奈良女子大学附属中等教育学校
奈良女子大学附属中等教育学校(ならじょしだいがくふぞくちゅうとうきょういくがっこう)は奈良県奈良市にある国立大学法人の中等教育学校。奈良女子大学の附属学校だが、男女共学である。
目次 [非表示]
1 概要
1.1 歴史
1.2 校風
1.3 校歌
1.4 創立記念日
2 活動
2.1 教育
2.2 施設・設備
2.3 学園祭
2.4 生徒の運動
3 沿革
4 卒業生・関係者
5 その他
6 外部リンク
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概要
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歴史
前身は奈良女子高等師範学校附属高等女学校。設立当初は良妻賢母の育成を目指していたが、大正デモクラシーの影響で、木下竹次らが自由で民主主義的な教育を展開した。 戦後の1947年、学校改革で附属中学校が発足し男女共学となった。翌1948年に附属高等学校が発足して1950年に高等学校も男女共学となり、1952年には奈良女子大学文学部附属高等学校・中学校となった。 1958年に現在地である旧進駐軍キャンプ地(前は第16師団歩兵第38連隊駐屯地)に移転。 1973年の入学者より六年教育の中高一貫となった。2000年に中等教育学校に移行し、2004年から国立大学法人奈良女子大学附属中等教育学校となった。
1950年代~1970年代前半にかけて、県下随一の進学校と呼ばれるようになり、県内だけではなく大阪府や京都府からの入学希望者も多かった。中には兵庫県から通った生徒もいた。 1973年に中高一貫校となり、有名校への進学率は低下した。そして、独自のカリキュラムを作り現在の取り組みにつながる。その頃からフィールドワークや生徒による話し合いや実験が充実している。
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校風
校風は「自由・自主・自立」で、その精神は戦前からある。
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校歌
校歌の代わりに「学友の歌」があり、現在は三代目。作詞は武部利男、作曲は前田卓央。4番まであるが、普段は1番 しか歌わない。そもそも、歌うのが入学式や卒業式、音楽の授業くらいしかないので、歌詞をきちんと覚えている生徒は多くない。また、校歌は存在するが歌う機会は無く、その存在すら知らない在学生も多い。 上記の訂正なのだが、入学式の前の新入生オリエンテーションで、新入生には「学友の歌」のテープが渡されるので、「学友の歌」の存在を知らない生徒は編入生以外にはまずいないと思われる。編入生もおそらく知っているだろう。
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創立記念日
創立記念日は5月1日。ただし、実際はゴールデンウィークの関係で5月2日が休みとなる。しかし、連休が重なる2005年は日曜日である本来の5月1日を創立記念日として、振替休日は行われなかった。これは授業時間を減らしたくない学校側の都合と思われる。
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活動
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教育
独自のカリキュラムを組んでいる。また、様々な教育についての取り組みがある。これらは大学や他の学校と協力して行われるのものある。
「美術」、「音楽」、「生活デザイン」の三科目を束ねる「創作科」の設立。
奈良女子大学から教員を呼び講義してもらう、「アカデミックガイダンス(AG)」。
定期的に様々な職業の人に講演してもらう、「ヴォケーショナルガイダンス(VG)」。
宮崎県立五ヶ瀬中等教育学校など、他校との交流。
外国との交流。特に奈良女子大学と連携したドイツ、イギリス、スウェーデン、チェコ、南アフリカの大学との交流、「グローバルクラスルーム(GC)」は年に一度行われる。
奈良県の高等学校教員との人事交流。
生徒が主導の研究や授業。
フィールドワーク(校外学習)の充実。
理科の実験の充実。
2005年度からSSH(スーパーサイエンスハイスクール)に指定された。
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施設・設備
2001年に完成した総合教育棟では、コンピューター、情報、国際などの様々な機器や資料が備えられている。
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学園祭
戦後すぐの1946年から始まり、2005年現在で61回を数える。当初は「大学芸祭」という名前だった。毎年、9月に行われ、実行委員会は3月から、各団体も早くて4月から活動を始める。校門に毎年造られるアーチは学園祭の顔として親しまれている。膨大な人員と労力を必要とするアーチの制作は夏休み前に始まり、7月中頃から8月の夏休みはほぼ毎日活動している。 伝統的に演劇発表が盛んで、八嶋智人や松村武らを輩出している。 基本的に生徒が自主的にするもので、校風を育むもととなっている。 2005年のテーマは「WESTERN」である。
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生徒の運動
その校風もあり、生徒の運動が盛んであった。 70年安保などの学生運動が盛り上がりを見せた時は、大学の運動が附属でもおこり、安保に反対するグループが学校を占拠し、学園祭が延期になったこともある。 学生運動がおさまった後も、制服問題、頭髪問題、上履き問題に対する運動が起こる。現在、制服は廃止されて私服となり、頭髪問題も2003年、激論の末に高校のみ頭髪の染色・脱色・パーマネントを認めるという決議が生徒大会でなされ、2005年に認められた。またつい最近議論されていた上履き問題については生徒大会で議決され、現在使用しているスリッパで保留という結果になった。
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沿革
1908年 奈良女子高等師範学校(現在の奈良女子大学)を設置。
1911年 附属高等女学校として、師範学校内に設置。
1916年 附属実科高等女学校を設置。(後に附属高等女学校と統合される)
1946年 大学芸祭(現在の学園祭)が始まる。
1947年 付属中学校が設置され、男女共学となる。
1948年 附属高等学校が設置。
1949年 奈良女子大学が設置。
1950年 附属高等学校も男女共学となる。
1952年 奈良女子高等師範学校が廃止され、文学部附属中学校・高等学校に改組。
1958年 現在の場所に移転。
1970年 新校舎が完成。
1973年 本年度入学生から中高一貫教育を実施。
1993年 新体育館兼講堂が完成。
1997年 校舎全面改修工事が完了。
2000年 文学部附属中等教育学校に改組。
2001年 新教育棟が完成。
2004年 国立大学法人となり、附属中等教育学校に改組。
2005年 奈良県の県立高校との人事交流開始。文部科学省の指定のSSHに指定。
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卒業生・関係者
卒業生は政治家、官僚、大学教授、教師、医師、芸能界と多岐に及んでいる。
森本公誠 - 東大寺別当
川北稔 - 大阪大学名誉教授
山口昌紀 - 近畿日本鉄道社長
荒井正吾 - 参議院議員
上田清 - 大和郡山市市長
鵜山仁 - 演出家、文学座
八嶋智人 - 俳優、カムカムミニキーナの団員
松村武 - 演出家、カムカムミニキーナの団員
西田幸治 - 吉本興業のお笑いコンビ・笑い飯
森一郎 - 元・本学英語科教諭(奈良女子高等師範学校附属高等女学校時代)
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その他
奈良公園の近くにあるため、たまに鹿が校内に迷い込んでくることがある。と言われているが、そのようなことは無い。
生物教室にはノーベル生理学・医学賞受賞者の利根川進の「秀英知」の色紙がある。
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外部リンク
奈良女子大学附属中等教育学校