淳心学院中高等学校
淳心学院中高等学校(じゅんしんがくいんちゅうこうとうがっこう)は、兵庫県姫路市にある私立の中高一貫校。カトリック修道会であるカトリック淳心会が経営するミッションスクール。男子校である。
兵庫県では有数の進学校の一つ。
目次 [非表示]
1 設置学科
2 沿革
3 校風
4 特色
5 校舎設備
5.1 新校舎教室棟
5.2 新校舎特別教室棟
6 その他
7 旧校舎トピック
8 アスベスト問題
9 主な出身者
10 アクセス
11 関連項目
12 外部リンク
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設置学科
全日制課程
普通科
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沿革
1954年4月 仮校舎で第1回入学式挙行。この時点では中学校のみで、高校は第1期生が高校に進学する3年後に開校
1956年2月 本校舎完成、移転
1960年4月 6学年をJ、M、Sに区分する制度を採用
1964年1月 ベルギー国王ボードワン1世(当時)来校
1981年4月 現アントニオ・マルゴット校長が就任
2004年9月 新校舎が部分完成。旧校舎は大部分が同年の淳心祭終了を最後に解体
2005年7月 新校舎特別教室棟も大半が完成。旧校舎残存部、別館の解体準備も始まる
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校風
モットーは「同心同意」。自由な校風を誇り、生徒手帳に載る校則は3ページのみである(校則については後述)。学校教育は学校と家庭が連携することで達成する、との理念に基づき、自宅通学が入学条件。
ミッションスクールらしく、必修で「倫理宗教」の科目があり、修道会所属の神父と一部の有資格教師が授業を担当する。高学年になると、徐々に「哲学」の傾向が強くなる。
宗教活動としては、授業開始前に十字を切って主祷文(主の祈り)をあげるほか、追悼ミサや年末のボランティア活動(任意)などがある。仏教寺院の子弟も入学しており、卒業後僧侶になったりする点、極めてユニークな学校といえる。典型的なサッカー少年からアニメオタクまで多種多様な生徒が入学し、彼等の間に交友関係が芽生えたりする点でも面白い学校である。
ベルギー系の修道会が母体のため、校長をはじめベルギー人神父が多く在籍する。2006年4月現在、校長はアントニオ・マルゴット。
中学・高校6学年を、ジュニア(J1・2:中学1・2年)、ミドル(M3・4:中学3年・高校1年)、シニア(S5・6:高校2・3年)の2学年ごとに分ける。このためか、中学過程と高校過程の境目は殆ど意識されず、中学部の卒業式も小規模なものとなっている。1クラス47人が3クラス、これが6学年と、小さな学校である。尚2004年度新入生から1クラス46人ずつとなった。
制服はブレザー。ネクタイはジュニアが赤、ミドルが緑、シニアが青。中学受験に合格した新入生がまず覚えるのが、ネクタイの結び方である。
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特色
生徒・OBの愛校心は強い方で、毎年数人の元淳心生が実習生としてこの学校の教壇に立ち、卒業後実際にこの学校へ赴任したOBも多い。
校内からでは体育館の陰になっているものの、すぐ西に姫路城が臨まれる。殆どの生徒は校舎西側から通学するため、6年間で何千回となく白鷺の天守閣を仰ぐことになる(校歌にも詠われている)。旧校舎西端の美術室からは、ことのほかよく見えた。周辺には他にも姫路市立美術館が至近にあるなど、文教地区に立地すると言える。
チャイムはかつて「ラソファド・ファドファラ・ファソファド・ファドラファ」と、独特な物を使っていた。南隣に賢明女子学院中高等学校(以下賢明女子学院)、国立姫路病院をはさんで北方に兵庫県立姫路東高等学校、姫路市立野里小学校と、周囲に学校が錯綜している故の措置だったのだろうが、新校舎完成と前後して音源を変更し、その際に一般的な物にされてしまった。
現在の校歌は二代目で、初代校歌は後半が英語だった。校歌の他に「愛唱歌」が3つある。中でも「千載霧なす」は朝礼直前に鳴らされるため、「歌詞のどこまでなら遅刻にならない」という話題は、OBの間で語り草となっている(最近では、この直後に鳴るチャイムまでに校舎内に入っていないとアウト)。反面、残る2曲「嵐の中を」「海と若者」は、在校生には殆ど知られていない。
下校時刻3分前には、新世界交響曲(第2楽章)が鳴らされる。朝の「千載霧なす」同様、「曲のどこまでなら全力ダッシュで校門にたどり着く」という話題が語り草になっている。ちなみに、こちらも曲の終わりにチャイムが鳴らされる。
学園祭である「淳心祭」は毎年9月、敬老の日等に行われる。但し、2005年は校舎解体の関係で6月11日に変更された。
高校の修学旅行は、大学受験との関係から高校1年(M4)の秋に行われる。前年の中学3年(M3)夏にも事実上の修学旅行(研修旅行と呼ばれる)があるため、二年続いて旅行があることになる。なおミッションスクールのため、いづれも現地教会で説教を拝聴する。
