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宮城学院中学校・高等学校

宮城学院中学校・高等学校(みやぎがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、宮城県仙台市青葉区桜ヶ丘9丁目にある私立の中学校・高等学校である。

押川方義が創設したキリスト教(プロテスタント, 福音主義:日本基督教団)系の学校である。同一敷地内に宮城学院女子大学と宮城学院女子大学附属幼稚園があり、系列校にあたる。また、東北学院(東北学院中・高、榴ヶ岡高校、東北学院大学)とは、創設者が同じで、姉妹校となる。

目次 [非表示]
1 概要
2 沿革
3 制服
4 交通アクセス
5 主な卒業生
6 外部リンク


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概要
私立の女子中学校および女子高等学校(普通科)。キリスト教(プロテスタント)の学校である。

中学校からは一部を除きほぼ全員が同高等学校に進学する。そのため、中学からは事実上、中高一貫教育となる。高等学校卒業後は、ほとんどが大学へ進学する。系列の宮城学院女子大学への進学が多い。

現在の校地は仙台市の郊外に位置する桜ヶ丘団地から都市計画道路北四番丁大衡線を挟んで東側の緑地にあるが、かつての校舎は、仙台市の中心部の旧東北学院中学校・高等学校の隣に位置したため、交通至便であった。しかし生徒数の増加に伴い旧校地が手狭になったため、1980年、広大な敷地をもつ現在の桜ヶ丘9丁目に移転することになった。

移転して25年経った現在、嘗ての校地は区画整理され、仙台国際ホテルとSS30になっている。当時の面影を感じさせるものは何一つなくなってしまったが、嘗て本校があったという碑が設置されている。

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沿革
1886年9月18日 宮城女学校の設置が認可される。
1939年8月31日 財団法人「宮城女学校」の設立認可を申請する。
1941年2月14日 財団法人「宮城女学校」の設立が認可される。
1943年4月1日 宮城女学校を廃止し、宮城高等女学校を設置する。
1946年6月29日 専門学校令による宮城学院女子専門学校の設置が許可される。
1946年7月10日 宮城高等女学校が宮城学院高等女学校となる。
1947年4月1日 新学制により、宮城学院中学校を設置する。
1948年4月9日 新学制により、宮城学院高等女学校が宮城学院高等学校となる。
1951年3月9日 学校法人「宮城学院」の設立が認可される。
1980年仙台市中心部東三番丁より郊外の桜ヶ丘地区に移転。
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制服
中学校も高等学校も基本は紺のジャケットに白のシャツブラウス、紺の細いリボン、紺のボックスプリーツスカートで これが式典の時等の「第1正装」。 附属でニットセーターとニットベストがあり、中学校は 赤、高等学校はロイヤルブルーと非常に鮮やかな色遣いで左胸に大きく「MG」と入っている。 式典がない時は、このセーターやベストで歩いている学生も多い。 冬季の指定コートも霜降りグレーに黒のボタンで上品な仕上がりとなっている。

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交通アクセス
路線バス
宮城交通
仙台駅西口バスプール3番のりば 「宮城学院」行(東勝山経由、上杉通経由、上杉通急行の全路線利用可)
終点「宮城学院前」下車 徒歩2分(終点バス停から本校へ向かう地下道が延びている)
東勝山経由の本数は平日のラッシュ時が1時間に3本、日中は1時間に1~2本
上杉通経由の本数は平日のラッシュ時が1時間に4本~6本、日中は1時間に1~2本
上杉通経由の急行は平日(学校休校期間中は全便運休)のラッシュ時のみ特定の本数で運行される。
地下鉄旭ヶ丘駅バスターミナル3番のりば 「宮城学院」行き
終点「宮城学院前」下車 徒歩2分
本数は平日のラッシュ時が1時間に5~6本、日中は1時間に1~2本
仙台市営バス
仙台駅西口バスプール13番のりば「宮城学院」行
終点「宮城学院前」下車
本数は平日7時台に2本、8・9・12時台に各1本
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主な卒業生
森公美子(歌手)
伊勢みずほ(新潟放送アナウンサー※元・東北放送ラジオドキドキホットラインパーソナリティー)
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外部リンク
宮城学院中学校高等学校