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攻玉社中学校・高等学校

攻玉社中学校・高等学校(こうぎょくしゃちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都品川区西五反田にある私立中学校・高等学校。中高一貫制男子校。通称は「玉社」(ぎょくしゃ)。

目次 [非表示]
1 概要
2 沿革
3 教育理念
4 校訓
5 卒業生
5.1 政界
5.2 学界
5.3 社会
5.4 作家
5.5 芸能
6 系列学校
7 関連項目
8 外部リンク


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概要
1863年に近藤真琴が鳥羽藩の江戸屋敷に開設した蘭学塾が発祥。

1869年には築地の海軍操練所へ移転、その後海軍兵学校の予備校として発展、海軍大将など多くの海軍関係者を輩出する。その成立経緯から第二次世界大戦前は海城中学校・高等学校と深い関係を築いていた時期もあったが、現在は交流が途絶えている。

戦後になり、海軍兵学校の予備校としての地位が無くなると人気が急落して進学・就職実績ともに少なからず低迷していたが、現在では中学受験においては手堅い進学実績を持つ進学校としてとらえられることが多い。また、帰国子女のみを集めた国際学級や算数・国語のいずれかの教科のみの一科目特化型入試(特別選抜入試)など、私立の教育界がそれまで実施していない手法を実施することでも知られている。

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沿革
1863年 鳥羽藩の江戸屋敷内に近藤真琴が蘭学塾を開設する。
1869年 築地にあった海軍操練所へ移転。塾名を「攻玉塾」へ改称。
1871年 浜松町にあった慶応義塾が三田へ移転した跡地へ移転。
1872年 学制施行。幼年科を設置する。
1875年 航海測量習練所(その後、商船学校に改称)を設置。
1880年 陸軍測量習練所を設置。
1881年 商船学校の分校を三重県鳥羽市に設置。現在の国立鳥羽商船高等専門学校の前身。
1889年 海軍予備科を設置。
1893年 尋常中学校を設置。
1925年 品川区西五反田へ移転。
1931年 商業学校を設置。後に商業科へ再編。
1947年 学制改革により新制攻玉社中学校を設置。
1948年 学制改革により新制攻玉社高等学校を設置。
1954年 商業科を独立して、攻玉社商業高等学校として設置。
1966年 中高6か年を統一のカリキュラムとする一貫教育を開始。
1990年 帰国子女に専門の教育を行う国際学級を開設。
2003年 新校舎が完成。
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教育理念
他山の石以て玉を攻くべし
和魂漢洋才
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校訓
誠意
礼譲
質実剛健
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卒業生
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政界
鈴木貫太郎(元内閣総理大臣・海軍大将)
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学界
伊藤為吉(建築家)
田上憲一(大阪工業大学元理事長)
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社会
片山潜(労働運動家・共産主義者)
秋山豊寛(ジャーナリスト・日本人初の宇宙飛行士)
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作家
吉井勇(歌人・小説家)
竹貫直次(児童文学作家)
隅田葉吉(歌人)
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芸能
おたっきぃ佐々木(ラジオ構成作家ほか)
佐原健二(俳優)
塩屋翼(声優)
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系列学校
攻玉社工科短期大学

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関連項目
東京都高等学校一覧
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外部リンク
攻玉社中学校・高等学校公式サイト
攻玉社学園公式サイト