭和63年) 東館校舎新築竣工。
1994年(平成 7年) 創立100周年記念事業として北館・南館・管理棟・クラブハウス・聖堂新築竣工。東館、食堂棟以外は全て新しい校舎となった。
1998年(平成10年) 創立100周年に際し、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世より祝福の言葉が寄せられる。
2002年(平成14年) 6ヵ年中高一貫教育コースである、「エスポアール」設置。
2005年(平成17年) 高校新入課程のI類・II類を廃止し、高校に「ルミエール」新設。
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設置学科・コース
新コース編成
普通科
エスポアール(Espoir)(中高一貫課程)
エスポアール(6クラス、エラン選抜後4クラス)
エラン(Elan)(2クラス)
中3段階で選抜クラスである「エラン」を選抜する。高2段階で、エラン・エスポアール共に文系クラスと理系クラスに分かれる。


ルミエール(Lumiere)(高校新入課程)
文理クラス(2クラス)
理系選抜クラス(1クラス)
文理クラスは高2段階で文系クラスと理系クラスに分かれる。同時に理系選抜クラスの成績不振者と理系クラスの成績上位者の入れ替えや、志望を文系に変更した理系選抜クラスの生徒の文系クラスへの移動なども行われる。

I類・II類時代は、一部を除きクラスは内部進学者と外部新入生の混成であったが、現在のシステムでは、中学校から内部進学した生徒と、高等学校から入学した生徒が同じクラスになることはない。

「文理クラス」で従来の特進クラスであるI類のカリキュラムを採用、「理系選抜クラス」ではI類のカリキュラムをベースアップした新カリキュラムを組んでいる。

高等学校で新たに入学生を迎える私立中高一貫校では、大抵は1年次から、または2年次から内部進学者・外部新入生を混成したクラス編成を行うので、このような3年間の完全分離方式は少ない。内部進学者・外部新入生の混成には、内部進学者と外部新入生間での学習進度の違い(大抵の私立中高一貫校では、中3終了段階で概ね高1の範囲を履修済み)のため、内部進学者は、外部新入生が学ぶ履修済みの範囲を共に再び学ばねばならず、外部新入生は、内部進学者の学習進度に追いつくために非常に速い授業進度に対応しなくてならないという弊害がある。この完全分離方式は、このような弊害の解決策の1つである。

「エスポアール」は「希望」、「エラン」は「飛躍」、「ルミエール」は「光」を、それぞれ意味するフランス語である。

旧コース編成・高等学校
普通科
I類
II類
I類が選抜クラスである。I類・II類とも高2段階で文系クラスと理系クラスに分かれる。ただしI類理系クラスは、内部進学者のみの選抜クラスと、内部進学者・外部新入生混成のクラスに分かれている。I類理系の内部進学者選抜クラス以外は、全て内部進学者・外部新入生混成のクラスである。2006年度の卒業生が、旧コース編成で学んだ最後の学年となる。

旧コース編成・中学校
特進クラス(4クラス)
標準クラス(2クラス)
入試時に、特進クラスと標準クラスを分けて募集していた。2002年に特進クラスに代わりエスポアールコースが設置され、標準クラスが廃止された。高校進学時に、I類・II類に分かれた。

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入学試験
詳細は明星中高のWebサイトを参照するか、同中高に直接問い合わされたし。

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中学入試
2002年度より、毎年「エスポアール」コースの生徒約270名(6クラス)を募集している。入試は明星専願者対象の1次試験と、明星併願者対象の2次試験とに分けて行われる。例年どちらの試験も実質的な倍率は2.0倍程度。

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高校入試
2005年度より、毎年「ルミエール」コースの生徒約135名(3クラス)を募集している。うち1クラスが「理系選抜クラス」であり、残り2クラスが「文理クラス」である。「理系選抜クラス」の方が難易度が高い。受験生は、

理系選抜クラス第1志望、文理クラス第2志望。
理系選抜クラスのみを志望(文理クラスへの回し合格なし。)
文理クラスのみを志望。
の3パターンのうちいずれかを選んで受験する。例年専願(単願)・併願共に実質的な倍率は1.02倍~1.2倍と低倍率である。ただしこの数字は文理クラスへの回し合格者を含んだ倍率である。「理系選抜クラス」の合格者は、概ね専願合格者全体の2割乃至3割程度、併願合格者全体の5割乃至6割程度である。尚、無論、残りの合格者は「文理クラス」での合格者である。

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指定校推薦
慶應義塾大学、早稲田大学、中央大学、明治大学、青山学院大学、上智大学、同志社大学、立命館大学、関西学院大学、関西大学などの有名私立大学から多数指定をうけている。その他100校以上の私立大学からも指定をうけており、対象者は、高校3年1学期時点においてそれまでの評定の平均値によって決定される。

ただし、エランクラス(中高一貫生選抜クラス)及び理系選抜クラス(高校入学生選抜クラス)の在籍者は、指定校推薦の対象者になれない。

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著名な卒業生
木村哲也(関西大学法科大学院教授・弁護士)
樽床伸二(民主党前衆議院議員)
浅井孝二(元住友銀行頭取)
三澤肇(毎日放送アナウンサー)
はたけ(ミュージシャン・シャ乱Qメンバー)
森内俊雄(作家)
渋谷天外(俳優・松竹新喜劇座長)
和田徹(野球解説者・元プロ野球選手)
山尾孝雄(大阪食品化学第5代社長・元野球解説者・元プロ野球選手)
※岡田彰布(元プロ野球選手、現阪神タイガース監督)
※明星中学校卒業後、北陽高等学校進学。

2004年(平成16年)度には、「全日本学生児童発明くふう展」で内閣総理大臣賞を受賞した高校2年生の生徒が千葉大学工学部に飛び入学した。(明星中高のWebサイト)

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姉妹校
暁星中学校・高等学校 - 学校法人暁星学園
海星中学校・高等学校 - 学校法人海星学園
札幌光星中学校・高等学校 - 学校法人札幌光星学園
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外部リンク
大阪明星学園
明星中学校・高等学校
大阪明星学園ディベート部
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姉妹校
暁星学園(東京)
海星学園(長崎)
札幌光星学園(北海道)

明治大学付属中野中学校・高等学校

明治大学付属中野中学校・高等学校(めいじだいがくふぞくなかのちゅうがっこう・こうとうがっこう)は東京都中野区東中野にある私立中学校・高等学校。中高一貫制男子校。

目次 [非表示]
1 概要
2 基本理念
3 沿革
4 付属施設
5 著名な卒業生
6 関連項目
7 外部リンク


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概要
明治大学の付属校の一つで、俗称は「明大中野」、「明中」。中高一貫制だが、高校からの入学者も150名前後受け入れている。
明治大学の付属となってはいるが、実質上系属校であり中野校・八王子校ともに学校法人中野学園という別法人であるため、明治大学への推薦は全体の約70~75%となっている。しかし国公立大学受験にも力を入れており、国公立進学も多い。更に指定校推薦も充実してるため明治大学推薦枠を多少余らせて明治大学に返還しているのが現状である。他にも慶應義塾大学や早稲田大学などの六大学への進学者もいる。近年中に明治大学の直系となる見込みがあり、八王子校においてはもう既に直系となる話がまとまっていると言われている。その場合は推薦率が100%となる。また、明治大学へ進学する際の校内的な順位として上位25名中20名前後は併設中学校出身者が占めているという。
『文武両道』を目標としており、ほぼ実践されていると言っても過言ではない。数年前までは男子校を敬遠する受験生が多く、受験者数も減っていたが、近年は大学付属校人気で受験者数も増えてきており、受験難関校の1つとして数えられる。
和算研究の第一人者で、和算研究所理事長を務める佐藤健一は、長らく同校で教鞭を執り、教頭も務めた。
相撲部、水泳部、ゴルフ部、射撃部、ラグビー部などが活躍している。特に相撲部と水泳部(水球)は強豪として全国的に知られており、相撲部、水泳部(水球)ともに全国大会優勝校の常連である。また、水泳部(水球)では在学中に全日本ユースに選ばれ、国際大会に日本代表として出場した選手もいる。また、元横綱貴乃花・若乃花、大関栃東の出身校としても知られている。定時制(現在は廃止)は芸能人を多数輩出している。野球部も都内ではまずまずの成績を収める年があるが、甲子園出場は春夏を通じてまだ達成されていない。
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基本理念
「修学錬身」・「質実剛毅」・「協同自治」を基本理念としている。
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沿革
1929年(昭和4)4月 - ひとのみち教団(現在のPL教団)の御木徳一、財団法人「徳光育英会」を組織。その運営の元、旧制中野中学校開校。
1945年(昭和20)5月 - 空襲により校舎全焼。
1946年(昭和21)3月 - 片桐誠第8代校長就任。
1947年(昭和22)4月 - 新制中学校認可。
1948年(昭和23)3月 - 新制高等学校認可。
1949年(昭和24)4月 - 明治大学付属となる。
1950年(昭和25)12月 - 定時制併設認可。
1955年(昭和30)11月 - 創立25周年記念式典。
1956年(昭和31)4月 - 3号館落成。
1957年(昭和32)7月 - 館山施設(鏡明寮)完成。
1961年(昭和36)12月 - 新校舎建設5カ年計画1号館(特別教室)落成。
1963年(昭和38)1月 - 2号館(普通教室)落成。
1965年(昭和40)2月 - 講堂落成。
1965年(昭和40)7月 - 八ヶ岳富士見高原施設(岳明寮)完成。
1975年(昭和50)4月 - 4号館落成。
1976年(昭和51)12月 - 6号館落成。
1979年(昭和54)10月 - 創立50周年記念式典。
1982年(昭和57)9月 - 八王子戸吹総合グラウンド完成。
1984年(昭和59)4月 - 創立55周年事業として明治大学付属中野八王子中学校・高等学校開校。
1988年(昭和63)6月 - 片桐誠名誉校長に就任、片桐誠一郎第9代校長に就任。
1989年(平成元)1月 - 創立60周年記念事業温水プール付き体育館新築落成。
1994年(平成6)8月 - 創立65周年事業全館冷暖房設備。
1999年(平成11)10月 - 創立70周年記念式典。
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付属施設
普通教室・特別教室(技術科教室・家庭科室・物理実験室・化学実験室・生物実験室・物理階段教室・化学階段教室・音楽室・美術室・中学社会科教室・高校社会科教室・コンピューター室・視聴覚室)・図書館・グラウンド・屋内プール・体育館・卓球場・柔道場・剣道場・相撲場・射撃場・バスケットコート・バレーボールコート・屋外バレーボールコート・屋外ピッチング練習場・テニスコート・トレーニングルーム・食堂・講堂・岳明寮(校外施設)・鏡明寮(校外施設)

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著名な卒業生
麻丘めぐみ(定時制)
有森也実(定時制)
石川秀美(定時制)
植草克秀(定時制)(中退)
宇梶剛士(定時制)
宇崎竜童(中・高)
勝地涼(中1~中2)
河合奈保子(定時制)
岸谷香(奥居香)(定時制)(中退)
近藤真彦(定時制)
西城秀樹(定時制)
坂口憲二
清水昭男(作曲家)
貴乃花光司(中学のみ)
武田一浩(元プロ野球選手)
塚原直也(体操選手)
津川雅彦
つちやかおり(定時制)
手越祐也(NEWS)(中1~高1まで在学→堀越高等学校に転入)
戸川健太(東京ヴェルディ1969DF)
栃東大裕
中村あゆみ(定時制)(中退)
錦織一清(定時制)(中退)
西田敏行
野尻佳孝(テイクアンドギヴ・ニーズ社長)
野村義男(定時制)
花田勝(中退)
パパイヤ鈴木(定時制)
東山紀之(定時制)(中退)
深堀圭一郎(プロゴルファー)
布川敏和(定時制)(中退)
保阪尚希(定時制)
細川直美(定時制)
前田耕陽(明治大学付属中野八王子高等学校から定時制に転入)
前田有紀 (歌手)
三田寛子(定時制)
観月ありさ(定時制)
三原じゅん子(定時制)(中退)
森尾由美(定時制)
薬丸裕英(定時制)(中退)
芳本美代子(定時制)
中森明菜 (定時制) (中退)
相本久美子 (定時制)
岡本健一 (定時制) (中退)
高橋和也 (定時制) (中退)
大沢逸見 (定時制) (中退)
徳丸純子 (定時制)
布川智子 (定時制)
城之内早苗 (定時制)
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関連項目
東京都高等学校一覧
系属校
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外部リンク
明治大学付属中野中学校・高等学校公式ホームページ
明大中野音楽部非公式ホームページ
明大中野ラグビー部非公式ホームページ
明大中野の生徒交流の場

明治大学付属明治中学校・高等学校

明治大学付属明治中学校・高等学校(めいじだいがくふぞくめいじちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都千代田区猿楽町にある、学校法人明治大学が運営する私立中学校・高等学校。中高一貫制男子校。

目次 [非表示]
1 概要
2 明治大学への推薦
3 部活動
4 著名な卒業生
5 関連項目
6 外部リンク


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概要
明治大学の直系付属校。通称は「明大明治」・「明明」。1912年に旧制明治中学校として創立され、戦前は進学校としての性格が強い学校だった。戦後は明治大学までの10年一貫教育を方針とした学校となり、今日に至っている。2008年に調布市へ移転し、同時に男女共学となる予定。

大学と同様、早稲田や慶應などの附属校の滑り止めとして受験する生徒が多い。また、世間的な知名度は明大中野の方が圧倒的に高く、両校を混同している人が多い。

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明治大学への推薦
明治大学には、希望すればほとんどの生徒が進学できる。この点が、他の付属校(明治大学付属中野中学校・高等学校及び明治大学付属中野八王子中学校・高等学校)と異なる。 ただし、このため、中には著しく学力の劣る生徒が明治大学に進学してしまうケースも稀にある。 また、そのために高校での進級基準は厳しい。1997年の基準改定までは、科目ごとの成績による留年または二度の進級失敗により退学となる生徒もいた。 その他推薦制度の弊害として、自ら他大学を受験する生徒にはあまり協力的ではない。(そもそもカリキュラムが受験用になって作成されていないというのも原因のひとつ)しかしそのため、特定分野において突出した知識を持つ生徒も少なくない。

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部活動
「明治」というイメージから、運動部が盛んなように思われがちだが、狭い校地が故、運動部はそれほど強くない。むしろ、マンドリンクラブや吹奏楽部等、文化系のクラブの方がどちらかと言えば盛んである。ただし野球部は、戦前は甲子園の常連であり、数々の好成績を収めている。現ソフトバンクホークス監督である王貞治氏の高校三年最後の夏(1958年)の甲子園予選決勝で、同氏の早稲田実業を、延長の末大逆転(4点差をひっくり返した)で破ったのが明大明治であることは知る人ぞ知る事実である。

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著名な卒業生
山崎春之(駿台予備学校(駿河台学園)理事長)
近藤唯之(スポーツライター)
坂本朝一(元NHK会長)
三宅裕司(タレント)
高田裕三(漫画家)
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関連項目
東京都高等学校一覧
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外部リンク
明治大学明治中学・高校ホームページ

明光学園中学校・高等学校

明光学園中学校・高等学校(めいこうがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、福岡県大牟田市にあるカトリック系の私立中高一貫校である。

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概要
運営法人 学校法人明光学園
設置コース・学科
中学校
高等学校 全日制課程 普通科
沿革
1952年(昭和27年)4月 明光学園中学校・高等学校 開校
所在地 福岡県大牟田市倉永170
姉妹校
大口明光学園中学校・高等学校(鹿児島県大口市)
明光幼稚園(熊本県水俣市)
マダレナ・カノッサ幼稚園(東京都世田谷区)
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外部リンク
明光学園中学校・高等学校

茗溪学園

茗溪学園(めいけいがくえん)は、茨城県つくば市(旧筑波郡谷田部町東部)にあり、「STUDY SKILLS」を合言葉に実践的な教育を行う、中高一貫校である、茗溪学園中学校高等学校を設置している学校法人。スポーツも盛んで、特にラグビーが有名。

同市にある竹園高校や近隣の土浦市の土浦一高、取手市の江戸取と並ぶ茨城県下有数の進学校であるにも拘らず自由な校風で知られ生徒が皆伸び伸びとしているため、とても進学校とは思えない雰囲気である。

経営母体は筑波大学、東京教育大学などの同窓会である茗渓会。

茗渓会会長が理事長を務め、現理事長は桐蔭学園理事長でもある鵜川昇。


目次 [非表示]
1 沿革
2 特色
3 年間行事
4 出版した本
5 主なOB
6 アクセス
7 所在地
8 関連項目
9 外部リンク


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沿革
昭和54年-学校法人茗溪学園設立(当初は全寮制)
-当時東京教育大学が筑波大学へ移転している途上で、附属校である駒場校などの移転問題があった。しかし、生徒は殆どが23区内の居住者であったため附属校は移転できず、当時設立100周年を迎えていた茗溪会が記念事業として新たに学校法人を設立して運営を行うという方針がとられた。
昭和63年-全国高等学校ラグビーフットボール大会で決勝まで進むも昭和天皇崩御のため決勝戦中止。大阪工業大学高等学校と共に両校優勝となった。
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特色
6年間を通しで考えているため、学校内では中学1年生を1年生、高校3年生を6年生と呼ぶ。通常のクラス呼称は「1B」(中学1年B組)や「5C」(高校2年C組)等となる。中学・高校両方の授業を受け持つ教員も多く、6年間持ち上がりで担任を続けることもある。制服その他に学年を区別するものが一切無く、また上級生に対する「先輩」の呼称を禁止し、「さん」付けで呼ぶこととされている(「先輩」という単語は校内では上級生全体を一括りにした呼び方になる。)


「人類ならびに国家に貢献しうる『世界的日本人』を育成すべく知・徳・体の調和した人格の形成を図り特に創造的思考力に富む人材をつくる」を建学の理念とし、独自の取り組みを数々実践している。

英語教育への取り組み
中学2年で、英国、米国、アフガニスタン、ニュージーランド人の教師による英会話の授業を行い、高校1年からは習熟度に応じて授業の内容が異なる。到達目標として、中学2年で英検4級、3年で同3級、高校2年で同準2級の取得を課している(但し強制はしていない)。他、「TOEIC BRIDGE」というTOEICの学生向けのテストを例年1月に行っている。この試験で優秀な成績を取った生徒には費用を学校がもってTOEICの本試験を受けられるという特典がある。
国際交流への取り組み
帰国子女や交換留学生の受け入れに積極的に取り組み、長期休暇中には、数日間の交流企画も行なっている。また高校2年次の海外研修では、現地高校を訪問する現地交流会が1日設定されている。留学にも力を入れているが、一切の私費留学を認めておらず、UWCの2年間の留学を長期留学、その他の1年間の留学を短期留学と規定している。短期留学の場合は、休学時の学年に復学するが、高校2年時の長期留学は自主退学の形をとり、留学修了をもって、卒業生と同格に扱われる。
個人課題研究
「高校生の卒業論文」ともいわれる高校2年次の必修科目。自らテーマを決定し、常勤の全教員の中からテーマに適した指導教員を選び、1年間かけて、調査、実験、フィールドワーク等を駆使して、レポートをまとめる。優秀な研究については、翌年度の文化祭で一般公開で発表を行うほか、学年全員が内容を原稿用紙10枚程度にまとめた要旨集も作成され、当該学年全員に配布される。テーマの設定については、進路はおろか、理系・文系の別についても制限は無く、その時の自分の興味について1年かけて完結させる場合もあるが、ここでのテーマをきっかけに、その後の進路や就職の決定に影響するケースも少なくない。
カリキュラムとクラス分け
高校1年次より、英語と数学では、習熟度に応じて授業の内容が異なる。2~3クラス合同で、成績別に3~4グループに分かれて授業を行う。上位クラスでは、演習や副教材での授業が中心となり、下位クラスでは、基本中心の授業になる。中間、期末の両考査の成績で入替を行う。
ホームルームの単位となるクラスは、中学生が5クラス、高校1年生が6クラスで毎年クラス替えを行うが、高校2年と3年はクラス替えを行わない。総数は変わらないが、1クラスを40人程度に減らし、進路指導を充実させるためであり、担任も持ち上がりが原則となる。また、国私文理の進路志望や成績順位に一切関係なく構成されており、習熟度や選択授業によって、受ける教室や授業が異なる仕組みになっている。
三校交流
茗溪学園では、市内の茨城県立並木高等学校や同竹園高等学校との間で生徒会レベルでの交流を行っている。交流は月に1回を目安に行っている。しかし、一部では部活動レベルでの交流も望まれているとも言われており、今後の発展が望まれる。
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年間行事
文化祭
桐創祭(6月第2週末)
この時期の前は非常に盛り上がる。が、文化祭の僅か2週間後には定期考査が控えている。また、文化祭当日にはJRひたち野うしく駅とTX研究学園駅よりシャトルバスが発着する。2005年には約3000人が来場した。

体育祭
いわゆる体育祭は存在しないが、類するものとして以下の校内行事がある。

北風祭(球技大会)
男子はサッカー、女子はドッジボール。また男女共通の種目でバレーボールかバスケットボールを選択。毎年12月の冬休み直前に行われる。(高校)3年生にとっては最後のスポーツ行事となり、クラス単位で団結し非常に盛り上がる。

校技大会
男子はラグビー、女子は剣道が校技として定められており、年度末(3月)の春休み直前に行われる。どちらも学年ごとのクラスマッチで行われる。
里美キャンプ(中学1年)
常陸太田市の旧里美村で3日間過ごす。この行事はまだまだ序の口。
筑波山キャンプ(中学2年)
学校から土浦市の茨城県中央青年の家まで約20kmを徒歩で移動し、周辺のキャンプ場で4日間過ごす。この行事と高校1年で行われる臨海訓練は特にハードな行事だ。
国内研修(広島、京都)(中学3年)
羽田空港まで各自集合し、広島で1泊2日、京都で3泊4日(うち1泊は禅寺※)過ごす。
※過去には永平寺、延暦寺、妙心寺にて行われた。ここ数年は延暦寺が多い。
臨海訓練(千葉)(高校1年)
例年岩井海岸で行われ、約4kmという驚異的な距離を泳ぐ。この学校で最も過酷な行事と言われる。
(この行事が理由で入学をあきらめる受験生がいるという噂もある)
海外研修(英国)(高校2年)
昨年度(平成16年度)から始まったホームステイであるが、平成17年度はテロの影響でこのプログラムが中止となり、その代わりに、オックスフォード、ケンブリッジ、カンタベリー、ストラットフォード・アポン・エイヴォンの郊外研修が行われた。
(数年前までは台湾に行っていた)
短期入寮(中学1,3、高校2年)
茗溪独自の行事。中学3年は通学生も寮生もこの期間、同じ部屋で共同生活を体験する。
突寒ラグビー・寒稽古(高校2年)
毎年2月上旬、高校2年の短期入寮にあわせて行われ、短期入寮生・寮生・ラグビー部員・剣道部員が参加する。入寮生は午前5時に起床し、5時半から約一時間、男子はグラウンドでラグビー、女子及び剣道部員は体育館で剣道をする。剣道では筑波大剣道部の協力の下、非常にハイレベルな練習が行われている。この練習を経験した高校2年の女子生徒は、3月の校技大会に於いて他学年とは一線を画した実力を発揮することとなる。また、寒稽古中でも日中の授業は通常通り行われ、放課後の練習を実施する部活も多い。このような過酷な状況でも全力を出して全てのことに取り組むことによって、強靭な精神力を養うのがこの行事の目的である。
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出版した本
うたいたいうたをうたいたい 僕らのコーラス・レシピ(ドレミ出版)


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主なOB
星出彰彦(JAXA宇宙飛行士)(6回生 UWC留学)
長谷川美奈(フジテレビ特派員)(6回生)
渡辺琢(フジテレビ)(8回生)
蛯原哲(日本テレビアナウンサー)(12回生)
Diggy-MO(SOUL'd OUTのMain MC)(14回生)
滝下毅(声優)
ニーナ南(タレント)
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アクセス
徒歩15分以内に鉄道駅はない。最も近い東日本旅客鉄道常磐線ひたち野うしく駅、荒川沖駅及び首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス線つくば駅、以上の各駅までは路線バスがある(尚、つくば駅のほうが距離的には近いがスクールバスは研究学園駅発着)。同校の最寄バス停留所は、「茗渓学園」(荒川沖駅、手代木団地方面)、「環境研究所」(ひたち野うしく駅、つくばセンター(つくば駅)方面)、「気象台」(土浦駅、みどりの駅、水海道駅方面)である。

スクールバスはJR東日本常磐線ひたち野うしく駅、荒川沖駅、守谷・水海道(関東鉄道常総線小絹駅及び水海道駅経由)、取手市戸頭、市内茎崎、関東鉄道常総線石下駅(つくばエクスプレス線研究学園駅経由、同駅止まりの設定もあり)、常総線及び東日本旅客鉄道水戸線下館駅の七方面に路線を持っている。

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所在地
茨城県つくば市稲荷前1-1 TEL. 029(851)66111(代)


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関連項目
茗渓会
桐蔭学園
筑波大学、東京教育大学
中高一貫校
茨城県高等学校一覧
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外部リンク
茗溪学園中学校高等学校

宮崎日本大学学園

宮崎日本大学学園(みやざきにほんだいがくがくえん)は宮崎県にある学校法人。日本大学の準付属校である。所在地は宮崎県宮崎市島之内6822の2。

スーパーイングリッシュランゲージハイスクール、IT人材育成プロジェクト指定校である。

目次 [非表示]
1 沿革
2 宮崎日本大学高等学校
2.1 学科
2.2 廃止された学科
3 宮崎日本大学中学校
4 OB
5 外部リンク


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沿革
昭和38年 - 宮崎日本大学高等学校として設立。
昭和61年 - 宮崎日本大学中学校設置。宮崎日本大学学園となる。
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宮崎日本大学高等学校
宮崎日本大学高等学校(みやざきにほんだいがくこうとうがっこう)は日本大学の準付属高校。

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学科
総合進学科
医歯薬理コース
総合進学コース
特別進学科
英語進学科
情報ビジネス科
経営ビジネスコース
情報ビジネスコース
情報デザイン学科
デザインコース
コンピュータコース
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廃止された学科
商業科
国際商業科
秘書情報科
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宮崎日本大学中学校
宮崎日本大学中学校(みやざきにほんだいがくちゅうがっこう)。 日本大学の準付属校として設立。宮崎日本大学高等学校に入試免除で進学できる。

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OB
とろサーモン
加藤哲郎
藤岡好明
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外部リンク
宮崎日本大学学園

宮城学院中学校・高等学校

宮城学院中学校・高等学校(みやぎがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、宮城県仙台市青葉区桜ヶ丘9丁目にある私立の中学校・高等学校である。

押川方義が創設したキリスト教(プロテスタント, 福音主義:日本基督教団)系の学校である。同一敷地内に宮城学院女子大学と宮城学院女子大学附属幼稚園があり、系列校にあたる。また、東北学院(東北学院中・高、榴ヶ岡高校、東北学院大学)とは、創設者が同じで、姉妹校となる。

目次 [非表示]
1 概要
2 沿革
3 制服
4 交通アクセス
5 主な卒業生
6 外部リンク


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概要
私立の女子中学校および女子高等学校(普通科)。キリスト教(プロテスタント)の学校である。

中学校からは一部を除きほぼ全員が同高等学校に進学する。そのため、中学からは事実上、中高一貫教育となる。高等学校卒業後は、ほとんどが大学へ進学する。系列の宮城学院女子大学への進学が多い。

現在の校地は仙台市の郊外に位置する桜ヶ丘団地から都市計画道路北四番丁大衡線を挟んで東側の緑地にあるが、かつての校舎は、仙台市の中心部の旧東北学院中学校・高等学校の隣に位置したため、交通至便であった。しかし生徒数の増加に伴い旧校地が手狭になったため、1980年、広大な敷地をもつ現在の桜ヶ丘9丁目に移転することになった。

移転して25年経った現在、嘗ての校地は区画整理され、仙台国際ホテルとSS30になっている。当時の面影を感じさせるものは何一つなくなってしまったが、嘗て本校があったという碑が設置されている。

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沿革
1886年9月18日 宮城女学校の設置が認可される。
1939年8月31日 財団法人「宮城女学校」の設立認可を申請する。
1941年2月14日 財団法人「宮城女学校」の設立が認可される。
1943年4月1日 宮城女学校を廃止し、宮城高等女学校を設置する。
1946年6月29日 専門学校令による宮城学院女子専門学校の設置が許可される。
1946年7月10日 宮城高等女学校が宮城学院高等女学校となる。
1947年4月1日 新学制により、宮城学院中学校を設置する。
1948年4月9日 新学制により、宮城学院高等女学校が宮城学院高等学校となる。
1951年3月9日 学校法人「宮城学院」の設立が認可される。
1980年仙台市中心部東三番丁より郊外の桜ヶ丘地区に移転。
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制服
中学校も高等学校も基本は紺のジャケットに白のシャツブラウス、紺の細いリボン、紺のボックスプリーツスカートで これが式典の時等の「第1正装」。 附属でニットセーターとニットベストがあり、中学校は 赤、高等学校はロイヤルブルーと非常に鮮やかな色遣いで左胸に大きく「MG」と入っている。 式典がない時は、このセーターやベストで歩いている学生も多い。 冬季の指定コートも霜降りグレーに黒のボタンで上品な仕上がりとなっている。

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交通アクセス
路線バス
宮城交通
仙台駅西口バスプール3番のりば 「宮城学院」行(東勝山経由、上杉通経由、上杉通急行の全路線利用可)
終点「宮城学院前」下車 徒歩2分(終点バス停から本校へ向かう地下道が延びている)
東勝山経由の本数は平日のラッシュ時が1時間に3本、日中は1時間に1~2本
上杉通経由の本数は平日のラッシュ時が1時間に4本~6本、日中は1時間に1~2本
上杉通経由の急行は平日(学校休校期間中は全便運休)のラッシュ時のみ特定の本数で運行される。
地下鉄旭ヶ丘駅バスターミナル3番のりば 「宮城学院」行き
終点「宮城学院前」下車 徒歩2分
本数は平日のラッシュ時が1時間に5~6本、日中は1時間に1~2本
仙台市営バス
仙台駅西口バスプール13番のりば「宮城学院」行
終点「宮城学院前」下車
本数は平日7時台に2本、8・9・12時台に各1本
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主な卒業生
森公美子(歌手)
伊勢みずほ(新潟放送アナウンサー※元・東北放送ラジオドキドキホットラインパーソナリティー)
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外部リンク
宮城学院中学校高等学校

法政大学第一中学校・高等学校

法政大学第一中学校・高等学校(ほうせいだいがくだいいちちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都武蔵野市吉祥寺東町にある私立中学校・高等学校。中高一貫制男子校。

法政大学第一高等学校
創立 1936年
設置学科 全日制
所在地 〒180-0002
東京都武蔵野市吉祥寺東町3-5-7
電話番号 0422-20-8131
0422-21-4633(FAX)
外部リンク 公式サイト
目次 [非表示]
1 概要
2 沿革
3 教育課程
4 交通
5 入学試験
6 地域との関わり
7 著名な卒業生
7.1 文化・芸能
7.2 スポーツ
7.3 政財界
8 関連項目


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概要
通称は、中学は「法政一中」・高校は「法政一高」。「自主・自律」を校是とする。高校野球、ラグビーなどで実績がある。2006年度には高2・高3は高校生らしい服装(私服の禁止)の着用、2006年度入学生は指定の制服(ブレザー)着用となった。2007年度に井の頭公園の近くへ移転し、同時に男女共学化となる。名称は法政大学中学高等学校となる。2006年度には文部科学省が指定する「スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(Super English Language High Schoo)」になった。生徒会が主催する学園祭「プラタナス祭」は毎年1万人の人出を集める人気イベントである。

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沿革

1936年(昭和11年) - 法政中学校を旧東京府麹町区富士見(現・法政大学市ヶ谷キャンパス内)に創立
1946年(昭和21年) - 帝国美術学校(現・武蔵野美術大学)の校地を購入し、現在地に移転
1947年(昭和22年) - 旧制法政中学校に新学制による中学校を併設
1948年(昭和23年) - 新学制による法政大学第一中・高等学校を開設
1971年(昭和46年) - 高等学校、服装自由化。制服(これまでは学生服)着用の義務がなくなる
1986年(昭和61年) - 創立50周年記念会館落成
1992年(平成4年) - 特別教室棟落成(コンピュータ室、LL教室、美術実習室、理科講義室)
2007年(平成19年) - 中・高同時に男女共学実施予定
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教育課程
全日制普通科
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交通
中央本線吉祥寺駅、西荻窪駅
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入学試験
高等学校
2007年度入試から推薦入試が再度導入され、男女の募集となる。募集人数は135人から123人へと少々減った。調査書評定の9教科の単純合計が38以上でその中に2以下がないという条件を満たしていないと出願することはできない。そして、合否は書類審査と適性検査(英語・数学 各40分)と個別の面接によって判断する。また、この推薦入試は単願なので合格したら入学を辞退することはできない。 一般入試においては、従来の加算点制が廃止され、かつ英語の試験は100点から150点満点になり、試験時間は他教科(国語・数学)より10分長い60分となる。リスニングテストも導入される。そして、この筆記試験350点満点で選抜する。(推薦入試を受けてから一般入試を受けても優遇されることはない) 推薦入試・一般入試、共々こちらを参照→[[1]]

中学校
2007年度入試から試験日が2/1,3,5の三回になり、募集が140人と昨年より35人増え、男子女子の両方となった。試験科目は一括、国語・算数(各50分で150点満点)理科・社会(各35分で100点満点)である。詳しくはこちらを参照→[[2]]