昼休みには放送部によって音楽を流してよいこととなっている。しかし、職員室や事務室の呼び出しと同一の放送回路を使用しているため、頻繁に途切れる。
校庭が狭い(賢明女子学院の校庭と合わせて標準的な大きさ)のための措置として、春のスポーツデー(体育祭)は近くの陸上競技場を、冬のマラソン大会は姫路競馬場の一部(内部にある公園の周りのトラック)をそれぞれ借り切って行われる。ちなみに、秋のスポーツデーは校庭での球技大会で、2日間に亘って行われる。但し、2005年は校舎解体の関係で春と秋が逆転されて行われている。
プールが無いのに、テニスコートはある。かつては本格的なものだったが、テニス部の衰退と共に保守費用低減のため、土のコートに変えられてしまった。ちなみに、秋のスポーツデーの時はネットの高さを変えてバレーボールのコートとして使われる。2004年には校舎新築に関連して4面から3面に減らされている。
武道室があるのに柔道部は無く、放課後は卓球部に使われている。剣道部はあるが、専ら体育館で練習している。
校庭は中学野球部、中学サッカー部、高校野球部、高校サッカー部の4つが、体育館はバレー部、バスケ部、機械体操部、剣道部の4つが共用している。そのため、これらのクラブは練習時間か週2日程度になっている。そのため、これらのクラブは朝、昼の空いている時間にも練習をしている。
スポーツ活動に関しての実績は今ひとつだが、将棋やパズル等の個人競技では強豪である。ただしその将棋部も、近年は弱体化の傾向にある。
校則は概して緩やかだが、ゲームセンターへの出入りについては異常に厳しく、過去には二度入っただけで退学となった生徒もいる。昔は「ゲームセンター等に入る必要は一切無い」と表現されていたのが1980年代後半に「認めない」と改まるなど、珍しく厳格化された。倫理面以外の要因として、淳心生は外部から「進学校」のほかに「お坊ちゃん」との眼で見られており、よくカツアゲの被害に遭うことから、それを事前に回避することも考えにあると思われる。
生徒のモラルの低下を危惧してか、2005年4月から遅刻や服装のチェックを厳しくし、生徒指導部に属する教師が「MIND YOUR DRESS」をモットーに色シャツ、柄シャツの完全禁止などを行っている。
賢明女子学院との合併計画は無いようだ。カトリック校同士なので、教会を通じて修道会の交流はあるようだが、双方生徒の学校生活にはほとんど反映されない。昔は教育面での交流もあったようだが、現在では皆無といっても差し支えない。そのため、すぐ隣にも拘わらず、賢明に彼女でもいないと内部の実情が分からない。淳心生が賢明校内に堂々と入れるのは、5月(かつては9月)に行われる学院祭である。ちなみに、賢明女子学院はカナダ系の修道女会による運営である。
近年、Jコースでは熱意のある教師たちの発案により「スタディ」が始まった。また、2006年4月より、MコースとSコースでは、学習量の不足を補うという目的から、週2回の7時間授業が行われる事となり、授業開始時間が5分早い8時40分~となった。
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校舎設備
2005年11月現在、新校舎はほぼ完成。旧校舎は完全に解体され、跡地に第三期工事が進められている。
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新校舎教室棟
旧校舎は床が大理石で出来ていたが、新校舎ではコスト面と安全面の問題から採用は見送られている。また、バリアフリーを考え、エレベーターが設置された。また、教室の扉に病院の個室のようなものが使われたが、僅かな衝撃だけでも外れる事故が多発したため、若干の改造がなされている。壁も小石を敷き詰めたような独特のものが採用されたが、少しこすれただけでも擦り傷が出来るほど危険なものであり、生徒からは「凶器だ」と不評である。
1階
1階は職員室と印刷室などのそれに付随する部屋が設けられている。保健室と放送室もここにあり、東端には食堂が設置されている。
西端には部分完成時、暫定的に靴箱が置かれたが、特別教室棟が完成したため、そちらの1階に移された。
2階、3階
全て教室として使われている。1学年3教室×6学年分+2の合計20教室が設けられている。完成当時、ロッカーは教室の中に置かれていたが、生徒が廊下で暴れる事が問題となり、後に設置場所を廊下に変更した。結果的に旧校舎と同様になった訳である。その際、選択教室と呼ばれる予備の教室の場所を校舎東端から西端へと振り替えている。
廊下には計6箇所「ラウンジ」と呼ばれるガラス張りのスペースがあり、椅子やテーブルも置かれている。ただ、2階(中学年用)では専ら追いかけっこや卓球のスペースとして使われており、お世辞にもくつろげる場所とは言えない。ちなみに、この部分は1階では職員休憩用のスペースに使われている。ここには、旧校舎からの伝統?でソファーや冷蔵庫も置かれている。
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新校舎特別教室棟