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地域との関わり
吉祥寺駅から学校までの通学路でもある、五日市街道と女子大通りとを結ぶ道は、法政通り(直線約570m)と呼ばれ、地域に定着している。
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著名な卒業生
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文化・芸能
勝新太郎 - 俳優(旧制中学中退)
弓削智久 - 俳優
石垣佑磨 - タレント
せんだみつお - タレント
ジャッキー吉川 - ミュージシャン
深野義和 - ミュージシャン
SALLY - ミュージシャン
島和彦 - 歌手
犬童一心 - 映画監督
竹下陽平 - フジテレビアナウンサー
大村正樹 - アナウンサー
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スポーツ
沢村忠 - キックボクサー
田淵幸一 - 元プロ野球選手
武村秀夫 - 元法政大学ラグビー部監督
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政財界
吉田芳朝 - 埼玉県議会議員
村田紀敏 - セブン&アイ・ホールディングス代表取締役社長兼COO
谷口好市 - ラオックス社長
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関連項目
東京都高等学校一覧
法政大学
法政大学第二中・高等学校
法政大学女子高等学校

北嶺中高等学校

北嶺中高等学校(ほくれいちゅうこうとうがっこう)は、北海道札幌市清田区真栄にある私立の中高一貫教育を行っている中学校と高等学校のことである。学校法人・希望学園が運営している。男子校である。札幌第一高等学校とは同じ系列である。現校長は武田泰明である。

目次 [非表示]
1 所在地
2 沿革
3 学習環境
4 特徴
5 その他
6 関連項目
7 外部リンク


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所在地
北海道札幌市清田区真栄448-1
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沿革
1985年12月7日 - 北嶺中学校の設置が認可される。
1986年4月1日 - 北嶺中学校が開校する。初代校長は北村五郎。
1989年2月15日 - 北嶺高等学校の設置が認可される。
1989年4月1日 - 北嶺高等学校が開校する。
1991年4月1日 - 第2代校長に川瀬博就任
1993年12月10日 - 格技室等を増築。現在の校舎となる。
1995年4月1日 - 第3代校長に中村宗夫就任。
1996年10月26日 - 10周年記念式典挙行。
1998年4月1日 - 第4代校長に丹暢夫氏就任。
2001年4月1日 - 第5代校長に小林敬(株式会社小林事務所の小林敬とは別人)就任。
2002年4月1日 - 第6代校長に武田泰明就任。
2005年 -開校20周年
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学習環境
週6日制で月曜日は全学年7時間授業、火・水曜日は高等部のみ7時間授業、木・金曜日は全学年6時間授業、土曜日は全学年4時間授業。
中学3年から夏休みなどの長期休暇を利用し全員参加の講習授業(1週間程度)を行っている。
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特徴
校名の由来は、「北」は学校の所在する位置。「嶺」は生徒に求められる理想像を象徴化している。「南都北嶺」という言葉から仏教系の学校ではないかと捉えられる向きもあるが、実際には何の関係もない。(「南都」は奈良の興福寺を、「北嶺」は比叡山延暦寺をあらわす。)
「めざすなら高い嶺」をキャッチフレーズに優秀な生徒の獲得を目指している。
道内外からの学生も多く、寮生活を送っている。
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その他
中等部と高等部の校舎が分かれておらず、区別がつきにくいため、高校1年生を4年生、2年生を5年生、3年生を6年生としている。
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関連項目
北海道高等学校一覧
北海道の中学校一覧
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外部リンク
北嶺中高等学校
札幌地区私立中学校連合会

平安中学・高等学校

平安中学・高等学校(へいあん ちゅうがく・こうとうがっこう)は、京都市下京区にある浄土真宗本願寺派の中学校と高等学校。学校法人平安学園が経営している。高校野球では、春35回、夏29回の計64回で、全国最多出場を誇る野球の名門校である。龍谷大学と連携しており、近い将来には龍谷大学の付属校化される予定である。龍谷総合学園加盟校。

目次 [非表示]
1 沿革
2 学科
3 クラブ活動 
4 主な卒業生
4.1 プロ野球 
4.2 その他のスポーツ 
4.3 芸能人
4.4 その他 
5 アクセス 
6 リンク


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沿革
1876年 滋賀県彦根市に浄土真宗本願寺派寺院の子弟教育の為に、「金亀教行」として創設 
1902年 「第三仏教中学」に改称
1909年 京都市の現在地に移転
1910年 「平安中学校」に改称
1927年 硬式野球部夏の甲子園初出場
1928年 硬式野球部春の甲子園初出場
1938年 硬式野球部夏の甲子園初優勝
1947年 新制「平安中学」設立
1948年 新制「平安高校」設立
1951年 学校法人平安学園設立
1976年 創立100周年  
2003年 男女共学スタート
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学科
プログレスコース
クリエイトコース
アスリートコース
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クラブ活動 
運動部-硬式野球、軟式野球、卓球、陸上競技、柔道、剣道、ワンダーフォーゲル、自転車競技、ソフトテニス、サッカー、バスケットボール、バレーボール、アメリカンフットボール、バドミントン、ゴルフ、フェンシング、ハンドボール
文化部-宗教研究、考古学研究、写真、吹奏楽、鉄道研究、美術、生物、理科、図書、インターアクト、映画研究、メディアコミュニケーション、古典文化研究
前述の通り硬式野球部は全国屈指の名門であるが、夏の甲子園では3度の優勝と4度の準優勝を誇るのに対し、春は35回の出場で決勝進出なしと、春に弱いことで知られる。 フェンシング部、軟式野球部等も全国屈指の強豪である。

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主な卒業生
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プロ野球 
衣笠祥雄 (元広島東洋カープ)
近藤和彦 (元大洋ホエールズ=故人)
金田正泰 (元阪神タイガース=故人)
保井浩一 (元東急フライヤーズ=故人) 
阪本敏三 (元阪急ブレーブスなど)
江島巧 (元中日ドラゴンズなど)
桧山進次郎 (阪神タイガース)
松岡正樹 (元読売ジャイアンツ)
川口知哉 (元オリックス・ブルーウェーブ)
赤松真人 (阪神タイガース)
岸本秀樹 (横浜ベイスターズ)
炭谷銀仁朗 (西武ライオンズ)
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その他のスポーツ 
平塚哲二 (プロゴルファー)
太田雄貴 (フェンシングプレイヤー)
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芸能人
団時朗 (俳優)
段田安則(俳優)
原田伸郎 (タレント・あのねのね)
佐々木清次 (歌手)
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その他 
大島やすいち (漫画家)

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アクセス 
JR,近鉄京都駅・阪急大宮駅・京阪七条駅より京都市営バス「七条大宮」下車。
JR山陰本線丹波口駅より徒歩10分。
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リンク
平安中学・高等学校

法政大学第二中学校・高等学校

法政大学第二中学校・高等学校(ほうせいだいがくだいにちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、神奈川県川崎市中原区木月大町にある私立中学校・高等学校。

法政大学第二高等学校
創立 1939年
設置学科 全日制
所在地 〒211-0031
神奈川県川崎市中原区木月大町6-1
電話番号 044-711-4321
外部リンク 公式サイト
目次 [非表示]
1 概要
2 沿革
3 設置課程
4 最寄駅
5 文化祭
6 地域との関わり
7 出身者
8 関連項目


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概要
中高一貫制男子校で、法政大学の附属校。通称は中学が「法政二中」、高校が「法政二高」。高校野球、ラグビー、ハンドボール(選抜準優勝)、フェンシングなどで実績がある。

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沿革
1939年 創立
1945年 戦災により校舎全焼
1949年 第二工業高等学校普通科を開設
1952年 硬式野球部、甲子園に初出場
1960年 硬式野球部、夏の甲子園で優勝
1961年 硬式野球部、春の甲子園で優勝
1976年 法政二高、法政工業高校合併
1986年 法政大学第二中学校開校
1988年 アメリカンフットボール部 アメリカンフットボール全国大会(横浜スタジアム)にて優勝
1989年 アメリカンフットボール部 アメリカンフットボール全国大会(東京ドーム)にて優勝
1999年 ラグビー部 全国高等学校ラグビーフットボール大会(花園)に初出場
2002年 社会科学研究部、全国高等学校総合文化祭社会科学部門において『川崎の中の沖縄~豊かな暮らしを求めた人々~』が最優秀賞を受賞
2004年 演劇部、全国高等学校総合文化祭演劇部門において『ロック』を演じ、優秀賞を受賞
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設置課程
全日制
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最寄駅
東急東横線・南北線・目黒線 武蔵小杉駅
JR南武線 武蔵小杉駅
東急東横線 元住吉駅
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文化祭
二高祭
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地域との関わり
武蔵小杉駅からの通学路には法政通り商店街があり、学校側と商店街との定期的な懇談会がおこなわれている。また吹奏楽部が商店街のイベントで演奏するなど様々な交流が試みられている。

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出身者
伊藤貞三 (昭和天皇の侍医)
柴田勲 (元読売ジャイアンツ)
村上雅則 (元プロ野球選手・日本人初のメジャーリーガー)
西川清 (パーク24の創業者)
岩合光昭 (動物写真家)
西岡徳馬 (俳優)
神和住純 (テニスプレーヤー)
寺尾聰 (俳優、歌手)
金子達仁 (スポーツライター)
高田誠 (元プロ野球選手)
大島公一 (元プロ野球選手)
伊藤剛臣 (ラグビー選手、神戸製鋼、日本代表で活躍)
大久保直弥 (ラグビー選手、サントリー、日本代表で活躍、二高時代はバレーボール選手)
田辺誠一 (俳優)
衣笠竜也 (水泳・個人メドレーの元日本チャンピオン)
高安亮 (水泳選手・バタフライ)
横田順彌(SF作家)
伊達昌司 (プロ野球選手、読売ジャイアンツ)
福本誠 (プロ野球選手、横浜ベイスターズ)
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関連項目
法政大学
法政大学第一中・高等学校
法政大学女子高等学校

雙葉学園

雙葉学園(ふたばがくえん)は、東京都千代田区にある東京都に所在する学校法人。

目次 [非表示]
1 概要
1.1 学校関係者
1.2 設立
1.3 設立母体
1.4 略歴
1.5 校訓
2 所属学校
3 系列校
4 出身者
5 外部リンク


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概要
雙葉学園
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人雙葉学園
設立年月日 1909年(明治42年)
校訓 「SIMPLE DANS MA VERTU
FORTE DANS MON DEVOIR」
「徳においては純真に、
義務においては堅実に」
創立記念日 1909年
創立者 フランスの修道女
メール・セン・テレーズにより設立
共学・別学 女子校
所在地・連絡先
所在地 〒102-8470
東京都千代田区六番町14-1
電話番号 03-3261-0821
FAX番号 03-5275-9422
HP 学校法人雙葉学園
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学校関係者
理事長 森本基(もりもと もとい)
中高校長 下山彰子(しもやま あきこ、シスター・アグネス)
小学校校長 河野久仁子(こうの くにこ)
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設立
明治42年(1909年)フランスの修道女、メール・セン・テレーズにより設立(フランス人・初代校長)

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設立母体
幼きイエス会(旧サン・モール修道会)

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略歴
雙葉学園は初代校長メール・セント・テレーズが私財にて現在の地東京都千代田区に購入した フランス風の木造2階建ての校舎に開いた「雙葉高等女学校」に始まる。

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校訓
雙葉学園の校訓は

「SIMPLE DANS MA VERTU FORTE DANS MON DEVOIR」
「徳においては純真に、義務においては堅実に」
となっている。

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所属学校
雙葉幼稚園は雙葉小学校付属である。

中高一貫校(高等学校では外部からの募集を行っていない)
雙葉高等学校 (東京都千代田区)
雙葉中学校 (東京都千代田区)
小学校
雙葉小学校 (東京都千代田区)
その他
雙葉小学校附属幼稚園 (東京都千代田区)
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系列校
田園調布雙葉学園
横浜雙葉学園
静岡雙葉学園
福岡雙葉学園
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出身者
皇后陛下(小学校まで)
佐良直美
かたせ梨乃
毬谷友子
長嶋亜希子(長嶋茂雄夫人)
高橋真麻(フジテレビアナウンサー・俳優高橋英樹の娘)
江崎史恵(NHKアナウンサー)
王理恵(スポーツキャスター)
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外部リンク
雙葉中学・高等学校
雙葉小学校

普連土学園

普連土学園(ふれんどがくえん)は、東京都港区三田四丁目に所在する学校法人である。中学校と高等学校を運営する。女子校である。

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概要
1887年、当時アメリカ合衆国に留学中だった内村鑑三と新渡戸稲造の助言で、アメリカ合衆国ペンシルバニア州フィラデルフィアのキリスト友会(クエーカー)の婦人伝道会が女子教育を目的として創設した。現在でも日本国唯一のキリスト友会の教育機関である。校名の「普連土」は、津田仙(津田塾大学の創立者津田梅子の父)が、「普(あまねく)世界の土地に連なる」、転じて「この地上の普遍、有用の事物を学ぶ学校」であるようにとの思いから命名したとされる。2005年現在の学校長は畠中ルイザである。

教育理念の核として、クエーカーの言葉である内なる光と神の種を掲げている。

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主な卒業生
倉野麻里(テレビ東京アナウンサー)
末次由紀(漫画家)
森周子(社会学者)
三雲孝江(ニュースキャスター)
新珠三千代(女優)
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外部リンク
普連土学園

福山暁の星女子中学校・高等学校

福山暁の星女子中学校・高等学校(ふくやまあけのほしじょしちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、広島県福山市西深津町にあるミッション系の私立の中学校・高等学校併設校である。カトリックの女子修道会である援助マリア会が運営している。福山市内はもとより近隣市町からもお嬢様が集まる学校である。

目次 [非表示]
1 沿革
2 主な出身者 
3 最寄駅
4 関連項目
5 外部リンク


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沿革
1949年 現在地に暁の星女子中学校が開校
1952年 福山暁の星女子高等学校が開校。
1958年 福山暁の星附属幼稚園が開校。
1964年 暁の星女子小学校(男女共学)が開校。
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主な出身者 
遠藤愛(元プロテニス選手)
西山喜久恵(フジテレビアナウンサー)
星奈優里(元宝塚歌劇団星組トップ娘役)
山本モナ(フリーアナウンサー)
吉田万里子(女子プロレスラー)
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最寄駅
JR山陽本線:福山駅北口から徒歩20分。または南口より中国バス乗車。
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関連項目
広島県高等学校一覧
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外部リンク
公式サイト

武相中学校・高等学校

武相中学校・高等学校(ぶそうちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、神奈川県横浜市港北区仲手原にある私立の男子校。法人の正式名称は学校法人武相学園。最寄り駅は東横線妙蓮寺駅、白楽駅または横浜市営地下鉄岸根公園駅。オリンピック選手を輩出していることや、高校野球など実績があることで知られている。

目次 [非表示]
1 概要
2 沿革
3 施設
4 カリキュラム
5 主な卒業生
6 外部リンク


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概要
神奈川県下有数の男子校の一。1942年昭和17年、考古学者で歴史家でもあった石野瑛が、青少年教育の重要性を感じ、港北区篠原町富士塚に旧制武相中学校創立。その後、生徒と共に原野であった松風台(現・武相台)の原野を開拓し移転。当時この場所は見晴らしが良く、旧国名の武蔵国と相模国が一望できたことからその頭文字を一字ずつ取って校名にした。
建学の精神は、「道義昂揚」・「個性伸張」・「実行徹底」
スクールカラーは紫・青・丹。エンブレムは建学の精神をラテン語で表している。
高校野球では甲子園に4度出場している。
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沿革
1942年 旧制武相中学校創立。 
1945年 戦災により、富士塚(刀鍬)校舎焼失。
1947年 新制中学校認可。 
1948年 武相高等学校設置。武相考古館・ホール竣工。
1958年 武相学園正門道路(桜坂)竣工。
1970年代 高校野球神奈川県大会で優勝、全国大会(甲子園)に4度出場。ボクシング部団体全国大会優勝。
1992年 創立50周年
2002年 創立60周年記念式典挙行。講堂・体育館竣工。
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施設
50周年記念館
理科実験棟
体育館・講堂(メインアリーナ・サブアリーナ・屋内トレーニングルーム・ランニングコース)
プール
テニスコート
嬬恋天日山荘
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カリキュラム
総合コース、進学クラス、情報クラス及び特別進学クラスがある。
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主な卒業生
三澤孝也、三沢電機副社長 故人
中澤俊男、株式会社勉強堂代表取締役
工藤次郎、工藤建設社長
杉野正、埼玉高速鉄道株式会社社長・元しなの鉄道株式会社社長
兼子一郎、第二次南極観測隊隊員
大山行男、写真家
和久井光司、ミュージシャン・ライター
北井晴彦、デザイナー
松村充、インスブルック冬季オリンピックフィギュア・スケート日本代表
福井英郎、シドニーオリンピックトライアスロン代表
星野敬太郎、ボクシング
北村照文、元プロ野球選手(阪神→西武→中日)
島野修、元プロ野球選手(巨人→阪急) 
菅野光夫、元プロ野球選手(日本ハム)
鈴木慶裕、元プロ野球選手(日本ハム→ダイエー)
パンチ佐藤、元プロ野球選手(オリックス)・タレント 
出川哲朗、お笑い芸人・タレント
堤下敦、お笑い芸人(インパルス) 
榎本哲也、横浜マリノス
松島勝之、ソウルオリンピック ボクシング代表
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外部リンク
武相中学校・高等学校

PL学園中学校・高等学校

PL学園中学校・高等学校(ピーエルがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)はパーフェクト リバティー教団系の学校法人PL学園が運営する男女共学の私立中高一貫校。大阪府富田林市の教団本部敷地内にある。

野球部は甲子園の常連校であり、清原和博・桑田真澄・松井稼頭央など多くの野球選手を輩出している。1985年の夏の大会では全国大会で現在唯一の毎回得点を達成している。(スコアはその項掲載)

また、1978年の全国高等学校野球選手権大会では準決勝の中京戦および決勝の高知商業戦において土壇場の9回裏から神がかりとも思える大逆転劇を見せ逆転のPLの異名をとることとなった。

ただ、2001年にはその野球部における部員の暴行事件が発覚し問題になったことがある。

他に剣道部などが全国的に活躍をしていることでも知られている。

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主な野球部卒業生
朝井秀樹
阿部慶二
新井宏昌
荒金久雄
今江敏晃
今岡誠
入来祐作
宇高伸次
大西宏明
サブロー
尾花高夫
片岡篤史
加藤英司
領健
金森栄治
金石昭人
上重聡
木戸克彦
清原和博
清原幸治
桑田真澄
小斉祐輔
小早川毅彦
桜井広大
七野智秀
内匠政博
立浪和義
田中一徳
田中雅彦
辻田摂
坪井智哉
中塚政幸
新美敏
西川佳明
西田真二
野々垣武志
野村弘樹
野村収
橋本清
平石洋介
福嶋久晃
福留孝介
古畑和彦
前川勝彦
前田新悟
前田忠節
松井稼頭央
松山秀明
宮本慎也
山中潔
行沢久隆
吉村禎章
米田慶三郎
若井基安
前田健太

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外部リンク
学校法人 PL学園

フェリス女学院中学校・高等学校

フェリス女学院中学校・高等学校(ふぇりすじょがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は神奈川県横浜市中区山手町にある私立女子校。高等学校での生徒募集をしない中高一貫校である。

開国間もない明治初期、日本女子の教育の必要性を痛感した米国改革派教会が、婦人伝道師メアリー・エディー・キダーを派遣し、創設した日本最古の女子校。

1869年(明治2年)、神奈川に上陸したキダーは、先に派遣されていた医師ヘボンから療養所の女子を引き取り教育をほどこした。居留地39番にあったヘボン施療所で女子教育を開始したのが1870年(明治3)9月21日。1875年(明治8年)、現所在地に校舎を建て、創立に尽力したアメリカ改革派教会外国伝道局総主事の名を取り、アイザック・フェリス・セミナリー(日本名・フェリス和英女学校)と称する。創立60周年を迎えた1930年(昭和5年)には、日本最古の学校新聞「フェリス新聞」創刊。1942年(昭和17年)、戦時下のため校名を「横浜山手女学院」に変更するも、戦後の学制改革を経て1950年(昭和25年)に現在の校名となり、正式に校歌も制定された。

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著名な出身者
中島さち子(ジャズピアニスト)
原由子(サザンオールスターズ)
檜山智子(作家)
荻野アンナ(作家)
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関連項目
フェリス女学院大学
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外部リンク
フェリス女学院中学校・高等学校
学校法人フェリス女学院

広島女学院中学校・高等学校

広島女学院中学校・高等学校(ひろしまじょがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、広島県広島市の中心部、中区幟町にある中学校・高等学校である。
上部学校に広島女学院大学がある。

1886年に砂本貞吉牧師が開設し、アメリカから来日したゲーンス氏によって教育の基盤が整備された。国際交流や平和活動に力を注いでいる。
女院(じょいん)と通称される中高一貫の私立校として知られる。

目次 [非表示]
1 所在地
2 沿革
3 校風
4 著名な出身者
5 最寄駅
6 外部リンク


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所在地
〒730-0014 広島市中区上幟町11-32

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沿革
1886年 - 「広島女学会」として創立。
1887年 - 「私立英和女学校」として広島初の女学校を開設。
1890年 - 広島市中区上幟町に校舎建設。
1932年 - 「広島女学院」に校名変更。
1945年 - 原子爆弾投下により生徒・教職員に多数の犠牲者。校舎焼失。
1947年 - 原爆により倒壊した校舎を再建。
1951年 - 学校法人広島女学院が発足。
1986年 - 創立100周年記念式典挙行。
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校風
「我らは神とともに働く人なり」

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著名な出身者
杉村春子 - 女優(教師として在籍)
平安寿子 - 作家
青山祐子 - NHKアナウンサー
田坂るり - 広島テレビアナウンサー
戸田麻衣子 - 女優。戸田菜穂の妹
上田愛美-元アイドル。チェキッ娘ID007(転校)
新保友映-ニッポン放送アナウンサー
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最寄駅
広島電鉄白島線:女学院前
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外部リンク
広島女学院中学高等学校

広島城北中学校・高等学校

広島城北中学校・高等学校(ひろしまじょうほくちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、広島県広島市東区戸坂城山にある、全日制・普通科・中高一貫教育の私立学校(男子校)である。地元では一般的に「城北」と呼ばれる。併設に広島城北幼稚園、広島城北小学校(休校中)がある。

広島県有数の進学校である。

目次 [非表示]
1 経緯
2 年表
3 教育方針
4 最寄り駅
5 関連項目
6 外部リンク


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経緯
中高一貫校であるが、高校からの募集枠が比較的大きいという特徴を持つ。広島の他の私立進学校は高校募集をあまり行っていないため、高校受験組の生徒にとっては貴重な志望候補となっている学校である。

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年表
1960年(昭和35年) 広島鯉城学園設置
1961年(昭和36年) 鯉城中学校開校 (のちに「広島鯉城中学校」に改称)
1963年(昭和38年) 鯉城高等学校開校 (のちに「広島鯉城高等学校」に改称)
1964年(昭和39年) 鯉城小学校開校  
1965年(昭和40年) 鯉城幼稚園開園
1967年(昭和42年) 法人名を「学校法人広島城北学園」、学校名を「広島城北高等学校」、「広島城北中学校」、「広島城北小学校」、「広島城北幼稚園」に改称し、学園創立記念日を10月11日に改定
1973年(昭和48年) 学園全館暖房設備完成
1981年(昭和56年) 姉妹校のアメリカ ブルースター高校と交換留学(海外校との交換留学の開始)
1985年(昭和60年) 新体育館(鉄筋2階地下3階建て)完成
1988年(昭和63年) 寄宿舎全室の内装改修、個室化とともに冷暖房機器を完備
1992年(平成4年) 広島城北小学校休校
1999年(平成11年) 全教室冷房完備
2001年(平成13年) 校舎建て替え工事着工
2005年(平成17年) 新校舎落成
現在、広島城北小学校の校舎は広島市立戸坂城山小学校の校舎として使用されている。

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教育方針
建学の精神
英才教育の徹底 … 大学進学をめざす中高一貫教育の実施
道徳教育の徹底 … 徳性豊かな良識ある青少年の育成
練身教育の徹底 … 質実剛健にして心身共に豊かな青少年の育成
校訓
「学不厭、教不倦(学んで厭かず、教えて倦まず)」
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最寄り駅
JR西日本芸備線:戸坂駅

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関連項目
広島城北小学校
広島城北幼稚園
城北高等学校 - 全国各地にある城北高等学校の一覧
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外部リンク
広島城北学園
広島城北中学高等学校

広島学院中学校・高等学校

広島学院中学校・高等学校(ひろしまがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、広島県広島市西区にある、中高一貫教育の私立学校である。カトリック修道会のイエズス会を設立母体としている。地元では一般的に「学院」と呼ばれる。

2時間目と3時間目の授業の間の15分間、上半身裸となって「中間体操」を行う。また、かつては生徒が教科書などを風呂敷に包んで登下校するなど、古風な面を持ち合わせている。姉妹校のエリザベト音楽大学から毎年1回9月に、教育実習生を受け入れている。

学校の守護聖人であるフランシスコ・ザビエルの名をとり、『ザビエル体育館(通称:ザビ体)』と呼ばれるドーム型体育館は、東京ドーム同様、竹中工務店により建築された。

目次 [非表示]
1 教育方針
1.1 教育理念
1.2 校訓
1.3 建学の精神
2 沿革
2.1 経緯
2.2 年表
3 入学・進学
4 その他 
5 交通
6 姉妹校
7 著名な出身者
8 関連項目
9 外部リンク


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教育方針
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教育理念
Man for Others (他人のために生きる人間)
イエズス会の教育理念であり、姉妹校と共通している。新約聖書の「地の塩」、「世の光」(『マタイによる福音書』、5:13-16参照。)という言葉を引用して説明されることがある。なお、Man with Others(他者とともにある人間)とも表現される。
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校訓
四つの宝
勤勉
明朗
敬虔
純潔
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建学の精神
Puerilis Institutio est Renovatio Mundi(若者の教育は世界の変革である)
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沿革
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経緯
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年表
1956年(昭和31年)2月8日 - 広島学院中学校の設置認可。
1958年(昭和33年)11月1日 - 広島学院高等学校の設置認可。
2005年(平成17年)12月3日 - 創立50周年記念式典が挙行される。
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入学・進学
中国地区の最難関校であり、毎年東大・国立医学部への合格者数はそれぞれ30名程度。この学校はイエズス会の教育理念を最重視しており、進路については基本的に各自の判断に任されている。
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その他 
全国高等学校クイズ選手権では、2002・2003年と2年連続で全国大会の決勝に進出した(2003年には決勝戦で栄光学園との姉妹校対決となり栄光が優勝)。
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交通
JR山陽本線:西広島駅
広島電鉄宮島線:古江駅(高須駅を利用する生徒も多い)
広電バス山田団地・美鈴が丘高校線、井口台パークタウン線、東観音台線:古江
ボン・バスもみじが丘・共立ハイツ方面:学院東門前
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姉妹校
六甲学院中学校・高等学校(兵庫県)
栄光学園中学校・高等学校(神奈川県)
泰星中学・高等学校(福岡県)
上智大学(東京都)
エリザベト音楽大学(広島県)
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著名な出身者
高祖敏明 - 4期生 上智大学理事長
平口洋 - 6期生 現衆議院議員
藤野公孝 - 6期生 現参議院議員、料理研究家藤野真紀子の夫
栗村智 - 11期生 ニッポン放送アナウンサー
青山圭秀 - 16期生 作家
風見しんご - 20期生 タレント
河井克行 - 20期生 現衆議院議員、外務大臣政務官
仲本浩喜 - 21期生 代々木ゼミナール英語科講師
土井裕泰 - 22期生 ドラマ演出家
長原幸太 - 38期生 バイオリン奏者
糸谷哲郎 - 46期生(在学中) 棋士
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関連項目
フランシスコ・サビエル
学校記事一覧
中学受験
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外部リンク
広島学院中学・高等学校

広島工業大学附属中学校・広島高等学校

広島工業大学附属中学校・広島高等学校(ひろしまこうぎょうだいがくふぞくちゅうがっこう・ひろしまこうとうがっこう)は、広島県広島市佐伯区にある私立中学校及び高等学校。

目次 [非表示]
1 概要
2 所在地
3 沿革
4 外部リンク


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概要
学校法人鶴学園が附属中学校と連結して運営している中高一貫校。アクセスは、広島電鉄の楽々園駅より、徒歩10分である。教育方針は「教育は愛なり」。競合する他の私立校は男女別学が多いのに対し、本校は平成6年に一早く男女共学制に移行したということが人気を伸ばした要因の一つである。

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所在地
〒731-5143 広島市佐伯区三宅1丁目6-25
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沿革
1956年 - 鶴虎太郎を校祖とし、息子である鶴襄により広島市西蟹屋町に「広島高等電波学校」として設立。
1958年 - 「広島電波工業高等学校」(現広島工業大学高等学校)創立。
1961年 - 広島工業短期大学開学に伴い、同校を「広島工業短期大学附属工業高等学校」と改称。
         「広島工業短期大学附属中学校」を開校。

1963年 - 広島工業大学設置認可が下りると同時に、「広島工業大学附属工業高等学校」及び「広島工業大学附属中学校」と改称し普通科を新設。
1965年 - 「広島工業大学附属工業高等学校」と分離し、(鶴学園)広島高等学校を開設。広島工業大学附属中学校を広島高等学校附属中学校と改称。
1966年 - 広島高等学校、広島高等学校附属中学校を広島工業大学附属広島高等学校、広島工業大学附属中学校とそれぞれ改称。
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外部リンク
広島工業大学附属中学校・広島高等学校

日出学園中学校・高等学校

日出学園中学校・高等学校(ひのでがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、千葉県市川市にある私立の中学校・高等学校(共学校)である。運営は学校法人日出学園であるが、東京都目黒区にある日出中学校・高等学校を運営する学校法人日出学園とは無関係である。

目次 [非表示]
1 概要
2 交通
3 出身者
4 学校法人 日出学園
5 関連項目
6 外部リンク


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概要
設置学科(高等学校) 全日制普通科
校訓 誠・明・和
沿革
1934年 日出学園幼稚園・小学校開校
1947年 日出学園中学校開校
1950年 日出学園高等学校開校
2008年予定 新校舎完成予定(小学校・中学校・高等学校)
2009年予定 幼稚園新校舎完成予定
所在地 千葉県市川市菅野2-21-12
系列校 日出学園幼稚園・日出学園小学校
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交通
JR総武線市川駅下車徒歩約15分
京成電鉄菅野駅下車徒歩約5分

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出身者
荒絵理子(オーボエ奏者)、佐藤大志(ナスカ)
中退:藤原基央(BUMP OF CHICKEN)
二本木かおり - 映画・音楽評論家・ミュージシャン(Caorio)
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学校法人 日出学園
学校法人としては、日出学園中学校・高等学校の他に日出学園小学校・日出学園幼稚園を併設している。

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関連項目
千葉県高等学校一覧

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外部リンク
日出学園HP
日出学園中学校・高等学校HP

日向学院中学校・高等学校

日向学院中学校・高等学校(ひゅうががくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は宮崎県宮崎市にある男女共学のミッションスクール。キリスト教カトリックの男子修道会サレジオ会を経営母体とする中高一貫校で、JR宮崎駅からは徒歩五分の交通至便な場所にある。

1946年創立。戦前に創設されたサレジオ会の神学校が前身で、初代校長はイタリア人サレジオ会士ヴィンチェンツォ・チマッティ師。長い間男子校であったが1993年より女子生徒の受け入れを始めて現在では共学となっている。サレジオ会の創立者ドン・ボスコの「アシステンツァ」(教育者と生徒が近くにいること)の精神を教育理念としている。宮崎県内では「学院」といえば日向学院のことである。

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出身者
横山雄二(中国放送アナウンサー)
サエコ (本名道休(どうきゅう) 冴子、女優)
日高裕介(サイバーエージェント専務取締役)
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外部リンク
学校法人 日向学院

東山中学校・高等学校

東山中学校・高等学校(ひがしやま ちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、学校法人東山学園が経営する、京都市左京区にある私立の男子校。1868年(明治元年)に、浄土宗総本山知恩院第73世名誉学天大僧正であった勤息義城(ごんそくぎじょう)師によって設立された学問所勧学院が母体となり、浄土宗教校京都校以来の歴史を持つ学校である。

のびやかで自由な校風でありながらも、硬派なイメージもある。京都では有名な伝統校であり、新興の進学校のような、短期的な出口(大学進学)を目的とした教育ではなく、正しい判断力をもち、良心に従って活発に行動できる責任ある社会人の育成を行っている。進学、部活においても優れた実績を収めている。

目次 [非表示]
1 沿革
2 学科
3 クラブ活動
4 進学実績
5 主な卒業生
6 所在地
7 リンク


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沿革
1868年(明治元年) 京都市東山知恩院境内に創立。「勧学院」として創設
1879年(明治12年) 旧制東山中学校 設立
1948年(昭和23年) 新制東山中学校設立、新制東山高等学校設立
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学科
プラトンコース:人文科学
パスカルコース:自然科学
スーぺりアコース:特進
クレセントコース:普通
TA(トップアスリート)コース:スポーツ
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クラブ活動
硬式野球部
軟式野球部
バスケットボール部
バレーボール部
ハンドボール部
テニス部
ソフトテニス部
スケート部
バドミントン部 ・サッカー部
ラグビー部
陸上競技部
卓球部
水泳部
体操部
柔道部
剣道部
登山部
アニメーション部
E.S.S.部
コンピュータ部
写真部
書道部
吹奏楽部
物理部
化学部
生物部
地学部
美術部
仏教青年部
放送部
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進学実績
国公立大学:35名(東京大学京都大学2名、大阪大学3名、京都工芸繊維大学2名他)
私立大学:536名(関西大学26名、関西学院大学28名、同志社大学18名、立命館大学83名、京都産業大学69名、龍谷大学48名他)
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主な卒業生
茂山逸平 :狂言師
レッド吉田(TIM):お笑い芸人
村山祥栄:京都市会議員。1978年生まれ。京都市会議員最年少当選を果たす。
川中基嗣:プロ野球選手。読売ジャイアンツの内外野手
岡島秀樹:プロ野球選手。北海道日本ハムファイターズの投手
吉崎勝:プロ野球選手。北海道日本ハムファイターズの投手
みうらじゅん:漫画家。
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所在地
〒606-8445 京都市左京区永観堂町51
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リンク
東山学園
東山高等学校

2006年07月21日

比叡山中学校・高等学校

比叡山中学校・高等学校(ひえいざん ちゅうがっこう こうとうがっこう)は滋賀県大津市にある私立の中学校・高等学校である。県内の教育機関の中でも有数の歴史を持ち、明治6年(1873年)創立された「天台宗総校」を母体とする学校法人・延暦寺学園による経営。幼稚園・中学校・高等学校を併設する。

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特色
硬式野球部が甲子園出場の常連であることが知られている。バトミントン部も全国レベルの実力を持つ。また軽音楽部、吹奏楽部、演劇部など文科系クラブの活躍が目覚ましい。近年では国立大学・有名私立大学への進学実績も増えている。

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出身者
目片信 - 大津市長、元衆議院議員
間柴茂有 - 元日本ハムファイターズ投手
村西哲幸 - 横浜ベイスターズ投手
細見直樹 - 東京ヤクルトスワローズ捕手
松本徹 - 早稲田大学→NTT東日本所属のバドミントン選手
末成由美 - 吉本興業所属タレント、吉本新喜劇女優
唐渡亮 - 俳優
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外部リンク
延暦寺学園HP

白陵中学校・高等学校

白陵中学校・高等学校(はくりょうちゅうがっこう・こうとうがっこう)は,兵庫県高砂市阿弥陀町に位置する私立中学校・高等学校である。

「学園創立の本旨」は,責任感と勇猛心ある人材の基礎を培うことであり,校是は,研究と訓練cura et disciplina,独立不羈,正明濶達である(公式サイト)。

設置者は学校法人三木学園,創設者は故三木省吾氏である。

目次 [非表示]
1 沿革
1.1 経緯
1.2 年表
2 教育方針
2.1 学園設立の本旨
2.2 校是
2.3 教育方針
3 主な学校行事
4 生徒会活動・部活動など
5 出身者
6 最寄駅
7 姉妹校
8 関連項目
9 外部リンク


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沿革
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経緯
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年表
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教育方針
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学園設立の本旨
責任感と勇猛心ある人材の基礎を培うこと
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校是
研究と訓練cura et disciplina

独立不羈

正明濶達

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教育方針
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主な学校行事
4月 - 1学期始業式,入学式・入寮式,オリエンテ-ション
5月 - 授業参観(中学校),中間考査,学校説明会(中学校),修学旅行(中学校3年生,東北・北海道3泊4日)
6月 - 育友会総会,春季球技大会,修学旅行(高等学校2年生)
7月 - 期末考査,1学期終業式,夏期補習授業(前期),野外学習(中学校2年生)
8月 - 臨海学習(中学校1年生),夏期補習授業(後期)
9月 - 2学期始業式,文化祭,運動会
10月 - 中間考査,入試説明会・公開授業
11月 - 創立記念日(9日),文化講演会
12月 - 期末考査,2学期終業式,冬期補習授業
1月 - 3学期始業式,大学入試(センター試験),入学試験(中学校)
2月 - 入学試験(高等学校),卒業式(高等学校),柔道大会,国公立大学二次試験(前期日程)
3月 - 学年末考査,国公立大学二次試験(後期日程),卒業式(中学校),3学期終業式,春期補習授業
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生徒会活動・部活動など
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出身者
宮嶋茂樹(報道カメラマン)
北口寛人(現明石市市長)
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最寄駅
JR山陽本線:曽根駅
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姉妹校
岡山白陵中学校・高等学校
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関連項目
兵庫県高等学校一覧
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外部リンク
白陵中学校・高等学校 Welcome to Hakuryo Junior High and High School

花園中学・高等学校

花園中学・高等学校(はなぞのちゅうがく・こうとうがっこう)は、京都市右京区にある禅宗(臨済宗)妙心寺によって創設された中学校と高等学校。

目次 [非表示]
1 沿革
2 学科
3 校訓
4 進学実績
5 主な卒業生
6 所在地
7 リンク


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沿革
1872年(明治5年) 京都花園妙心寺山内に三年制般若林を創立
1898年(明治31年) 京都花園木辻北町(現在地)に校舎を新築。校名を普通学林と称する。
1903年(明治36年) 普通学林を花園学林と改称
1907年(明治40年) 花園学林を花園学院と改称
1911年(明治44年) 中学部を花園学院、高等部を臨済宗大学(現花園大学)に分離
1919年(大正8年) 私立花園中学校と改称
1925年(大正14年) 中学校令による花園中学校と改称
1934年(昭和9年) 花園中学校を廃して、臨済学院中学部、専修部を創設
1948年(昭和23年) 学制改革により臨済宗学院中学部を花園高等学校に改制
1952年(昭和27年) 商業課程を併設
1968年(昭和43年) 自動車科を新設
1978年(昭和53年) 普通科に特別進学コース
1978年(昭和53年) 普通科に特別進学コース
1984年(昭和59年) 普通科に文系Iコースを新設
1985年(昭和60年) 文系Iコースを準特別進学コースと改称
1990年(平成2年) 特進コース・準特進コースを特進A・Bコースと改称
1997年(平成9年) 特進コース男女共学実施
1998年(平成10年) 自動車科を自動車工学科と改称
2003年(平成15年) 花園中学校開設、中高一貫教育をスタート
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学科
普通科【一貫コース】(男女共学)
普通科【特別進学コースA/B】(男女共学)
普通科【総合コース】 (男子のみ)
自動車工学科 (男子のみ)(2006年廃止)
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校訓
一、誠実にして、勤勉なれ。

一、規律を重んじ、礼儀を守れ。

一、健康にして、明朗なれ

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進学実績
国公立大学 35名 (京都大学4名、神戸大学2名、滋賀大学4名、京都府立医科大学1名、滋賀医科大学1名、奈良県立医科大学1名他)
私立大学 358名(慶應義塾大学2名、関西大学26名、関西学院大学7名、同志社大学27名、立命館大学99名、花園大学9名)
短期大学 21名
専門・各種学校 28名
就職 5名
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主な卒業生
斉藤明夫 (プロ野球選手、大洋ホエールズ投手)
中村武志 (プロ野球選手、東北楽天ゴールデンイーグルス捕手)
伊藤智仁 (プロ野球選手、ヤクルトスワローズ投手)
水上勉(作家)
長門裕之(俳優)
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所在地
〒616-8034京都市右京区花園木辻北町1
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リンク
花園中学・高等学校

日本大学第二中学・高等学校

日本大学第二中学・高等学校(にほんだいがくだいにちゅうがく・こうとうがっこう)は、東京都杉並区天沼にある私立中学校・高等学校。中高一貫制。

日本大学第二中学・高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人日本大学第二学園
設立年月日 1926年10月31日
校訓 信頼敬愛
自主協同
熱誠努力
創立者 山野井亀五郎
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制による教育
学科 普通科
所在地 〒167-0032
東京都杉並区天沼1-45-33
電話番号 03-3391-9700
外部リンク 公式サイト
目次 [非表示]
1 交通
2 概要
3 沿革
4 著名な卒業生
5 関連項目
6 外部リンク


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交通
JR・東京地下鉄荻窪駅
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概要
閑静な住宅街にあり、構内にある銀杏並木は杉並区保護樹林に指定され、四季を通じて美しい姿を見せ、校舎からは富士山が望めるなど学習環境は優れている。本校は日本大学の特別付属校であり、正付属校とは異なる。日本大学第二学園が日本大学と契約して付属校となっている。日大付属校の中では進学校としての意識が強く、およそ6割の生徒が意欲的に他大学へ進学する。進学実績も年々上がっており、東大京大をはじめ、難関大学への進学者も多い。良くも悪くも伝統的に自由な校風。制服は男女ともにブレザーである。教育理念は「信頼敬愛」「自主共同」「熱誠努力」。

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沿革
1926(大正15年) 校舎建築開始。
1927(昭和2年) 旧制・日大二中開校。
1928(昭和3年) 旧制・日大二商(夜間4年制)開校。銀杏並木を植樹。
1932(昭和7年) 旧制・日大二商(昼間5年制)開校。
1946(昭和21年) 日大からの経営を離れ、学校法人日本第二学園設立。旧制・日大二中および旧制・日大二商(昼間5年制)閉校。旧制・日大二商(夜間4年制)は新制高校夜間4年制として継続。
1947(昭和22年) 学制改革により新制日大二中開校。
1948(昭和23年) 学制改革により新制日大二高開校。
(昭和20年代) 体育祭(当時は大運動会・秋)で仮装行列が杉並名物だったらしい。

1949(昭和24年) 中学、高校に女子部併設。学園歌発表。校訓三則、色別学年章制定。
1953(昭和28年) 木造2階建て女子部校舎完成(現在の武道館の場所)。
1955~(昭和30年代~) 体育祭で二高音頭が始まる。
1956(昭和31年) 西館鉄筋校舎完成。陸上競技部高校総体全国優勝。
1959(昭和34年) 野球部甲子園春夏連続出場。また、秋の国体初優勝。
1961(昭和36年) 本館男子部鉄筋校舎完成。
1963(昭和38年) 新制高校夜間4年制閉校。立川グラウンド造成。
1964(昭和39年) 女子部鉄筋校舎完成。庭園を造成。荻窪の都電が廃止になり、線路の敷石が銀杏並木の並木道に移設された。
1966(昭和41年) 水泳プール(25m、9コース)、視聴覚室・図書館棟、講堂兼体育館完成。
1969(昭和44年) 長野県志賀高原寮完成。
1976(昭和51年) 芸術校舎完成。
1983(昭和58年) 中学部校舎完成。
1985(昭和60年) 理科校舎完成。
1986(昭和61年) 武道館完成。
1996(平成8年) 中学部共学化に伴い、中学女子募集再開。創立70周年。
1997(平成9年) 本館・新校舎完成。高校一斉に共学化。
2000(平成12年) 卒業生総数35,753名。
2001(平成13年) 21世紀初めの同窓生の集い21年ぶりに二高で開催。卒業生総数36,266名に。
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著名な卒業生
松坂慶子(女優)
伊藤蘭(女優、元キャンディーズ)
ねじめ正一(詩人、小説家)
大平貴之(プラネタリウム設計者)
越智正典(元日本テレビアナウンサー)
畠山智之(NHKアナウンサー)
荒俣宏(小説家)
篠田三郎(俳優)
大村政男(心理学者、日本大学名誉教授)
高山忠利(肝臓外科医、日本大学医学部教授)
桐山襲(小説家)
沢渡朔(写真家)
相馬勝也(元プロ野球選手,西武ライオンズ)
川尻哲郎(元プロ野球選手,東北楽天ゴールデンイーグルス)
柴田勝治(故人,元JOC委員長,名誉会長,元学校法人日本大学理事長)
佐々木周二(元学校法人國學院大學理事長)
世耕政隆(故人,元衆議院議員,元自治大臣,元日本大学医学部教授,元近畿大学総長・理事長)
塩沢兼人(故人,声優)
水島裕(声優、タレント)
天宮一大(教師、作家)
用稲千春(フリーアナウンサー、プロ野球選手二岡智宏夫人)
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関連項目
東京都高等学校一覧
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外部リンク
日本大学第二中学・高等学校

日本大学豊山中学校・高等学校

日本大学豊山中学校・高等学校(にほんだいがくぶざんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都文京区大塚にある私立中学校・高等学校。

日本大学豊山中学校・高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人日本大学
設立年月日 1903年11月
共学・別学 男女別学(男子校)
課程 全日制課程
所在地 〒112-0012
東京都文京区大塚5-40-10 
電話番号 03-3943-2161
FAX番号 03-3943-1991
外部リンク 公式サイト
目次 [非表示]
1 概要
2 沿革
3 部活動
3.1 高等学校体育部
3.2 中高合同体育部
3.3 中学校体育部
3.4 高等学校学芸部
3.5 中高合同学芸部
3.6 中学校学芸部
4 主な卒業生
5 関連項目
6 外部リンク


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概要
通称は日大豊山。日本大学系列の付属校には大きく分けて日本大学と法人を同じくする正付属校と日大とは別法人が経営する準付属校があるが、日大豊山は日大が経営する正付属校である。準付属校のうち当初日大が経営し戦後日大から独立し別法人となった日大一高、二高、三高らナンバースクールは特別付属校と呼ばれ、日大へ進学する際若干他の準付属校より有利となる。他の付属校同様、多くの生徒が日大へ推薦入学できるため部活動が概して盛んで全国レベルのものも多い。また近年は進学の面でも特進クラスを設置し、国公立大や難関私大の合格者が増加する傾向にある。

前身は古く五代将軍徳川綱吉の命により亮賢僧正が開山した真言宗豊山派の護国寺により明治20年に設置された中学林・大学林(大学林は後の豊山大学となり、大正大学へ組み込まれた)であり明治36年には中学林が豊山中学として認可された。現在の日大豊山校歌は詩人で日大芸術学部教授であった神保光太郎の作詞であるが、旧制豊山中学校校歌の作詞は北原白秋であった。開校当初はそのほとんどが僧侶や檀家の子弟であったが、次第に一般家庭からの入学者も多くなり、校風は宗教的特性に偏っていなかった。日大に吸収される以前の旧制豊山中学・高校50年余りの歴史で作家坂口安吾が転入してきた大正末期ごろは、バンカラな校風でいわゆる不良生徒もいたが、現在の学校制度のような偏差値による輪切りで同質な生徒ばかりが集まるような学校ではなく、多様な個性がぶつかりあう面白みのある学校であった。旧制豊山中学は最盛期の昭和20年代においても一学年150名から200名ほどの少人数であったが、入学者の約20%が4年修了で上級学校へ進学していた。5年卒業後進学する生徒も考慮すると上級学校へはかなりの割合の生徒が進学していたと推測される。

豊山中学は、大正期創立の旧制日大一中より創立は古く、日大三高の前身である大学予備門(後の旧制赤坂中学)とともに現在の日大の付属校では最も歴史のある学校である。日大系列となった経緯は、新学制の豊山中学高校時代に、護国寺から、戦後日大一高、二高、三高といったその付属校を失い再び付属校の再編成を計画していた日大へ譲渡されることになったことに始まり、昭和27年には校名を日大豊山とし、日本大学に昭和29年に完全に吸収されることになった。このとき護国寺側から豊山の校名は必ず継承するよう要望があったことで、現在も豊山中学高校の名は受け継がれている。定時制課程(男女共学)も併設していたが昭和45年に募集が停止され、昭和51年には廃止された。また板橋区にある日大豊山女子高校は日大豊山高校から分離独立した高校であり、昭和57年の4月独立時まで日大豊山とは校長を同じくしていた。日大豊山高校のグランドや総合体育施設は板橋区中台の豊山女子高校内にあり、高校1年生の陸上や野球、サッカーなど(週1回)の体育授業はバスを利用して中台にあるグランドに行きそこで行われる。

最寄り駅は有楽町線護国寺駅。最寄り駅からの徒歩時間が40秒以内という学校の立地条件にある。学校が学校生徒に対してのみ販売している鞄(通称:豊山バック)は有名。この豊山バックは二本のピンクのラインが端に縫っており、その見た目からか他校からも人気がある。この人気ゆえ過去に学校生徒が他校生にバックのみを恐喝に遭うという事件が何度か起こっている。

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沿革
1887年 真言宗豊山派の護国寺により中学林・大学林設置(大学林は後に豊山大学→大正大学)
1903年11月 私立豊山中学校創立
1952年11月 学校法人日本大学豊山学園として日本大学へ移行する
1954年8月 学校法人日本大学の設置する日本大学豊山中学校・高等学校となる
1966年3月 板橋区中台に日本大学豊山女子高等学校開校
1982年3月 日本大学豊山女子高等学校分離独立
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部活動
古くは陸上競技部、現在は野球部・水泳部・バスケットボール部・卓球部等が盛んである。

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高等学校体育部
サッカー、スキー、ソフトテニス、卓球、バスケットボール、バレーボール、野球、陸上競技、ワンダーフォーゲル、自転車

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中高合同体育部
剣道、柔道、水泳、体操

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中学校体育部
サッカー、ソフトテニス、卓球、バスケットボール、バレーボール、野球、ワンダーフォーゲル

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高等学校学芸部
囲碁、英語、演劇、音楽、化学、芸能、将棋、写真、新聞、生物、地学、地歴、電子計算機、文芸、物理

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中高合同学芸部
書道、吹奏楽、鉄道、美術、放送

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中学校学芸部
英語、数学


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主な卒業生
学術関係

重松俊章 - 東洋史学者、九州帝国大学文学部東洋史学科教授、子息達も九大卒後それぞれ史学者となる
岩田巌 - 一橋大学教授、東大経済学部講師で公認会計士制度確立に尽力するも病に倒れる、一橋大学葬
山口與市 - 慶応大学医学部名誉教授、元横浜市立市民病院長および慶応堂病院医師
佐藤和夫 - 早稲田大学教授、英文学、比較文学 正岡子規国際俳句EIJS特別賞受賞 俳句の国際化に貢献
松嶋隆弘 - 日本大学法学部教授(商法・会社法)、弁護士
文化・芸術・芸能関係

谷中安規 - 版画家、版画界で棟方志功とともに天才と称される
坂口安吾 - 小説家、エッセイスト
園田高弘 - ピアニスト、ショパンコンクール審査員、京都市立芸術大学教授
西沢爽 - 作詞家、歌謡史研究家としても有名
内田有作 - 映画監督、内田吐夢の次男
森功至 - 声優 「エースをねらえ」の藤堂さん役など二枚目役で多数出演
森川正太 - 俳優 「飛び出せ青春」等青春物に多数出演、高校中退
内田喜郎 - 俳優 高橋恵子主演映画「高校生ブルース」やテレビシリーズ「快獣ブースカ」等多数出演
井上大輔 - 本名・井上忠雄、作曲家、元ブルーコメッツ
田中京 -CBSソニー退職後、音楽評論家となる、銀座のバー「アールスコート」オーナー、「絆ー父田中角栄の熱い手」著者
斉藤清六 - コメディアン、欽ちゃんファミリー
山田隆夫 - 笑点で人気者になる、ハリウッド映画「ライジングサン」、岡本喜八の「英霊たちの応援歌 最後の早慶戦」等出演
小倉一郎 - 俳優 「俺たちの朝」等に出演、高校中退
今関あきよし - 映画監督
橋爪 淳 - 俳優
井上智之 - 俳優
石川伸一郎 - 俳優
阿部よしつぐ - 俳優
伊勢谷友介 - ファッションモデル、俳優、映画監督
関野直樹 - ピアニスト
廣瀬洋一 - ミュージシャン、THE YELLOW MONKEY
岡原功祐 - 写真家、高校時代はアクロスキー選手、早大卒後写真家となる
スポーツ・格闘技・体育関係

結城源心 - 柔道家、海軍兵学校で柔道を教授
島岡吉郎 - 明治大学野球部監督、総監督、星野仙一元中日・阪神監督は教え子
石井宏 - 水泳選手、ローマオリンピック800mリレー銀メダリスト
猪狩元秀 - 格闘家、格闘技「K-1」レフェリー、キックボクシング元ミドル級チャンピオン
渡辺健司 - 水泳選手、3期連続オリンピック代表となり、早大卒後のバルセロナ大会200m平泳で7位入賞を果たす
桑原義行 - プロ野球選手、2000年夏の甲子園・東都大学野球で活躍、日大から横浜ベイスターズへ入団
政治関係

中野四郎 - 国務大臣、国土庁長官などを務める
内海英男 - 衆議院議員、建設大臣、中央大学理事長を歴任
田中茂 - 元埼玉県和光市長、慶大医学部卒業後医師となるが和光市長へ立候補
塩味達次郎 - 元埼玉県朝霞市長、中大法・同大学院修了後弁護士となる
富岡勝則 - 埼玉県朝霞市長、埼玉県議会議員を経て現職
石田勝之 - 国会議員(衆議院)
関口昌一 - 国会議員(参議院)、歯科医師
経済関係

赤坂敏明 - サッポロ飲料社長
報道関係

大越幸夫 - TBS初代北京特派員
磯野正典 - 東海テレビアナウンサー、ニュースキャスター、名古屋大学大学院博士後期課程修了(博士号取得)、
         KIWANIS社会公益章受賞

その他

岡本永司 - 護国寺住職、豊山中学・高校同窓会会長
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関連項目
東京都高等学校一覧
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外部リンク
日本大学豊山中学校・高等学校

日本大学豊山女子中学校・高等学校

日本大学豊山女子中学校・高等学校(にほんだいがくぶざんじょしちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都板橋区中台にある私立中学校・高等学校。 日本大学の付属校としては唯一の女子校である。

日本大学豊山女子中学校・高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人日本大学
設立年月日 1966年4月
共学・別学 男女別学(女子校)
課程 全日制課程
所在地 〒174-0064
東京都板橋区中台3-15-1 
電話番号 03-3934-2341
FAX番号 03-3937-5282
外部リンク 公式サイト
目次 [非表示]
1 教育課程
2 沿革
3 関連項目
4 外部リンク


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教育課程
中学校
高等学校
全日制課程 普通科・理数科
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沿革
1966年4月1日 - 付属女子高等学校として開校
1971年 - 理数科を新設
1986年4月1日 - 女子中学校開校
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関連項目
東京都高等学校一覧
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外部リンク
日本大学豊山女子中学校・高等学校

日本大学第一中学・高等学校

日本大学第一中学・高等学校(にほんだいがくだいいちちゅうがく・こうとうがっこう)は、東京都墨田区横網にある私立中学校・高等学校。

日本大学の特別付属校。日本大学最初の付属校として設立された。

日本大学第一中学・高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人日本大学第一学園
設立年月日 1913年2月14日
校是 真・健・和
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
所在地 〒130-0015
東京都墨田区横網1-5-2 
電話番号 03-3625-0026
FAX番号 03-3625-5856
外部リンク 公式サイト
目次 [非表示]
1 交通
2 沿革
3 著名な卒業生
4 関連項目
5 外部リンク


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交通
JR総武線・都営地下鉄大江戸線両国駅
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沿革
1913年 - 日本大学中学校として開校
1941年 - 日本大学第一中学校と改称
1950年 - 日本大学第一中学校・日本大学第一高等学校となる
1997年4月 - 男女共学開始
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著名な卒業生
大橋巨泉
松崎しげる
金野潤
本仮屋ユイカ
ちばてつや
牧太郎
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関連項目
東京都高等学校一覧
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外部リンク
日本大学第一中学・高等学校

日本大学山形中学校・高等学校

日本大学山形中学校・高等学校(にほんだいがくやまがたちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、山形県山形市にある日本大学の付属中学校・高等学校。日大山形中学校は、山形県唯一の私立中学校である。

また、日大山形高校は、山形で最も生徒数が多い高校である。1962年日本大学に合併し日本大学山形高等学校となる。全国にさきがけ、高等学校として2002年に国際環境規格ISO14001認証取得した。

目次 [非表示]
1 沿革
2 所在地
3 出身者
4 設置コース
5 外部リンク


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沿革
1958年4月 学校法人山形学園山形第一高等学校として開校
1962年11月 日本大学と合併し、現校名となる
1966年4月 女子部設置
1989年4月 日本大学山形中学校開校
2002年2月 国際環境規格ISO14001認証取得
2002年3月 商業科課程募集停止
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所在地
山形県山形市鳥居ヶ丘4-55
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出身者
栗原健太 - プロ野球選手(広島東洋カープ)
石澤智幸 - お笑いタレント(テツandトモ)
高橋健二 - プロサッカー選手(モンテディオ山形)
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設置コース
学科としては普通科のみだが、進学コースI、II、特進コース、推薦入学のみのスポーツクラス、2003年度(平成15年度)より設置された中高一貫がある。

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外部リンク
日本大学山形

日本大学中学校・高等学校

日本大学中学校・高等学校(にほんだいがくちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、神奈川県横浜市港北区にある日本大学付属の中学校・高等学校(中高一貫校)である。戦前(旧制時代)は日本大学第四中学校、日本大学第四商業学校と称した。戦後、新制中学校・高等学校に移行の際して旧制の第一中学校、第二中学校、第三中学校が独立した為、筆頭付属であるとの意識が強く、名称には地名を入れていない。後に記述するが日大日吉という名称は誤りである。


目次 [非表示]
1 概要
1.1 沿革
1.2 所在地
1.3 校歌・応援歌
1.4 校章
1.5 歴代校長
1.6 通称・俗称
2 学校行事
3 部活動
3.1 運動部
3.2 学芸部
4 進学率
5 出身者
5.1 スポーツ関係
5.2 芸能関係
5.3 文学・芸術
5.4 政治家
6 関連項目
7 外部リンク


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概要
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沿革
1930年 4月 日本大学第四中学校・日本大学第四商業学校、横浜市神奈川区大口通り127番地(現:JR横浜線大口駅)で開校
1944年 4月 日本大学第四商業学校、当局の指示に従い日本大学第四工業学校に改称、工業教育に転換。
1945年 5月 空襲で校舎焼失
1945年 9月 鶴見区生麦国民学校(現在の生麦小学校)の校舎を半分借用し授業再開
1946年 4月 日本大学第四工業学校、日本大学第四商業学校に改称、商業教育に還る。
1947年 4月 中学校を旧制のまま存置し第1学年(旧制)募集を中止
1947年11月 現在地に移転
1948年 3月 旧制の日本大学第四中学校・日本大学第四商業学校は発展的に解消。
1948年 4月 新制の日本大学高等学校(普通科・商業科)・日本大学中学校、設置発足。
1990年 4月 高等学校商業科に女子生徒を受け入れ男女共学とする。
1999年 4月 中学校に女子生徒を受け入れ男女共学とする。
2001年 4月 高等学校商業科の生徒募集停止。
2002年 4月 高等学校普通科に女子生徒を受け入れ男女共学とする。
2004年 4月 中高完全共学となる。
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所在地
神奈川県横浜市港北区箕輪町二丁目9番1号

東急東横線/東京メトロ日比谷線「日吉駅」下車 徒歩12分 
日吉駅より東急バス「日大高校前」下車徒歩1分、綱島駅より「日大高校正門前」下車徒歩1分
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校歌・応援歌
日本大学高等学校・中学校校歌
作詞:長田恒雄、作曲:平井康三郎
応援歌「若きいのち」
作詞:長田恒雄、作曲:平井康三郎
他に「LA MACARENA(闘牛士のマンボ)」 及び大学の「日本大学校歌」「花の精鋭」「輝く日大」「水の覇者日大」「日大節(2006年現在公的使用差止)」等を使用することもある。
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校章

桜を中心に十字形の葉
シワ2、葉脈5、真中に袋文字で“高”又は“中”
他の日大付属校も同様の形状の物が多いが、シワの数・葉脈の数・真中の文字が違っている。
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歴代校長
山岡萬之助(1933~1940)日本大学3代総長、法学博士、貴族院議員、東京弁護士会会長
岡嶋誘(1940~1945)
山名寿三(1945~1946)法学博士
富田照(1946~1947)
呉文炳(1947~1949)日本大学4代総長、経済学博士
斎藤寛(1949~1968)昭和24年は事務取扱
吉野良太(1968~1970)
杉山逸男(1970~1973)法学博士
稲垣正明(1973~1980)法学博士
中山吉正(1980~1983)
宮島善高(1983~1984)
加藤滋(1984~1986)
穂積修一(1986~1996)
堀込武弘(1997~1999)
鈴木冨保(1999~2002)
齊間文也(2002~2005)
井上敦雄(2005~ )
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通称・俗称
日本大学横浜学園(日大横浜学園)
公式な通称として使用していた日本大学中学校・高等学校を併せて言う名称。ある年代までは生徒手帳に記載されていた。また、応援歌「若きいのち」の歌詞にも使われている。
日大日吉(日本大学日吉高等学校・中学校)
他の日大付属校や、進学塾などが便宜上使用していたのが広まった。
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学校行事
4月 入学式、スポーツテスト、日本大学付属高校標準学力テスト
5月 球技大会
6月 生徒総会、芸術観賞教室、吹奏楽部定期演奏会
6月~10月 日本大学体育大会(オール日大)
7月 林間学校、ニュージーランド海外英語研修
9月 桜苑祭
10月 芸術鑑賞教室、体育大会、日本大学創立記念日
11月 校外活動、修学旅行、日本大学付属高校統一テスト
12月 スキー教室
1月 カルタ大会、書道・華道展示会、献血ボランティア
2月 英語スピーキングコンテスト、マラソン大会
3月 卒業式
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部活動
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運動部
アメリカンフットボール部
剣道部
高校硬式野球部
高校軟式野球部
中学軟式野球部
ゴルフ部
サッカー部
山岳部
射撃部
柔道部
水泳部
体操部
卓球部
ダンス愛好会
テニス部
バスケットボール部
バトミントン部
バレーボール部
ヨット愛好会
ラグビー部
陸上競技部
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学芸部
囲碁将棋部
英語研究部
演劇部
音楽同好会
化学部
華道同好会
軽音楽同好会
コンピュータ研究会
商業実務研究部
書道部
新聞部
吹奏楽部
生物部
地理歴史研究部
鉄道研究愛好会
美術部
物理部
文芸部
放送部
マジック・ジャグリング部
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進学率
例年65%から70%が日本大学へ進学し、他の大学へは20%前後が進学
日本大学 65~70%
他大学  20%前後
専門学校 5~10%
未決定  5~10%
就職   1%前後
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出身者
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スポーツ関係
尾崎加寿夫(プロサッカー選手・サッカー解説者)
高桑大二朗(プロサッカー選手)
野田恭平(プロサッカー選手)
大友正人(プロサッカー選手)読売クラブ→ヴェルディ川崎/武相高校サッカー部監督
斎田斉(プロ野球選手 東映フライヤーズ)
椎正年(プロ野球選手 東映フライヤーズ)
加藤太郎(プロ野球選手 東映フライヤーズ)
小山昭治(プロ野球選手 横浜大洋ホエールズ→ロッテオリオンズ→横浜)「昭治→昭晴→昭吉」登録名
荒川雄太(プロ野球選手 福岡ソフトバンクホークス)
八木正喜(調教師)地方競馬/神奈川県川崎競馬組合
山内俊男(競輪選手)
高原史知(競輪選手)
金子柱憲(プロゴルファー)
中込英夫(トライアスロン選手)
松山文人(トライアスロン選手)
平野雅人(水泳選手 アトランタ五輪1500m入賞・シドニー五輪代表)
武舎知弘(水泳選手)
浜崎栄一郎(セーリング)シドニー五輪代表
久保木文夫(剣道・教士八段/日本大学豊山女子高等学校教頭)
久保木優(剣道・教士八段/日本大学教授)
中村聡一(テニス・元デ杯チームメンバー/1986全日本男子シングル1位)
柳沢泰典(高校野球)学法石川高校元野球部監督/甲子園出場11回
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芸能関係
坂本九(歌手・タレント)中学校卒業、高等学校中退
飯田久彦(歌手)株式会社テイチクエンタテインメント代表取締役社長
石橋蓮司(俳優)
黒沢年男(俳優)
神田正輝(俳優)
緒方幹太(俳優)
高野真二(俳優)
萩野崇(俳優)中退
引田天功(マジシャン)初代。2代目引田天功(プリンセス・テンコー)は弟子にあたる。
桔梗篤(ジャグラー)桔梗ブラザーズ/ジャグリング/2005世界大会チーム部門2位
柳家喬太郎(落語家)
二見和男(アナウンサー・NHK)
滝澤忠孝(アナウンサー・RSK 山陽放送)
伊藤瞳(グラビアアイドル)中学校卒業。高等学校1年次に中退
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文学・芸術
鬼頭伸明(トランペット奏者)
金丸宗春(小説家)
本そういち(漫画家)
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政治家
秦野章 (元警視総監 元法務大臣-第1次中曽根内閣)
石川輝久(神奈川県議会議員/民主党)
大島明(川崎市議会議員/自由民主党)
原修一(川崎市議会議員/自由民主党)
伊藤弘(川崎市議会議員/自由民主党)
佐藤伸一郎(町田市市議会議員/自由民主党)
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関連項目
日吉
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外部リンク
日本大学高等学校・中学校
N.B.B - 日本大学高等学校・中学校 吹奏楽部
NBC 日本大学高等学校放送部
日本大学

日本大学第三中学・高等学校

日本大学第三中学・高等学校(にほんだいがくだいさんちゅうがく・こうとうがっこう、通称・日大三中・三高)は、東京都町田市図師町にある私立中学校・高等学校。男女共学。日本大学の特別付属校である。
 昭和4年、日大三中・三高の前身である旧制赤坂中学校(東京都港区赤坂)が日本大学に経営を移管し、日本大学付属赤坂中学校となる。翌年、日本大学第三中学校と改称。しかし、その起源はさらに古く、明治22年に開設された高等商業学校(現在の一橋大学)の予備門である。この高等商業予備門はわずか4年で廃止されるが、その母体は商工中学校に引き継がれ、”大手町の商工中学”として多くの著名人を輩出している。大正6年には東京市赤坂区仲ノ町に移転、校名も赤坂中学校と改称するなど、日本大学の付属校となる以前からの古い歴史を持つ。
 また、戦前より野球の強豪校としても有名であり、特に21世紀の高校球界では、駒大苫小牧高校、東北高校、横浜高校、智弁和歌山高校、明徳義塾高校、などと並び毎年全国上位レベルの力を保持している。その基盤にあるのは日大の野球人脈の層の厚さであり「三高の指導者=日大野球の本流」と見る者もいる。