2005年9月に完成した。基本的なインテリアは教室棟に準じるが、窓枠など、一部に変更点が見られる。内部設備は、二期工事での解体分を引き継いでいる他、文科系クラブの部室もここに集約されている。しかし、部室は非常に狭い上に非冷房とあって、生徒からは非常に不評である。ちなみに、エレベーターは無く、渡り廊下に設置された扉も重いため、障害者の一人での利用は困難であろうと思われる。
1階
事務室と職員室や校長室などの、旧校舎西側残存部の設備が移管されている。東端には図書室が設置されたが、未だに整理中である。しかし文庫本など一部の書籍は貸し出している。
宗教室と聖堂は1つの部屋にまとめられた他、旧校舎にもあり、生徒の間で「使途不明の部屋」として有名だった同窓会室も復活している。
2階
旧校舎東側残存部の設備を移管した形で、理科系実験室と付随する準備室が作られている。西端には美術室、新規設置で文化部室と同様の間取りである生徒会室、中央付近には新規設置の家庭科室も置かれている。
3階
音楽室と楽器庫、2階に入り切らなかった分の理科系実験室がある。
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その他
賢明との境近くに屋外運動部系の部室、倉庫、技術室の集合体(通称クラブハウス)が、正門のすぐ横に体育館が存在する。共に今回の新校舎建設では影響を受けず、簡単な改修工事を行われる程度の予定になっている。ちなみに、体育館の2階も部室に充てられている。
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旧校舎トピック
旧校舎で用いられていた机旧校舎は床に大理石を多用するなどと、豪華な造りで、創立当時はブレザーの制服と共に「近代的な学校」として有名であった。
旧校舎各階段には1980年代後半から、肢体障碍者のために金属製の手すりが追加設置されていた。
一般教室ではかつて、右写真のように机と椅子が一体となった独特の机を用いていたが、多くは新校舎移行に伴い廃棄されたため、末期には旧校舎残存部の教室に状態の良い物が多少残っているのみであった。
旧校舎で一期工事での解体が決まっていた部分では、2004年の淳心祭の時にスプレー等で「旧校舎ありがとう」などと心のこもった落書きがされていた。
一期工事後も5つの通常教室が残っていたが、前述の通り、大半が改造されてしまったため、最後まで原形で残っていた部屋は旧S6Bのみになっていた。
その後、特殊教室があった両端部のみ残され、新校舎特別教室棟まで使用された。使用が短期間の為、切断面は整形されず、通路なども板で塞がれただけだった。また、放送等の配線が剥き出しにされたり、抜け落ちた天井がそのままにされるなど、みすぼらしくなっていた。雨漏りによってパソコンが壊れたというエピソードは有名。
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アスベスト問題
一期工事での校舎解体途中にアスベストが人体に与える影響が問題となった。淳心でも事態を重く見て、解体時に大量の放水を行い飛散防止に務める一方、その後も使用を続ける予定の体育館は2005年春頃に使用の有無の判定を専門家に依頼し、同時に使用の可能性がある箇所をビニールでカバーして応急処置としていた。
翌年2月に使用されていた事が確定したので、同月中旬に本格的な撤去作業を行った。現在、該当箇所にはクリーム色の鉄板が張られ、完全に封印されている。
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主な出身者
青山繁晴(株式会社独立総合研究所社長。テレビ朝日系TVタックルへの出演。50周年記念式典での講演。12回生)
金田康正(東京大学情報基盤センター教授。円周率の計算。9回生)
大塚達也(アース製薬社長。18回生)
五島壮(政治家。3回生)
笹倉明(作家)(直木賞作家。8回生)
サダタロー(漫画家)(代表作「ハダカ侍」等。38回生)
竹本健治(推理作家。14回生)
信原幸弘(東京大学大学院総合文化研究科助教授。心の哲学。14回生)
堀晃(SF作家。4回生)
弓月光(漫画家。9回生)
山口壯(衆議院議員。14回生)
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アクセス
姫路駅から、みゆき通り(または大手前通り)を北上、次いで兵庫県道518号砥堀本町線を北へ
神姫バス姫路駅前から姫路獨協大学・大寿台団地・北条(加西市)・福崎(福崎町)・粟賀(神河町)行きなどで「姫山公園国立病院美術館前」下車(姫路駅前行きの場合は「国立病院前」下車)但し生徒は利用できない
JR播但線京口駅から西へ700m
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関連項目
学校記事一覧
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外部リンク
淳心学院中高等学校
宗教法人カトリック淳心会日本管区(CICM-Japan)(英文)
淳心学院生徒会
淳心大辞典 一部現状と喰い違う記事あり。
音楽部公式サイト