目次 [非表示]
1 運営
2 沿革
3 校訓
4 教育目標
5 所在地
6 最寄り駅・バス停
7 出身著名人
8 外部リンク


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運営
学校法人日本大学第三学園
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沿革
1889年(明治22年)高等商業予備門 開設
1893年(明治26年)商工中学校 開設
1917年(大正6年) 赤坂中学校と改称(東京都港区赤坂)
1929年(昭和4年) 日本大学に経営を移管し、日本大学付属赤坂中学校となる。
1930年(昭和5年) 日本大学第三中学校と改称
1947年(昭和22年)学制改革により新制日本大学第三中学校に移行
1948年(昭和23年)新制日本大学第三高等学校を併設開校
1976年(昭和51年)東京都町田市『丘の上のキャンパス』に全面移転
1987年(昭和62年)高校を共学化
1991年(平成3年) 中学を共学化
1992年(平成4年) 高校にスポーツクラス設置
1996年(平成8年) スポーツクラス共学化
1997年(平成9年) 高校に特別進学クラス設置
2003年(平成15年) 特別進学クラスを理数系公立・難関私大コースに改称

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校訓
「明・正・強」
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教育目標
「明・正・強」の建学の精神に徹し、質実剛健、明朗闊達、気品のある人格を養う。
学問を愛し、礼儀を尊び、社会と人生に対する深い理解と公正な判断力を養う。
自主独立の気風と志操を保ち、実行力に富む人材を養う。
環境の整理と美化に意を用い、清潔を重んじる気風を作り、あわせて健康な身体を養う。

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所在地
東京都町田市図師町11
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最寄り駅・バス停
JR横浜線・小田急線 町田駅 町田バスセンター停留所案内
15番 日大三高 行(急行)
12番 小山田 行 日大三高入口 下車
12番 多摩丘陵病院 行 日大三高東 下車
11番 市民プール 経由 野津田車庫 行 日大三高入口 下車
11番 野津田車庫 行 図師大橋 下車
京王線・小田急線・多摩都市モノレール 多摩センター駅 停留所案内
11番 日大三高 行(急行・路線)
JR横浜線 淵野辺駅 停留所案内
北口 日大三高 行(急行)

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出身著名人
磯野長蔵(キリンビール、明治屋社長)
森 恪(政治家)
岡本一平(漫画・漫文家)
辻邦生(作家)
大川橋蔵(俳優)
若山富三郎(俳優)
根津甚八(俳優)
根本陸夫(元西武ライオンズ、福岡ダイエーホークス監督)
関根潤三(元ヤクルトスワローズ監督)
大橋穣(元東映フライヤーズ、阪急ブレーブス選手)
吉沢俊幸(元阪急ブレーブス選手)
福王昭仁(元読売ジャイアンツ選手)
田口周(ヤクルトスワローズ球団社長)
近藤一樹(オリックス・バファローズ選手)
片山右京(レーシングドライバー)
川島宏(東急ストア社長)
井上強一(クリナップ社長)
Dr.コパ(本名:小林祥晃/建築家)
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外部リンク
日本大学第三中学・高等学校
日本大学第三高等学校野球倶楽部

西大和学園中学校・高等学校

西大和学園中学校・高等学校(にしやまとがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、学校法人西大和学園が運営する奈良県北葛城郡河合町にある私立中学校・高等学校である。奈良県随一の進学実績を誇る進学校である。男子のみの6年間の中高一貫教育課程と、高校からの男女共学の3年間の教育課程がある。

同学園の理事長は奈良4区選出の自民党衆議院議員、田野瀬良太郎である。

高等学校は2002年より、文部科学省の推進するスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定されている。

最寄り駅は近鉄大輪田駅、JR王寺駅。生徒は広く近畿一円から集まるが奈良県と大阪府在住者が多い。

目次 [非表示]
1 卒業後の進路
2 沿革
3 学校方針
4 スーパーサイエンスハイスクール(SSH)
5 学校行事
6 外部リンク


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卒業後の進路
例年、東京大学・京都大学などの国公立大学に現役で進学する生徒が多い。2006年の京都大学前期試験合格者数は15年間一位であった京都府の洛南高等学校を抜き全国1位であった。また近年は東京大学への進学者が増加傾向にある。

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沿革
1986年4月 - 西大和学園高等学校開校
1988年4月 - 西大和学園中学校開校
1993年4月 - ロサンゼルス郊外のローリングヒルズに西大和学園カリフォルニア校開校 (1996年3月文部省より在外教育施設に認定)
2005年9月 - 開学二十周年記念行事励行
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学校方針
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スーパーサイエンスハイスクール(SSH)
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学校行事
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外部リンク
西大和学園中学校・高等学校
西大和学園カリフォルニア校

新島学園中学校・高等学校

新島学園中学校・高等学校(にいじまがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は群馬県安中市にある私立の六年制一貫中学校・高等学校。

安中で醸造業を営む有田屋当主湯浅正次(1911年 - 1999年)を中心として創立された。湯浅正次は同志社の有力な支援者であった湯浅治郎(1850年 - 1932年)の孫であり、後に安中市長を5期20年務める。 伯父に湯浅一郎、叔父に湯浅八郎がいる。

長野県小諸市、軽井沢町等からの通学もあり、信越本線の碓氷峠区間廃止にあたり、交通手段を奪われた長野県の生徒の父兄が、廃止を不服として行政訴訟を起こした(門前払いとなった)ことで名高い。

安中市出身の新島襄が育ませたキリスト教精神を信条とする。系列校に新島学園短期大学がある。

目次 [非表示]
1 沿革
2 進路
3 出身有名人
4 外部リンク


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沿革
1947年 創立。
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進路
創立の経緯もあり、同志社大学への進学が多い。
学校推薦を利用する生徒が多い。

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出身有名人
布袋寅泰 - ミュージシャン。元BOOWYのギタリスト
小島伸幸 - サッカー選手(GK)、Jリーガー
藤口光紀 - 日本プロサッカーリーグ理事
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外部リンク
新島学園公式サイト

奈良学園中学校・高等学校

奈良学園中学校・高等学校(ならがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は学校法人奈良学園が運営する奈良県大和郡山市にある中高一貫校。最寄り駅はJR大和小泉駅。近鉄郡山駅から通う生徒もいる。 学校まで奈良交通バスがJR大和小泉駅と近鉄郡山駅及び鹿ノ台北二丁目(近鉄学園前駅経由)から運行されている。また近くに泉原町バス停があり、そこからもJR大和小泉駅、近鉄郡山駅方向にバスが運行されている。通学費の節約のために、駅から学園まで自転車で通学する生徒も多いが、奈良学園は松尾山の中腹にあるため自転車通学はかなりハードである。平成18年度中学入試から、「特進コース」と「医進コース」の2コースが設置された。また平成19年度から高校入試が再開される予定。

目次 [非表示]
1 沿革
2 組織
3 立地
4 進学実績
5 行事
6 外部リンク


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沿革
1979年1月31日 - 奈良学園中学校・高等学校設置許可。
1979年4月5日 - 第1回入学式挙行。
2000年4月1日 - 中学校が男女共学となる。高校入試廃止。
2006年4月1日 - 医進コース、特進コースの2コース制になる。
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組織
奈良学園中学・高等学校は奈良学園組織に属している。奈良学園組織には他に、奈良文化女子短期大学・奈良文化女子短期大学付属高等学校・奈良文化女子短期大学付属幼稚園(関西科学大学設置後には、関西科学大学の短期大学部及び付属高校・付属幼稚園として改組予定)、奈良産業大学などがある。 (さらに、2007年4月には関西科学大学の開学、2008年以降には小学校併設、も予定されている)

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立地
学園は松尾山中腹にあり豊かな自然にかこまれており、通学中にキツツキやタヌキやウサギを見た者もいる。蛇が階段を這っていることもしばしば。 関西科学大学設置後の法人機能の移転に伴い、現在の大和郡山から奈良市登美ヶ丘への学園の移転も決定している。

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進学実績
東京大学理科Ⅲ類への進学実績もある。特筆すべきは北は北海道から南は沖縄まで日本全国の大学に卒業生が散らばったりすることである。毎年京都大学、大阪大学、神戸大学に各二十名程合格。

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行事
NG祭
矢田山縦走
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外部リンク
奈良学園 公式サイト

南山国際高等学校・中学校

南山国際高等学校・中学校(なんざんこくさいこうとうがっこう・ちゅうがっこう)は、学校法人南山学園が運営する愛知県豊田市に所在する中高一貫の私立共学校。

帰国子女や外国籍の生徒が多いことから英語教育に力を入れている。

目次 [非表示]
1 沿革
2 教育方針/特徴
2.1 モットー
2.2 建学の精神
2.3 キリスト教精神による教育
2.4 英語教育/国際的視野の育成
2.5 制服
3 教員
3.1 校長・副校長
4 施設
4.1 南山国際中・高等学校舎
4.2 グラウンド
4.3 小島講堂
4.4 プール
4.5 体育館
4.6 テニスコート
5 卒業生
6 姉妹校
7 アクセス
8 関連項目
9 外部リンク


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沿革
1978年 南山学園で帰国子女の受け入れを開始。
1981年 南山中学校に国際部設立。
1993年 愛知県豊田市に南山国際高等学校・中学校が開校。
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教育方針/特徴
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モットー
『Hominis Dignitati/人間の尊厳のために』

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建学の精神
『地の塩、世の光たれ』

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キリスト教精神による教育
「人間は神から与えられたかけがえのない価値を持っている」というキリスト教的世界観を教育の基本としている。授業では、中学では「宗教」を学ぶ。ただし、南山への入学時にキリスト教への改宗が求められる訳ではない。

「宗教」の授業で学ぶのはキリスト教のことだけでなく、仏教やイスラム教など、世界の主要宗教についての最低限の知識を学ぶことから始まる。「各宗教から良いところを採り入れ、自分がより良い人間になれるよう努力する」ことを目的として設けられている。 ちなみに必修科目で副教頭が授業を行うことが多い。

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英語教育/国際的視野の育成
南山国際高等学校・中学校では外国人教員による英語の授業がある。授業中には外国人教員による外国の文化の解説などもあり、国際的視野の育成にも役立っている。また、帰国子女の英語レベルの保持・促進にもなっている。教科書はPROGRESS IN ENGLISH 21(中高一貫校での使用を前提に作られた、国内有数のハイレベルの教科書)を使用している。レベルによるクラス編成をしているためか、教科書はクラスごとによって違うこともある。

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制服
制服は「個性を育むため」「帰国子女が海外から帰ってきても過ごしやすいように」という理由で強制ではない。 販売は中止している。

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教員
中学・高校間でほぼ共通。

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校長・副校長
校長:ロバート・リーマー(元南山大学学長)→大体リーマーと呼ばれるスピーチの時に必ず言うonce upon a time~はあまりにも有名
高等学校副校長:谷口茂→あだ名はゲルシー 純日本人だが日本語の話の間に発音良く英単語を発することが多い
中学校副校長:安藤浩美
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施設
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南山国際中・高等学校舎
愛知県豊田市八つ口洞に所在する鉄骨コンクリート3階建ての校舎。

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グラウンド
校舎よりも道路側にある。体育の授業とサッカー部が使用。

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小島講堂
敷地内に所在する。約700人収容の大講堂では始業・終業式はもちろん、文化祭や創立記念の講演、合唱コンクールなどにも使用される。

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プール
25m×7レーンの競技用プール。体育館内にある。 夏期(夏休み前まで)には水泳の授業がある。 女子は夏季 男子は9月から11月にかけて水泳の授業がある 温水プールだから泳いでるときはいいが・・・

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体育館
プールと同時に作られた。教室で授業中のクラスには音を漏らさないよう配慮されており、バスケットボール用フロアや卓球場、柔道場はもちろん、シャワー室も体育館内に作られている。地上二階建て。

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テニスコート
4面ある。

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卒業生
杉浦友紀 - 日本放送協会アナウンサー。元ミス上智。
HOME MADE 家族 ミクロ
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姉妹校
長崎南山中学校・高等学校
南山中学校・高等学校男子部
南山中学校・高等学校女子部
それぞれ、姉妹校ではあるが交流がない。寧ろ、近隣にある杜若高等学校との方が交流がある。

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アクセス
名鉄豊田線浄水駅出口よりスクールバス15分
愛知環状鉄道新豊田駅出口(新豊田ビル側)よりスクールバス20分
愛知環状鉄道保見駅からスクールバス10分
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関連項目
南山学園
南山大学
南山中学校・高等学校女子部
南山小学校
学校記事一覧
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外部リンク
南山国際高等学校・中学校

奈良育英中学校・高等学校

奈良育英中学校・高等学校(ならいくえいちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、奈良県奈良市にある学校法人奈良育英学園が経営する男女共学の私立中高一貫校。

目次 [非表示]
1 設置学科
2 中学校
3 高等学校
3.1 卒業後の進路
4 著名な卒業生
4.1 政治
4.2 スポーツ
5 外部リンク
6 所在地・連絡先
7 関連項目


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設置学科
普通科
文理特進コース
総合進学コース
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中学校
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高等学校
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卒業後の進路
例年国公立大学に十数名が合格。多くの生徒は、関関同立(=関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)や産近甲龍(京都産業大学、近畿大学、甲南大学、龍谷大学)を始めとした、主に近畿圏の私立大学や短期大学、専門学校等に進学する。

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著名な卒業生
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政治
鍵田忠兵衛(自民党衆議院議員、元奈良市市長)
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スポーツ
楢崎正剛 - サッカー選手
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外部リンク
学校法人奈良育英学園
奈良育英中学校
奈良育英高等学校

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所在地・連絡先
奈良育英中学校・高等学校
 〒630-8558 奈良市法蓮町1000番地
 電話番号: 0742-26-2845 FAX番号: 0742-22-1981

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関連項目
学校法人奈良育英学園
奈良育英幼稚園
奈良育英小学校
育英西中学校・高等学校

那須高原海城中学校・高等学校

那須高原海城中学校・高等学校(なすこうげんかいじょう ちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、私立の男子校・全寮制。所在地は栃木県那須郡那須町大字豊原乙2944-2で最寄り駅はJR東北新幹線・東北本線新白河駅高原口よりタクシーで約10分。

1995年(平成7年)11月30日開校許可、1996年(平成8年)4月開校。(開校許可の日が学校の創立記念日である)

姉妹校に海城中学校・高等学校がある。

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外部リンク
那須高原海城中学校・高等学校ホームページ

カテゴリ: 栃木県の高等学校 | 栃木県の中学校 | 私立中高一貫校

名古屋国際学園

名古屋国際学園(なごやこくさいがくえん、Nagoya International School、通称NIS)は、名古屋市守山区にあるインターナショナルスクールである。幼稚園(キンダーガーデン)から高校まである、K-12制学校である。新年度は毎年9月から始まる。

高台のキャンパスは2004年に工事の完了した新校舎と以前からの円形校舎、旧校舎、体育館、グラウンドからなる。円形校舎脇にはジャングルジム等の遊具が設置されているが、まわりのサクラの木に毛虫が湧くことから、季節によっては児童が寄りつかないこともある。グラウンドは粘土質の土でできており、草は生えにくい。このグラウンドで場外へボールを飛ばしてしまうと、坂道を延々と落ちていってしまう。

児童の学校へのアクセスは主に自校のスクールバスである。しかし、バス停の表示の無い道路脇に停車することから、登下校時に他のドライバーからの嫌悪を買うことも多い。

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所在地
〒463-0002 名古屋市守山区中志段味南原2686

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外部リンク
名古屋国際学園ホームページ
名古屋国際学園日本語版ホームページ

名古屋国際中学・高等学校

名古屋国際中学・高等学校(なごやこくさいちゅうがく・こうとうがっこう)は愛知県名古屋市昭和区広路本町にある私立中学校・高等学校。 学校法人栗本学園。

1935年に名古屋鉄道学校として開校。学制改革の後、光陵高等学校→名古屋商科大学附属高等学校を経て1994年に名古屋国際高等学校に改称。2003年より中学校を併設した。

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設置学科
普通科
国際教養科
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外部リンク
名古屋国際中学校・高等学校
名古屋商科大学

名古屋中学校・高等学校

名古屋中学校・高等学校(なごやちゅうがっこう・こうとうがっこう)は愛知県名古屋市東区砂田橋にある私立の男子校である。

高等学校は全日制で普通科(文理コース、普通コース)を有する。キリスト教精神に基づいて教育を行っている。周辺には至学館高等学校(旧中京女子大学付属高等学校)や愛知教育大学附属名古屋小学校・中学校、名古屋大学大幸キャンパスがある。2000年1月19日に名古屋市営地下鉄名城線砂田橋駅が開業しアクセスが改善された。そのため「傘なしで通える」をキャッチコピーにしたこともあった。

目次 [非表示]
1 沿革
2 確認テスト
3 部活動
4 学科
5 主なOB
6 外部リンク


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沿革
1887年 - 名古屋英和学校設立
1896年 - 内村鑑三が教員として着任
1906年 - 私立名古屋中学校と改称
1948年 - 新制名古屋高等学校発足
1964年 - 名古屋学院大学設立
1968年 - 名古屋学院中学校・名古屋学院高等学校と改称
2000年 - 名古屋中学校・名古屋高等学校に改称
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確認テスト
週3回、朝礼前に「確認テスト」が20分~30分程度で行われる。教科は国語・数学・英語。このテストは既習事項の定着と学力の向上を目的としているとされる。合格点は8割。その点数に満たなかったものは、授業後や始業前に「追試」が実施される。なお、「追試」は合格するまで繰り返し繰り返し、何度も行われる。以前は、深夜まで生徒を拘束し、終電を逃すことを余儀なくされた生徒を近隣の教師宅に宿泊させたりするなどの問題が発生していた。近年、そのような深夜までの拘束は、保護者からの抗議により自粛されたが、一方で、追試各回終了から採点・返却までの生徒の「待ち時間」が非常に長く、非効率・時間の浪費との批判も受けており、実施方法の再検討が必要との意見も根強い。

[編集]
部活動
硬式テニス部 - 硬式テニス部は県内有数の強豪でインターハイでの優勝経験もある。
陸上部
水泳部
スキー部
ゴルフ部 等
[編集]
学科
普通科
6年一貫コース
理系アドバンス
理系スタンダード
文系アドバンス
文系スタンダード
文理コース
理系
文系
普通コース
[編集]
主なOB
斉藤洋介(俳優)

名古屋経済大学市邨中学校・高等学校

名古屋経済大学市邨中学校・高等学校(なごやけいざいだいがくいちむらちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、愛知県名古屋市千種区にある私立中高一貫校で、校長は山田和男。

目次 [非表示]
1 コース
2 沿革
3 クラブ活動
3.1 運動部
3.2 文化部
4 関連項目
5 外部リンク


[編集]
コース
特進
進学
実務
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沿革
1907年 名古屋女子商業学校として開校
1945年 校舎焼失
1947年 呉竹中学校設立
1948年 名古屋女子商業高等学校、名古屋女商中学校に改称
1972年 市邨学園高等学校・市邨学園中学校に改称
2002年 名古屋経済大学市邨高等学校・名古屋経済大学市邨中学校と改称、男女共学化
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クラブ活動
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運動部
陸上競技部
ワンゲル部
体操部
剣道部
バレーボール部
スキー部
バスケットボール部
ゴルフ部
ソフトボール部
サッカー部
テニス部
硬式野球部
卓球部
バドミントン部
ハンドボール部
弓道部
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文化部
放送部
音楽部
尺八アンサンブル部
新聞部
吹奏楽部
エコ・クッキング部
文芸部
ダンス部
手芸部
演劇部
軽音楽部
美術部
英語部
コーラス部
茶道部
書道部
サイエンス部
写真部
ボランティア部
バトン部
ガーデニング部
映画研究部
情報処理・ワープロ部
漫画研究部
郷土史研究部
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関連項目
愛知県高等学校一覧
名古屋経済大学
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外部リンク
名古屋経済大学市邨中学校・高等学校

長野日本大学中学校・高等学校


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日本大学中学校・高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人長野日本大学学園
共学・別学 男女共学
課程 全日制の課程
所在地・連絡先
所在地 〒381-0038
長野県長野市東和田253
電話番号 026-243-1079
FAX番号 026-259-3935
外部リンク 長野日本大学中学校・高等学校
長野日本大学中学校・高等学校(ながのにほんだいがくちゅうがっこう・こうとうがっこう)とは、長野県長野市にある、日本大学準付属の私立中学校、高等学校。

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所在地
長野県長野市東和田253
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外部リンク
長野日本大学中学・高等学校

長崎日大中学校・高等学校

長崎日大中学校・高等学校(ながさきにちだいちゅうがっこう・こうとうがっこう)は長崎県諫早市にある私立学校。学校法人長崎日本大学学園が運営する。昭和42(1967)年開校。


目次 [非表示]
1 校訓
2 沿革
3 著名な卒業生
4 外部リンク


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校訓
至誠 勤労 創造
至誠の心を元とし、心身の勤労に励み、創造の精神に生きる
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沿革
1967年(昭和42年)4月11日 開校
1991年(平成3)4月7日中高一貫6年教育を目指して併設中学校 開校
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著名な卒業生
谷川史子 - マンガ家。大村市出身。
中村隼人 - 元プロ野球選手(日本ハム、巨人)西彼杵郡出身。
森保一 - サッカー元日本代表。
貝塚政秀 - プロ野球選手(西武)。諫早市出身。
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外部リンク
長崎日本大学学園

2006年07月20日

獨協中学校・高等学校

獨協中学校・高等学校(どっきょうちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都文京区にある私立の中高一貫校である。前身は、ドイツ文化の摂取で設立された獨逸学協会。北白川宮能久親王を総裁とし、品川弥二郎、桂太郎、加藤弘之、西周 (啓蒙家)らが名を連ねる。明治16年 獨逸学協会の事業として獨逸学協会学校を創立し西周が、初代校長に就任する。明治時代当時、医学の分野に限って見ても日本はドイツを模範にしていた時代であり、獨協は上級学校である一高合格者数でも、明治の後半にかけて首位の座をキープしていたこともあった。特に一高医科への合格者数が多かった。またその後の東京府立第一中学校(現在の都立日比谷高校)などの台頭と共に、大正7~8年頃までその座を巡って常に上位で争っていた。最近はやや地位が下がり気味だが、英語新教材の導入や数々の教育方針の革命により、2,3年後に過去の栄光をとりもどすであろうと注目されている。系列の獨協大学へは推薦での入学が認められているが、卒業生の大半は他大学へ進学するため、進学校としての色合いが強い。ドイツ語教育の伝統からか、各大学の医歯学・理数系への進学者が目立つ。

目次 [非表示]
1 概要
2 所在地
3 出身者
4 関連項目
5 外部リンク


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概要
運営法人 学校法人獨協学園
課程コース
中学校
高等学校 全日制課程 普通科
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所在地
東京都文京区関口3-8-1
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出身者
内村祐之 - 元日本野球機構コミッショナー/野球殿堂、元東大医学部精神科教授
木下杢太郎 - 元東大医学部教授、作家
伊藤硯男 - 映画監督
君島明 - キミジマインターナショナル社長、元女優吉川十和子の夫
大沢悠里 - フリーアナウンサー、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」パーソナリティー
古今亭志ん朝-落語家
小松松吉-司法大臣、元法政大学総長
巌谷小波-明治、大正期の作家、児童文学者
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関連項目
獨協大学
獨協医科大学
姫路獨協大学
獨協埼玉中学校・高等学校
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外部リンク
学校法人獨協学園
獨協中学・高等学校

豊島岡女子学園中学校・高等学校

豊島岡女子学園中学校・高等学校(としまがおか じょしがくえんちゅうがっこう、こうとうがっこう)は東京都豊島区池袋に立地する、中高一貫教育を行う女子校。前身は裁縫学校だった。

この10年ほどで目覚しい進学実績の伸びがあり、2005年度までに東京大学に14人(うち、現役13人)、早稲田大学には100人以上の合格者をだし、偏差値の高い人気大学への進学者が文系・理系を問わず多い。

制服は現在では珍しいセーラー服であり、昆布巻きと称される巻き方のスカーフが特徴的である。元々は、校章ともなっている「ハト」を形どった巻き方である。

年間授業料はおよそ40万円。

勉強に力を入れているが、部活動もとても活発で、特にコーラス部・剣道部・テニス部・書道部でめざましい活躍を見せている。コーラス部は毎年夏のTBSこども音楽コンクールで金・銀・銅のいずれかの賞を獲得しており、全国大会の出場経験がある。また、全国の女子高の中で唯一、桃李連部(阿波踊り部)がある。

毎年8月には文京区大塚でのお祭りに参加するほか、ラジオ・新聞への出演もしている。

目次 [非表示]
1 教育指針
2 学校所在地
3 交通機関
4 沿革
5 学校施設
6 主な出身者
7 外部リンク


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教育指針
道義実践
勤勉努力
一能専念
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学校所在地
〒170-0013
東京都豊島区東池袋1-25-22
TEL03-3983-8261
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交通機関
JR・東京メトロ・西武線・東武線・私バス-「池袋駅」 徒歩7分
東京メトロ有楽町線-「東池袋駅」 徒歩2分
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沿革
1892年(明治25年)5月1日 河村常氏が旧牛込区下宮比町に女子裁縫専門学校を創設
1898年(明治31年) 校舎を牛込区新小川町に移転
1904年(明治37年)4月 牛込区弁天町に牛込高等女学校を併設
19xx年(昭和??年) アジア太平洋戦争(大東亜戦争・第二次世界大戦)の戦火により牛込校舎全焼
1948年(昭和23年)4月 豊島岡女子学園として現在地に移転復興
2002年(平成14年) 創立110周年
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学校施設
本校舎
入間総合グラウンド
小諸林間学校
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主な出身者
内藤やす子
夏木マリ
くらもちふさこ
山本真純(日本テレビアナウンサー)
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外部リンク
学校法人豊島岡女子学園

土佐塾中学校・高等学校

土佐塾中学校・高等学校(とさじゅく-)は、高知県高知市北中山にある男女共学の私立中学校・高等学校。略称、塾中(じゅくちゅう)・塾高(じゅくこう)。中高一貫教育を実施している。県内有数の進学校。「自由」な校風を掲げることを目標にしている。

学生寮「大志寮」があり、県内外の学生が住んでいる。

文武両道を目指しており、ラグビー、水泳を始め運動部の活躍も見られる。中学は4クラス、高校は6クラスまたは7クラス。2年から文系・理系に分かれる。

目次 [非表示]
1 沿革
2 施設
3 制服
3.1 冬服
3.2 夏服
3.3 体操服
3.4 上履き
4 クラブ活動
5 関連情報
5.1 外部リンク


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沿革
1986年11月15日:創立。
1987年2月:「学校法人 土佐塾高等学校」設置認可。
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施設
体育館 ホール 天体観測室 理科室 音楽室 作法室 美術室 展望会議室 コンピュータルーム 技術室 食堂 ギャラリー 進路指導室 職員室 保健室 売店 図書室 弓道場 テニスコート 剣道場 卓球場 第3会議室

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制服
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冬服
男女とも紺色のブレザー。エンブレムつき。男子はネクタイを着用。女子はリボンか女性用ネクタイ着用。ネクタイは厳しくチェックされる。男子のネクタイは自分でも結べるが、ワンタッチで装着できるのものやチャック付きのものもある。男子のズボン、女子のスカートは夏・冬共にグレー。スカートは、ディテール違いが3種類用意されており、好きなものを選べる。

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夏服
男子は白の半袖開襟シャツもしくはポロシャツに灰色の学生ズボン、この場合ネクタイは不用。女子は白の半袖シャツもしくはポロシャツに灰色のスカート。

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体操服
白の半袖シャツに、学年ごとに水色、紺色、青色の短パン。夏季以外は上下水色のジャージの着用も認められる。

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上履き
通常の布製の上履き。男子は青、女子は赤が主流。

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クラブ活動
テニス部 ラグビー部 剣道部 陸上部 弓道部 水泳部 レスリング部 バレー部 サッカー部 書道部 将棋部 茶道部 華道部


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関連情報
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外部リンク
土佐塾中高等学校

常葉学園菊川中・高等学校

常葉学園菊川中・高等学校(とこはがくえんきくがわちゅうこうとうがっこう)は、静岡県菊川市半済1550にある中高一貫教育の私立中学校・高等学校。静岡県における高校野球強豪校のひとつ。  ソフトボール、空手、陸上部も有名である。 2005年の入学者より少子化に伴ない、いままで平均12クラスあった学級が8クラスと大幅に減少している。 1990年代中ごろまでは、地元のトップ校である静岡県立掛川西高等学校を受験する際のすべり止めとしての性格を色濃く有していたが、2000年前後より掛川市内の高校やその周辺地域を受験する生徒のすべり止めとして広く知れ渡っている。また、近年では特色あるカリキュラムと中高一貫教育による独自性を打ち出している。18年度から女子の制服が変わる。 地元ではもっぱら「常葉(とこは)」、「とこっぱ」、「菊常(きくとこ)」と呼ばれ、菊川高校(菊高)、菊川中学校(菊中)などと呼ばれることはない。(教師のなかには菊川高校と呼ぶ人もいる。)
(※菊川中学校(菊中)は菊川市立菊川西中学校の旧称であり、菊中といえばそちらを指す。)

目次 [非表示]
1 概要
2 歴史
2.1 甲子園出場
2.1.1 全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)
2.1.2 選抜高等学校野球大会(センバツ)
3 高校
3.1 設置学科
3.2 部活動
4 外部リンク


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概要
菊川市中心部を望む高田ヶ丘の上にあり、隣には菊川公園がある。(開学前は全域が菊川公園であった。)

敷地内には常葉美術館が併設されており、企画展なども行われている。

途中の坂道では富士山を望むことができる。

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歴史
1972年(昭和47年)4月1日-常葉学園菊川高等学校設立。
1977年(昭和52年)6月8日-常葉美術館開館
2004年(平成16年)4月1日-常葉学園菊川中学校設立。中高一貫校となる。
2006年(平成18年)4月1日-女子の制服が変更 
2006年(平成18年)4月1日-中高一貫教育のため特進Sクラスができた。
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甲子園出場
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全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)
1996年(平成8年) 第78回大会
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選抜高等学校野球大会(センバツ)
2004年(平成16年) 第76回大会
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高校
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設置学科
普通科
特進A
特進S
特進I
特進II
普通進学
美術・デザイン科
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部活動
野球
ソフトボール
陸上
チアリーダー
サッカー
男子テニス
女子テニス
男子バスケットボール
女子バスケットボール
男子バレーボール
女子バレーボール
剣道
空手
水泳
華道
茶道
書道
写真
演劇
ダンス同好会
吹奏楽
生活化学
将棋
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外部リンク
常葉学園菊川中・高等学校
周辺地図(マピオン)

土佐中学校・高等学校

土佐中学校・高等学校(とさちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、高知県高知市にある私立中学校・高等学校。

目次 [非表示]
1 概要
2 校風
3 沿革
3.1 経緯
3.2 年表
4 主な学校行事
5 制服
5.1 夏・冬服
5.2 体育服・水泳着
5.3 上履き
6 施設
6.1 校舎
6.2 体育施設
6.3 食堂・売店
6.4 寮
7 部活動など
8 著名な卒業生
8.1 文化
8.2 政治
8.3 経済
9 関連項目
10 外部リンク


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概要
中学校・高等学校の中高一貫教育である。中学から高等学校へは原則全員が進学し、高等学校へは例年50名程度外部の中学校からの入学がある。男女共学であり、男子校として戦前にあった旧制私立中学校としては珍しく新制高等学校開始後いちはやく共学化した。

県内随一の進学校である。また、文武両道を標榜しており、野球部、サッカー部などが全国大会へと出場している。

中学校と高校を併せて土佐校(とさこう)と呼ばれる。高等学校には全日制の普通科のみが設置されている。

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校風
自由な雰囲気で、生徒一人ひとりが好きなことに打ち込める環境となっている。進学校ではあるが、勉強以外に打ち込む生徒も多い。

運動会の熱の入れようは独特で、高校二年では衣装、振り付け、演出を生徒で考える仮装ホームゲームを、高校三年では高さ10メートルほどの巨大なやぐらを建造する。

中学はABCDEの5クラス、高校はTHOKSNの6クラスに分かれている。特進クラスなどは特には存在せず、文理の別や成績によってクラス分けをしないことが特徴となっている。1クラスの人数は中学、高校ともに50名前後で、他の学校より多い。

高校のクラス名HOKSは校訓である報恩感謝の頭文字からとられている。Tはクラスを増設した際に校名より、Nは6クラスに増設した当時の担任名からとられている。

制服の袖の白線が土佐校生のシンボルとして有名である。

学業においては自学自習(自ら学び自ら習う)をモットーとしており、毎年東京大学・京都大学・各大学医学部を含む国公立大学や有名私立大学に卒業生を輩出している。

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沿革
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経緯
第一次世界大戦に伴う好景気によって財をなした川崎幾三郎・宇田友四郎両氏が私財を投じ、少数精鋭の英才教育を施す中学校として設立した土佐中学校(旧制)が前身となる。

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年表
1920年:現学校法人の前身にあたる川崎・宇田財団法人と土佐中学校(旧制)の設立が認可され、創立者の一人・川崎幾三郎氏の控家で授業開始。
1922年11月18日:現在地の校舎落成式。この日を創立記念日とする。
1945年7月4日:高知大空襲により校舎が焼失。翌年に校舎が再建されるまで各地を転々とする。
1947年4月1日:男女共学の新制中学校を併設。
1948年4月1日:新制高校となる
1959年:新グラウンドが完成。
1973年:現在の校舎がほぼ完成。

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主な学校行事
4月:中高入学式・始業式 遠足

5月:中学クラスマッチ

6月:オープンスクール

7月:一学期終業式 高校クラスマッチ

8月:夏季休業中

9月:二学期始業式

10月:運動会 遠足

11月:開校記念日(11月18日) 文化行事

12月:二学期終業式

1月:三学期始業式 高校卒業式 修学旅行

2月:中学合唱コンクール 向陽祭(文化祭)(隔年) 文化部発表

3月:中学卒業式 中高終業式

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制服
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夏・冬服
男子は黒の詰襟・ズボン、女子は紺のブレザー・スカートを着用する。男女とも袖口から10cmほどのところに白線が1本入るのが特徴。

夏期には男子は白のカッターシャツに黒の学生ズボン、女子は白の開襟シャツにスカートを着用する。夏期の制服には白線のような目立った印はつかない。

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体育服・水泳着
男子は白の長袖・半袖体操服に黄白色の長ズボン・短パン、女子は白の長袖・半袖体操服に臙脂色(えんじいろ)の短パンを着用する。

水泳時には男子は紺色のボクサー型の水着、女子は紺色のワンピース型のスクール水着を着用する。

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上履き
通常の樹脂製スリッパを上履きとして使用する。男子は紺色、女子は緑色で全学年共通。

尚、トイレにはトイレ用スリッパがある。2003年に変更になり、いわゆる「おじさんスリッパ」になった。男女での色分けはなく、学年ごとに違う色を使用する。甲の部分に校章のシールが貼られている。

2006年度の色は、中1が臙脂(えんじ)色、中2が緑色、中3が茶色、高1が黒色、高2が青色、高3が象牙色となっており、トイレ用は黄色である。

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施設
老朽化が進んでおり、南海地震も予想されていることから大規模な改築の計画がある。

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校舎
中央棟・中学棟・高校棟に分かれている。ほとんどの教室に冷暖房が完備されている。

中央棟には職員室のほか、中高ともに使用する大教室、図書室などがある。

高校棟には高校の教室、理科実験室・講義室などがある。

中学棟には中学の教室、売店などがある。

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体育施設
以下の施設がある。新グラは校舎から徒歩10分程度の位置にある。

25mプール
第1グラウンド(通称旧グラ)
第2総合グラウンド(通称新グラ)
テニスコート(4面)
弓道場
野球部右文寮
体育館
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食堂・売店
学食は、体育館(2F)のある棟の1Fに所在している。 メニューは、うどん・そば・カレー等であり、貧乏学生の味方とも言える安さで提供している。 また、ジュースの自販機や惣菜パンなども販売されており、昼休みは大変に混雑する。 様々なメニューに鶏のから揚げをトッピングできるのが特徴である。

売店は校舎1階に所在している。

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向陽寮という男子寮がある。定員男子60名で全室個室、2食付である。女子寮は設置していない。

他に野球部用の寮が新グラに併設されている。

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部活動など
文武両道を標榜しており、特に運動部に力を入れている。

野球部は選抜高等学校野球大会(春の甲子園)に6回、全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)に4回の出場を果たしており、春夏1回ずつ準優勝している。攻守交代時の全力疾走は有名。

他にもサッカー部、陸上部、水泳部、ハンドボール部など、各団体が活躍をしている。

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著名な卒業生
括弧内の数字は卒業年。50音順。

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文化
尾池和夫(1959):地震学者・京都大学総長
大森望:評論家・翻訳家
岡村甫:工学博士・高知工科大学学長
北村総一朗(本名・北村総一郎):俳優
公文公:日本公文教育研究会創業者
倉橋由美子:作家
黒鉄ヒロシ:漫画家
坂東眞砂子:作家
平井康三郎:作曲家
森岡正博(1977):哲学者
野田正彰:精神科医・評論家
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政治
上治堂司:馬路村村長
田村公平:参議院議員
中谷元:衆議院議員・元防衛庁長官
山本有二:衆議院議員
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経済
武市智行:スクウェア(現スクウェア・エニックス)元社長
秦郷次郎:ルイ・ヴィトン・ジャパン社長
廣内武:オンワード樫山会長
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関連項目
海がきこえる:当校がモデルとなった小説。ただしスタジオジブリが製作したアニメでは高知追手前高校がモデルとされた。
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外部リンク
土佐中学校・高等学校 公式サイト
土佐中・高等学校同窓会

東明館中学校・高等学校

東明館中学校・高等学校(とうめいかんこうとうがっこう)は、佐賀県三養基郡基山町にある私立中高一貫校である。設立母体は学校法人東明館学園。

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沿革
東明館は、寛政4年に当時の対馬藩主宗義功が設立した藩校が始まり。 東明館と名づけられたのは、寛政12年のこと。 安政2年に田代下町に移転。

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寮生活
遠方から来ている生徒のために寮が設置されている。

東明寮(男子)
紫苑寮(女子)
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外部リンク
東明館学園

東邦大学付属東邦中学校・高等学校

東邦大学付属東邦中学校・高等学校(とうほうだいがくふぞくとうほうちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東邦大学の付属中学校・高等学校で、千葉県習志野市にある私立校。共学。理系教育に重点をおき、進路も理系が多い。通称、東邦大東邦。

最寄り駅はJR津田沼駅から京成バス15分「東邦大付属東邦中学・高校前」。または京成本線京成大久保駅下車徒歩10分。

目次 [非表示]
1 沿革
2 入学試験
3 著名な卒業生
4 姉妹校
5 外部リンク


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沿革
1952年2月27日 学校設立の認可が下りる
1952年 高等学校として開校
1961年 中学校が開校。6ヵ年一貫教育が始まる
2005年 セミナー館完成
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入学試験
私立には珍しく4科入試(国・数・英・理)を行っている。

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著名な卒業生
唐十郎 - 劇作家
いとうせいこう - タレント
小林尽 - 漫画家
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姉妹校
駒場東邦中学校・高等学校
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外部リンク
東邦大学付属東邦中学校・高等学校

東北学院中学校・高等学校

東北学院中学校・高等学校(とうほくがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、宮城県仙台市宮城野区にある私立の中学校・高等学校である。高等学校では中学校内部進学と新規募集の比率が半々なため、正式な中高一貫校ではないが、教育方針としては実質的に中高一貫教育をとっている。

キリスト教(プロテスタント, 福音主義:日本基督教団)系の学校である。東北学院大学の系列校にあたる。また、宮城学院(宮城学院女子大学など)とは、創設者が同じ姉妹校となる。

2005年4月に、老朽化が進んだ一番町校舎から宮城野区小鶴の新校舎に移転し、現在に至る。

目次 [非表示]
1 概要
2 沿革
3 交通アクセス
4 主な卒業生
5 外部リンク


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概要
私立の中学校および高等学校(普通科)。男子校であり、詰襟の制服がある。キリスト教主義であり、学校の標語は、第二代院長D.B.シュネーダーが制定した「LIFE LIGHT LOVE」(聖書より取られた、略して3L精神)である。

中学校からは一部を除き同高等学校に進学する。そのため、中学からは事実上、中高一貫教育となる。高等学校卒業後は、ほとんどが大学へ進学する。系列の東北学院大学への進学が多いが、その割合は三分の一程度である。又毎年、東北大学の合格者は県内の高校でもトップクラスの実績を誇る。

かつての校舎は仙台市の中心部に位置していたため、交通至便であったが、都市計画により用地を市道へ供出したため、敷地面積は狭かった。そのため、郊外へ移転することとなり、2005年4月より宮城野区小鶴に移転をした。

現在の校舎は東京ドーム約2個分の敷地面積に冷暖房完備で美しい公共文化施設のような校舎・礼拝堂、野球場、サッカー場、テニスコートなどがあり、学校設備は一番町時代とは比べ物にならないほど改良された。また、交通至便であった一番町校舎とは異なり、仙台駅から仙石線で10分程度の小鶴新田駅からさらに15分歩いて到着となってしまい、仙台市中心部からの通学は多少不便になった。

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沿革
1886年 押川方義・W.E.ホーイにより、「仙台神学校」が開設される。
1887年 第二代院長のD.B.シュネーダーが着任し、校風の基礎を造る。(院長就任は1901年)
1891年 仙台神学校を東北学院に改称、普通教育も行う。翌年 開院式を挙行。(初代院長に押川方義)
1896年 一時、島崎藤村が教師として在任。
1905年 東二番丁通沿いに校舎を建設。
1919年 仙台大火により校舎焼失
1936年 D.B.シュネーダー、創立50周年記念礼拝にて「我は福音を恥とせず」説教を行い、退任。
1945年 空襲により、校舎消失。
1959年 榴ヶ岡校舎設置。
1972年 榴ヶ岡校舎が東北学院榴ヶ岡高等学校として独立。
1983年 二部課程廃止
2005年 宮城野区小鶴へ移転。
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交通アクセス
仙台市宮城野区小鶴字高野地内
JR小鶴新田駅より徒歩15分(学校案内の資料などでは徒歩10分と書かれているが、実際は15分ほどかかる)
小鶴新田駅へは仙台駅より仙石線乗車で10分
赤快速は通過し、仙台~多賀城各駅停車の緑快速と普通列車のみが停車する。
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主な卒業生
加藤望(プロサッカー選手・柏レイソル→湘南ベルマーレ)
千葉直樹(プロサッカー選手・ベガルタ仙台)
藤公之介(作詞家)
鈴木邦男(一水会元代表)
熊谷和徳(タップダンサー)

桐朋女子中学校・高等学校

桐朋女子中学校・高等学校(とうほうじょしちゅうがっこう・こうとうがっこう)は東京都調布市若葉町にある私立の学校。中学校と高等学校普通科は女子校で、高等学校音楽科は名称に女子とあるが共学校である。

目次 [非表示]
1 概要
2 沿革
3 教育目標
4 出身者
5 系列学校
6 関連項目
7 外部リンク


[編集]
概要
普通科は、桐朋学園女子部門の一つである。桐朋中学・高等学校とは併設校にあたる。
音楽科は、桐朋学園音楽部門の一つである。
[編集]
沿革
1940年 山下汽船株式会社社長山下亀三郎氏からの献金をもとに、山下育英会を組織。
1941年 山水高等女学校,山水中学校開校。
1947年 山水育英会を財団法人桐朋学園に改編。山水高等女学校を桐朋高等女学校と改称。桐朋第二中学校を併設。
1948年 桐朋第二中学校を桐朋女子中学校と改称。桐朋女子高等学校設置。 
[編集]
教育目標
こころの健康、からだの健康
生徒の「個性を伸ばす」ことを大切に
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出身者
栗原小巻(中学まで在籍)
桐野夏生
金子奈緒 - J-WAVEパーソナリティ
城戸真亜子
小谷実可子
高嶋ちさ子
岡本舞(中学まで在籍)
堂真理子 - テレビ朝日アナウンサー
蜷川実花-写真家・父は学園理事長でもある演出家の蜷川幸雄
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系列学校
桐朋中学・高等学校
桐朋学園小学校
桐朋学園芸術短期大学
桐朋小学校
桐朋幼稚園
桐朋学園大学院大学
桐朋学園大学
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関連項目
中学校
高等学校
学校記事一覧
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外部リンク
桐朋女子中学校・高等学校

東京農業大学第一高等学校・中等部

東京農業大学第一高等学校・中等部 (とうきょう-のうぎょう-だいがく-だいいち-こうとうがっこう・ちゅうとうぶ)は世田谷区桜の東京農業大学世田谷キャンパスに位置する男女共学の中高一貫校。設置者は榎本武揚創設の学校法人東京農業大学。なお、“農業”の字を冠しているが農業科は設置されておらず、普通科のみの進学校である。

目次 [非表示]
1 沿革
2 クラブ
3 系列校
4 交通
5 関連項目
6 外部リンク


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沿革
1949年に学制改革によって廃止された旧制の東京農業大学予科を受けて創立した
2004年4月に新校舎が建て替えられ、グラウンドも人工芝になった。
この節は、書きかけです。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

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クラブ
近くに馬事公苑があることもあり、馬術部は全国大会レベルである。

この節は、書きかけです。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

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系列校
東京農業大学
東京情報大学
東京農業大学短期大学部
東京農業大学第二高等学校
東京農業大学第三高等学校
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交通
小田急小田原線千歳船橋駅より徒歩15分
小田急小田原線経堂駅より徒歩15分
東急世田谷線上町駅より徒歩15分
東急田園都市線桜新町駅
東急バス・小田急バス農大一高前下車
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関連項目
東京都高等学校一覧
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外部リンク
東京農業大学第一高等学校・中等部

桐光学園

桐光学園(とうこうがくえん)の正式名称は学校法人 桐光学園(がっこうほうじん とうこうがくえん)。
神奈川県 川崎市麻生区に所在する、幼稚園・小学校・中高一貫の私立学校法人である。
なお、幼稚園はみどり幼稚園(多摩区)・寺尾みどり幼稚園(多摩区)がある。
中学・高等学校は男女別学制を採用している。
高等学校は全日制の普通科。初代校長は故・小塚 光治。理事長は小塚 良雄。学校長は伊奈 博。

目次 [非表示]
1 沿革
2 校歌
3 校訓
4 教育課程
5 教育方針
6 主な年間行事
7 制服(中・高共通)
7.1 男子
7.2 女子
8 キャンパス施設(中等部・高等部共通)
9 クラブ活動実績
9.1 高校
9.2 中学
10 近年の進学実績
11 入試関連
11.1 中学
11.2 高等学校
12 主なOB
13 近隣の高等学校
14 学園へのアクセス
15 外部リンク


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沿革
1973年3月3日  学校法人 桐光学園 認可
1972年4月   寺尾みどり幼稚園を開設
1977年12月15日 高等学校 第一期生入学
1978年4月1日 高等学校 設立認可
1981年10月27日 中学校 設立認可
1982年4月1日 中学校第一期生入学
1985年4月1日 高等学校に理数科新設 川崎みどり幼稚園を学校法人 桐光学園 みどり幼稚園と改名
1991年4月1日 中学部・高等部に女子部設置
1996年4月1日 桐光学園小学校 開校
1998年5月15日 開校20周年記念式典を挙行


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校歌
校歌は2種類あるが、主に斉唱されるのは「桐光われ等」(作詞・栗原一登 作曲・三木たかし)である。

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校訓
一.よわい我にうち克って強い意志の人になります (克己)
一.規則を守り礼儀を尚び気力を養います (気力)
一.すべての事に誠をつくし全力を出します (誠)
一.社会のためによろこんで働き進んで奉仕します (奉仕)
一.天を敬い世の一隅を照らします (敬天)


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教育課程
高等学校

選択科目等により、生徒一人ひとりの「学ぶ意欲」「学ぶ目的」にあったカリキュラム。
2003年度以降に高等学校に入学した生徒は、入学試験の結果を基準に
1年次はSA(Super Advance・特進)コース・A(Advanvce)コース制でクラス分けが行われる。
2年次以降は定期試験の成績や本人の希望進学先を基に文Ⅰ(国立文系)・文Ⅱ(私立文系)・理Ⅰ(国立理系)・理Ⅱ(私立理系)に分けられる。よって、希望進学先の受験科目を集中的に学習できる等のメリットがある。

中学校

中学では、バランスのとれた健全な心身の育成を主眼をおく

また、中高ともに各授業前に「黙想」の時間が設けられており、全教室の壁に「福沢諭吉先生心訓」がたてかけてある。

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教育方針
10分間テスト
毎朝10分間を使ってテストを行う。8割を満たない生徒は追試が課せられる。
習熟度別レッスン制授業(中高のみ)
実力差のつきやすい英語と数学に関しては、生徒の習熟度別に授業が分けられており、
定期試験の成績でそれぞれのレッスンの上位数名と下位数名が入れ替わる制度を採用している。

実力テストは学年共通で実施し、高校進学の判断基準となる。
土曜講習・通常講習(放課後)・夏期講習・特別講習(指名者のみ)
外国人講師による英語指導
中学・・・週1回、通常授業の中にネイティブスピーカーによる英語授業が組み込まれている。

高校・・・放課後、生徒の希望により講習を開講。
コンピューターによる成績管理システム(中高のみ)

模擬試験や定期試験の成績、偏差値、順位等が生徒1人ごとにコンピューターで管理されており、

成績の推移などから、受験大学の絞込みなどの進路指導に活用している。
高校にスポーツ推薦クラス(桐蔭の模倣)があり、文武別道を貫いている。
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主な年間行事
4月

入学式
6月

中国修学旅行(高校2年)
(2005年・2006年度は政情不安定のため沖縄に変更)

(2007年度はバンクーバー(カナダ)に変更)

7月

サマーキャンプ(中学)
芸術鑑賞(高校3年)
8月

アメリカホームステイ(中学2年~高校2年の希望者)
9月

輝緑祭(文化祭) 毎年、23日(秋分の日)に一般公開
10月

体育大会(中学は野球場、高校は第一グランドで開催)
11月

ボランティア活動(多摩川河川敷・学校周辺の清掃等)
1月

スキースクール(中学1年~高校2年)
2月

入学試験(中学・高校)
3月

合唱コンクール(中学1年~3年 於パルテノン多摩 )
芸術鑑賞(高校1・2年)
卒業式
中学校には修学旅行がない

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制服(中・高共通)
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男子
冬は紺の詰襟で、夏はワイシャツにスラックス。 学年毎にバッジの色が異なる。

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女子
冬服は、紺色のブレザー、ハイソックス、チェック柄(緑)のスカートとベスト。

中学生はエンジ色、高校生は緑のリボンを結ぶ。


夏服はベストとスカート(色は共にグレー)、白のソックス(紺も可能)。

合服は、白のベストと紺色のハイソックス。

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キャンパス施設(中等部・高等部共通)
各教室に冷暖房を完備
[本部棟]事務室
[男子棟1号館]高校生が使用 職員室
[男子棟2号館]中学1年、高校生が使用、選択教室
[男子棟3号館]中学2・3年生が使用


TOKO HALL・・・学校説明会や発表会などで使用される、250名収容の大ホール

野球部室内練習場・・・半地下式の人工芝練習場、ピッチング・バッティング練習をはじめ、様々な練習に対応できる。
[女子棟]女子が利用
[そのほか]

20周年記念館・・・学園開校20周年を機に建てられた「20周年記念館」には、バスケットボールコート2面分の面積を持つ体育館、蔵書50,000冊目標の図書館、食堂、柔/剣道場がある。
クラブハウス…第2体育館併設のクラブハウスは、各クラブの部室やトレーニングルーム、シャワー室を完備している。
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クラブ活動実績
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高校
高校サッカー部・・・平成17年度高校サッカー選手権大会神奈川県予選準優勝、第75回全国高校サッカー選手権大会準優勝、インターハイベスト8

男子バスケットボール部(高等部)・・・平成17年度関東大会神奈川県予選優勝、インターハイベスト16

高校野球部も甲子園に過去3度出場している。(2001年春・2002年夏・2005年夏)

剣道部…平成16年度関東大会神奈川県予選 男子準優勝
高校女子テニス部…川崎市民大会、優勝・準優勝・第3位
囲碁将棋部…第33期女流アマ名人戦優勝
文藝部…全国高等学校文芸コンクールにおいて文藝部誌が優良賞
ダンス部…全日本エアロビクスコンテスト全国大会に出場
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中学
中学校演劇部…第5回全国中学校総合文化祭 神奈川県代表
中学軟式野球部…平成17年度川崎市中学校総合体育大会で準優勝、川崎市の教育リーグ(新人戦)優勝
中学サッカー部…神奈川県私立中学校サッカーリーグ戦優勝
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近年の進学実績
近年、私立大学への進学実績は早稲田、慶応、上智、MARCHなどの難関大学で全国でもトップクラスの実績を上げている。
進学実績は一時ほどの目覚しい伸びはないものの、同レベルの公立高校を遥かに凌ぎ、 難関私立大(おもにMARCHや首都大)へは多数の合格者を出している。 今後の課題は、難関私立大に比べて明らかに少ない難関国立大の合格者数を伸ばすことと、 理系に傾倒した教育方針の見直しとともに文系の生徒の国・私あわせた進学実績のもちなおしである。

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入試関連
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中学
男女共に、1回A、1回B、1回C、2回の計4度、挑戦することができる。 受験科目は国語・算数の2科目(1回Aのみ)か国語・算数・理科・社会の4科目である。
特待生合格は1年間の授業料を免除され、2年生より、人物・学業の優秀な生徒には、桐光奨学生として年額45万円を支給される。

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高等学校
推薦入試(Aコースのみ)では、作文と面接が課される。野球・サッカー・バスケットボール・剣道・水泳・ハンドボールで行われるスポーツ推薦入試(男子のみ)も募集人数に含まれる。また、推薦入試で合格した生徒は一般入試でSAコースを受験することができる。

一般入試は国語・数学・英語の筆記試験が午前中に行われ、午後は面接が課される。

いずれの入試も男子のほうが女子よりも募集人数は多い。
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主なOB
中村俊輔(プロサッカー選手・横浜F・マリノス→レッジーナ→セルティック)
佐原秀樹(プロサッカー選手・川崎フロンターレ)
神田伸一郎(ハマカーン・お笑い芸人)
久場政朋(プロサッカー選手・東京ヴェルディ1969)
田中裕介(横浜Fマリノス)
藤本淳吾(プロサッカー選手・清水エスパルス)
宇留野純(プロサッカー選手・ヴァンフォーレ甲府)
渡辺匠(プロサッカー選手・モンテディオ山形)
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近隣の高等学校
神奈川県立麻生高等学校
神奈川県立麻生総合高等学校
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学園へのアクセス
最寄の駅は小田急多摩線の栗平駅。栗平駅から徒歩で約15分 (生徒の登下校の時間帯になると栗平駅が桐光学園生徒に埋め尽くされ混雑する)。

黒川駅より生徒対象にスクールバス運行
学校説明会などの際は栗平駅からバスを運行
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外部リンク
桐光学園ホームページ
桐光学園高校サッカー部

東海大学付属相模高等学校

東海大学付属相模高等学校(とうかいだいがくふぞく さがみこうとうがっこう)は、神奈川県相模原市の南端に位置する東海大学付属の私立高等学校である。野球部・柔道部・テニス部・吹奏楽部などの強豪校で、一般には東海大相模(とうかいだいさがみ)と略されて呼ばれる。

同一敷地内に付属中学が存在し、施設を共用する。東海大学付属高校の内で、東海大学のメインキャンパスである湘南校舎には小田急線で1時間ほど。

目次 [非表示]
1 沿革
2 住所
3 交通
4 文化祭
5 著名な卒業生
6 外部リンク


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沿革
1963年4月 - 東海大学を母体とし、東海大学付属相模高等学校が開校
1966年6月 - 雑誌『東海相模』創刊
1972年10月 - 10周年記念式典・松前重義博士胸像除幕
1979年2月 - 松前記念体育館完成
1980年4月 - 東海大学付属相模中学校が開校
1983年10月 - 20周年記念式典
1985年11月 - 本館校舎(1号館)完成
1990年4月 - 情報処理教育導入
1992年4月 - 新制服を採用
1993年4月 - 学校完全週5日制導入
1994年4月 - 30周年記念式典・3号館完成
1997年4月 - 生徒相談室開設
1999年4月 - 2学期制導入
2000年10月 - 第2体育館完成
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住所
神奈川県相模原市相南3-33-1
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交通
小田急小田原線、小田急相模原駅から徒歩約8分。
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文化祭
10月の第2土・日曜日

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著名な卒業生
原辰徳(元プロ野球選手・監督)
井上康生(柔道家)
神尾米(元プロテニス選手)
原俊介(プロ野球選手)
森野将彦(プロ野球選手)
高山善広(プロレスラー)
宮崎正裕(剣道家・神奈川県警警察官)
宮崎史裕(剣道家・神奈川県警警察官)
小山 潤(剣道家・神奈川県警警察官)
深谷 仁(剣道家・警視庁警察官)
島村剛史(剣道家・警視庁警察官)
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外部リンク
東海大相模中高HP

東京女学館中学校・高等学校


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東京女学館中学校・高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人東京女学館
設立年月日 1888年(明治21年)4月
共学・別学 女子校
課程 全日制の課程
所在地・連絡先
所在地 〒150-0012
東京都渋谷区広尾3-7-16
電話番号 03-3934-2341
FAX番号 03-3400-0867
外部リンク 東京女学館中学校・高等学校
東京女学館中学校・高等学校(とうきょうじょがっかんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は東京都渋谷区広尾にある私立の中学校・高等学校。 セーラームーンのコスチュームのモデル校としても知られている。

目次 [非表示]
1 沿革
2 関連項目
3 出身者
4 外部リンク


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沿革
1888年(明治21年) 創立
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関連項目
東京女学館大学
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出身者
夏目雅子 - 中学校・高校・短期大学(中退)まで在籍
山口いづみ(高等部中退)
浅田美代子(高等部中退)
南美希子
SILVA
久世星佳 - 中等部のみ。同部卒業後、宝塚音楽学校へ入学。

東京電機大学中学・高等学校

東京電機大学中学・高等学校(とうきょうでんきだいがくちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都小金井市にある私立中学・高校。元は工業科を併設していたが現在は普通科のみとなる。東京電機大学の系列校。略称は電高(でんこう)。

最寄り駅はJR中央線東小金井駅で北口下車徒歩5分。

目次 [非表示]
1 沿革
2 出身者
3 関連項目
4 外部リンク


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沿革
1907年9月 私立電機学校を創立。
1948年4月 電機学園高等学校を設置。場所は千代田区神田錦町。
1956年2月 電機学園高等学校を東京電機大学高等学校と改称。
1965年3月 千代田区神田錦町から文京区後楽に移転。
1992年4月 文京区後楽から小金井市に移転。
1996年4月 中学校を開校し、東京電機大学中学校・高等学校となる。
1999年4月 中学校、高校とも男女共学に。
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出身者
矢追純一 (UFO研究家)
春風亭小朝 (落語家)
笠原昌春 (プロ野球 セ・リーグ審判員)
飯島勲 (首相秘書官)
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関連項目
東京都高等学校一覧
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外部リンク
東京電機大学中学・高等学校

田園調布雙葉学園

田園調布雙葉学園(でんえんちょうふふたばがくえん)は東京都世田谷区玉川田園調布に立地する学校法人。幼稚園(もしくは小学校)から高等学校まで一貫教育を行う女子校である。 俗に言う、"お嬢様学校"。

目次 [非表示]
1 校訓
2 学校所在地・交通機関
3 交通機関
4 沿革
5 所属学校
6 系列校
7 主な出身者
8 外部リンク


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校訓
徳においては純真に
義務においては堅実に
SIMPLE DANS MA VERTU
FORTE DANS MON DEVOIR

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学校所在地・交通機関
〒158-8511 東京都世田谷区玉川田園調布1-20-9

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交通機関
東急大井町線 九品仏駅
東急東横線・目黒線 田園調布駅
東急バス 園01系統(田園調布-千歳船橋)雙葉学園前

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沿革
1941年(昭和16年) - 現在地に雙葉第二初等学校開校予定も、四谷雙葉の校内で授業開始。
1943年(昭和18年) - 四谷雙葉から復帰。
1949年(昭和24年) - 雙葉第二中学校開校。雙葉第二小学校附属幼稚園開園。
1952年(昭和27年) - 雙葉第二高等学校開校。
1964年(昭和39年) - 田園調布雙葉と改める。

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所属学校
田園調布雙葉幼稚園は田園調布雙葉小学校付属である。

中高一貫校(中学校・高等学校では例外を除いて外部募集を行っていない)
田園調布雙葉高等学校 (東京都世田谷区)
田園調布雙葉中学校 (東京都世田谷区)
小学校
田園調布雙葉小学校 (東京都世田谷区)
その他
田園調布雙葉小学校附属幼稚園 (東京都世田谷区)

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系列校
雙葉学園
横浜雙葉学園
静岡雙葉学園
福岡雙葉学園
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主な出身者
徳仁親王妃雅子
長野智子
小笠原保子(アナウンサー)
長嶋三奈
梅津弥英子
杉上佐智枝
前田有紀
中井貴恵
野田聖子
一本木蛮(漫画家)
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外部リンク
田園調布雙葉学園

帝塚山学院泉ヶ丘中学校・高等学校

帝塚山学院泉ヶ丘中学校・高等学校(てづかやまがくいんいずみがおかちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、大阪府堺市南区にある私立中高一貫校。学校法人帝塚山学院が運営。

目次 [非表示]
1 概要
2 歴史
3 コース
4 アクセス
5 クラブ活動
5.1 中学
5.2 中高合同
5.3 高校
6 関連項目
7 外部リンク


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概要
所在地…大阪府堺市南区晴美台4丁2番1号。泉北ニュータウンの東端にあたる。
最寄り駅は泉北高速鉄道泉ヶ丘駅。
校長…清遠豊
教育理念…『力の教育』
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歴史
昭和58年1月  大阪府より学校設置の認可。
昭和58年4月  中学校2クラス、高校普通科3クラスで開校。
昭和59年4月  高校国際科開設。
平成14年4月  中学校に医進コース開設。
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コース
中高六年一貫コース―もと男子のみ。平成11年度~男女共学。
高校三年コース
普通科―もと男子のみ。平成14年度~男女共学。
国際科―もと女子のみ。平成17年度~男女共学。
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アクセス
泉北高速鉄道泉ヶ丘駅から南海バス晴美台回りで約10分。「帝塚山学院泉ヶ丘校前」下車。
南海電鉄高野線金剛駅から南海バス泉ヶ丘駅行き(帝塚山学院泉ヶ丘校前経由)で約15分。
他、泉大津駅・和泉府中駅・富田林駅などから通学用直行バス(有料)を運行。
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クラブ活動
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中学
サッカー部
男子硬式テニス部
女子硬式テニス部
男子バスケットボール部
女子バレーボール部
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中高合同
女子バスケットボール部
コーラス部
ワンダーフォーゲル部
柔道部
剣道部
陸上競技部
ユネスコ部
華道部
茶道部
演劇部
囲碁・将棋部
鉄道研究部
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高校
サッカー部
男子硬式テニス部
女子硬式テニス部
男子バスケットボール部
バレーボール部
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関連項目
大阪府高等学校一覧
中高一貫校
帝塚山学院大学
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外部リンク
帝塚山学院泉ヶ丘中学校・高等学校
学校法人帝塚山学院

帝京八王子中学校・高等学校

帝京八王子中学校・高等学校(ていきょうはちおうじちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都八王子市上川町にある私立中学校・高等学校。

学校名が類似している為、板橋区にある帝京中学校・高等学校と、同じく八王子市にある帝京大学中学校・高等学校と間違われることが多いが、学校法人帝京大学直系の中学・高校は「帝京大学中学校・高等学校」であり、当校は帝京大学の直系附属学校では無い。

目次 [非表示]
1 沿革
2 帝京大学グループの中学校・高等学校
3 関連項目
4 外部リンク


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沿革
1999年4月 - 帝京八王子中学校・帝京八王子高等学校が開設される。
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帝京大学グループの中学校・高等学校
日本全国に帝京大学グループの中学校・高等学校が点在する。

学校法人帝京大学(帝京大学直系の中学校・高等学校)
帝京大学中学校・高等学校
帝京大学可児中学校・高等学校
学校法人冲永学園
帝京八王子中学校・高等学校 (本校のこと)
学校法人帝京科学大学
帝京第五高等学校
帝京冨士中学校・帝京第五高等学校冨士校
学校法人帝京安積学園
帝京安積高等学校
学校法人帝京蒼柴学園
帝京長岡中学校・高等学校
学校法人帝京学園
帝京中学校・高等学校
帝京第三高等学校
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関連項目
東京都高等学校一覧
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外部リンク
帝京八王子中学校・高等学校

帝塚山中学校・高等学校

帝塚山中学校・高等学校(てづかやまちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、奈良県奈良市にある、学校法人帝塚山学園が経営する私立中高一貫校。「男女併学」と呼称する男女別学制を採用しており、授業及び学級編成、教育課程は男女別、その他の活動は男女一緒に行うシステムが特徴。

一説には、「帝塚山=名門女子校」というイメージが影響しているのか、帝塚山中高では、男子生徒がやや肩身が狭いと言われる。実際、2006年度(平成18年度)用の高校生徒募集パンフレットの表紙は、全面に授業中の女子生徒の上半身が写され、右下隅に男子生徒の上半身写真がポツンと貼られているという代物だった。

「SELHi(スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール)」の文部科学省研究指定校である。

最寄り駅は近鉄奈良線学園前駅。

目次 [非表示]
1 設置学科・コース
2 中学・高校入試
3 卒業後の進路
4 沿革
5 所在地・連絡先
6 外部リンク


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設置学科・コース
普通科
男子英数コース
女子英数コース
女子総合コース
特進クラス
文理クラス
英数コースは、東京大学、京都大学を始めとする国公立大学を目指すコースである。総合コースは、特進クラスと文理クラスに分かれ、併設の帝塚山大学への内部進学も視野に、英数コースとは異なるカリキュラムが組まれている。また、同じ英数コースでも、男子英数コースと女子英数コースでは、カリキュラムが異なる。

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中学・高校入試
中高一貫校としての色彩が濃く、生徒のほとんどは中学校からの在籍である。

高校入試では、例年外部受験者を3コースとも若干名募集している。尚、中学入試・高校入試共に、女子に限り、英数コースで不合格でも、一定の成績があれば総合コースでの合格となる、いわゆる「回し合格」制度がある。

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卒業後の進路
県下では、国公立大学合格者数で見ると、智辯学園中学校・高等学校と並び、東大・京大合格者数は大きく差をつけられつつも、東大寺学園、西大和学園に次ぐ進学校である。

例年、東京大学、京都大学、大阪大学、神戸大学を始めとする国公立大学に合格者を出しており、私立ではいわゆる早慶上智(=早稲田大学、慶応義塾大学、上智大学)、関関同立(=関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)などに多数の合格者を出している。

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沿革
1941年 旧制帝塚山中学校開校
1947年 新制帝塚山中学校開校
1948年 帝塚山高等学校開校
1983年 同高等学校に英数コース設置
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所在地・連絡先
〒632-0034 奈良県奈良市学園南三丁目1番3号

帝塚山中学校・高等学校事務室 TEL 0742-41-4685

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外部リンク
帝塚山中学校・高等学校

土浦日本大学高等学校

土浦日本大学高等学校(つちうらにほんだいがくこうとうがっこう)は茨城県土浦市にある日本大学準付属の私立高等学校。

生徒数がおよそ2000人、教職員数がおよそ170人とマンモス校である。同じ敷地内に土浦日本大学中学校がある。

目次 [非表示]
1 沿革
2 概要
3 部活動・サークル活動
3.1 体育系
3.2 文化系
4 年間スケジュール
5 進学先
6 施設
7 通学方法
8 系列校
8.1 高等学校
8.2 付属幼稚園
9 出身著名人
10 関連項目
11  外部リンク 


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沿革
1963年2月:日本大学の系列付属高校として土浦高等学校が設立される。
1964年7月:土浦日本大学高等学校と改称。
1974年4月:岩瀬校舎が開校。
1987年4月:男女共学制を導入。
2002年4月:スーパーハイクラス開設。岩瀬日本大学高等学校が独立。
2003年4月:土浦日本大学中学校開校。高等学校で2コース制(特別進学、総合進学)導入。
2005年4月:グローバルスタディーコース開設。
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概要
生徒数はおよそ2000人と、ひとつの村が形成されるほどである。そのため、弁当店が弁当を販売したり、はたまた校内に献血会場が設置されたりする。教員数は170人以上を数え、ひとつの職員室では足りず、2つ職員室がある。

特別進学コース
スーパーハイクラス - 最難関国公立大学への進学をめざしており、東京大学への進学者もいる。
特進クラス - 国公立大学や難関私立大学への進学をめざす。
総合進学コース
進学クラス - 日本大学への内部進学者が多い。
スポーツクラス - 日本大学への内部進学者が多く、部活動が盛ん。
グローバルスタディーコース
グローバルスタディークラス - 国内の難関私立大学や海外の大学への進学をめざす。ネイティブスピーカーの教師も多い。生徒は帰国子女で、日本に帰国せずに受験ができるよう、日本大学の付属高校数校が合同で、台北・香港・上海・ジャカルタ・バンコク・クアラルンプール・シンガポール・デュッセルドルフ・ニューヨーク・シカゴ・ロサンゼルス・ロンドンで入学試験を実施している。
日本大学の付属校であることを生かし、教授を校内に呼んでの「出張講義」やさまざまな説明会も開かれている。課外授業も盛んに行われ、総合学習情報センターではたくさんの生徒が夜8時半まで自主学習を行っている。日本大学への内部進学は毎年11月に実施される「日本大学付属高校統一テスト」の結果をもとに決められる。付属校であるため、大学への現役合格率は県内の高等学校中、第一位で、県内でも有数の進学校。

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部活動・サークル活動
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体育系
陸上部
柔道部
剣道部
体操部
弓道部
卓球部
空手部
ヨット部
合気道部
硬式野球部
軟式野球部
硬式テニス部
ソフトテニス部
サッカー部
ラグビー部
レスリング部
ボクシング部
バドミントン部
ソフトボール部
ハンドボール部
男子バレーボール部
女子バレーボール部
男子バスケットボール部
女子バスケットボール部
ウェイトリフティング部
バトントワリング部

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文化系
美術部
文芸部
演劇部
新聞部
放送部
英語弁論部
茶道同好会
吹奏楽部
軽音楽部
囲碁将棋部
コーラス部
インターアクト部

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年間スケジュール
4月:入学式、日本大学標準学力テスト、1年蓼科宿泊学習

5月:中間試験、父母と教師の会総会。

6月:文化祭(桜華祭)、英語スピーチコンテスト

7月:期末試験

夏休み:1年 ハワイ英語研修、三者面談、蓼科サマースクール

9月:1年芸術観賞会、2年 韓国修学旅行、体育祭、英語暗唱大会

10月:創立記念日(日本大学の創立記念日が同校創立記念日となる)、中間試験

11月:3年日本大学付属高校統一テスト(事実上の受験)

12月:期末試験、スポーツ大会

1月:入学試験

2月:保護者会

3月:学年末試験、卒業式

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進学先
国公立
東京大学、一橋大学、京都大学、筑波大学、茨城大学、千葉大学、東北大学、東京工業大学、お茶の水女子大学、首都大学東京、埼玉大学、茨城県立医療大学、信州大学、防衛大学校、群馬大学、静岡大学、宇都宮大学、横浜国立大学、新潟大学、会津大学、山梨大学、前橋工科大学、電気通信大学、東京海洋大学、埼玉県立大学、静岡県立大学、群馬県立女子大学等。

私立
日本大学、早稲田大学、慶應義塾大学、上智大学、東京理科大学、立教大学、青山学院大学、国際基督教大学、明治大学、学習院大学、法政大学、順天堂大学、東京農業大学、立命館大学、東洋大学、國學院大學、駒澤大学、文教大学、専修大学、麻布大学、北里大学、津田塾大学、東邦大学、昭和大学、工学院大学、明治学院大学、同志社大学、自治医科大学、東京女子医科大学、日本獣医畜産大学、東京薬科大学、明治薬科大学、日本薬科大学、東北薬科大学、芝浦工業大学、武蔵工業大学、東京電機大学、成城大学、成蹊大学、神奈川大学、独協大学、星薬科大学、日本女子大学、東京女子大学等。

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施設
本館
6階建て。職員室(2室・2階)、普通教室、特別教室。
昇降口を入ると、中央部がメディアプラザという吹き抜けになっており、それを取り囲むように1階~5階までのフロアがあり、どの教室も廊下に出るとメディアプラザが見おろせる。また、メディアプラザの屋根は可動式になっており、普段はほとんど開かれた状態で、直射日光が差し込むほか、青空も望め、校舎内の自然換気もうながされる。また、両側には階段が設置され、1~5階のどの階からも直接メディアプラザに降りられる。各階の廊下には窓およびドアが設置され、メディアプラザとそれぞれのフロアを、完全に仕切ることも可能である。また、メディアプラザにはステージがあり、大型ビジョンや照明設備も設置されており、校内のイベントや集会などにも使われる。
高等学校の中枢施設は本館にあり、職員室の他、マルチスタジオ(1階)、コンピューター室(2階)、大会議室(6階)、事務室(1階)、保健室(1階)、相談室(スクールカウンセラー常駐・1階)なども本館である。
2号館
4階建て。普通教室。
4号館
3階建て。普通教室。
総合学習情報センター
4階建て。図書室、特別教室、自習室、生徒ラウンジ、購買部。生徒ラウンジは、陽のひかりが差し込む、さならが大学のキャンパスのように広い空間で、便宜上いくつかのスペースに分かれている。スペースごとに、配置されているイスやテーブルは専門のデザイナーの手によるもので、スペースごとに種類が違う。また、窓からは広く土浦駅前の高層ビルが見おろせる他、筑波山や筑波研究学園都市なども望むことが出来る。
総合体育館
3階建て。第1アリーナ(2階)、第2アリーナ(1階)、集会室(1階・半地下)、トレーニングルーム(1階)、ランニングロード(3階)、剣道場(1階・半地下)、柔道場(同)、レスリング場(1階)。
桜心館
同校から徒歩数分のところにある男子寮。
出島総合グラウンド
かすみがうら市にあるグラウンド。ナイター設備もある。
出島合宿寮
かすみがうら市にある硬式野球部員のための男子寮。
蓼科林間学園
長野県立科町にある宿泊施設。毎年、1年生の校外学習などに使用されている。
施設のキャパシティー
同校は高等学校だけで約2000人という生徒を受け入れるキャパシティーが必要である。敷地は住宅街にあるため、それほど広くなく、その狭い敷地に中学生(中高一貫生)合わせるとおよそ2300人がひしめいている。校舎については教室や廊下は十分な広さが確保されているにも関わらず、ひとつの教室で40人以上が授業を受けるため、意外と狭く、廊下や昇降口、2つの職員室周辺などでは登下校時間帯や昼休みなどにはたくさんの生徒がひしめき合うような光景も見受けられる。
廊下の人通り
校舎内の廊下は朝夕時・昼休みなどは人通りが多く、本館メディアプラザのステージ上、両側の階段などを中心にかなり多くの人通りがある。だが、その朝夕時でも、校舎の一部で極端に人通りが少ないエリアが存在しているのが実態で、本館の1階の北側や総合学習情報センターの図書室や特別教室周辺、生徒ラウンジなどは、開館し照明・パソコン・ビジョンなども稼働しているが、人出はほとんどない。だが、文化祭開催時などは異なり、普通教室が集中して出展が多い本館4階~5階などでは廊下に人が殺到し、身動きが取れないような事態も発生している(特に、文化祭1日目が校内公開、2日目が一般公開となり、雨天だった2006年の文化祭は、2日目に本館内に入場者が集中し、すさまじい状況だったとも言える)。
体育館の状況
総合体育館については、2つアリーナがあるにも関わらず、たくさんのクラスの授業が重なると、全クラスがコートを使うことができず、授業時はクラスごとに、授業内容を振り分け(例えば、第1アリーナ3面、第2アリーナ1面のバスケットボール、バレーボールコートがうまってしまった場合、集会室で卓球、ランニングロードでバドミントン。それでも足りない場合はテニスコートでテニス、グラウンドでサッカーなど)違う教室を使うことによって対応している。
駐車場
敷地内には大きな駐車場が無く、既存の駐車スペースは、教師や講師の車で常時満車であり、同校で大きなイベント(保護者会・文化祭等)が行われる場合は、土浦駅前の市営東・西駐車場を利用するほかない。

※総合体育館、桜心館、蓼科林間学園は中学生(中高一貫生)と共用であり、総合体育館の隣には、「中学棟」がある。

※太字が学校敷地内の施設。尚、2号館、4号館はあるものの、3号館は、「中学棟」建設のために既に取り壊された。

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通学方法
県内はもちろん、千葉県からの通学者も多く、都内から通学する生徒もいる。

電車
常磐線(常磐快速線)土浦駅から徒歩か自転車、またはバス※。 つくばエクスプレス線つくば駅から同校直通スクールバス。また、常磐線に乗り換える以前に、武蔵野線、○千代田線、成田線、東武野田線などを利用する生徒もいる。

スクールバス
つくば市方面、守谷市方面、桜川市方面、下妻市方面、坂東市方面、稲敷市方面、利根町方面へ同校がスクールバスを運行している。使用車両には土浦日大マークなどが描かれているが、運行は民間会社に委託されている。中学生(中高一貫生)と合同で乗車する。

※土浦駅から同校間には朝夕、日大生専用の関東鉄道のシャトルバスが運行されており、校内にバス停が設置されている。また、通常路線バスもあり、関東鉄道の「小松ヶ丘」か「霞ヶ丘」バス停下車となる。運賃はどちらも片道210円である。

その他、直接、自転車や徒歩で通学する生徒も非常に多く、朝夕、特に朝の通学時間帯は、膨大な数の生徒が同校周辺の道路を一方向に通学する光景が見られる。

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系列校
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高等学校
岩瀬日本大学高等学校
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付属幼稚園
同校付属の幼稚園がある。日本大学付属には数えられていない。

土浦日本大学高等学校附属幼稚園
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出身著名人
西山知義(株式会社レックス・ホールディングス代表取締役)
木村大(ギタリスト)
塚田真希(2004年アテネオリンピック柔道金メダリスト)
関一人(2004年アテネオリンピックセーリング銅メダリスト)
小山田保裕(プロ野球選手・広島東洋カープ)
小林孝至(レスリング・ソウル五輪金メダリスト)
本田多聞(プロレスラー)
桜井"マッハ"速人(総合格闘技)
小田木望(歌手)
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関連項目
茨城県高等学校一覧
土浦日本大学中学校
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 外部リンク 
日本大学
土浦日本大学高等学校

帝京大学中学校・高等学校

帝京大学中学校・高等学校(ていきょうだいがくちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都八王子市越野にある私立中学校・高等学校。

学校名が類似している事から東京都板橋区にある帝京中学校・高等学校と、同じく八王子市にある帝京八王子中学校・高等学校と間違われることが多いが、帝京大学直系の中学校・高等学校は当校であり、先に述べた二校は帝京大学グループを構成する一学校に過ぎない。

帝京大学中学校・高等学校
過去の名称 帝京商業学校
帝京商業高等学校
帝京商工高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人帝京大学
創立記念日 6月29日
校訓 誠実・努力・敬愛
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 あり(併設型)
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制による教育
学科 普通科
所在地 〒192-0361
東京都八王子市越野322
電話番号 042-676-9511
外部リンク 公式サイト
目次 [非表示]
1 概要
2 建学の精神
3 教育課程
4 歴史
5 その他
6 交通
7 著名な卒業生
8 帝京大学グループの中学校・高等学校
9 関連項目
10 外部リンク


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概要
多摩丘陵にある、帝京大学直系の附属中学校・高等学校。その為帝京大学へは無試験で内部進学出来るが、進学校としての教育課程を組んでいることも有り(入試説明会等でも進学校という点を強調している)、高校からそのまま帝京大学に進学する者は少ない。

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建学の精神
努力をすべての基とし、偏見を排し、幅広い知識を身につけ、国際的視野に立って判断できる人材を育成する。
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教育課程
中高一貫教育
中1・中2の段階では基礎学力の充実を図る。中3・高1の段階では「Ⅰ類・Ⅱ類クラス編成」を行い、生徒1人1人の理解に合わせた学習を行う。高2・高3の段階では「文理別進路別学習」という制度をとり、文系・理系に別れると共に、「東京大学・難関国立大学コース」・「国公立・早稲田大学・慶応義塾大学コース」・「私立大学コース」の3つに分かれる。また、高3の時点で一定の学力基準を充たす場合、帝京大学への無試験入学資格が得られるものの、この制度を使う者は少ない。
高校教育
高校からの入学も可能だが、募集人数は非常に少ない。この場合、高1は「Ⅰ類クラス」にて将来東大等の難関国公立・早慶に入学できる学力を養成し、高2からは中高一貫教育課程と同様の教育体制がとられる。
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歴史
本校の前身である「帝京商業学校」・「帝京商工高等学校」の歴史もここで記す。

1931年 「帝京大学グループ」の創設者である冲永荘兵衛が、東京都渋谷区に「帝京商業学校」として創立する。尚、この学校は、現在ある「帝京大学グループ」で最初に創られた学校である。
1945年 大東亜戦争による空襲にあい、校舎が全焼する。
1948年 学校名が「帝京商業高等学校」に改称される。
1951年 設置者が「学校法人帝京商業高等学校」になる。
1950年代 設置者が「学校法人帝京第一学園」になる。
1961年 冲永荘兵衛の長男である冲永荘一が校長に就任し、学校名が「帝京商工高等学校」に改称される。
1970年 帝京大学医学部及び附属病院を板橋キャンパスに設置するに伴い、「帝京商工高等学校」と「帝京高等学校」が統合し、「帝京大学高等学校」と学校名が改称される。
1971年 東京都多摩市和田に「帝京大学高等学校」が移転する。
1980年代 設置者が「学校法人帝京大学」になる。
1983年 「帝京大学中学校」を開設する。
1995年9月 「帝京大学中学校高等学校」が、八王子市越野の地に移転する。
199x年 本校の南側、徒歩3分の所に、京王帝都電鉄バス(当時)が、「帝京大学中高校」バス停を設置する。
200x年 中央線豊田駅・京王線平山城址公園駅~本校玄関前を結ぶ「スクールバス」の運行が開始される。
2002年9月 本校の北東側、徒歩3分の所に、南大沢京王バス(当時)が、「帝京大学中高校北」バス停を設置する。
2006年4月 小田急多摩センター駅・京王多摩センター駅・多摩センター駅~本校玄関前を結ぶ「スクールバス」の運行が開始される。
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その他
1939年に開催された第25回全国高等学校野球選手権大会に於いて、本校の前身である「帝京商業学校」は、東京大会を優勝したが、諸問題から出場を辞退している。(尚、出場辞退は、これが史上初である。)
また、1969年の秋の高校野球の東京都大会で準優勝をしたことを鑑み、東京都高等学校野球連盟は、都大会優勝の日本大学第三高等学校と準優勝の本校を、翌1970年に開催される第42回選抜高等学校野球大会の出場の推薦した。しかし、本校の校舎が火事にあい、野球部の資料が焼失してしまったため、選抜高校野球の出場校選出委員会は、「戦力分析が不可能。」との理由で、本校を選考からはずした。尚、第42回選抜高校野球には、東京都の高等学校では、日大三高と都大会4位の堀越高等学校が出場した。
本校の「(硬式)野球部」は、全国高等学校野球選手権大会・選抜高等学校野球大会へ各1回の出場機会があったものの、上記の様な理由から、甲子園の土を踏むことなく、1989年、諸事情により廃部となった。
玄関前に、京王バス南が設置したバス停留所がある。(帝京大学中高校正門)尚、このバス停留所は、本校生徒で、スクールバス利用者のみ、利用が可能である。
当校のパンフレットにかかれている教師陣の似顔絵は当校の数学教師によるものである。
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交通
京王相模原線京王堀之内駅より徒歩20分。
京王相模原線京王堀之内駅より「南大沢駅行」または「北野駅行」京王バス利用し、「帝京大学中高校バス停」下車、徒歩3分。
京王線平山城址公園駅より「京王堀之内駅行」京王バスを利用し、「帝京大学中高校北バス停」下車、徒歩3分。
京王線聖蹟桜ヶ丘駅より「南大沢駅行」または「由木折返場行」京王バスを利用し、「帝京大学中高校バス停」下車、徒歩3分。
京王線北野駅より、「京王堀之内駅行」京王バスを利用し、「帝京大学中高校バス停」下車、徒歩3分。
中央本線・横浜線・八高線八王子駅下車、「南大沢駅行」「由木折返場行」京王バスを利用し、「由木中央小学校バス停」下車、徒歩12分。
多摩都市モノレール線大塚・帝京大学駅下車、「南大沢駅行」または「由木折返場行」京王バスを利用し、「帝京大学中高校バス停」下車、徒歩3分。
スクールバス(生徒専用。但し、学校説明会や文化祭時は、来校者の乗車も可能)

中央線豊田駅~京王線平山城址公園駅~本校玄関前
小田急多摩センター駅・京王多摩センター駅・多摩センター駅~本校玄関前(2006年4月運行開始)
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著名な卒業生
杉下茂(中日ドラゴンズ・本校の前身「帝京商業学校」出身)
栗橋茂(近鉄バファローズ・本校の前身「帝京商工高等学校」出身)
植原修平(ヤクルトスワローズ・同上)
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帝京大学グループの中学校・高等学校
「学校法人帝京大学」(帝京大学直系の中学校・高等学校)
帝京大学中学校・高等学校
帝京大学可児中学校・高等学校
「学校法人冲永学園」
帝京八王子中学校・高等学校
「学校法人帝京科学大学」
帝京第五高等学校
帝京冨士中学校・帝京第五高等学校冨士校
「学校法人帝京安積学園」
帝京安積高等学校
「学校法人帝京蒼柴学園」
帝京長岡中学校・高等学校
「学校法人帝京学園」
帝京中学校・高等学校
帝京第三高等学校
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関連項目
東京都高等学校一覧
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外部リンク
帝京大学中学校・高等学校

帝京中学校・高等学校

帝京中学校・高等学校(ていきょうちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都板橋区にある私立中学校・高等学校。

全国的にサッカー・野球の強豪校として知られている。学校名が類似していることから、東京都八王子市にある帝京大学中学校・高等学校と間違われることが多いが、帝京大学直系の中高校は「帝京大学中学校・高等学校」であり、当校は帝京大学の直系附属学校では無い。

目次 [非表示]
1 沿革
2 学科
3 全国にある「帝京」の中学校・高等学校
4 OB
5 関連項目
6 外部リンク


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沿革
昭和18年4月26日 帝京中学校として開校
昭和20年5月25日 東京大空襲により校舎炎上。
昭和23年4月 帝京中学校、帝京高等学校に校名変更
昭和24年4月 日本大学の直結校となる
昭和34年 土木科・建築科増設。
昭和36年 機械科増設。中学校休校
昭和45年 帝京商工高等学校(商業科・電気科・電子科・工業化学科・自動車科・普通科)の八王子移転にともない、帝京商工高等学校の生徒を本校に統合
昭和48年 男女共学、医歯薬系進学コース(後の理数コース)設置
昭和50年1月8日 (昭和49年度)第53回全国高校サッカー選手権大会初優勝(昭和52年度、54年度、58年度、59年度、平成3年度も)
昭和57年 工業科廃止。帝京中学校再開
平成元年8月 第71回全国高校野球選手権大会初優勝(平成7年も)
平成4年3月 第64回選抜高校野球大会初優勝
平成13年4月 帝京大学系属・帝京中学高等学校となる
平成16年4月 新校舎へ移転 旧校舎は帝京大学病院の管理下に置かれる
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学科
高等部
文系コース
文理コース
理数コース
インターナショナルコース
中等部
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全国にある「帝京」の中学校・高等学校
日本全国に「帝京」の名のつく中学校・高等学校が存在する。

「学校法人帝京大学」(帝京大学直系の中学校・高等学校)
帝京大学中学校・高等学校
帝京大学可児中学校・高等学校
「学校法人冲永学園」
帝京八王子中学校・高等学校
「学校法人帝京科学大学」
帝京第五高等学校
帝京冨士中学校・帝京第五高等学校冨士校
「学校法人帝京安積学園」
帝京安積高等学校
「学校法人帝京蒼柴学園」
帝京長岡中学校・高等学校
「学校法人帝京学園」
帝京中学校・高等学校 (本校のこと)
帝京第三高等学校
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OB
野球選手(卒業年順、現在もしくは最終所属チーム)

伊東昭光(元ヤクルト投手、現ヤクルトヘッドコーチ兼投手コーチ)
河田雄祐(元西武)
奈良原浩(中日)
芝草宇宙(ソフトバンク)
吉岡雄二(楽天)
三沢興一(ヤクルト)
白田隆之(三菱自動車川崎、1995年度全国高校野球選手権大会優勝投手)
森本稀哲(日本ハム)
高市俊(青山学院大学、東都大学リーグ投手連勝記録保持者)
松本高明(広島)
吉田圭(広島)
サッカー選手(卒業年順、現在もしくは最終所属チーム)

名取篤(元浦和レッドダイヤモンズ 元日本代表)
広瀬治(元浦和レッドダイヤモンズ)
前田治(元横浜フリューゲルス 元日本代表)
飯島寿久(元川崎フロンターレ)
礒貝洋光(元浦和レッドダイヤモンズ 元日本代表)
本田泰人(鹿島アントラーズ 元日本代表)
森山泰行(岐阜FC 元日本代表)
池田伸康(元水戸ホーリーホック)
森下仁志(元ジュビロ磐田)
阿部敏之(元鹿島アントラーズ)
松波正信(元ガンバ大阪)
丸山良明(元アルビレックス新潟)
熱田眞(元京都パープルサンガ)
木島良輔(東京ヴェルディ)
貞富信宏(元横浜FC)
中田浩二(FCバーゼル〔スイス〕 日本代表・W杯日韓大会、W杯ドイツ大会出場)
田中達也(浦和レッズ 日本代表)
各界著名人

とんねるず(石橋貴明・木梨憲武)
的場浩司
東尾理子
弦哲也
360°モンキーズ
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関連項目
東京都高等学校一覧
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外部リンク
帝京中学校・高等学校

土浦日本大学中学校

土浦日本大学中学校(つちうらにほんだいがくちゅうがっこう)は茨城県土浦市にある日本大学準付属の私立学校。6年間の中高一貫教育を行っている。

同じ敷地内に土浦日本大学高等学校がある。

目次 [非表示]
1 沿革
2 中高一貫教育
3 サークル
4 年間行事
5 進学先
6 施設
7 通学方法
8 関連項目
9  外部リンク 


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沿革
2003年4月:土浦日本大学中学校開校。
2006年4月:第一期生が高校進学。そのため高校に中高一貫コースを設置。
2007年4月:土浦日本大学中等教育学校に改称、改組。中高一貫コース廃止。(予定)
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中高一貫教育
6年間の中高一貫教育を行っている。またその6年間を3期に分けている。

1・2年
ファウンデーション期間 - 主に勉強の基礎を学ぶ。
3・4・5年
アカデミック期間 - 1・2年で身につけた基礎学力を生かし、発展的な学習を行う。
6年
ブリッジング期間 - 志望校(大学)を決め、受験科目に応じた教科の学習を行う。
英語を非常に重視している。職員室では英語で用件を伝え、朝夕のショートホームルームも英語で行われる。校舎内の表示も掲示も、教室名もすべて英語である。ネイティブスピーカーの教師も多い。また、生徒一人に一台、ノートパソコンを与え、授業に使用している。校舎内あちこちにLANの差し込み口や無線LAN設備がある。

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サークル
テニス
文芸
アート
野球
サッカー
バスケットボール
その他
空手
ミュージック
ダブルタッチ
軽音楽
バドミントン
卓球

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年間行事
4月:入学式、始業式

5月:蓼科校外学習

6月:芸術観賞会

7月~8月(夏休み含む):海外研修1・3年 イギリス、5年 アメリカ

10月:スポーツデイ、2・4年国内研修(事実上の修学旅行、2年京都・奈良、4年広島方面)

11月:オープンハウス(文化祭、合唱コンクール)、スピーチコンテスト

2月:蓼科スキー研修

3月:卒業式、修了式

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進学先
中学校は開校からまだ4年で現在4年生(高校1年生)までが在籍しているため、進学者は出ていない。

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施設
中学棟
6階建て。職員室、普通教室、特別教室、オーデトリアム、カフェテリア。中学校のすべての教室がある。中学校の職員室、保健室、相談室なども中学棟である。2003年に竣工した第一期校舎と2005年に竣工した第二期校舎に分かれてあり、エクステリアで見分けることはできないが、インテリアで見比べると窓のストッパーの違い、黒板の種類、時計が電波時計か否かなど見分けがつく。オーデトリアムは、大学の講堂のような造りで、室内を暗くし、ビジョンを使っての映画上映なども可能である。全席にLANの差し込み口も設置されている。
桜心館
同校から徒歩数分のところにある男子寮。中学生も数名利用している。
蓼科林間学園
長野県立科町にある宿泊施設。毎年、中学1年生の校外学習、毎年のスキー研修に使用されている。
施設のキャパシティー
同校は中学校で約300人という生徒を受け入れるキャパシティーが必要である。敷地は住宅街にあるため、それほど広くなく、その狭い敷地に高校生を合わせるとおよそ2300人がひしめいている。中学棟は高校棟(本館)よりも広さも十分あり、教室・廊下も広いが、近年、中高一貫コースの生徒数は増え続けており、今後、中学棟が高校棟と同じような状況となる可能性もある。
廊下の人通り
廊下の人通りに関しては高校とだいぶ違う。朝はどっと込み、昼はそこそこ(これは1・2年、3・4年で昼休みの時間をずらしているからである)といった感じである。
西階段、中央階段を昇降する生徒が多いのに対し東階段は薄暗く、校舎向かって一番奥にあるため使わない生徒が多い。
体育の状況
体育については、第2アリーナ1面と中学棟脇の芝生、アスファルトで行われる(場合によっては総合体育館3階のランニングロード)。
※総合体育館、桜心館、蓼科林間学園は、高校生と共用になっている。

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通学方法
県内はもちろん、千葉県からの通学者も多く、都内から通学する生徒もいる。

電車
常磐線(常磐快速線)土浦駅から徒歩か自転車、またはバス※。 つくばエクスプレス線つくば駅から同校直通スクールバス。また、常磐線に乗り換える以前に、武蔵野線、○千代田線、成田線、東武野田線などを利用する生徒もいる。

スクールバス
つくば市方面、守谷市方面、桜川市方面、下妻市方面、坂東市方面、稲敷市方面、利根町方面へ同校がスクールバスを運行している。使用車両には土浦日大マークなどが描かれているが、運行は民間会社に委託されている。高校生と合同で乗車する。

※土浦駅から同校間には朝夕、日大生専用の関東鉄道のシャトルバスが運行されており、校内にバス停が設置されている。また、通常路線バスもあり、関東鉄道の「小松ヶ丘」か「霞ヶ丘」バス停下車となる。運賃はどちらも片道210円である。

その他、直接、自転車や徒歩で通学する生徒も非常に多く、朝夕、特に朝の通学時間帯は、膨大な数の生徒が同校周辺の道路を一方向に通学する光景が見られる。

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関連項目
茨城県中学校一覧
土浦日本大学高等学校
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 外部リンク 
日本大学
土浦日本大学中学校

千葉日本大学第一中学・高等学校

千葉日本大学第一中学・高等学校(ちばにほんだいがくだいいちちゅうがく・こうとうがっこう)は、千葉県船橋市にある日本大学の特別付属中学校・高等学校である。通称「チバニチ」「バニチ」。

中学と高校では一部の施設を共用する。また、日本大学唯一の特別付属小学校千葉日本大学第一小学校が隣接している。

日本大学へ進学するには3年次に行なわれる付属特別推薦や付属高校統一試験の合格基準を満たす必要がある。近年では他大学への進学も目立つ。

学食は株式会社西原屋。

目次 [非表示]
1 運営
2 沿革
3 校訓
4 交通
5 近隣に存在する施設


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運営
学校法人日本大学第一学園
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沿革
1968年4月 - 学校法人日本第一学園が日本大学第一高等学校の分身校として開校
1970年4月 - 千葉日本大学第一中学校を併設開校
1998年4月 - 開校以来男子校であったが女子を受け入れ中学から男女共学校となる。高校は2001年4月より男女共学化をはじめ、2003年4月全学年男女共学となる。
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校訓
真・健・和

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交通
東葉高速鉄道船橋日大前駅から向かう場合
日本大学理工学部内を通行し、徒歩約10分。
新京成電鉄習志野駅から向かう場合
徒歩約20分。
新京成電鉄・東葉高速鉄道北習志野駅から向かう場合
徒歩約25分。
習志野新京成バス津田沼駅行に乗車し千葉日大一高前下車、徒歩0分。運賃は170円。
習志野新京成バス自衛隊前行または習志野車庫行に乗車し第二小学校入口下車、徒歩5分。運賃は170円。
JR総武線・津田沼駅から向かう場合
ちばレインボーバス船尾車庫行か八千代緑ヶ丘駅行 または千葉ニュータウン中央駅行に乗車し、習志野下車、徒歩5分。運賃は220円。
習志野新京成バス高津団地中央行または八千代緑ヶ丘駅行に乗車し習志野下車、徒歩5分。運賃は220円。
習志野新京成バス北習志野駅行に乗車し千葉日大一高前下車、徒歩0分。運賃は220円。
方面別によって利用交通機関は分散されているが、特に学校前を通る津田沼駅行及び北習志野駅行バスは時間帯により混雑する。

津田沼駅から朝夕を中心に急行スクールバス(津田沼駅~千葉日大一高 220円)を京成電鉄が運行していたが、数年前に廃止された。


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近隣に存在する施設
千葉日本大学第一小学校
日本大学習志野高等学校
マックスバリュ習志野台店

千葉英和高等学校

千葉英和高等学校は千葉県の私立学校。千葉県八千代市に所在。キリスト教主義なので、校内にチャペル(聖堂)がある。礼拝・聖書の時間(1単位ずつ必修科目)がある。  略して「千葉英和」や「英和」と呼ばれる事が多く、生徒は「英和生」と呼ばれている。

目次 [非表示]
1 教育目標
2 建学の精神
3 歴代校長
4 設置学科
5 沿革
6 施設設備
7 部活動の実績(平成18年度生徒総会時点)
8 生徒会
9 年間行事
10 近隣の学校
11 関連事項(外部リンク含む)


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教育目標
1.神の前に立つ個人として自己を確立し、与えられた才能を自ら開拓する精神を培う。
2.広く世界的視野に立ち、人に奉仕する精神を培う。
3.自然との共生を通じて、健全な精神を培う。
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建学の精神
キリスト教の精神に基づいて、円満な人格を陶治すると共に、豊かな教養を授けて、愛と奉仕を生きる有為な人物を育成する
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歴代校長
初代  高等部長 中田あさ(初代学園長 中田羽後の妻)
二代目 高等部長 小池礼禧
三代目 高等部長 大羽弘道(初代総務 大羽陦の息子、校訓を制定)
四代目 高等学校長 市東幸三
五代目 高等学校長 小池弘(二代高等部長 小池礼禧の息子)
六代目 理事長兼高等学校長(現在) 大羽克弘(三代高等部長 大羽弘道の息子)
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設置学科
普通科普通コース 『目標をかなえるコース別クラス編成、習熟度別授業(通称、グレード別)』
普通科特進コース 『6-8-4システムで受験に備える』
英語科コース   『国際時代に対応、また私立文系受験に有利』
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沿革
年(西暦)/月/日 概要
1946年
2月
4月24日
11月 内外キリスト教教育識者の発議により旧陸軍下志津飛行学校跡に聖書学院創設
神学部(4年制)開校式挙行「現、創立記念日」
中学校認可

1947年
4月
7月
12月 中等部・高等部開校。校訓・校章が制定される
学園最初の夏期キャンプ(現 グリーンキャンプ)行われる
学園最初のクリスマス礼拝・祝会(現 クリスマスページェント・燭火礼拝)行われる

1948年3月 財団法人「聖書農学園」認可

1951年
3月
4月 学校法人「聖書農学園」に組織変更許可。聖書学園短期大学設置許可
短期大学(神学科・英文科)開学

1958年4月 短期大学の名称を「日本基督教大学」に変更

1959年4月 聖書学園中等部・高等部に名称変更

1960年12月 広報無線局が認可され、FM通報が開始

1962年10月 創立15周年式典が行われる

1964年4月 聖書学園中・高等学校は独立して学校法人になる

1965年4月 講堂(兼チャペル)、学生寮新設

1966年
3月
10月 NHK放送教育指定校になる
聖書学園校歌(現、学園歌)制定される

1967年11月9日 創立20周年式典が行われる

1970年3月 聖書学園中学校生徒募集停止

1972年11月13日 千葉県八千代市村上709-1に校地移転

1973年4月1日 校名を「学校法人聖書学園千葉英和高等学校」に変更

1976年3月 第2校舎が新築される

1977年
3月
10月 管理棟が新築される
中学生英語朗読コンテスト始まる

1978年3月 第3校舎が新築される

1980年3月 第1グランド整備完成

1981年11月 創立35周年式典及びチャペル(講堂)献堂式が行われる

1982年9月 第2グラウンドを増設

1984年6月 キリスト教学校教育同盟に加盟

1985年
1月
4月 第3校舎増築される
普通科英会話コースを移行して英語科が新設される

1986年
7月
12月 海外英語研修旅行(米オレゴン州・ワシントン州)始まる
体育館・部室が新築される

1987年
3月
4月
6月 第1校舎が新築される
図書館が新築される
創立40周年式典及び校舎・体育館・図書館落成式が行われる

1988年4月 普通科特別進学コース新設
千葉県福祉教育推進校指定校となる
第1グランド拡張増設(テニスコート)


1990年5月 日本基督教団関係学校となる

1992年
3月
4月 海外英語研修旅行(豪ゴールドコースト)始まる
制服改定される

1993年9月 教会音楽祭開催される

1994年4月 セミナーハウスが新設される
インターネット設備のあるコンピューター室が新設される

1996年
4月
11月 校舎全室の冷暖房空調設備が完成
創立50周年式典が行われる

2001年7月 海外英語研修旅行、英国サセックス大学で行われる

2002年8月 第1グランドテニスコート改修

2003年
4月
8月
11月 新入生宿泊研修(黒姫)始まる
正門入り口及び管理棟周辺外構工事
クリスマスツリー点火祭が行われる

2004年
4月
9月 第2回新入生宿泊研修(御殿場東山荘)が行われる
英語科・普通科特進コース、海外(シンガポール)修学旅行

2005年4月 第3回新入生宿泊研修(御殿場東山荘)が行われる

2006年4月 制服改定(2回目)
新校歌制定
第4回新入生宿泊研修(伊豆天城山荘)が行われる
秋、創立60周年式典が行われる(予定)


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施設設備
第一校舎 1,790.12㎡
第二校舎 593.02㎡
第三校舎 3,456.91㎡
管理棟  985.57㎡
図書館  561.89㎡ 蔵書数約3万冊
部室   237.59㎡
セミナーハウス 852㎡(収容数60名。冷暖房設備・ホール・食堂・浴室完備)
体育館  3,340.63㎡
大体育館2,184.20㎡:バレーボールコート・バスケットボールコート・ランニングロード設置。
小体育館576.67㎡:バトミントンコート・卓球・ダンス。
小体育館の階下581.76㎡:剣道場。
第一グランド22,143㎡
野球場・野球部屋内練習場・200mトラック・テニスコート(全天候型・夜間照明付)
第二グランド24,020㎡
サッカー場・テニスコート・ソフトボール場など
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部活動の実績(平成18年度生徒総会時点)
~運動部~

野球部
2002年高校野球(夏)県内予選大会:ベスト4
全国大会千葉県予選:2回戦出場
秋季県大会:ベスト16
陸上競技部
千葉県総合体育大会「1500m」・「3000m」・「8000m」・「100mH」:出場
新人戦千葉県大会「1500m」:出場
千葉県駅伝大会:出場
アーチェリー部
インターハイ:出場
全国選抜大会:入賞
関東大会:入賞
サッカー部
関東大会予選:ベスト16
新人戦千葉県大会:ベスト16

剣道部
第45回千葉県高校新人剣道大会女子団体ベスト16
千葉県高等学校吟詠コンクール大会合吟の部:準優勝 全国大会出場
バスケットボール部
男子
千葉県総合体育大会:ベスト32
新人戦千葉県大会:出場

女子
関東大会予選千葉県大会:ベスト32
千葉県総合体育大会:ベスト16
新人戦千葉県大会:ベスト32

女子バレーボール部
千葉県私学大会:ベスト16
練習試合30戦 15勝15敗
ダンス部
新入生オリエンテーション・学校説明会・文化祭にて発表

硬式テニス部
男子
千葉県総合体育大会(団体):出場
インターハイ千葉県予選シングルス:出場

女子
千葉県総合体育大会:出場
新人戦千葉県大会:出場

卓球部
男女
地区大会団体(ダブルス優勝)・個人:県大会出場
男子
県大会個人:ベスト16 団体:5位

女子
関東大会:出場
インターハイ:出場
全日本:出場
東京オープン全国大会:出場

ソフトボール部
千葉県私学大会:準優勝   
新人戦千葉県大会:ベスト8
千葉県西部大会:準優勝
千葉県総合体育大会:ベスト16
八千代市長杯:優勝
天城ドーム大会:出場
古河フェスティバル:出場
京葉大会:出場
バトミントン部
男子
関東大会予選:ベスト8
インターハイ千葉県予選個人戦ダブルス:ベスト16
女子
新人戦千葉県大会個人戦シングル:ベスト16

カヌー部(大会出場時の所属のみで、通常練習を行っていない)
インターハイ:出場
~文化部~

吹奏楽部   
東関東大会:銀賞受賞
東関東吹奏楽コンクール:出場
千葉県吹奏楽コンクール:金賞受賞
放送部
E・S・S部(英会話)
華道部
美術部
ユースホステル部    
茶道部
文芸部
演劇部
生物研究部
中国文化研究部
調理部
写真部
メディア研究会
軽音楽部(バンド)

~宗教部~

聖歌合唱部
ハンドベル部
HI・Y部(ボランティア)
チャペルアンサンブル部
オルガン奏楽部
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生徒会
生徒会
文化委員会
体育委員会
厚生委員会
美化委員会
図書委員会
宗教委員会
生活委員会
会計監査委員会
選挙管理委員会
文化祭実行委員会
球技大会実行委員会
体育祭実行委員会
60周年記念行事実行委員会(平成18年度のみ)

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年間行事
~前期~

始業式
入学式
オリエンテーション
創立記念礼拝
新入生宿泊研修(天城山荘)
創立記念日(4月24日)学校休業日
スポーツテスト
生徒総会
PTA総会
進路ガイダンス
前期中間試験
第一回実力試験(全統模試)
教会礼拝出席奨励月間
(6月~7月)
進路ガイダンス
保護者会
アメリカ英語研修旅行
夏期補講
球技大会
(男子:卓球・ソフト・サッカー 女子:卓球・バスケ・ミニサッカー)
終業礼拝
学校説明会(中学3年生対象)
英語科体験授業(中学3年生対象)
部活合宿
グリーンキャンプ
始業礼拝
前期期末試験
前期終業式(9月)

~後期~

後期始業式(10月)
第二回実力試験
体育祭
60周年記念式典
中学校英語朗読コンテスト
(中学生参加、入賞者は入試時優遇有り)
進路ガイダンス
学校説明会(中学3年生対象)
文化祭「梨花祭」(防犯の為、招待状を持参しない場合入場不可)
後期中間試験
クリスマス・ページェント
クリスマス礼拝
終業礼拝
特進冬期補講
入試進学相談
始業礼拝
卒業試験
推薦入試試験
一般入試試験
卒業記念礼拝
第三回実力試験
マラソン大会
修学旅行(2年生)
卒業証書授与式
後期期末試験
英語科講演会
入学説明会(新入生対象)
終業式
合格体験報告会
オーストラリア英語研修旅行
特進春期補講

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近隣の学校
八千代市立村上北小学校
八千代市立村上東中学校
八千代市立阿蘇中学校
千葉県立八千代東高等学校
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関連事項(外部リンク含む)
高等学校
私立学校
キリスト教
英語
学校法人
聖書
礼拝
単位制
週休二日
学校法人聖書学園千葉英和高等学校
聖書学園「千葉英和高等学校」同窓会
千葉英和高等学校提示板
千葉英和高等学校 生徒作成による提示板(携帯版)1
千葉英和高等学校 生徒作成による提示板(携帯版)2

千葉国際中学校・高等学校


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千葉国際中学校・高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人千葉国際
設立年月日 1992年(平成4年)
共学・別学 男女共学
課程 全日制の課程
所在地・連絡先
所在地 〒299-1172
千葉県君津市三直1348‐1
電話番号 0439-55-1200
外部リンク 千葉国際中学校・高等学校
千葉国際中学校・高等学校(ちばこくさいちゅうがっこう・こうとうがっこう)は千葉県君津市にある私立中学校・高等学校。

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所在地
千葉県君津市三直1348‐1
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外部リンク
千葉国際中学校・高等学校

智辯学園中学校・高等学校

智辯学園中学校・高等学校(ちべんがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、宗教法人の辯天宗(べんてんしゅう)を経営母体とする智辯学園による全日制の私立の中学校および高等学校である。兄弟校である、智辯学園和歌山中学校・高等学校と区別する意味で、「奈良智辯」・「智辯奈良」と呼ばれることが多い。

所在地は奈良県五條市野原中4-1-51である。和歌山県和歌山市にある智辯学園和歌山小学校・中学校・高等学校、奈良県香芝市にある智辯学園奈良カレッジは兄弟校。

最寄り駅はJR和歌山線五条駅。同駅および南海高野線林間田園都市駅、近鉄吉野線福神駅よりスクールバスが運行されている。

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概要
例年東京大学・京都大学を含む国公立大学や、いわゆる関関同立などの私立大学に多数の合格者を輩出する進学校である。高校入試では英数一類・英数二類の2コースで募集している。前者は中学校校長の推薦による書類選考、後者は一般的な学力試験による選抜である。高校3ヵ年は、3ヵ年で公立高校の4ヵ年分の授業時間を確保し、徹底した学習指導を実施することを謳っている。

中高6ヵ年の生徒は、平日は1コマ70分の5時限授業、高校3ヵ年の生徒は、平日は1コマ70分の6時限授業で、土曜日は両コースとも、第2土曜日を除いて4時限の授業が行われる。

一般生徒は、中学校までしか部活動には参加できない。高等学校からは部活動は、硬式野球部・陸上部・ブラスバンド部・放送部・バトントワリング部の5つのみとなり、運動部にはスポーツコースの生徒のみが参加できる。硬式野球部・陸上部とも、全国的な強豪である。

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沿革
1965年(昭和40年)4月 - 奈良県五條市に高等学校が創立される。
1967年(昭和42年) - 六年一貫教育制の中学校が併設となる。
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外部リンク
智辯学園中学・高等学校

智辯学園和歌山小学校・中学校・高等学校

智辯学園和歌山小学校・中学校・高等学校(ちべんがくえんわかやましょうがっこう・ちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、和歌山県和歌山市にある、私立の小学校・中学校・高等学校。智辯学園が経営している。

高校野球は春夏で優勝3回、準優勝3回。和歌山県トップの共学進学校としても知られ、東大や京大など、国公立医学部に多数人材を輩出している。

小学校からの12年一貫教育、中学校からの6年一貫教育のほかに、高校からの編入コースとINC(国際コース)とスポーツコースがある。また、普通科も学力によって、文理ともに能力別クラス編成を行っている。

中学校では各種部活動が行われているが、高校では運動系部活動はなく、文化系しか行われていない(少林寺拳法はなぜか文化系扱い)。そのため、高校での運動系部活動は硬式野球部しかなく、その部員全員がスポーツコースに在籍する。ちなみに、高嶋仁監督の意向で1学年10名までしか取らず、県外出身者は1学年2名までとなっている。そのため、最大30名しか部員がいない。  

目次 [非表示]
1 沿革
2 出身有名人
3 関連項目
4 リンク


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沿革
1970年後半に学生数の増加に伴い、県立高校だけでは対処しきれなくなった和歌山県の誘致政策により開校。

1978年4月 中学校・高等学校が開校
1994年春 選抜高等学校野球大会(春の甲子園)で優勝
1996年春 春の甲子園で準優勝
1997年夏 全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)で優勝
1999年 国民体育大会高等学校硬式野球で優勝
2000年 春の甲子園で準優勝、夏の甲子園で優勝 この年の打線はチーム打撃記録を次々と塗り替え高校野球史上最強打線と呼ばれる。
2002年 夏の甲子園で準優勝 
2002年4月 小学校が開校
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出身有名人
谷本龍哉 - 自由民主党の衆議院議員、和歌山1区選出
RIKIYA - 俳優・モデル
武内晋一 - プロ野球選手、東京ヤクルトスワローズ所属
喜多隆志 - プロ野球選手、千葉ロッテマリーンズ所属
中谷仁 - プロ野球選手、東北楽天ゴールデンイーグルス所属
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関連項目
和歌山県高等学校一覧
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リンク
智辯学園和歌山中学校・高等学校

多摩大学附属聖ヶ丘中学・高等学校

多摩大学附属聖ヶ丘中学・高等学校(たまだいがくふぞくひじりがおかこうとうがっこう)は、東京都多摩市にある多摩大学附属の中高一貫校。

多摩大学附属聖ヶ丘中学校・高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人田村学園
創立年月日 1988年(昭和63年)
共学・別学 男女共学
所在地・連絡先
所在地 〒206-0022
東京都多摩市聖ヶ丘4-1-1
電話番号 042-372-9393
FAX番号 042-337-1761
外部リンク 公式ページ
目次 [非表示]
1 概要
2 卒業生
3 関連項目
4 概要


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概要
運営法人 学校法人田村学園
設置コース・学科
中学校
高等学校 全日制課程 普通科
沿革
1988年(昭和63年) 聖ヶ丘高等学校 開校
1989年(平成元年) 多摩大学附属聖ヶ丘高等学校と改称
1991年(平成3年) 多摩大学附属聖ヶ丘中学校 開校
所在地 東京都多摩市聖ヶ丘4-1-1
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卒業生
後藤久美子 - 元女優
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関連項目
多摩大学
天使なんかじゃない
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概要
多摩大学附属聖ヶ丘中学・高等学校
多摩大学

筑紫女学園中学校・高等学校

筑紫女学園中学校・高等学校(ちくしじょがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、福岡県福岡市中央区に位置する仏教系(浄土真宗本願寺派系)の私立高等学校(女子校)である。

福岡県下の私立女子校の中で最大の生徒数を擁し、通学範囲は福岡都市圏全域に及ぶ。地元では筑女(ちくじょ)の略称で呼ばれており、進学校として有名である。

中高一貫教育の課程と高校のみの課程がある。

龍谷総合学園加盟校。

目次 [非表示]
1 校風
1.1 制服
2 沿革
2.1 年表
3 教育組織
4 教育方針
4.1 建学の精神(校訓)
5 学校行事
6 通学手段など
7 筑紫女学園高校出身の著名人
8 関連項目
9 外部リンク


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校風
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制服
冬服
濃紺地のセーラー服。袖口と襟に3本の白色のラインが入る。スカーフは黒色。
夏服
白色のセーラー服と紺色のスカート。
夏服・冬服に胸当てがついているのが中学生、ついていないのが高校生である。胸当てのあるなしで中高一貫と、高校コースの差別化は計られていない。 中高一貫コースと高校からの入学者とでは、補助バックの色が微妙に違う。

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沿革
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年表
1907年(明治40年) 私立筑紫高等女学校として開校。
1919年(大正8年) 筑紫高等女学校に改称。
1945年(昭和20年) 財団法人筑紫学園の経営となる。
1947年(昭和22年) 学制改革による新制度に準拠した筑紫女学園中学校を開校。
1948年(昭和23年) 学制改革により、筑紫高等女学校を改組。筑紫女子高等学校となる。
1951年(昭和26年) 学校法人筑紫女学園の経営となり、筑紫女学園高等学校に改称。
1991年(平成3年) 中高一貫教育を開始。
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教育組織
すべて普通科内コースの扱い。

特進コース(高校)
進学コース(高校)
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教育方針
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建学の精神(校訓)
自律(自己への目覚め)
和平(他者への目覚め)
感恩(生命への目覚め)
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学校行事
灌仏会(釈尊の誕生日)
報恩講
など。

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通学手段など
生徒の主な通学手段
鉄道:西鉄天神大牟田線、福岡市地下鉄空港線
バス:西鉄バス
このほか、自転車を利用する生徒も多い。
最寄り鉄道駅など:
西鉄福岡(天神)駅
福岡市交通局赤坂駅・桜坂駅
西鉄バス赤坂二丁目バス停・桜坂バス停・南薬院バス停
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筑紫女学園高校出身の著名人
柴田倫世(元日本テレビアナウンサー)
橋本志穂(タレント)(元福岡放送アナウンサー)
高山梨香(テレビ西日本アナウンサー)
鯉川なつえ(陸上選手)
鶴和子(フラメンコ・ダンサー)
三重野瞳(歌手)
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関連項目
福岡県高等学校一覧
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外部リンク
筑紫女学園高等学校
筑紫女学園中学・高等学校

橘学苑

橘学苑(たちばながくえん)は横浜市鶴見区にある私立の中学・高等学校。

橘学苑は昭和17年に土光登美によって女子校として創立された歴史のある教育の場である。平成18年度現在、幼稚園・中学校(中高一貫教育)・高等学校(文理コース(難関大学進学クラス・総合進学クラス)・デザイン美術コース・国際コース)がある。中高一貫の共学校 教育の特色としては、教科・創造がある。

目次 [非表示]
1 所在地・交通
2 教育の特色
3 設備
4 中学校
5 高等学校
6 外部リンク


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所在地・交通
神奈川県横浜市鶴見区獅子ヶ谷1-10-35
臨港バスのバス停 『橘学苑、橘テニスアカデミー前』すぐ
鶴見駅から約10分程度の丘の上
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教育の特色
中等部に3単位、高等部に2~3単位の創造の授業がある。
橘独自のカリキュラムとして歴史があり、橘の象徴でもある。
近年の大学進学重視へのカリキュラム変更により時間数減少・高校3年では0時間になるなど縮小の方向に向かっている。
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設備
鶴見区獅子ヶ谷校舎
新校舎(2004年~)
sakuraドーム(2004年~)
全天候型テニス専用グランド(2004年~)
別館(旧校舎)
体育館
学苑農場
創作館
音楽堂・橘ホール
グラウンド
学苑農場
長野研修センター
創造で利用する畑
宿泊施設
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中学校
中高一貫の6年間での教育をしている。国際コースへの内部進学を前提とした教育システムをとっており外国語の教育に力をいれている。文理コースの難関大学進学クラスへの対応は文理コースの場合高校二年次に文系と理系に分かれて自分にあった進路に対応していく。難関大学進学クラスは合格した場合入学手続き金を免除するという特待生制度を導入している

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高等学校
普通科のコース制

国際コース
1年次1月~2年次12月までニュージーランドにホームステイ留学をする。
デザイン美術コース
美術系国公立大学・美術系私立大学を目指すために美術系の科目が充実している。
文理コース(難関私立大学・国立大学クラス) (2006年度~)
総合進学よりも高い難関レベルの大学進学を目指す。
文理コース(総合進学クラス)
2年から文系と理系に分かれ、大学(MARCH_(学校)レベル)進学を目指す。
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外部リンク
橘学苑

玉川学園

玉川学園(たまがわがくえん)は、東京都町田市玉川学園地区にある学校法人である。最寄り駅は、小田急小田原線玉川学園前駅。

沢柳政太郎が創立した成城学園から1929年に枝分かれして、成城学園小学部の訓導だった小原国芳が創立した。前後して成城学園から分かれた和光学園創立による和光大学も敷地が隣接している。

設立当初は、小学部のみで、その後中学部、高等部、大学と拡張していった。日本国外の教育指導者を直接招いたり、玉川児童百科大辞典を編纂したりユニークな活動を第二次世界大戦前から行っていた。

目次 [非表示]
1 立地
2 施設
3 玉川大学
4 おもな出身者
5 関連項目
6 外部リンク


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立地
幼稚園から小中高と大学まで同一キャンパスにある。小中高までをまとめて「K-12」と称した独自の教育を実践している。 またこの広さゆえ、実質的な住所は町田市であるものの、実際には東京都町田市(文学部)、神奈川県川崎市麻生区(農学部)、横浜市青葉区(工学部)、と3市に敷地がまたがっており、敷地内には戦時中の防空壕や、古代の遺跡も存在する。キャンパス内に小田急線のトンネルがある。

町田市では周辺の住宅地も含めて「玉川学園○丁目」という住居表示になっている。これは当初、学校法人の玉川学園が地域一帯の山野であった土地を買い取り、それを住宅地として分譲しながらその資金を学校の運転資金として活用したためである。教職員の住宅は、旧職員やその家族のものも含めて、玉川学園の住宅地のあちこちにまとまって散在している。また、その教育理念に賛同して宅地を購入移転してきた人たちには、学者、芸術家などの文化人が多数あり、その中には遠藤周作、田河水泡など有名人も多い。

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施設
聖山、農場・牧場、玉川池、松下村塾(模築)、健康院、咸宜園、松陰橋、ゴルフ練習場、など100を超える施設がある。キャンパス内を電車が走っているのも特徴。それが気に入って、薬師丸ひろ子が、この大学に入学したというのは有名な話。 数年前までは塾という寮が存在し、男子塾と女子塾があった。塾生たちは、塾生活を自主運営していた。さらに教職員の自宅も学園内に点在していたという。 りんどう食堂(800席)をはじめ、学生食堂は全部で4カ所ある。設備はかなり充実していて数え切れないほど。高学年校舎が2006(平成18)年8月に完成し、美術・造形の各分野の設備が整ったアートセンターが2006(平成18)年1月に完成する。 校外施設には、箱根(神奈川県箱根町)約77万m2、北海道(北海道弟子屈町)約122万m2、鹿児島(鹿児島県坊津町)約10万m2、カナダ(カナダバンクーバー島ナナイモ市)約34万m2がある。ナナイモキャンパスは主に、中学部カナダ研修や大学農学部研修で利用されている。 キャンパスの電線は、地下埋設化により、美しい景観が保たれていて、電線が切れる心配がない。

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玉川大学
詳細は玉川大学を参照。 1929年(昭和4年)成城学園から独立した創立者小原國芳により「全人教育」を第一の教育信条に掲げて開校された玉川学園を母体とする。 大学は当初、1947年に興亜工業大学(現・千葉工業大学)として創立。大学の初代学長は、宗教哲学者の波多野精一だった。 1949年に新制玉川大学となり文学部と農学部を設置。1950年には、全人教育を広く社会に開放することを目的として通信教育部がスタートし、日本初の「小学校教員免許状」を取得可能な課程として注目された。 1962年に工学部、2002年に経営学部を設置。2003年に文学部から教育学部・芸術学部が独立し6学部になり、法学系学科はないが、理系・文系を擁する総合大学に成長した。 現在の学長は小原芳明。総長は小原哲郎。創立者の孫と子供にあたる。

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おもな出身者
詳細は玉川学園の著名な出身者を参照。

山口二矢
宮本亜門
川上麻衣子(中退)
大鶴義丹(中退)
小此木八郎
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関連項目
成城学園
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外部リンク
学校法人 玉川学園
玉川学園 K-12
玉川大学

滝川第二中学校・高等学校

滝川第二中学校・高等学校(たきがわだいにちゅうがっこう・こうとうがっこう)とは、神戸市西区にある私立中学校・高等学校。1984年に開校。運営母体は須磨区にある滝川中学校・高等学校と同じく学校法人瀧川学園。

目次 [非表示]
1 概要
2 構成
3 沿革
4 出身者
5 関連項目
6 外部リンク


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概要
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構成
中学校

進学一貫コース
特進一貫コース
高等学校

Cコース
Lコース
特進Lコース
スーパー特進Lコース
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沿革
1984年 滝川第二高等学校 開校
2004年 滝川第二中学校 開校
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出身者
マック鈴木(プロ野球選手)
中村公浩(プロ野球選手)
奈良将史(元プロ野球選手)
福沢卓宏(元プロ野球選手)
益田大介(プロ野球選手)
佐野貴英(プロ野球選手)
大村慎次(プロ野球選手)
波戸康広(プロサッカー選手)
加地亮(プロサッカー選手)
朴康造(プロサッカー選手)
林丈統(プロサッカー選手)
山本佳子(元女子マラソン選手)
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関連項目
瀧川学園
滝川中学校・高等学校
中学校
高等学校
兵庫県高等学校一覧
学校記事一覧
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外部リンク
公式サイト

呉武田学園武田中学校・高等学校

呉武田学園武田中学校・高等学校(くれたけだがくえん たけだちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、広島県東広島市(旧賀茂郡黒瀬町)にある、私立中学校・高等学校である。学科は普通科のみ。

略称は「武田」。前身は呉市長ノ木にあった呉武田学園呉中学校・高等学校。兄弟校に呉武田学園呉港高等学校がある。

目次 [非表示]
1 所在地
2 沿革
3 校風
4 部活動
5 著名な出身者
6 関連項目
7 外部リンク


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所在地
〒724-0611 広島県東広島市黒瀬町大多田443-5

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沿革
1967年 呉市長ノ木に呉中学校開校
1971年 同地に呉高等学校開校
1990年 校名を武田中学校・高等学校に変更。現在地に移転。
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校風
世界的視野に立つ国際人の育成

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部活動
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著名な出身者
城みちる(タレント)
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関連項目
呉武田学園呉港高等学校
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外部リンク
武田中・高等学校

滝中学校・高等学校

滝中学校・高等学校(たきちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、愛知県江南市にある中高一貫制の私立学校である。中学・高校ともに男女共学。高校からの入学者も一部受け入れる。

東京大学、京都大学といった難関国公立大学や慶應義塾大学、早稲田大学といった難関私立大学に多くの合格者を出す、進学校である。また、医学部への進学者が多いことでも知られている。ちなみに、地元名古屋大学には毎年 現役で50人前後合格しており、これは学年の7人に1人の割合となっている。

余談ではあるが、舟木一夫主演の映画高校三年生のロケが行われた学校である。

目次 [非表示]
1 沿革
2 学園祭
3 著名な出身者
4 関連項目
5 外部リンク


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沿革
1926年 滝実業学校開校(商業部・農業部)
1947年 滝中学校併設
1948年 学制改革により滝実業高等学校設置(商業科・農業科)
1949年 高等学校に普通科を新設
1962年 農業科を畜産園芸科に変更
1964年 校名を滝高等学校と変更
1967年 畜産園芸科募集停止
1998年 商業科募集停止
2000年 普通科のみとなる
2001年 校舎 本館・講堂が国の登録有形文化財に指定される。
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学園祭
毎年9月に長月祭と呼ばれる学園祭が開催される。2日間の文化祭と1日間の体育祭で構成される。

2004年は川嶋あい、2005年にはMiがゲストとしてライブを行っている。 2004年までは所属生徒とその家族らのみを対象とした公開だったが、2005年には初のチケット制による一般対外公開が行われた。

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著名な出身者
家本賢太郎 - クララオンライン社長、滝中学のみ出身
吉田修司 - プロ野球選手、商業科出身
尾崎裕大 - ディスクジョッキー
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関連項目
高等学校
中学校
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外部リンク
滝中学校・高等学校公式ウェブサイト

滝川中学校・高等学校

滝川中学校・高等学校(たきがわちゅうがっこう・こうとうがっこう)とは、神戸市須磨区にある私立中学校・高等学校。

目次 [非表示]
1 校風
2 設備・環境
3 構成
4 沿革
5 出身者
6 関連項目
7 外部リンク


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校風
基本的に自由で生徒の自主性を尊重している。

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設備・環境
板宿駅から北に徒歩五分。校門を通ってすぐの所に創立者の像が設置されている。 2002年完成の新館には普通教室、職員室、図書館などの主要施設が設けられている。 隣には同年にリニューアルされた理科棟があり、理系教育の設備が充実している。 最上階に中学入学式など様々な行事の行われる講堂がある本館も同年にリニューアルされており、それまで桃色だった外壁が白色に塗装された。その他に体育館、部室棟がある。

近年定員以上の生徒が入学し、中高6学年が同じ施設を共用しているためやや手狭である。

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構成
中学進学コース
中学特進コース
中学医進コース
高校Ⅰ進系
高校Ⅱ進系
高校Ⅲ進系
高校Ⅳ進系
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沿革
1918年 財団法人私立兵庫中学校設立
1919年 兵庫県瀧川中学校と改称
1947年 新制滝川中学校設置
1948年 新制滝川高等学校設置
1965年 全校舎改新築工事落成
1978年 理科棟竣工
1984年 第2校地に滝川第二高等学校新設
2000年 高校にI・II・III・IV進系の新コース編成
2001年 中学Aコース2クラス(1クラス減)完全中高一貫制実施中学Bコース2クラス(1クラス増)
2002年 新校舎完成
2004年 中学校に新コース開設
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出身者
谷川浩司 - 棋士
池上誠一 - 元プロ野球選手
村田真一 - 元プロ野球選手
石本貴昭 - 元プロ野球選手
中尾孝義 - 元プロ野球選手
島田芳明 - 元プロ野球選手
木下智裕 - 元プロ野球選手
芝池博明 - 元プロ野球選手
喜吉文雄 - 元プロ野球選手
小林章良 - 元プロ野球選手
尾西信一 - 元プロ野球選手
別所毅彦 - 元プロ野球選手
青田昇 - 元プロ野球選手
田中幸男(田中成豪) - 元プロ野球選手
伊東甚吉 - 元プロ野球選手
三田政夫 - 元プロ野球選手
湯浅芳彰 - 元プロ野球選手
関本忠弘 - 元NEC代表取締役会長
井沢督二 - ㈱聖文館代表取締役社長(若松塾理事長)
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関連項目
瀧川学園
滝川第二中学校・高等学校
中学校
高等学校
学校記事一覧
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外部リンク
Takigawa Junior & Senior HighSchool
iモード滝川中・高

高槻中学校・高等学校

高槻中学校・高等学校(たかつき - )は、大阪府高槻市沢良木町2番5号にある私立の男子中高一貫校。 元大阪医科大学理事長である藤堂献三氏が昭和15年10月に創設。大阪医科大学とは姉妹校関係にある。 医学部進学希望者が多い。高校からの編入は募集が停止されており行われていない。

目次 [非表示]
1 組織・構成
2 特色
3 沿革
4 出身者
5 アクセス
6 リンク


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組織・構成
高槻高等学校と高槻中学校からなる。

高槻中学校

校長 菅沼常生
高槻高等学校

普通科
校長 菅沼常生
教員は中高ともに共通であり、校舎の垣根もなくほぼ同じ組織ともいえる

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特色
前理事長の強い信念の下、旧制高等学校のような学校を目指しており、学校を挙げて組織的に勉強に力を入れるようになった昨今においても、校風が比較的自由ということでその面影が残っている。

また、その前理事長の影響力の強さを示すものとして、この学校の修学旅行では交通手段が夜行列車に限られているという特殊な事情が挙げられる。これは戦時中に特攻隊に所属していた前理事長の意向のためである。しかし、この理事長が2005年夏に引退したため、2007年の修学旅行からは飛行機が利用できるようになる。

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沿革
1945年 創立
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出身者
難波昭二郎 - 読売、西鉄所属の元プロ野球選手
城戸紘志 - JUDE所属のドラマー
登大遊 - ソフトイーサ株式会社代表取締役会長
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アクセス
JR東海道本線 高槻駅から徒歩15分
阪急電鉄京都本線 高槻市駅から徒歩10分
京阪バス 松原停留所よりすぐ
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リンク
公式サイト

高田中・高等学校

高田中・高等学校は三重県津市の私立中学校・高等学校。三重県随一の大学合格実績を持つ進学校である。中高一貫教育の6年制と高等学校単独の3年制に分かれている。

また、仏教を通した人格形成にも重きを置いており、仏教の授業や仏教行事などが行われている。 校訓は「言行忠信 表裏相応(言行に誠意があって表裏なく、己をいつわらず、他をいつわらない)」

目次 [非表示]
1 歴史
2 進学実績
3 部活動
4 周辺
5 出身有名人
6 外部リンク


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歴史
江戸時代末期、真宗高田派専修寺の講堂に勧学堂の額を掲げ、宗典が講義されたのが学校の始まりである。

明治4年(1871年)専修寺内に、僧に仏典や漢文を教える場として貫練場が創立され、翌年から一般子弟も教えるようになった。この明治5年が開校の年となっている。

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進学実績
6年制は東海地方でも屈指の進学実績を誇る。毎年、東大、京大などの難関国立大学、早稲田大学、慶應義塾大学などの有名私立大学に、多くの卒業生を送り出し続けている。また、地元三重大学をはじめとする国公立大学医学部へ進学する卒業生も多い。

3年制も、ほとんどの卒業生が進学で、毎年半数以上が4年制大学に進学している。

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部活動
部活動も盛んに行われており、高校の部活動では、6年制も3年制も同じクラブに所属する。 特徴的な部活としては、三重県の高校唯一の馬術部や、ボランティア活動を行う仏青部などがある。

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周辺
一身田寺内町のはずれにあり、真宗高田派の本山専修寺と隣接している。

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出身有名人
あべ静江 - 歌手、タレント
桶田敬太郎 - お笑い芸人、元 フォークダンスDE成子坂
うたまろ小堀力 - 歌手
うたまろ加藤一輝-歌手(中退?)
2005年ミス東京大学加藤友理
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外部リンク
高田中・高等学校

泰星中学・高等学校

泰星中学・高等学校は、イエズス会を経営母体する中高一貫教育の男子校。福岡県福岡市中央区輝国にあり、福岡市地下鉄七隈線桜坂駅が最寄り駅(徒歩15分)。

目次 [非表示]
1 学校概要
2 教育方針
3 学園生活
4 主な著名人
5 進路
6 外部リンク


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学校概要
1932年に福岡カトリック神学校として設立される。1951年、学校法人泰星学園と改名。当初は、高等学校のみでマリア会が経営母体であったが、1983年にイエズス会へ経営移管。以後、上智大学、栄光学園、六甲学院、広島学院などと姉妹校関係を締結、完全中高六年一貫教育を実施し、現在に至る。

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教育方針
Magis - 今の自分に満足せず、常により高い自己の発展を求めよ。

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学園生活
学園生活においては校内服や中間体操という独特の制度がある。泰星学園に於いて校内服とは真っ白のトレーニングパンツのことであり、生徒は登校後にこの校内服に着替えなければならない。なお、着用する理由は、『制服のまま校内生活をすると服が汚れてしまう』からである。
また中間体操とは、2限目と3限目の間に全校生徒で行われる走りこみのことである。以前は全員が上半身裸で行っていたのだが、冬は寒すぎるなどの理由から近年全校生徒がグラウンドでエアロビクス調のダンスを踊る『泰星体操』など、色々と試行錯誤が行われたが、最終的に現在は服を着たままの中間体操となっている。ちなみにこれらの制度は他姉妹校でも実施されているそうである。
さらに特筆すべきは生徒数が各学年平均して100名程と少なく、しかもお互いに6年間ずっと顔を合わせるので学年で話したことのない者がいないくらい生徒間の関係は親密である。
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主な著名人
栗田善太郎 (タレント、パーソナリティー)
森永徹 (俳優)
濱野賢一朗 (オープンソース教育、リナックスアカデミー学校長)
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進路
当校ウェブサイトを参照されたい。

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外部リンク
Welcome to Taisei Junior-Senior High School
泰星中学高等学校同窓会

創価中学校・高等学校

創価中学校・高等学校(そうかがくえんちゅうがっこう)は東京都小平市たかの台にある私立の高等学校。設置者は学校法人創価学園。

目次 [非表示]
1 沿革
2 クラブ
3 おもな卒業生
4 交通
5 系列校
6 関連項目
7 外部リンク


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沿革
1968年(昭和43年) 創価中学・高等学校開校(当時男子校)
1982年(昭和57年) 男女共学化
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クラブ
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おもな卒業生
長井秀和 - 漫談師
石原さとみ- 女優
今立進 - お笑いタレント(エレキコミック)
小谷野栄一 - 野球選手(日本ハム)
小野和義 - 元野球選手
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交通
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系列校
東京創価小学校
関西創価小学校
関西創価中学校・高等学校
札幌創価幼稚園
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関連項目
東京都高等学校一覧
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外部リンク
東京創価学園

2006年07月19日

世田谷学園

世田谷学園(せたがや がくえん)は東京都世田谷区三宿にある私立の中高一貫制の男子校。曹洞宗が運営する。駒沢大学などと系列を同じくする。    

目次 [非表示]
1 詳細
2 沿革
3 教育理念
4 卒業生
5 学園関係者
6 部活動
7 関連項目
8 外部リンク


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詳細
二期制で一限70分・週6日授業を取り入れている。

由緒ある伝統校であるが、都立高校全盛時には苦戦した。現在では東京大学進学者を毎年数名、早稲田大学・慶應大学合格者を百名以上出すほどの学校に生まれ変わった。

学園祭の名は「獅子児祭(ししじさい)」といい、毎年10月に催されている。

制服の色は紺色と変わっている。2006年度から夏季の制服と体操服が新しくなっている。

校長は林秀穎である。

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沿革
1592年(元禄元年) 曹洞宗吉祥寺の学寮として誕生
1912年(大正2年) 現住所に校舎が移転
1924年(同13年) 校名を世田谷中学と改称
1983年(昭和58年) 校名を現在の世田谷学園に改称
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教育理念
明日を見つめて、今をひたすらに
違いを認め合って、思いやりの心を
Think&Share
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卒業生
泉浩(柔道家)
萩野浩基(哲学者・東北福祉大学学長・前衆議院議員)
松本文明(衆議院議員)
小坂機融(仏教学者・駒澤大学名誉教授・泉岳寺住職)
田中毅(日本テレビアナウンサー)
三谷幸喜(脚本家)
古賀稔彦(柔道家、全日本柔道女子強化コーチ)
吉田秀彦(格闘家)
森山 潤久(俳優)
内野聖陽(俳優)
水木一郎(歌手)
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学園関係者
大賀一郎(生物学者・大賀蓮の発見者)
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部活動
柔道部、空手道部、バスケットボール部などが全国レベルの強さを誇っている。 数年前までは吹奏楽部が全国レベルの強さを誇っていたが、 現在では都大会レベルに留まっている。

また硬式野球部は甲子園に出場したことがあり、東京都の中でも強いチームの部類に入る。

仏教青年会という一風変わった部も存在する。

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関連項目
中学校
高等学校
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外部リンク
世田谷学園
世田谷学園 Wiki

聖望学園高等学校

聖望学園高等学校(せいぼうがくえん-こうとうがっこう)は埼玉県飯能市中山にある私立の高等学校。設置者は学校法人聖望学園。

目次 [非表示]
1 沿革
2 クラブ
3 おもな出身者
4 交通
5 関連項目
6 外部リンク


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沿革
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クラブ
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おもな出身者
秋沢淳子
鳥谷敬
門倉健
小野公誠
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交通
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関連項目
埼玉県高等学校一覧
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外部リンク
聖望学園

青稜中学校・高等学校

青稜中学校・高等学校(せいりょう-)東京都品川区の私立中学校、高等学校。校長は、吉村 睦人。東京都環境学習推進校。

目次 [非表示]
1 教育の特色
2 周辺
3 最寄駅
4 入試関連
5 体育祭・学園祭
6 トピックス
7 その他
8 出身者


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教育の特色
ここ数年、急速に進学実績が伸び、進学校化してきている。
授業・カリキュラム
地域清掃を行う日を設けている。
毎年変更するシラバスに基づく授業。
週6日制。
英語早朝学習、朝読書、少人数ゼミ、予備校サテライト授業がある。
長期の休みには、低料金で各学科の特訓進学講座が開講される。
年に1回八ヶ岳の寮で研修、スキー等を開催する。
月曜に質問の日を設定している。
高校進学
内部進学は、原則、全員進学できる。
他の高校受験も可能。(早慶、国公立重点校以上、2校まで)
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周辺
大井町のイトーヨーカ堂、丸井、アトレ大井町などの商業施設が近い。
周辺施設に、しながわ中央公園、品川区立中小企業センターがある。
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最寄駅
徒歩 7分:大井町駅(JR東日本 ■京浜東北線■りんかい線)   ~鶴見駅15分 ~関内駅32分 ~田端駅29分
徒歩10分:西大井駅(JR東日本 ■横須賀線■■湘南新宿ライン)   ~横浜駅16分 ~大船駅35分 ~池袋駅21分
徒歩 1分:下神明駅(東急■大井町線)   ~自由が丘駅12分 ~二子玉川駅20分 ~たまプラーザ駅35分
神奈川方面からの交通が便利なため、神奈川県からの通学が多い。

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入試関連
平成18年度募集は、中学200人、高校130人。受験者割合は、女子よりも男子学生が多い。
中学の志願者数は、3000人、受験数は、2000人を超える。
入試成績優秀者は、特待生として、入学金と一年間の授業料が免除される。
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体育祭・学園祭
例年、6月平日に体育祭、9月土日に青稜祭が開催される。

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トピックス
高校在学生が、トリノオリンピックに出場した。

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その他
以前は青蘭学院という女子校であった。
学校経営が思わしくなかったが、共学化・中学校開設・進学校化を目指した学校改革が成功して、受験者数、大学進学者数が激増、今日に至っている。
渋谷区の富士見丘高は創立者を同じくする姉妹校(兄弟校)である。
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出身者
岡田可愛 - 元女優

西武文理中学・高等学校

西武文理中学・高等学校 (せいぶぶんりちゅうがく・こうとうがっこう) は、埼玉県狭山市にある私立の中高一貫校である。系列校に西武文理大学などがある。

教育方針として、「すべてに誠をつくし最後までやり抜く強い意志を養う」を掲げている。

目次 [非表示]
1 学科・コース
2 校風
3 アクセス
4 本校出身の有名人
5 外部リンク


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学科・コース
普通科
中高一貫コース 中学からの内部進学者のこと。高校3年間で高入生と同じクラスになることはない。なお中高一貫生の特別選         抜クラスもここに所属する。
文理進学コース 高校から入学した普通科クラスのこと。
理数科   理数科クラスのこと。高入生の特別選抜クラスは文型・理系問わずここに所属する。
英語科   英語科クラスのこと。
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校風
学校のシンボルマークは熊であり、校内のいたるところに熊(白熊)の像がある。 校則、頭髪・服装検査も厳しく頻繁に行われる。毎朝校門に5人程度先生がおり、目を光らせている。爪や髪色をいじっていたりすると、それを元に戻すまで遅刻になったとしても通さない。入 学式においても、1人ずつ壇上にあがって、校章のバッジを胸につけてもらうという慣例行事があるが、男子生徒の場合、髪をさっぱり短くしていると校長がその場で記念撮影し、髪を伸ばしていたりすると壇上から下ろされてしまう。風紀を乱す生徒に対しては、厳しいため1年次が終わるまでに他校に転校してしまうことがある。

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アクセス
新狭山駅北口、川越駅西口、東飯能駅東口、稲荷山公園駅、鶴ヶ島駅西口からスクールバス、狭山市駅西口、笠幡駅から西武バスが出ている。

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本校出身の有名人
ACIDMAN (全員が西武文理高校出身である)
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外部リンク
西武学園文理中学・高等学校公式サイト

清風南海中学校・高等学校

清風南海中学校・高等学校(せいふうなんかいちゅうがっこう・こうとうがっこう)は学校法人清風南海学園が運営する男女共学の私立の中高一貫校である。浅香山電気学校を前身とするが、1963年に清風学園に経営移譲され、現在の形態となる。大阪府高石市綾園に位置する男女共学の進学校で、元々は男子校であったが、1999年度より中学校が、そして2002年度より高等学校も共学となった。

創立以来、平成の初め頃までは、大阪府立高校の、各学区のいわゆる「トップ校」の「滑り止め」の地位に甘んじていたが、最近10数年の大学進学実績の伸びはめざましく、府立のトップ高校(北野高校・三国丘高校・天王寺高校など)を凌駕し、大阪を代表する進学校となった。近年では毎年のように、東京大学、京都大学をはじめとする主要大学に多数の合格者を出し、(2006年東京大学、京都大学合格者数では)大阪星光学院に次ぐ、大阪府下第2位の進学校として知られる。

名前からもわかるように、体操競技で有名な清風学園(清風中学校・清風高等学校)・清風明育社(清風情報工科学院(専修学校))の姉妹校でもある。創立者は平岡宕峯(本名平岡静人、故人)、現在の学校長は平岡正巳。そのため、教育方針、行事など、清風学園と重なる部分が多い。仏教の戒律の精神に基づく厳格な学則は、つとに有名である。


目次 [非表示]
1 構成
2 著名人
3 関連項目
4 外部リンク


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構成
特進コース(理数科)
スーパー特進コース(理数科)

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著名人
貴志祐介 - 作家。「黒い家」で、第四回日本ホラー小説大賞受賞。京都大学経済学部卒。)
阪口伸六 - 高石市長。堺市との合併反対を表明して立候補し、当選。議会と対立し辞任するも、その後行われた市長選で対立候補が出ず、無投票で再選。
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関連項目
平岡英信 - 清風学園・清風南海学園理事長。
南海電気鉄道 - 学園の創立に深く関わるも、1980年代後半に学園経営から撤退。

西武台千葉高等学校・西武台中学校

西武台千葉高等学校・西武台中学校(せいぶだいちばこうとうがっこう・せいぶだいちゅうがっこう)は、千葉県野田市にある、学校法人武陽学園が運営する男女共学の私立高等学校である。

西武台中学校は併設されていて、埼玉県新座市にある西武台高等学校は姉妹校である。

目次 [非表示]
1 沿革
2 最寄駅
3 校訓
4 関連
5 外部リンク


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沿革
1986年4月1日 武陽学園高等学校として開校(男子校)
1989年1月1日 西武台千葉高等学校と校名変更
1989年4月1日 男子校から男女共学になる
1992年4月1日 西武台中学校開校
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最寄駅
東武鉄道野田線川間駅
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校訓
若き日に
豊かに知性を磨き
美しく心情を養い
逞しく身体を
鍛えよ
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関連
千葉県高等学校一覧
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外部リンク
西武台千葉高等学校・西武台中学校公式サイト

星美学園

学校法人星美学園
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
星美学園(せいびがくえん)は、カトリックの女子修道会である扶助者聖母会を母体とするミッションスクール。校訓は「清い心」と「たゆまぬ努力」。世界88ヶ国に1500余の支部を有し、日本においては東京、静岡、大阪、大分に8幼稚園、4小学校、5中高一貫校、1短期大学、及び2つの福祉施設を有する。1872年、聖ヨハネ・ボスコ、聖マリア・マザレロにより創立された。

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外部リンク
星美学園

清風中学校・高等学校

清風中学校・高等学校(せいふうちゅうがっこう・こうとうがっこう)は大阪府大阪市天王寺区石ヶ辻町(南校舎は北山町)にある学校法人清風学園が運営する私立の男子校。高野山真言宗の直営ではないが、一応、宗門関連校とされている。1970年代中頃に大学合格実績が増加した中堅進学校である。(1975年~1980年サンデー毎日・高校別大学合格者数参照)

創立者は平岡宕峯。嫡男の平岡英信が現理事長。嫡孫の平岡宏一が現専務理事をしており、平岡宕峯の末裔(平岡宕峯家の嫡流)による世襲経営が行われている。三男である平岡龍人専務理事(当時)は2000年に行われた大阪府知事選に突然立候補し、世間を騒がせたが、大差で落選・惨敗した。

中学校はつくる会の公民教科書を採用している(つくる会WebニュースもしくはAMLを参照)

著名人を招いて講演会を催すこともある。過去には拉致被害者家族の蓮池透(拉致事件を考える掲示板 同左を参照)、超伝導の理論の研究でノーベル賞を受賞したアンソニー・レゲット(読売新聞HPを参照)、同じくノーベル賞学者の江崎玲於奈らが講演を行っている。

クラブ活動がさかんであり、運動部では半数以上の部が毎年インターハイに出場している。特に 体操部は世界レベルであり、オリンピックをはじめとする国際大会にもOBが多数出場している。(週刊朝日・日本の名門校2003年8月16日号参照)2004年のアテネオリンピックにも体操で2名、陸上で1名出場し、団体で金メダル、個人でもメダルを獲得した。また付属の中学校でのクラブ加入率も約8割で各部とも活発な活動を行っている。(翔文社書店・中学進学ガイド2004年版・参照) ・清風明育社清風情報工科学院(専修学校)

英語及び数学に関して、教育研究所なる組織が設置されており、教師陣も研究に余念がない(アサヒ・わいわい関西内HP参照)。英語研究所は校長平岡英信が所長を務め。主任松井久博らが尽力している(紀伊国屋書店内サイトのキャッシュ参照)。

海外姉妹校に「北京大学附属中学」「ブリスベン・グラマースクール」「ロイヤル・ウォルバーハンプトン・スクール」「モンマス・スクール」「カレジオ・デ・サンファン・デ・レトラン」国内姉妹校に清風南海学園(清風南海中学校・清風南海高等学校)、清風明育社清風情報工科学院(専修学校)がある。

目次 [非表示]
1 構成
2 歴史
3 教育方針
3.1 教育目標
3.1.1 宗教教育
3.1.1.1 修養行事
4 行事
4.1 ハイキング
4.2 合唱祭
4.3 拝賀式
5 校則・生活指導について
5.1 制服について
6 生徒会(学友会)について
7 学校施設について
8 著名なOB
9 外部リンク


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構成
普通科
理数科
理III六カ年編入(理数科)
六カ年(内部進学)
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歴史
1932年7月 - 大阪電気学校(電気科)として設立。
1937年4月 - 堺市に大阪電気学校堺分校(電気科・機械科)を開校。
1945年6月 - 中等学校令により、大阪電気学校堺分校を母体とする財団法人浅香山電気工業学校(電気化・機械化)を堺市に設立。募集は男子のみ。
1948年4月 - 学制改革により浅香山電気工業学校は浅香山電気工業高等学校と名称変更し昇格認可。電気科に加え普通科を設置。募集は男子のみ。
1948年8月 - 浅香山高等学校と改称し、大阪市天王寺区石ヶ辻町(現在地)へ移転。
1948年10月 - 高等学校に定時制過程(普通科・電気科・商業科)を設置。男女共学。
1949年1月 - 学校名を浅香山より「清風」と改称。
1971年 -  高等学校全日制課程に理数科を設置。
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教育方針
勤勉と責任とを重んじ、自立的精神を養うと共に明朗にして誠実、常に希望の中に幸福を見出し、社会のすべてから「安心」と「尊敬」と「信頼」(徳・健・財)の対象となり、信用され得る人物を育成するため(清風魂の獲得)、仏教を中心とした宗教による教育を実施する。

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教育目標
教育目標は「清風魂を獲得させ、福の神すなわち社会の全てから安心と尊敬と信頼(徳・健・財)される人物を育成する。(公式HPより引用)
(「清風魂」とは、「社会の全てから安心と尊敬と信頼される人物になるという目標を、実行させる精神力であり、実現させる魂」とされる。)(公式HPより引用)。

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宗教教育
清風学園では教科課程に宗教の時間を組み込んでいないが、教科外活動で生徒の宗教心を励起しており、これを「宗教教育」と称する。真言宗の教えをベースに、「仏教を中心とした宗教による教育を行」うことや「仏教の戒律を守る精神に基づき、ルールを守る大切さを体得させ」ることを教育方針に掲げている。毎日の朝礼での般若心経の読経や年1回の#修養行事が行われている。(公式HPを参照)。

厳格な仏教校ではあるが、宗教行事に関しては、宗派にあまりとらわれていないし、あまり系統立った仏教教育の授業もない。のみならず、神道に則った宗教行事も存在する。これは神仏習合の理念がとりわけ強い真言宗の考えに則ったものである(創設者は高野山真言宗大僧正)。新宗教の妙道会とも友好的関係を保っている(Web新宗教内ページのキャッシュあるいは新宗教内サイトのキャッシュ参照)。校内には総大理石造の「清風神社」がある。真言宗に関しては曼荼羅及び礼拝用具一式が南校舎の1~2階吹き抜け部分に設置されている。また、本校舎2階には瞑想室が設置されている。

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修養行事
各学年ごとに宗教行事(修養行事)が行われている。これは「信仰の大切さを体得させ」るためのもの(公式HPを参照)と位置づけられている。

高野山修養行事
毎年5月に中学1年生および高校1年生を対象に行われる行事。 中学生は1泊2日、高校生は2泊3日の間、お寺に分宿して修養行事を行う。修養行事ではオリエンテーションをしたり、高野山の僧侶から講話を聞き、写経等を行う。また奥の院や清風供養塔にも参拝する。写経が終わると、全員の写経を納め、全員が菩薩戒の受戒を受ける。受戒を受けるにあたっては、本人が受戒を希望するかどうかの意思確認は一切行われず、機械的に全員が受戒を受ける。いかなる理由があろうとも(それが病気であっても)、この行事を欠席すると卒業できないことになっており、止むを得ず欠席した生徒を対象に、夏季休暇中に日帰りの「再行事」を行っている。 (公式HPを参照)

法隆寺修養行事
2学年では、法隆寺・薬師寺に日帰りで参拝する。わが国に初めて仏法を伝えた聖徳太子の精神にふれる聖地・法隆寺の清浄な空気にふれ、魂を洗い清め、規則をよく守り、社会に尽くすことができる人間に成るよう誓いをたてる、薬師寺においては、社会に尽くす人間、「校是に沿った人間」になることを薬師瑠璃光如来に誓う、としている。(公式HPを参照)

伊勢大神宮修養行事
3学年では伊勢神宮に日帰りで参拝する。「日本国民の総氏神である大神宮のご祭神」の徳を得ることで「優れた国民」となるため、さらに「清風学園で、今日まで無事に学べた事に対する」恩に報じるためとされる。また、大神楽を奉納し、生徒の将来の人生に過ちがないよう祈願する。 (公式HPを参照)


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行事
清風学園では修養行事のほかにもさまざまな行事が毎年行われている。下記のほかに、有名な四天王寺の「どやどや」には、在校生の多くが「赤白ふんどし」姿で参加する。

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ハイキング
4月、6月、10月、11月には普通のハイキングが行われる。また、7月には富士登山と称して月末に富士山を登頂している。さらに、3月には100km歩行と称して、休みを挟みつつ1日半もかけて大阪市天王寺区の校舎から和歌山県の高野山まで100kmの道程を踏破する行事を催している。高野山到着後は直ちに観光バスをチャーターし、清風学園へ帰還する。 これらのハイキングは全て生徒の中から有志を募って催している。 公式HPによると、普通のハイキングに一定回数参加しなければより上位の富士登山及び100km歩行には参加できない。(公式HP、同左、同左を参照)

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合唱祭
中学生の全生徒を対象に催されているもので、各クラスがそれぞれ1曲唄い、学年毎にその巧拙を競う。公式HPを参照。

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拝賀式
毎年1月1日に10時から自由参加の朝礼が行われている。(公式HPを参照)。校長平岡英信が清風神社の鐘を撞く様は必見!(日能研内サイトのキャッシュ参照)

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校則・生活指導について
将来の社会の指導者としての資質を養い、困苦に耐え得る精神を体得させるために、日頃の生活指導に力を入れている(公式HPより引用)。本校の校則は、冷酷なまでに極めて厳格であり、服装や鞄はもとより髪型・コート・マフラーまで指定されている。校則に違反した場合は非常に厳しい処置がとられるとされているが、教職員の判断による。罰則としては般若心経を写経させることなどが挙げられ退学させることも辞さない。特に、前述した政治活動と喫煙行為は即刻退学処分となる。喫煙行為を禁じる理由は、法律で禁止されている以上に、「無駄金を使わないようにする」事のほうが大切らしい。近頃は、万引きや入学直後を除きいじめ行為に関しても退学かそれに準ずる厳しい処置がとられる。また暴力行為についても停学処分など厳しい処分がとられるが、その一方で、かつては教師による体罰も一部で行われていた。生活指導部は、最寄り駅である近鉄上本町駅、上本町ハイハイタウンにも毎日職員を派遣して巡視し、厳戒態勢を敷いている。学園内では毎月1回、授業時間を割いて、頭髪検査(校内名称: 整髪検査)が行われている。かつては、髪型が校是に少しでも合わない生徒がいると、学校でバリカンで一枚刈りにされるという厳しさだった。その後、時の成り行きもあり現在はある程度のばすことは許されている。しかし、『世間一般でいわれている』長髪は認められていない。 校則で定められている髪型は「清風カット」と呼ばれており(公式HPのキャッシュを参照)、校舎付近の理容院ではたいてい通じるくらい有名である。 頭髪検査の厳しさは、公式HPにおいて短歌に読まれたほどである。(公式HPのキャッシュを参照)

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制服について
制服はブレザーである。上着の胸元にはSと書かれたエンブレムが縫いつけてある。また、ネクタイで学年が識別できるようになっており、西暦で、(3の倍数)年度は1年から順に赤、白黒、緑で、(3の倍数+1)年度は1年から順に緑、赤、白黒で、(3の倍数+2)年度は1年から順に白黒、緑、赤となっている。たとえば2006年度は白黒が1学年、緑が2学年、赤が3学年である。(公式HP及び同左でその様子が確認できる。)
生徒手帳には、どういうわけか聖徳太子の十七条憲法が日本国憲法と並んで掲載されている

校内の集会で、中学・高校の全生徒が集められる運動場は、高校としては珍しく、コンクリートに人工芝の全天候型である。 朝礼の内容は、般若心経の読経、学校長の訓話(学校長が不在のときは副校長、学校長と副校長が不在の時には教頭による訓話がある)、腹式呼吸、学校長による暗示である。訓話は、時事ネタから宗教上の解釈の話まで幅ひろい(関西わいわいネット内ページのキャッシュ参照)。

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生徒会(学友会)について
清風高校には一般的な意味での生徒会は存在せず、代わりに学友会という名の組織が存在する。生徒による選挙は行われず、学校側が指名する形をとる。そのため文化祭以外での存在感は薄い。

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学校施設について
施設は、本校舎(5階一部7階建て・1962年及び1968年落成)・円形校舎(4階建て・1955年落成)・事務所棟(2階一部5階建て)・総合体育館(地下1階地上3階建て)・西校舎(2階建て・1972年落成)と片側2車線の道路を挟んで真向かいにある南校舎(地下1階地上7階建て・1982年落成)で構成されている。南校舎はその他の施設がある北側の敷地と陸橋でつながれている。(英語版公式HPを参照)グラウンドは本校舎敷地内にあり、面積は3000m2。(落成時期について公式HPを参照)

総合体育館は、地下1階には柔道場と剣道場が、1階には体育系クラブの部室が、2階と3階(一部を除く)には体育ホールが、屋上にはテニスコート(20m × 45m)がある。3階の一部にはトレーニングルームと呼ばれるスペースがある。

体育会の部活動はグラウンドや体育館のスペースを分け合う形で行われている。ちなみにグラウンドが狭いため、体育会のなかには清風南海学園のグラウンドを使用する部もある。(サッカー部について、読売テレビ五十嵐竜馬アナのブログ2005年11月12日分を参照)

本校舎側と陸橋で結ばれている南校舎には普通教室と特別教室、および図書室と講堂が設けられている。屋上には陸上競技用トラックがある(ユーデック・「私立中学への進学・公立私立高校への進学・2005年版」を参照)

なお、1990年代後半に、クラブ活動中の生徒が事務所棟屋上から転落し、死亡するという事故があった。 学校側の管理責任を巡り裁判に発展した(News Daily〈社会〉97年8月号のキャッシュを参照)が、最終的には和解が成立した。

老朽化が進んでいると思われる円形校舎と事務所棟の改築計画は不明だ。建て増そうにもおそらくその敷地がないというのが現状だ。 ちなみに、本校舎の耐震補強工事を実施した際、工事中の代替施設としてグラウンドにプレハブの仮校舎を建設したが、そのような状況でも、朝礼はグラウンドで毎日ちゃんと実施された。

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著名なOB
井上悟 - アトランタオリンピック陸上日本代表。
山本健一(大阪電気学校時代)- 三代目山口組若頭 初代山健組組長
鹿島丈博 - アテネオリンピック体操日本代表。 (清風学園公式HPに卒業生である旨記載)
米田功 - アテネオリンピック体操日本代表。徳洲会所属 (清風学園公式HPに卒業生である旨記載)
池谷幸雄 - 元オリンピック体操日本代表。在学中、高校体操部よりオリンピックに初出場。ソウルオリンピック・バルセロナオリンピックに出場した。 (池谷幸雄体操倶楽部公式HPに卒業生である旨記載)
西川大輔 - 同上(テレビ朝日公式HP上のコラムに在学をうかがわせる記述)
城間晃 - シロマスポーツ代表(清風学園に公式HPに卒業生である旨記載)
監物永三 - メキシコオリンピック・ミュンヘンオリンピック・モントリオールオリンピック体操日本代表。金銀銅各3個のメダル獲得。日本体育大学教授 (日本体育大学学友会体操競技部の公式HPに卒業生である旨記載)
具志堅幸司 - ロサンゼルスオリンピック体操日本代表。 日本体育大学教授。 (日本体育大学学友会体操競技部の公式HPに卒業生である旨記載)
秋山成勲 - 総合格闘家(元柔道家) (K-1の運営会社FEGの公式HPに卒業生である旨記載)
松浪健太 - 衆議院議員(自民党所属) (公式HPのプロフィールに卒業生である旨記載)
宇野康秀 - USEN社長 (Musicman-NETのインタビューにおいて本人が在学していた旨発言)
中西保志 - 歌手

清泉女学院中学・高等学校

清泉女学院中学・高等学校(せいせんじょがくいんちゅうがく・こうとうがっこう)は、神奈川県鎌倉市にある私立の中高一貫校である。

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概要
運営法人 学校法人清泉女学院
沿革
1947年(昭和22年) 開校
1963年(昭和38年) 現在地に移転
所在地 神奈川県鎌倉市城廻200番地
系列校
清泉女子大学(東京都)
清泉女学院大学(長野県)
清泉女学院短期大学(長野県)
長野清泉女学院高等学校(長野県)
清泉小学校(神奈川県)
清泉インターナショナル学園(東京都)
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著名な出身者
村主章枝-フィギュアスケート選手、小学校入学~高等学校卒業まで在籍
稔幸-元宝塚歌劇団星組男役トップスター。現在はアーティストとして活躍。高等部卒業
関谷亜矢子-元日本テレビ-アナウンサー
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外部リンク
清泉女学院中学・高等学校

西南学院中学校・高等学校

西南学院中学校・高等学校(せいなんがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、福岡県福岡市早良区百道浜にあるキリスト教系の私立中学校・高等学校である。中高一貫教育を実施しているが、中学校と高等学校の定員に差があるため、高等学校には他の中学校から入学する生徒も多い。

かつては早良区西新の校地(現在の西南学院大学東キャンパスの位置)に中学校・高等学校別々にあったが、2003年に現在地に統合移転した。

アメリカの南部バプテスト連盟の宣教師、C・K・ドージャーにより設置されたミッションスクール、私立中学西南学院を前身とし、現在の西南学院の源流でもある。ドージャーが臨終に際して言い遺した言葉「西南よ、キリストに忠実なれ (Seinan,be true to Christ)」を建学の精神とする。

福岡地区の私立中学・高校では最難関であるが、校風は比較的自由。東大には毎年数名が合格。併設校の西南学院大学には推薦入学制度により一定数が進学可能である。

目次 [非表示]
1 建学の精神
2 沿革
3 著名な卒業生
4 併設校
5 その他
6 リンク


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建学の精神
西南よ、キリストに忠実なれ (Seinan,be true to Christ)

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沿革
1916年 アメリカ南部バプテスト連盟宣教師C・K・ドージャーが創立者となり、福岡市大名町に私立西南学院を創立
1916年 私立中学西南学院と改称
1918年 福岡市西新町(現・西南学院大学東キャンパス)に移転
1920年 講堂(現・西南学院ドージャー記念館)献堂式
1921年 高等学部(現・西南学院大学)の開設に伴い西南学院中学部と改称
1931年 リンドバーグ夫妻来訪
1937年 ヘレン・ケラー女史来訪
1947年 学制改革により西南学院中学部を西南学院中学校と改称
1948年 学制改革により西南学院高等学校と改称
1986年 キング牧師夫人C.S.キング女史来訪
1994年 高等学校男女共学へ移行
1996年 中学校男女共学・中高6年一貫へ移行
1999年 高等学校中高一貫初年度生入学
2003年 西南学院中学校・高等学校、百道浜の現在地に移転
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著名な卒業生
中村哲 中学校卒業 NGOペシャワール会医師
陣内孝則 高等学校卒業 俳優・歌手 
木村匡也 高等学校卒業 ナレーター
井上公造 高等学校卒業 芸能レポーター
万乗大智 高等学校卒業 漫画家
松重豊 高等学校卒業 俳優
藤原智美 中学校卒業 芥川賞作家
田中小実昌 旧制中学校卒業 直木賞作家
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併設校
西南学院大学
舞鶴幼稚園
早緑子供の園(保育所)
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その他
最寄り駅は福岡市地下鉄空港線の西新駅であるが、学校の前を通る西鉄バス西南中高前バス停が便利である。
移転前の旧校地にある講堂(=現・西南学院ドージャー記念館)はウィリアム・メレル・ヴォーリズによる設計であり、高等学校移転後の2004年に福岡市の有形文化財に指定された。
旧校地は現在、西南学院大学東キャンパスとなっている。また、同校地に小学校を設置する計画がある。
百道浜の現校地は、1989年に開催されたアジア太平洋博覧会(通称:よかトピア)の入場ゲートの跡地である。
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リンク
西南学院中学校・高等学校

清真学園高等学校・中学校


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清真学園高等学校・中学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人清真学園
創立年月日 1978年(昭和53年)
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
課程 全日制の課程
学科 普通科
単位制・学年制 学年制
所在地・連絡先
所在地 〒314-0031
茨城県鹿嶋市宮中伏見4448-5
電話番号 0299-83-1811
FAX番号 0299-83-6414
外部リンク 清真学園高等学校・中学校
清真学園高等学校・中学校(せいしんがくえんこうとうがっこう・ちゅうがっこう)は、茨城県鹿嶋市にある私立高等学校・中学校である。

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概要
住友金属の支援・協力の下に設立された。 茗渓学園とともにラグビーの強豪校として全国的に知られている。また、地元有数の進学校として大学進学実績を誇っている。

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出身者
栗原徹 - ラグビー選手